クーの迷宮(地下48階 ソウル戦)ビックチャンス・ラスト・デイ
翌朝は子供たちの騒ぐ声に起こされた。
食堂からはシチューの甘い香りがしていた。
「進級できなくなっちゃうの?」
「だから、ちゃんと補習してくれるって。その日は探索やめて授業に行けばいいのよ」
「おはよう。何かあったのか?」
「師匠、聞いてよ!」
それは『魔法学基礎初等一、風属性の基本・その五』の講義と実習の授業が最後の講義を待たずに中止されることになったことが原因だった。
学校のカリキュラムでは毎日通えない子供たちのために、同じ授業を年四回ずつ行なうことになっていた。生徒は一年の間にすべての授業を最低一度、受講すれば進級できる仕組みになっていた。もちろん時間の許す限り、何度受けても構わない。
当然、一日置きに授業に出ていた子供たちもそれを見越して取りこぼしがないように予定を組んでいた。
だが『風属性の基本・その五』の四回目の授業が教師の都合により突然、キャンセルされることになったのだ。結果、子供たちはカリキュラムの大幅修正を余儀なくされたのである。
ちなみにその授業の予定が入っていたのはまだ一ヶ月先のことであった。が、芋づる式に他の授業の予定もずらしていかなければならないので急ぐ必要があった。
幸い受講人数に制限があるほど大勢生徒を抱えているわけではないので、人数制限であぶれることはなかったが、実習を伴う授業だと備品調達など学校側にも相応の準備が必要であった。
「探索より授業優先にすればいいだけだろう」
「そんな単純な話じゃないよ!」
そうなのだ。単純ではないのである。我が家の子供たちにとっては。
それは授業によって『受講済み必須講座』というものが存在するからであった。
一例を挙げるなら、今回の『風属性の基本・その五』の講義を受けるには『その四』の受講が必須になるのである。
でも子供たちが予定していた『その四』の授業を受ける前に『その五』の授業がなくなってしまうのである。そして『その四』の受講日はその回を除いてもうないのである。
落第決定。
「学校側の都合で生徒を落第させるはずないだろう。日を改めて代わりの授業を入れるから朝から騒ぐな」
さすがに理事長も頭を掻く。
世の理不尽を嫌というほど経験してきた子供たちにとって、不安を払拭する確たる証拠の提示は急務だと思われる。
そもそも『衝撃波』やら『風の刃』やら使ってる子供たちに初等一の授業なんて遊びみたいなもんなんだが。
ちなみに初等科は五年間あるが、初等課一年生が初等五の授業を幼いうちに受けても構わない決まりになっている。ただし、先程述べた『受講済み必須講座』の縛りがあって、段階的にこなさなければならなかった。
こればかりは生徒の安全を考慮する必然から来るものなので特例を認めることはない。例え、王族であったとしてもだ。と言うより王族をも拘束するために縛りがきつくなっているのである。
元々アールヴヘイムの魔法学院のカリキュラムを応用しているので、貴族様の都合など考慮しやすい仕様になっていた。魔法使いの家系の貴族にはユニークスキル等の絡みもあり、得意とする分野を優先取得する慣習があった。それさえできれば我が家的には大丈夫的な。
つまり、風魔法の大家の子息は風魔法の授業だけを最初の数年で一気に取得することも可能なのであった。
要するに我が家の子供たちは隔日の登校であるにもかかわらず、初等一以外にも来年度以降を見越して積極的に授業を受ける気でいたのである。特に『魔法学基礎』の授業はもっとも必須条件に上げられる授業なので、風魔法単体であったとしても影響は大であった。
故に被害甚大。朝から大騒ぎをしていたのだ。
問題は他にもある。
我が家の子供たちも揃っていつも同じ授業を受けているわけではなかった。必須科目のない空いた時間帯にはそれぞれ縛りのない単位外授業などを入れたりして調節していたのである。
例えば、ヴィートの場合は中等部で本格的に導入される『魔法剣』の講座の導入部分を。女の子たちは『料理』や『裁縫』、『宝石細工』などで実益を兼ねていた。
言うなれば、研究会とか同好会的なものであろうか?
