クーの迷宮(地下47階)楽しい城内探索
翌日はワイン貯蔵庫からの開始である。
「騒ぎになる前に、出口を見付けたいところだな」
地下のワイン蔵から上層に向かう。
外を覗くとまだ何も起きていない様子。
血なまぐさい厨房のミノタウロスは忙しそうに何かわからない巨大な肉を出刃包丁でダンダンとまさに叩き切っている。
後ろの暖炉には巨大鍋が架かっていて葱が丸ごと十本ほど刺さっていた。
「ナー」
「薬味かな?」
「『ドロドロスープ』だって」
「名前あるんだ」
無視して居館に入る。
城の構造が単純化しているとはいえ、城は城。王族の生活空間に外から辿り着くのは意外に難しい。唯一の例外が謁見可能な王の間だが、その分、見張りの配置が嫌らしい。騒ぎになったら城中の兵隊が退路を塞ぎに来る。
台所から城内に入ると使用人たちが利用する裏方ルートからの侵入になる。そうなると謁見の間から遠い、入り組んだルートを行くことになる。
まず使用人用の食堂のある二階に向かって、そこから王族の生活空間のある三階に上がり、そこから王の間まで下る必要がある。
エルーダに比べて一回り小粒な城だが、それでも八つの区域に跨がる要となる大城だ。
ワンフロアにひしめく兵隊の数もそれなりにいる。
とは言え、今のところやり過ごせない相手はいないし、ヘモジが倒したいと食指が動く相手もいない。
「その部屋に二体いる」
「ナーナ」
『雑魚は無視』と言って、とっとと先に行くヘモジ。
まあ、全部は相手にしてられないからな。
すぐ近くにある階段を上がり、建物の装飾がそれなりになってきたところで、ワイン樽が転がっている大部屋を見付けた。
裏方用の食堂か? 時間外らしく閑散としていた。
地図を参照。
そこから更に城を半周すると兵士詰め所があるようだが、そちらには今のところ用はない。
僕たちは食堂に併設された簡易厨房を抜けて、使用人の蛸部屋も通過して上階を目指した。
食堂を抜けた先の塔にある螺旋階段から上層に向かおうとしたら、鉄格子に鍵が掛けられていた。
「封鎖されてるならされてるって、ちゃんと書いておいて欲しいな」
使用人の誰かが鍵を持っていそうである。が、戻りたくない。
開錠しようにも鍵のサイズがそもそもミノタウロスサイズ。錆もひどい。
「どうする?」
破壊はできる。強引に上階を目指すことは可能だが。
当然、突破である。
僕は鉄格子を熱して溶かした。
そして上階へ。と思ったら別の頑丈な扉が道を塞いでいた。
「非破壊オブジェクト……」
未知の魔法障壁によって僕たちの破壊行動は無効化された。
「鍵取ってから出直せってことか」
「ナナーナ」
無敵の扉をヘモジが蹴飛ばす。
「二階から向こうにはいけないので、ここは一旦一階まで降りて、次の角にある塔の階段を目指す。そこから上がって、折り返すか、更に直角に曲がるか…… どの道、詰め所のそばを通ることになりそうだな」
台所から出直していては来客が来てしまいそうなので、階段をこのまま下まで下りて、別ルートを行くことにした。鍵は道中発見できればよし、なければしょうがない。
途中、窓の外に鍛冶場で鉄を打つミノタウロスを見掛けた。
振り下ろす一打一打が重く、振動で小屋の藁葺き屋根が飛び跳ねて、その度に埃が舞った。
「ナァ……」
あの槌は上物ではないかと一瞬、ヘモジが足を止めたが、オリエッタが具体的なスペックを指摘して関心を余所へ追いやった。
鍵を探して一室ずつ覗いていく。
鍵を管理しているような様子はない。
雑魚もこの際、狩って行く。鍵を持っていないか確認するために。
「いる!」
突き当たりの螺旋階段の上がり口を塞いでいる兵士がいた。金ピカ装備を着た近衛兵だ。ただでさえ頑強なミノタウロスに全身鎧は反則だ。さすがに切れ易いバーサーカーを近衛に配置はしていないようだが。
状況的には魔法優位のフロア構成になっている。
とは言え、ヘモジなら一兵卒程度、即行で倒すことが可能だ。が、倒して転倒させてしまうと鎧の音が周囲に響き渡ることになる。上層は詰め所。増員の可能性大である。
なので、まずは消音結界で周囲を囲う。
音が突然、消えて慌てる兵士。
「ナナーナ!」
結界を試すかのように叫びながら突貫するヘモジ。
顔面を蹴り飛ばした。
転がる巨人。投げ出される斧。
倒れた相手の顔面にミョルニルでとどめを刺そうと空中で一回転して降下する。
が、既に絶命したようで、ヘモジはその手を止めた。
結界を解除すると音が返ってくる。遠くで鉄を叩く音。窓から吹き込んでくる風音。そして鎧が擦れる音。床を踏む鉄靴の音。
下りてくる!
