クーの迷宮(地下47階 コモドドラゴン戦)はずれの日
押し扉の先に鉄格子があった。
「やっぱ鍵、必要だった」
誰だ「鍵なくてもよかったじゃん」とか言ってた奴は。
ヘモジが僕の肩を蹴飛ばして、子供たちの拵えた足場に乗り移り鍵を回した。
カチャリ。
思いの外軽い音。
子供たちが格子に手を掛けてスライドさせた。
「あれ? ここ来ちゃってよかったの?」
僕たちは脱出部屋にいた。
順調にいき過ぎて、ドラゴン戦を忘れていた。
「戻るか……」
「戻ると敵に見付かるかもしれないから、酒蔵の方にする?」
「牧場でお茶しない?」
「おー、ナイス、アイデア!」
一斉にこちらを見る。
「そうだな。ドラゴンの襲撃まで一時間あるからゆっくりするか」
子供たちは転移ゲートに飛び込んでいった。
「チーズケーキ!」
お食事処にケーキが並んでいた。
僕とオリエッタはそれと紅茶を頼んだ。
子供たちはクレープに各種甘いフルーツジュース。
ヘモジは丸ごとマンダリーノを棚卸し中の行商人から手に入れてきて、さらにフルーツジュース。
「空が青いねぇ……」
「アイス食べていい?」
「まだ戦うんだからな」
「はーい」
「のどかだ」
「レース、しないのかな?」
「まだお客さんいないでしょう」
レースをする羊たちもまだのんびり草をはんでいた。
「そろそろ行かない?」
ぼけーっと景色を見ていても退屈だ。
飲食を終えてやることがなくなった子供たちはソワソワしだした。
「ちょっと身体動かして暖めないと」
「いきなりドラゴン戦はきついよね」
「なんか食べたら眠くなってきた」
「寝たら置いて行くからね」
「ヨーグルトまだ残ってる」
「それ食べたら行くわよ」
「折角のおいしい匂いが……」
ワイン蔵に戻った途端、血の臭いに包まれた。
場違いな甘い香りを消すために、名残惜しいが浄化する。
「行くぞ」
近くにいる敵を順番に倒していく。ドラゴンが現われるまで目標がないから、ただ淡々と処理していく。
でもこういう時にしかできないフォーメーションの確認とか、新たな模索とか、やることはそれなりにあった。
こちらを見付けたミノタウロス兵が今、一心不乱に迫ってくる。
「一度やってみたかったんだ」
ジョバンニが敵の前に立ち塞がった。そして杖を掲げた。
「『身体強化』あーんど『タイタンハンマー』ッ!」
それはタイタンの携帯武器、ミンチハンマーと同型の物だった。
ジョバンニはそれを宙に浮かべたまま、振りかぶった。
「ナナーナ!」
ヘモジの目がキラリンと光る。
兵士諸共、床を撃ち抜いた。衝撃で側壁まで吹き飛んだ。
「やり過ぎた!」
「ちょっと、大きな音立てないでよ! 敵が寄ってきちゃうじゃない」
天井も落ちてきた。
「念のため言っておくけど、ハンマーは投げるものじゃないからな」
大きく空いた天井の穴から敵が覗き込んだ。
言ってるそばから、ヘモジはミョルニルをそいつに向かって投げ付けた。
「ナナ?」
「なんでもない……」
「ジョバンニ、一回休み」
騒ぎを聞き付けた敵がもう一体、現れた。
「今度はマリーの番! 必殺『水籠』!」
ただの水の塊だった。
ほんのちょっと前までは手のひらに水を満たしただけで喜んでいた少女が…… 今ではミノタウロスが溺れるほど…… 大人になったなぁ。
「エグいことするな、お前」
「ふふふ。頭に金魚鉢をかぶせるイメージ」
「だったら籠じゃないじゃん」
「『金魚鉢』じゃ、かっこ悪いでしょう」
「じゃあ、今度は誰がやる?」
「それより来たみたいよ」
崩れた壁から望む城壁の上の兵士たちが慌ただしく動き始めた。
