クーの迷宮(地下47階 コモドドラゴン×2戦)イージーモード
「あー、待ってられない!」
僕とヘモジは五分で我慢できなくなった。戦闘は通常のドラゴン狩りの様相を呈し始め、持久戦に移行していた。
これではドラゴンが魔力切れを起こすまで終らない。
なので、これより問答無用の殲滅戦に移行する。
「凍ってしまえ、何もかも」
「ナナーナ!」
お互い『コモド』を一体ずつ屠った。ヘモジは投擲したミョルニルで。僕は『氷結爆裂』を放ってミノタウロス兵をできるだけ巻き込んだ。
「残敵掃討開始だ!」
完全にミノタウロス兵は僕たちに後ろを取られる格好になった。
バリスタのほとんどは焼け落ちていたが、使えるバリスタもあった。が、すべて射程外に位置していた。
破壊された足場が、僕たちへの接近を遅らせていた。
その間にこちらは遠距離から仕留めていく。
「急がないと魔石になっちゃうよ」
そうだった。のんびり戦っている場合ではない。心臓を分離しなければ。でも今は『コモド』に接近できない。
オリエッタのソワソワ貧乏揺すりが伝わってくる。
しくじった。接近してから倒すべきだった。
範囲攻撃を持たないヘモジに無理強いはできない。素に戻れば別だが。
ここは僕がやらなければ。
僕とオリエッタはドラゴンの陰に転移した。
凍らせたのも悪手となった。雷でも落としておくべきだったのだ。
突然消えたので、こちらの位置は発見されていない。が、このままでは敵の注意がヘモジに集中してしまう。
「急げや、急げ」
尻尾が僕を鞭打つ。
同時に巻き込んだミノタウロス兵たちが次々魔石に変わっていく。
時間切れだ。
僕は強引に心臓部を魔弾で撃ち抜き消滅させた。回収量は減るが致し方ない。
同時にヘモジが倒したドラゴンの骸も消えた。
「転送する!」
こちらの巨体は解体屋送りだ。損耗三割。ただでさえ凡庸な肉が半分、凍結肉になってしまっている。
「失敗したーっ。買い取り安くなっちゃうな」
「失敗しないリオネッロはなんか違うと思う」
こう見えても充分ベテランなんですけど。
ミノタウロスも一緒に処分しようと欲を掻いたのが間違いだった。
「それより助太刀に行かないと」
さすがにヘモジも効率が落ちてきている。
ヘモジは楽しそうだが、ヘモジの超人的な動きの源泉は僕の魔力だ。
早々枯れるものではないが、程々に。
僕とオリエッタは敵を挟める位置にある城壁跡に転移するとその身をさらした。
「はいはい。半分はこっちおいで」
今度はミスらないから!
雷鳴が空に繰り返し響き渡ったのであった。
「ナー……」
さすがのヘモジも大の字になって転がった。
「いやー、見事に壊れたな」
「惨憺たる有様……」
これほど巨大な城がこうも容易く瓦礫と化すとは誰も思うまい。
「魔石集めるの、かったるいなぁ」
「もうドラゴンの魔石だけで……」
「…… ナ?」
「あれ? 回収した?」
「してないと思う」
「ナナッ!」
僕たちは顔を見合わせた。
そして駆け出した。
ヘモジが倒した『コモドドラゴン』の骸があった場所に。
「なんたるちーあ」
「ナナーナ……」
「いやー、久しぶりに落ち込むわ」
「『コモドドラゴン』に馬鹿にされた気分。それも二体分」
「同感」
「ナーナ」
二兎を追う者は一兎を得ず。
「今日はもういい。宝物庫、見て帰ろう」
金銭的なあがりは悪くない。でも僕たちが迷宮に潜る理由の一つは前線に動力源となる魔石を供給し続けることにある。
「はぁ……ドラゴンクラスの魔石をみすみす逃すとは情けない」
ミノタウロス兵の魔石もこちらを馬鹿にするように次々消えていく。
今更回収する気にもならない。
間接的ではあるが、宝物庫の物品で稼いだ金で補給物資調達に貢献することにしよう。
半日仕事になったが、午後は完全にやる気が失せた。
出口から次のフロアに繋がっていることを確認して、その日の探索は終了。倉庫整理をしながら一日を終えるのだった。
翌朝。気分一新。
全員で白亜のゲート前広場に並ぶ。
「レベルの制限はあるとは思うけど、勝てないドラゴンが出てくる可能性もあり得る。そのときは僕とヘモジも参加するから『えー』とか言わないように」
「どうせならブルードラゴンがいいな」
「倉庫の在庫少なくなってきたもんね」
「最近食べた記憶ないんですけど」
「接待で使ってるっぽいよ」
「じゃあ、ラーラ姉ちゃんだけ食べてんだ」
「市場に流してるんだよ。現金が使えないときは物で釣るのが定石だからな」
「やっぱ、自分たちの分は自分たちで確保しないとね」
「うんうん」
「なんでやること確定してるんだよ」
「……」
カラードはワンランク上の上位種だ。あの状況下では子供たちにはきつい相手だ。下手をしたらまともに戦えないかもしれない。
「ないな。『ブルードラゴン』が相手じゃ、ミノタウロスの守備隊はあっという間に壊滅だ。レベル調整が入って階層レベルまで下がってて、ちょうどいいぐらいの相手だ」
