クーの迷宮(地下47階 ???戦)あっちもこっちも
そして出鼻をいきなり襲われた!
「ナー!」
「危ない、危ない」
やはり魔力が見えてるみたいだな。
今の僕は出現する前に周囲の状況を把握できる。故にヘモジがゲートを抜けるタイミングを首根っこを引っ張って一歩遅らせることに成功したのだった。
飛沫が跳ねるなか、僕たちは飛び出した。
足元が大きく抉られている。
「なんの恨みがあるんだか」
「ナナーナ!」
こちらが予想外の段差に着地し、身構えたときだった。
ギーッイイイイと空に異音が響き渡った。
「今度はなんだ?」
周囲を見渡す。
『古のゴーレム』!
「忘れてた」
「ナナーナ!」
「動いちゃった?」
町の守護神である巨大ゴーレムが立ち上がり、台座に突き刺さった大剣を引き抜きに掛かる。
「マジかー」
「協力する?」
「『モナルカ』の方が強いんだから、協力するしかないだろう」
「ばれちゃうね」
「覚悟しておこう」
「ナーナ」
『モナルカ』の注意が逸れた。
そこへ無数のバリスタが襲い掛かる。
「干渉してやろう」
僕たちは敵との中間地点に転移した。そして敵の結界魔法にノイズを放った。
詰まる所、制御が難しくなるほど、場の魔素を乱してやったのだ。
魔素の操作はヴィオネッティー家の十八番だ。
「どこまで制御できるか、見せてみろ!」
早速、ボロが出た。
バリスタの矢の数本が貫通して、無防備だった表皮に突き刺さった。
悲鳴を上げる代わりに全身を震わせた。
痛みか? 怒りか? 思いもしない結果に慌てふためいている。
「痛そー」
「ナナーナ」
「足に痛覚あるのかな?」
この手の生物系の魔物は生まれたときから特殊能力が備わっている。つまりそれがこの世の理の一つになっている。『我が身を傷付けることあたわず』
世界の理が崩壊したときの驚きは如何ほどのものか。戸惑っていることが手に取るようにわかる。
「でかくても頭、悪そうだな」
「オリエッタと反対」
「ナナーナ」
『古のゴーレム』が人と見紛うほどの俊敏さを以て、急接近、長い触腕の一本に斬り掛かった。
そして見事に太い大木を切って捨てた。
子供たちが騒ぐ姿が目に浮か……
「魔力反応!」
「ナナーナ!」
「逃げたんじゃなかったのか!」
もう一つの反応が子供たちのいる入り江のすぐそばに現われた。
「引率者失格だ」
想定していなかった。
「ナナーナ!」
ヘモジがこっちは任せろと言う。
「お前があっちに行ってくれてもいいんだけどな」
「ナナーナ」
それはないってか。
確かにヘモジには水上戦より陸戦の方がやり易かろう。
ただ強い相手とやりたいだけだろうけど、な!
僕はヘモジを置いて飛んだ。
子供たちは既に戦闘モードに移行していた。上空に展開して初撃の大波を避けていた。
「敵はクラーケンだけじゃないぞ!」
僕は叫んだ。
後ろにそびえる城壁を『魔弾』で吹き飛ばした。
「後ろは任せろ!」
「あっちは!」
「ヘモジに任せた!」
「あの巨人は?」
「味方だから心配するな!」
「そんな暇ないって!」
僕は更に転移して城の上空に現出した。
「邪魔しないで貰おうか」
普段なら漁夫の利を得るのに利用するところだが、さすがにクラーケンに見初められた子供たちを背中から狙われてはね。
余裕がないんだよ。
「消え失せろぉ!」
最大級の『衝撃波』を放つ。
城壁諸共、目の前にあるすべてを破壊し吹き飛ばした。
城壁の高さが三分の二になった。
中庭が大騒ぎだ。ミノタウロス兵がゾロゾロと場内から溢れて……
「嘘だろう?」
新たな参入者を観測した。
初見殺しかよ。
それはコモドドラゴンではなく、通常のアールヴヘイムにいる普通の『ファイアドラゴン』だった。
「どこから湧いたの?」
「こっちに聞くなよ」
忽然と現われ、ブレスを目の前の対岸の城壁に叩き込んだ。
「一旦、下がるぞ!」
「なんで?」
「子供たちが襲われなければ、今はそれでいい」
僕は後退した。
後は子供たちがクラーケンを仕留めるまで時間が稼げればいい。