音は消せても、倒したばかりの兵士の骸は消せない。
「気付くなよ」
足音が螺旋階段を下りてくる。
まっすぐな階段であったら一目瞭然だっただろう。さて、何周したら視線が通るだろうか。
足首が見えた。
消音結界で敵を覆った。が、今回は少々高度に結界内に入ってくる音は素通りするように設定した。
敵は違和感なく結界内に入ってきた。自分の足音が反響しなくなったことには気付かず、一歩、また一歩。
足元を凍らせたらバランスを失って落ちてきた。
うつ伏せで叩く場所がなかったので、兜ごと凍らせた。
最初の一体目が魔石に変わった。
もうちょっと早かったら、問題なかったのに。
倒れ込んだ巨人が階段を塞いでしまった。ヘモジとオリエッタは隙間を行けたが……
僕は超短距離ジャンプ。転移して数歩先に着地する。魔力消費を考えると超が付くほどの無駄遣い。
魔石に変わるのを待って、ゆっくり進んでもよかったのだが、来訪者のことを考えるとあまり悠長にはしていられない。
「あ、鍵探すの忘れた!」
消えた兵士の所持品を漁るのを忘れた。
「持ってなかった」
ナイス、オリエッタ。
倒れている兵士にも目を凝らすオリエッタ。
「うーん。王の間に着くのが早いか、ドラゴンの登場が早いか」
出口の鍵を持っている王様との接触は必須なので、ドラゴンと刺し違えてくれるにしてもその場に立ち合わなければならない。
でないと、王の臨時代理が騒動の後、王座に座り、鍵はまた翌日まで待たなければならなくなる。
ミノタウロスが勝利すれば問題ないことだが。
上階は兵士がワラワラいた。
螺旋階段をそのまま上に向かい、やり過ごそうとしたら、踊り場が物置にされていた。
「おーい」
詰め所の前を通ることになった。
オリエッタに頑張って貰って所持品を随時、確認して貰っているが、兵士は持っていなさそうだった。やはり使用人が使う扉なので非戦闘員を狙った方がいいのか。でもこの辺りに使用人はあまりいない。
角まで行って、またそこの階段を探るしかない。上に行けないようなら、これはもう諦めて台所から再スタート。使用人を軒並み襲って、鍵を入手するしかない。
「いや、そのときは外に出て、外から侵入するとしよう」
なるべく城の設計者の意図を汲んでやりたいところであるが、ここまで来ちゃったし。
「誘導しないと駄目だな」
一体と戦闘になったら、芋づる式に察知される間隔で見張りが立っていた。
少し戻った所の扉を開けて、中に向かって魔法を放った。部屋は大爆発。
「あれ?」
「やり過ぎ」
「ナーナ……」
空が見えた。
「何かに引火した?」
兵士たちが続々と部屋に飛び込んできた。
僕たちは隅に隠れて、それらをやり過ごした。
もはや廊下の見張りは少数。
ヘモジと僕で順番に手早く倒していった。
そして突き当たりの塔内部に螺旋階段を見る。
「今度こそ」
「やったー。三階に到達!」
角を一回折れれば、王の間はすぐそこだ。
「ナナーナ!」
ヘモジの目の色が変わった。敵の鎧の色もいぶし銀に……
近衛のなかでも精鋭。一目見てわかる威圧感。バーサーカーの恫喝するような圧力ではない。それは静かな、これぞ、強者の威厳!
ヘモジの不意打ちをかわした!
それだけでやり手だとわかる。
でも勝手に行くのはやめて!
ヘモジの突貫はこっちにも不意打ちだった。
ヘモジの変幻自在の動きに着いていけずに巨体がよろめく。
「いけない!」
音を消していなかった。
急いで結界を展開させる!
若干、音は漏れたが、大音響が城中に響き渡ることは避けられた。
床に倒れた精鋭に向かってとどめを叩き込むが、これもよけられている。
が、床にヒビが入った。
「この城、別の意味で脆くないか?」
さて、助太刀するべきか考えてしまう。
「ナナーナ!」
『先に行け』と言うので、そうさせて貰った。
精鋭はあちこちにいる。が、巡回時間ではないようで、城内は落ち着いている。
「来た!」
部屋から出てきた一体が近付いてくる。
剣を鞘から抜く擦れる音。
「気付かれてるし」
気付かれたのはこっちか、ヘモジか?
ヘモジだ!
僕たちの前を通り過ぎようとした。
僕は壁を蹴って、三段跳び。後頭部に蹴りを入れた。と、同時に兜と鎧の隙間に『無刃剣』を叩き込んだ。
ヘモジも自分もやる気になれば鎧ごとやれなくはないのだが。でなきゃ、そもそもドラゴンの相手などできないわけで。
ヘモジも戻ってきたので、正面の扉を開けた。
「ここは執務室か? それに隣接する補佐官の部屋か?」
「あった!」
オリエッタが鍵の束を見付けた。が、同時に四体の巨人に見下ろされることになった。
ヘモジが一体の顔面を蹴り飛ばした。
僕も対角の相手に『衝撃波』を鎧の上から叩き込んだ。
二体は瞬殺。だが、残る二体が戦闘態勢!
火炎魔法がヘモジを襲った。
「ここで火を使うか!」
魔法が使える知性はあるのに、室内が燃えることはお構いなしか?
そりゃ、執務室といっても、蛮族の屋敷に過ぎないから貴重品は毛皮ぐらいしかなさそうだが。
「完全耐性がある僕たちに、魔法は通じない」
おまけに結界が何重にも作用している。
そこの小人はドラゴンより強いぞ。
装備の薄い魔法使いは反撃を食らって吹き飛ばされた。
「ほんと、脆いな。この城は」
壁に大きくヒビが入った。
残る一体はこちらに。でも見えない壁に阻まれ剣を振り下ろせないでいる。
顔面が凍ってそのまま動かなくなった。
戦闘終了と同時に壁に掛かった籠の束に飛び移るオリエッタ。
「そんなにあったら、どこの鍵かわからないよな」
実物を見て、そもそも重くて僕たちに扱えないことを知る。
「なんたーるちーあ」
「ごめん。僕が馬鹿だった。端からルートを素直に行くしかなかったんだ」
既に三階にいるのだから、無用な反省だが。
ゴールが近くなった段階で、もはや思い残すことはなくなった。
執務室であろう部屋を覗き、無人であることを確認すると、僕たちはいよいよ玉座のある王の間に続く、階段を下りるのだった。