それこそ個人の趣味趣向、お家の事情の分だけ存在するのであった。
そこでいくら頑張っても進級には関係ないのだが、強制されないというだけで基本楽しいわけで、子供たちが不平を述べている理由の半分は好きな授業を受ける機会が削られることにあった。
今、思い出したが、アールヴヘイムの魔法学院で大伯母が学院長を務めていたとき『ビッグチャンス・ラスト・デイ』というとんでもない補習授業が行なわれたことがあった。
僕は学生ではなかったが、手伝いで参加させられていた。
それはまさに『ラスト・デイ』。年末という意味ではなく風前の灯火となるやもしれない『ラスト・デイ』である。
それは何あろう、ドラゴン退治の実習であった。生き残れたら、その年の未習得授業のいくつかを仮免除して貰えるというものだった。次の年、しっかり受け直す必要はあったが、その年の落第はなくなるので恩恵は大いにあったらしい。
ヴィオネッティー家の成人の儀式じゃないんだからと言いたくなるが、実際、これが人気を博したのである。当時は抗議も殺到したが、大叔母がいる間は毎年行なわれていた。当然、僕も毎回強制参加であった。
大伯母が引退したときには、補習の名を借りた『ラスト・デイ』を惜しむ声は少なくなかった。
何せ、お金のない苦学生などはともすれば、そこで一年分の学費が稼げていたのである。
「うちの子たちに『ラスト・デイ』はぬるいよな……」
思わず呟く自分がいた。
兎にも角にも、パッチワーク作業がうまく行くことを願っている。
そして僕たちは楽しい四十八階層攻略に向かうのだった。
四十八階層と言えば『ソウル』。『ソウル』と言えば、ドロップアイテムである。
人型サイズの装備が手に入る数少ないフロアであり、しかも四十八層という深層でのドロップである。ドラゴンにも通用する最高装備が手に入る人気フロアであった。
それを独り占めできるなんて。
何せ、今回の敵は人である。否、人だったものである。その魂が鎧に憑依した存在が『ソウル』なのである。
爺ちゃんたちには『ソウルの置き土産』という魔法残滓だかを利用して、より強力な武具に加工し直してくれる迷宮都市の鍛冶屋がいた。
が、こちらの迷宮では牧場以外見付けていないので、通称『ソウル装備』を再加工してくれる人物はいない。それでも充分強力だから問題ないだろうが。できれば全装備を完璧に揃えたくなるのは人の常。
「こっちの迷宮でもなんとかなればいいんだけど……」
僕自身の装備はもうカンストしているので、壊れない限り他人事ではあるが、子供たちはこれからだ。いずれ成長期も迎えることだし。
一番怖いのは魔物より人だとよく言われるが『ソウル』は魔物で元人種である。着ている装備や付与によって、強さも動きも思考パターンすらも変わってくる厄介な相手である。
ヘモジも僕もそれが装備集めより楽しくて仕方がないのであるが。
フロア構成はこれぞまさにダンジョンという様相を呈していた。石の壁、石の床、明かりは燭台の炎の明かりのみ。通路は入り組んでいてトラップも少なくない。
ヘモジも朝からウキウキである。子供たちの騒ぎなんて二の次だ。
「照明が進化してる」
火の魔石を使った燭台だったものが、光の魔石を使った物に進化していた。燭台もランタンに。
追加で照明を用意しなくても済みそうだが、その分、影も濃くなっていた。
これ見よがしに罠が仕掛けてある。ここに罠があるということは本命の罠は後ろか?
「ナ?」
「あ」
わかっていて嵌まるなよ。
ヘモジは咄嗟に横にローリング。影に隠れた天井から振り子のように落ちてきた丸太が目の前に!
結界で衝撃を受けつつ、バク転。
「あ!」
これ見よがしに仕掛けられていた加圧板を踏んでしまった。壁の穴から尖った槍が襲い掛かってきた。
「……」
素人かよ。
「わざわざ試さなくてもいいと思う」
オリエッタがいつの間にか僕の肩から退避していた。
ヘモジがケタケタ笑う。
「お前のせいだ」
「ナーナ」
魔力反応!
通路の先から何かがやってくる。
ここのソウルは探知能力がやたらと高い。隠遁スキルは相当高くないとやり過ごせない。
つまり見付かったらもうやるしかないのである。
ガシャガシャとやってきたのはフルフェイス装備のナイトだった。
『ナイトソウル レベル六十八』
武器はランス…… 騎士が徒歩じゃ意味ないだろう。
ランスを構えて突っ込んできた。
ヘモジと左右に分かれて懐に入った。薙いできたが、同時にボコった。
オリエッタさん、はよ鑑定。
「本体みっけ」
メットだった。
「ナーナ」
ガントレットと二つ、ミスリル製だった。『ソウルの置き土産』を利用できる鍛冶師がいれば本体探しも意味あることだが、加工できる特殊技能者がいないんじゃ、アップグレードはできないのでこのままだ。
「誰か買うだろう」
素の状態でも相応の性能はあるので倉庫送りにしておいた。
牧場の女将に加工できる知り合いがいないか聞いてみようか。




