クーの迷宮(地下48階 ソウル戦)暗闇に惑う
「倉庫の方も大変なことになってる気がする」
「気がするじゃなくて、なってるから」
「ナナーナ」
パニーニを頬張りながら、送り続けた装備品の山に思いを馳せる。三分の一は買い取り、残りは素材になると目算する。
自作のテーブルと椅子に腰を据えながら、未開領域の動きを探索する。
「やっぱりあっちにもルートがあるな」
魔力反応が地図の空白地帯にも漂っている。
手元の地図は既に五枚。でも通し番号はバラバラだ。
故に手動でのマッピングも欠かせない。
進行速度はやる気と反比例して上がらなかった。それは宝箱漁りを優先しているからだ。
地図の入手は安全な探索に最も重要なツールだし、結果的に探索の見逃しを減らしてくれる。
今日は地図だけでなくなんとかの金床も見付ける必要があるので、今日中に間に合わないとしても、手を抜くことはしない方がよいと判断する。
「そろそろ行こうか」
ふたりは紅茶を急いで飲み干した。
僕は食器を浄化してリュックに収めると、椅子とテーブルはそのままに次のエリアに歩を進めるのであった。
「『光あれ』」
暗黒エリアは松明も燭台もない真っ暗なエリア。そこはドロップしたマップの情報にも記されていない空白地帯である。そこには隠し扉や一方通行の扉、下手をしたら回転床などもある厄介なエリアである。
一度入ったら脱出も難しい。故に転移結晶はここでは何より重要なアイテムであった。
明かりを暗闇に投下し、先の部屋を照らす。
この段階で奇襲はなくなる。敵は光源に視線を向け、警戒を強めるからだ。
壁に背を当ててうな垂れている槍兵が見えた。
暗闇のなかでの探索の嫌なところは、意外に思われるかもしれないが、常に正面突破を強いられる点にある。
夜目が利くと言っても、まったくの闇に対する耐性は人にも猫又にもない。完全なる闇と星の瞬く夜とはまるっきり別物なのだ。前者である場合、どうしても他の感覚に依存することになる。
その点、ソウルはそもそも視覚で物を見ていない闇の住人だ。元々生命反応しか追い掛けていない。
光源は魔力を伴わない松明の方がいいように思うかもしれないが、生命が活動するのに伴う雑多な反応には熱源も含まれる。心音であれ、体温であれ、何がいいかはそれこそ敵次第だが、吹いて消されるようでは困るので、やはり魔法に頼る方が安全と言えよう。勿論、できるだけ出力は絞るが、それでも闇の住人には携帯ライトの如き明るさを発しているのだ。
それであるが故に光源自体、囮になる。
強烈な魔力反応は眩しい閃光と同様、いやが応にも敵の視線を集める。
立ち上がった槍兵は明後日の方角に身構える。
隠遁かまして存在を薄くしているこちらは光源の強烈な魔力反応のなかに身を隠す。
そして鎧の隙間に切っ先を通し、何もないモノを斬る。
手応えは返ってくる。そして反応は消える。
まさに魂のみの存在。
転がる装備品を検分し、まとめて転送する。
今回の当たりは槍だけだった。が傍らの床には彼の荷物らしき袋鞄が転がっていた。
単なるギミックかと思いきや、中から地図と緑色の宝石が出てきた。
宝箱が六枚になった。が、それも空白地帯が紙の半分を占めていた。
「お」
思い当たる構造。手書きの地図と照合すると、どうやら今現在いるエリアのようであった。
その場で僕はテーブルを出し、魔力反応におびき寄せられてくる敵はヘモジに任せた。
僕は地図情報を急いで統合する。他の二枚ともエリアが繋がった。
「大いなる前進だ」
「ナナーナ」
妙に溌剌としているヘモジ。
振り向けば大量の屍の山。
一度に四体来たのか?
オリエッタに言われるまま分別を行ない、転送する。
もう光源に集まってくる敵はいなさそうだ。
移動するとしよう。
だが、目の前に怪しい扉……
「開けたら戻って来れなくなる」
オリエッタは一方通行の扉だと判断したようだ。それには僕もヘモジも賛同した。
故に立ち止まっているわけで。
地図情報ではこの先には広い空間が広がっている。
「扉の先に敵反応なし」
僕たちは足を踏み入れた。そして振り返り、扉の確認…… ガチャガチャとノブが音を立てるだけ。
「一方通行だった」
光源に照らされた現状は、やや狭い空間。
大所帯ではここでの戦闘は足枷にしかならない広さ。
扉は目の前に二つ。
その一つが開いた。
ヘモジがアタックを掛ける。
僕はリュックを背負ったまま、成り行きを見守る。
敵はヘモジの急襲を扉を閉めることで防ぐことに成功した。ミョルニルで叩いてもビクともしない扉。
反対側からしか開かない一方通行の扉だ。開けておいて貰えると逆走が可能になるので、是非そうして貰いたかったのだが。
「……」
「ナナ?」
「出てこないな」
ビビって逃げたのか?
