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最前線はもう目の前に

 なぜドラゴンの多重結界が用をなさなかったのか、船団にいる冒険者たちは訝しんだことだろうが、これこそが爺ちゃんの自家があるスプレコーンの秘伝の称号『ドラゴンを殺せしもの』の効能だ。

 五種類以上のドラゴンを倒すと授かるドラゴンスレイヤーの称号がドラゴン種への一定のアドバンテージをもたらすのである。

 常識的に言って、上級ランカーであっても一生の間に五種類のドラゴンと遭遇することはまずない。

 だから当然、そんな称号があることすら一般人は知らないし、タロスタイプしかいないこのミズガルズにおいてはなおのことであった。



 斯くして新参者『親の七光り』もとい『姉の七光り』と目されていた弟君の実力の程が、船団に広く周知される結果となった。

『大物食いのリオネッロ』などと呼ばれるのは向こうの世界だけで充分なのだが。

「タロス兵は余分だったな」

 姉さんと『箱船』のクルー数人が甲板に出迎えだ。

「僕たちは何もしてないよ」

 誰が倒したかは問題ではなく、集団の勝利ということで取り決めに則って、利益とポイントの分配がなされる。とは言え、僕の船へのポイントはそれなりに大きい。

「子供たちにも冒険者の仮登録しておいた方がいいかな?」

 出立して早々、大商いになって皆、喜んだ。おまけに味方の損害はゼロだ。

 獲物の破損も大きかったが、それでもドラゴン五体分である。

 大型船が回収、解体作業に勤しんでいる。

「それにしてもいきなり五体とはね」

 姉さんの腹心の副団長が僕の肩を叩く。

「蛙の弟は蛙だね」

 ミセス、アドルナート・ルチッラ副団長は獣人である。それも大きい部類の。あなたの拳はタロスの装甲を撃ち抜くと聞いていますよ。そうバンバンと他人(ひと)の肩を叩かないで頂きたい!

 頭が揺さぶられるから……

「前線に行けば日常茶飯事だぞ。この程度で驚いてどうする?」

「ほんとに?」

「ほぼ月一だ」

 ドラゴンが月一?

「海を越えて大丈夫なんだろうか?」

「お前なら烏を撃ち落とすようなものだろ?」

 前線は思った以上にハードな所のようだ。

 ヘモジ、そこは目を輝かせるところじゃないぞ。

「それにしても被害ゼロとは驚きだ」

「まあ、これで余計な陰口を叩く者もいなくなるだろう」

 なるほど今回の無茶振りは綱紀粛正の意味もあったわけだ。

「それにしても相変わらず荒い戦い方だ。いいこと? ドラゴンと言えど、あれは商品なのよ」

 姉さんの説教が始まった。

 その場にいた者たちは苦笑する。

 確かに相手が単体なら討伐後の商品価値まで考慮してもいいだろう。

 でも五体まとめてとなると話は別だ。手加減が命取りになりかねない。現に二回ミスをした。

 ドラゴンの団体さんを商品と捉えるのは危険だし、それを当たり前だと考えるのは古今東西姉さんぐらいなものである。爺ちゃんだってそんなときは間引いてから考える。

 その爺ちゃんやリオナ婆ちゃんを引き合いに出された挙げ句、ゼンキチ道場の門下として恥ずかしくないのかと散々だ。

 因みに僕は門下生ではない。ような者だ。爺ちゃんたちに手解きは受けていたから門下とも言えなくもないが、基本的に我流である。

「でもタロスタイプの肉はおいしくないんだよね」

 僕の一言に姉さんは拍子を外した。

「リオナの血はしっかり引いてるみたいね」

 おかげさまで。


 今回の功績とは別に、できたてのイチゴの載ったホールケーキを頂いた。

「もう一個貰ってきた方がよかったかな」

 子供たちが増えた分、分け前は目減りした。

「おいしい!」

「師匠、これおいしいです」

 甲板の熱に晒されながら、船ごと展望ラウンジと化したメインデッキのテーブルの上でケーキを切り分けた。

 新鮮なイチゴは自家製か?