「あー、やっぱうまい話には裏があるんだよなぁ」
「誰がうまいこと言えって言った」
「あんたもね」
「はっ! 俺天才?」
「バカ」
「順番来たわよ」
「気持ち入れ替えろ。まずはミノタウロス城の攻略だぞ」
「ういーす」
「おっさんかよ」
「なんの音?」
「上で肉、捌いてるんだ」
「……」
「捌く音じゃないよね」
階段から厨房を覗き込む。
ダンダンと力任せに出刃をまな板に叩き付けていた。切ると言うより、潰して裂いている感じだ。
それを昨日のドロドロの鍋汁のなかに次々投下していった。
「あ、なんか料理持っていくみたいよ」
「あれが料理って言えるならね」
生肉を薄くスライスしただけの物。僕たちからすると充分分厚いブロック肉であるが。
恐らく上の階に運ぶのだろう。
「付いて行ってみる?」
子供たちの好奇心に付き合うことになった。
食堂のスタッフは生肉が山盛り入ったバケツを二つ両手にぶら下げて部屋を出ていった。
僕たちは彼を追い掛けることにした。
「あー、行っちゃうよ」
「こっち来る奴、邪魔だな」
「曲がったら、やるぞ!」
「了解!」
「早くやっちゃおう!」
違うところに熱が入っているな。
「消音結界からの――」
音が突然、遮断された敵は慌てふためいた。
だが、どんなに声を張り上げても声が外部に漏れることはない。
子供たちは頭部を凍らせた。
骸は一見寝ているようにしか見えないが、廊下に転がしておいたら怪しまれること請け合いだ。
かと言って、移動させる余裕はない。
案の定、部屋から出てきた使用人が寝ている奴を発見。叫び声を上げるが、そのとき僕たちは食堂スタッフを追尾して螺旋階段の鉄格子の前にいた。
「この先の扉は開かないはずなんだけど」
巨人がガシャガシャとポケットをまさぐり鍵束を取り出すと、一枚目の格子扉と二枚目の木の扉をあっさり開錠した。
「……」
鍵を掛け直そうとしたので、急いで対処する。
「通れたんだ」
オリエッタも唖然。
「ナーナ……」
ヘモジも呆然。
気の毒な料理人が肉をぶちまけ階段を転がり落ちた。
昨日の努力はなんだったんだ。反芻して嫌なことを思い出した。
螺旋階段は三階まで直通であった。
「いるぞ」
大きな反応が散らばっていた。恐らく側近クラスであろう。
これをどう解釈してよいのやら。
食堂スタッフが運んでいた料理はここに運ばれるべきものだったのでは?
そこは王族専用の食堂。執務室の手前にある大部屋だ。そこにお偉いさんが集合しつつあるが、料理の入っていたバケツは螺旋階段に転がっている。
「敵は王様だけなんだけどなぁ……」
展開が早過ぎる。これじゃあ、ドラゴン登場まで間が持たないかも知れない。
結局、城壁の連中を掃討する羽目になるのか。
「王様、まだ来ない?」
「突き当たりの寝室にまだいるみたい」
使用人が起こしに行く模様。
今襲撃すると見張りの兵を含めて五体を同時に相手しなければならなくなる。でもこのままやり過ごしていては襲う機会は減るばかりだ。螺旋階段に転がっている料理も発見されるだろうし。
僕の視線に気付いてトーニオが頷いた。
「見張りを倒すぞ。王様まで連戦だ。一気に行くぞ!」
小声で叫ぶ。
「結界は僕がサービスしよう」
一方向のみの消音結界だ。
子供たちは安心して掃討に取り掛かった。
王様はまだ気付かず部屋にいた。
でかい錫杖も壁に立て掛けてある。
子供たちが雑魚敵を相手にする調子で突っ込んだ。が、凍らせる前に太い腕っ節で防がれてしまった。
さすが雑魚とは違う。
そして残った片手で殴りに掛かる!
結界が複数あっという間に持っていかれた。
錫杖で殴られていたらと思うとぞっとする。
が、子供たちは二撃目を以て、王様の脳を凍らせることに成功した。念のため凍った頭をヘモジがミョルニルで潰した。
「鍵あったよー」
「今日は順調だな」
「昨日はなんだったんだろう?」
鍵はベッドの脇に転がっていた。倒れた拍子に落ちたのだろう。
ヘモジが昨日と同様、ひょいと担いだ。
「ナナナ」
「すごいね。へもじちゃん」
「ナナーナ」
はい、そこ。デレない。
僕たちは王の間を目指した。
側近たちはまだ食堂にいた。
意外に辛抱強いな。
料理が来なくても机を叩いたりしないようだ。
その間に僕たちは無人の王の間に潜入した。そしてあっさり玉座の後ろにスティック状のスイッチを見付けた。
「大きな音がしたらさすがにばれるな」
結界でどこまで防げるかはやってみないとわからないが。なるべく範囲を広げて。でも体感する振動までは防げないから要注意で。
昨日のような大掛かりな仕掛けだと、腹ぺこ兵士たちが寄っててきてしまう。が、そのときは、そのときだ。
僕はスティックを倒した。
ゴゴン!
緊張の一瞬。
「おや?」
それだけ?
子供たちは辺りを見渡す。すると玉座の裏の壁に隙間が生まれていた。
「ナナナ」
「押したら開くって」
むちゃくちゃイージーモードなんですけど。