「いや、違う!」
一度引き下がった敵は数を揃えて戻ってきたのであった。
「何体いる?」
「わかんない」
狭い扉にひしめき合う反応。
扉が開いた。
結界で押し返し、敵の侵入を制限した。
そして引き込んだ相手だけを慎重に倒していった。
どれが最初の一体だったか、もうわからない。
骸の山が扉の前にできあがっていた。
オリエッタのお眼鏡に適った商品はなかったので、まとめて転送した。
扉が折角、開いているので逆走することにした。
ルートが一方通行で構築されていると仮定するならば、恐らくすぐ別の扉に阻まれ、先の場所に戻ることになる。
「こっちで戦えばよかったか」
扉の先の部屋の方が断然広かった。
正規な手順を踏むと大群とここでやり合うことになっていたのだろう。
が、今は無人だ。
「宝箱、あった!」
これ見よがしに柱の足元に鎮座していた。
ヘモジが早速、開錠に向かった。
ミミックでないことを確認。カチリと音を立て、蓋が開いた。
「ナァア……」
「宝らしい宝を久しぶりに見た気がする」
金銀財宝、宝飾品の数々。
「ほぼほぼ換金アイテムだな」
持ち込んだ頭陀袋が足りなくなってきたので、まとめてリュックに収めた。
マップ情報を追記して、繋がる扉を探した。
が、入ってきた扉以外はどれも開かなかった。
やはり一方通行だったか。
一方通行の扉が二つ、この部屋に続いていた。ということは順当なら二度ここを通る羽目になるということだ。
一部屋前に戻り、まだ開けていない扉に足を踏み入れた。
こちらは仕掛け扉ではなかった。
おっと。
床が動いた気がした。
四方を扉に囲まれたクローゼットのような小さなスペース。
「回転床だな」
僕たちの進行方向は変わってしまった。四つの扉のどこから入ってきたのか。
取り敢えず、開く扉を片っ端に開けていく。
来た扉が一方通行の扉ならもう開かないだろうが、まだ序の口、そこまでは仕掛けてこなかった。
とは言え、オリエッタの方向感覚は伊達ではなかった。難なく来た扉を当てたのだ。
「まだこれぐらいなら、わかるか」
回転床のご紹介程度の難易度だった。
残り三枚の内、二枚は仕掛けのないただの扉。残りは一方通行の戻りらしく開かなかった。
我が隊の切り込み隊長が飽きてきた。
僕たちにしては地味に真剣に戦い続けてきたが、もう昼時。集中力も散漫になって来ている。
「ハードだ」
未だ暗黒エリアを抜けられずにいた。
こりゃ、子供たちも苦戦するな。扉を潜る度に誰かしら迷子になりそうだ。
「代わろうか?」
「ナナナ!」
それは嫌なのね。
「暗黒エリアを抜けてから昼食にしたいんだけどな」
地図とにらめっこ。現在いる暗黒地帯の未踏破エリアはあとわずか。
最初に進入したポイントのそばに一周して戻ってきている。
「!」
ヘモジが床にめり込んだ。
突入した瞬間、一体のソウルに迎え撃たれたのだ。
予測していたにもかかわらず、見事な直撃を受けた。
足が抜けない。
敵の二撃目がヘモジの頭上に振りかぶられた。
「ハンマー持ちかよ」
ヘッド部分だけでもヘモジの体格ほどある大槌である。それを操るだけの体格を持つマッチョタイプ。
「ナナーナ!」
手出し無用というので、手助けは控えた。
ヘモジが片足を抜いたところに巨大な鉄の塊が降ってきた。
ヘモジは抜けた片足を後ろに下げ、その場で踏ん張ったままミョルニルを振った。
互いの柄がぶつかり合い、ミシミシと音を立てた。
神器が折れぬかと心配したが、そこは百戦錬磨の戦闘狂。いなして床にヘッドを叩かせ、粉砕、引っ掛かっていた片足を引き抜いた。
そして敵のハンマーヘッドが今度は地面に食い込んだ。
怪力を以て、引っ張り上げようと踏ん張った敵の足目掛けて、ヘモジは振り抜いた。
脛をハンマーで殴るなんて。
オリエッタはあまりの痛さに目を肉球で覆った。
が、ソウルのすね当ては騒音を奏でながら部屋の奥に飛んでいった。
痛みどころか、敵はもう立っていられない。
「ナーナ!」
ヘモジが目を背けているオリエッタに部位判定を求めた。
一番価値のない部分をぶっ叩いてとどめを刺す気でいたのである。が、オリエッタの反応が遅れた。
それもそのはず、一番価値のある部位は飛んでいったすね当てだったのだから。
数秒後、魔力を失った残りの部位のテンションは自然と力を失った。
「……」
転がる大槌を見下ろすヘモジ。実際は平行目線であるが。
それを握り締めると一振り二振り……
ボキッ。
柄が折れた。
あの時、既に勝負は付いていたのか。
ヘモジが壊れた武器を残念そうに遺体の側に転がした。
大きなハンマーヘッドは素材の量としては秀逸だ。
僕は転送した。