「おいしいね」

「ポ、ポイントが……」

 イザベルは今回入る予定のランキングポイントを知ってそれどころではなかった。モナさんも報酬をどう使うか頭を巡らしている。口元がおざなりだ。

 ソルダーノさん夫婦も目を丸くしている。自分たちは冒険者ではないから貰えるとは思っていなかったらしい。が、我が家の伝統では同行した者はすべて平等に扱うのがルールだ。ランカーではないのでポイントではなく同額の現金になるが。いずれでかい船を買うもよし。間口の広い商店を構えるもよしだ。好きにして貰いたい。命懸けの仕事に付き合うのだ。これぐらいの代償はあって然るべきだろう。ただし損害が出れば、それも共有することになるが。

「それにしても…… なんでヘモジだけ?」

 ヘモジのケーキだけ別に用意されていて、イチゴが生地の間に何層にも贅沢にあしらわれていた。

「ごめん。姉さんはヘモジ、ラブなんだ」

 とは言えヘモジは子供たちに優しいから自分の分のイチゴを分けて回った。

「偉いぞ、ヘモジ」

「ナーナ……」

 ヘモジは身体をくねらせて照れた。

「で」

 ご主人にはくれないのかな?

「ナ?」

 首を傾げた。



 翌朝、子供たちは氷をコリコリ舐めながらマリーと婦人と一緒に魔法の入門書を前に勉強会を始めていた。なぜか姉さんの船からも参加者があった。

 朝からせわしないことだ。

 解体用のドックにあったのっぽな船は起きたときにはもういなかった。

 ヘモジは朝から姉さんに誘われ、姉さんの畑に行っている。

 なんで姉さんの船に釣り上げられたのか? 理由を教えられないまま、釈然とせぬまま時が過ぎる。

 今日も空が青い……

「見晴らしがいいから、別にいいけどさ」

「この景色を見ちゃうと大きな船が欲しくなるわね」

「運用をラーラがしてくれるならいいけど」

「それは嫌かな……」

「気軽な旅は身軽だからできるというものだ」

「副団長!」

 ミセス、ルチッラが後ろに立っていた。

「団長見なかったかい?」

「畑に行ってますけど」

「ああ、そういや、昨日の夜、そんなこと言っていたね。そろそろブリッジに戻って貰わないといけないんだが」

「それなら」

 引き返そうとする彼女を引き止めて、ミントを呼んだ。

「ミント、悪い。姉さんに戻ってくるように言ってくれ。副団長が呼んでるって」

『了解。任せて! その代わり、お昼御飯、奮発してねー』

 空を一直線に飛んでいった。

 奮発するも何も小さじ一杯分をどう調節しろというんだ?

「いよいよ前線入りだ。休暇は終わり。明日からはまた戦いの日々だ」

 大きな胸を揺らして伸びをする。

「船団は一時解散。分かれて、それぞれの持ち場を目指すことになる」

 副団長は船団を見下ろしながら一瞬、悲しそうな目をした。

「なかには二度と会えなくなる者も出るだろう」とは言わずに、僕たちを慮って、不吉な言葉を飲み込んだ。

 船団が散らばり始めたのはそのせいか。

「この船はこのまま君たちを乗せて単独で海を渡る。対岸に着き次第、君たちを降ろして、海上で待機だ。君たちを直接援護できないが、陽動ぐらいにはなるだろう」

 結局、拠点候補の具体的なポイントは定まらず、実際に様子を見て決めることになっていた。候補地はいくつかあるが。その地形の掌握に数日。海上からの調査が終わったら、後は電光石火で要塞建築を進めることになっている。

 だが、事前の情報では僕の求める条件に適う地形は存在しなかった。まず岩盤がしっかりしていること。海からの接近が容易であること。敵が近付きにくいこと。こちらからは視界が開けていて、敵からは見付かりにくいこと、等々。

 そんな都合のいい場所があったら先人がとっくの昔にどうにかしていたことだろう。

 だからちょっとした秘策を考えた。

 持ち込んだ『万能薬』の大半をその時、大量に消費する予定ではあるが、うまく行けば理想的な環境を手に入れることができるだろう。

 その候補地は海から大分離れた内陸にあった。



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