その視線は決まってあらぬ方を向いていた。
遠くの空に確かに大きな魔力反応が感じられた。
小物を相手にしている場合ではなくなったようで、追撃も来なくなった。
「ここは危なそうだな。一旦、退避するか」
僕たちは再び迷宮を脱して、駆け足で入り直した。
出た先は再びワイン蔵である。
この場所は安全地帯になっているので急襲を受けても取り敢えず安全なはず。
案の定、城の屋根が吹き飛んでいた。
瓦礫が中庭に散らかっている。
「どこどこ? こっからじゃ見えないよ!」
「どうします?」
「待て待て。敵の正体を見極めてからだ」
複数出てきた様子はないが、ドラゴンの種類を見極めてからでなければ対峙させられない。余裕で三つ巴をやらせられる相手なのか、否か。
「空からやるの?」
「やるとなったらな。でも今は正体を探る方が先だ」
オリエッタが肩が凝ったかのように首を回した。
「…… はずれ」
「はずれ?」
「何ドラゴン?」
皆が肩の上のオリエッタを見上げた。
「『コモド』だった」
子供たちの緊張感が一気にほぐれた。
「普通肉か……」
肉質で一喜一憂するなよ。
「もー、なんでいつも見えない所で戦ってるのぉ!」
「ドラゴンだって自分の身は守りたいだろう」
「身を隠しながらとなれば、必然的に高い建物の陰にだな」
ブレスの炎が撒き散らされた。
「うーん。迫力足んないね」
とは言っても、バリスタはあっという間に炎上、ミノタウロス兵もまとめて丸焼けだ。
「六四でミノタウロス優位かな」
「ミノタウロス削る?」
「任せるよ」
子供たちは城壁の上に上がるルートを模索する。が、ミノタウロスの防御は堅く、迂闊に姿をさらせないでいた。
『コモドドラゴン』がうまい具合に城壁を破壊してくれることを期待しながら、僕たちは展開をじっと待った。
しかし、今度の『コモドドラゴン』はどうにも戦い慣れしていないように見えた。言うなれば、まだ若いのである。
どう見ても、遊びでちょっかい掛けて思わぬしっぺ返しを食らっているという間抜けな状況であった。
羽はバリスタの総攻撃で既にボロボロ。逃げるに逃げられない。
「もう一体ぐらい出てきても罰は当たらないと思うんだけど」
見上げても増援がやってくる兆しはない。
フロアボスの強さにばらつきがあるのは問題があると思うのだが。
「弱いドラゴンに当たって唸ってる冒険者もおかしいんだけどな」
やけになったドラゴンは辺り構わずブレスを吐きまくった。
「あれじゃ、体力保たないよ」
子供たちにまで心配されている。
「詰んだな」
このままではミノタウロスの掃討を自力でしなければならない。となると、あいつのでかい魔石も昨日のように取りはぐる可能性が出てきた。
「ドラゴンはもうあの位置から動けないだろう。魔石回収の準備した方がいいかもな」
「移動するの?」
「それがいいと思うけど、近づき過ぎると巻き込まれるからな」
「中から行くぞ」
トーニオが先頭に立って指揮を執る。
子供たちは壁に空いた亀裂から城内に進入した。
ドラゴンの足元に留まりたい者などいないから、城内はすっかり無人になっていた。
『コモド』が身をよじる度に瓦礫が降ってきた。
そしてよろめいた拍子に本塔にぶつかった。
窓から差し込む光が瓦礫に遮られて城内が暗くなった。
「ブレス来るぞ!」
トーニオが叫んだ。
一瞬、目の前が赤くなった。
子供たちは意志を強くした。
壁に守られ直撃は免れたが、空気は吸い込んではいけないレベルにまで熱せられた。
僕たちは冷気を周囲に満たした。
「やっぱりドラゴン、怖ーっ」
「でもこの程度の壁も貫通できないなんて」
「威力、弱くなってる?」
「そうだな」
光に誘われるように僕たちは反応を追い掛け、近くの瓦礫の隙間から外に出た。
「ああ!」
子供たちが悲痛な声を上げた。
「すぐそこまで来てたのに!」
なんと『コモド』が逃げを打ったのだった。
僕たちが出た先に彼はもういなかったのである。
別の壁に向かって突撃した後だったのだ。
こちらが奴の骸のそばまで行くには、もう中庭を突っ切るしかない。
衝撃と共に壁が崩れた。
上にいた多くのミノタウロス兵は地上に投げ出され、バリスタも落下して瓦礫に加わっていた。
周囲にいたミノタウロス兵は叫び声を上げて、一斉に矢を放った。
勝負ありである。
『コモド』は羽ばたけど、もはや埃すら立たず、稀に見るひどい結末で命を落とした。
それでもミノタウロスの総力を半減させる成果を残したことはさすがと言うしかなかった。
「あいつの肉はいらないかな……」
「そだね」
「さて、困ったな」
よりによってあんな目立つ場所で息果てるとは。魔石を取りに行こうとすれば、あっという間に周囲の弓兵に狙い撃ちされてしまう。
「よし、囮部隊を編成するぞ」
トーニオが言った。
「回収はニコロとミケーレに任せる。見付かるなよ」
「結界二枚で大丈夫かな」
「敵の注意は全部、引き付けてやるって」
「ナナーナ」
「ヘモジが付いていくってさ」
「じゃあ、安心だ」
ヘモジは結界張れないけどな。
残りの子供たちは空に舞い上がった。そして編隊を組みながら、手薄なバリスタを破壊して回ることにした。
慌てたのはミノタウロスだ。一戦終ったと思ったら、突然の乱入者だ。大分前からいたけど。
大急ぎで持ち場に戻っていく。
「一基、破壊!」
巨大なバリスタが吹き飛んだ。
ミノタウロスの矢が一斉に空に向かって放たれた。
子供たちは城壁より一旦、低く飛んでやり過ごすと、そのまま城壁に穴を開けて、そこから城外に出て後ろを向いているバリスタを狙った。
「城壁ぶち破るって……」
しかも巨人が造った分厚い城壁を。
土の属性魔法って野暮ったく見られるけど、攻城戦では無敵じゃないか?
子供たちは矢の届かない所まで上昇すると、土や氷を固めて造った球体を形成して、次々投下していった。
加速のついた塊は城壁諸共バリスタを壊していった。
「あー、外した!」
マリーが落下地点を誤って、何もない場所に落とした。
でも横にいたカテリーナが見事城壁を削って、ミノタウロス兵を巻き込んだ。
「最初からこうすればよかったね!」
「ドラゴンが飛べる間は駄目じゃんか!」
「そうだった」
ニコロとミケーレの回収作業が終ったようだ。
が、何やら様子が変だ。
「ヘモジ、お前か!」
なんと崩れた瓦礫を伝って城壁に登り、こちらに気を取られている敵兵を後ろから急襲しようとしているのだった。
「先に転移して戻れよ!」
お前たちが撤収しないと、こっちも戻れないんだからな。
ヘモジはどうなろうが構わないが、後ろのふたりに何かあっては取り返しが付かない。急いで子供たちの半数を向かわせた。
「世話の焼ける!」
昨日の反省を元に、僕は雷を周囲に放った。
「おーッ」
「みんな動かなくなった」
「移動するぞ。合流して撤収だ」
「はーい」
「りょうかーい」
「魔石は?」
「『コモド』の分だけでいいだろう。もう昼も回ってるし。宝物庫、開けたきゃ、昼飯食ってからだ」
合流した僕たちは脱出した。
そして合議の末、本日の探索は終了となった。