意外な登場だったが、ちょうどいい。しばらくミノタウロスの相手をしていてくれたまえ。
子供たちは海上にて戦闘を繰り広げていた。
氷魔法と電撃魔法で優位に戦いを進めていた。
黙って、見ていてやりたいが。
「ドラゴンが城に現われた!」
「コモドでしょ?」
「いや、正真正銘の『ファイアドラゴン』だ。殲滅を急げ!」
「わかった!」
「ドラゴンもやっていいの?」
「今はクラーケンに集中!」
子供たちは腰袋から奥の手の投擲鏃を取り出した。
全員がクラーケン目掛けて、一つずつ放った。そして更に『ゲイ・ボルグ』並の『氷槍』を頭上に掲げた。
数秒後、海面が大爆発。氷柱ごと凍り付いたクラーケンが爆散して消滅した。
「海のなかじゃ、どうせ魔石は無理だしね」
「ドラゴンは?」
「その前に全員回復! 装備確認!」
一旦近場の島に降りて、態勢を整える。
遠くで轟音が響き渡る。
ヘモジたちもまだ戦っている。
崩れた城壁の内側が赤く染まる。火柱が空高く噴き上げた。
「あっちは半分、倒しちゃったから。劣勢だろうな」
優秀な近衛兵たちに頑張って貰いたいところだが、五分五分以上の相手だ。
「あっちの獲物は回収したいな」
そうだ。称号のためにも子供たちに戦わせておきたい。
「まったくこのフロアだけで三種と遭遇できるなんて」
恵まれてると言っていいのか。このシチュエーション。
後に三種どころか、ランダムにドラゴン種がポップすることがわかり、局地的一大センセーションを巻き起こすことになる。が、エンシェントドラゴンが出てからは一気に下火になった。最下層で自分で選んだ相手とやる方が安全だと、流行はあっという間に過ぎ去るのであった。
回復を済ませると僕たちは城に向かった。
戦闘は終盤。案の定、ミノタウロス兵は壊滅しつつあった。
「初めて見るドラゴンだね」
「あれはアールヴヘイムで一番ポピュラーなドラゴンだ」
「へー、そうなんだ」
「タロスタイプとあんまり変わんないね」
「じゃあ、怖くないね」
おいおい。オオトカゲじゃないんだぞ。
「ミノタウロスに反撃能力がなくなったら、打って出るぞ」
「了解!」
ヘモジの方はうまくやってるか?
手前の崖が邪魔になって見えたり見えなかったり、視線が遮られる。
『モナルカ』も『古のゴーレム』も未だ健在のようだが。あいつが長期戦を強いられている時点で異常事態だ。
「師匠、応援に行ってあげて」
「ヘモジちゃん一人じゃかわいそうだよ」
「いや、でも」
「こっちは大丈夫だって」
「あのドラゴン結構、疲弊してるみたいだし」
「任せてよ」
子供たちの視線が僕に訴える。
「早く行って」
「大丈夫だって。危なくなったら、そっちに引っ張っていくからさ」
「わかった」
僕は置き土産をしていくことにした。
上空に一旦跳ぶと『魔弾』で翼を一つもぎ取った。
中庭に落下するドラゴン。
意気揚がるミノタウロス。
「回復する前にとどめ刺せよ!」
「りょうかーい」
「これで負けたら、恥ずかしいって」
子供たちのボルテージが一気に跳ね上がった。
しまった。
時間制限を設ける格好になってしまった。
不安を残しつつ、僕は転移した。
こうなったらあっちを早く終らせるしかない。
ヘモジと『古のゴーレム』の連携はそれはもうひどいものであった。
何せ、攻撃のタイミングがてんでバラバラ、足の引っ張り合いをしている様にさえ見えた。
いくら速いと言っても所詮はゴーレム。一方、ヘモジは完全無欠のスピードスターだ。
本来ならヘモジが牽制、大きな一撃は『古のゴーレム』に任せるというのがセオリーになるだろうが、両者がそれぞれメインを主張してまるでいがみ合っているかのよう。
『モナルカ』にしてみれば、結界を張ってれば負けないのだから楽勝だ。
ヘモジが結界を破壊する。が『古のゴーレム』の一撃が到達する前に結界は復活。
結局、ヘモジが砕けた結界から自身で突入するが、何も考えていない『古のゴーレム』の一撃が敵の余計な動きを生み、ヘモジは思うように動けない。おまけにヘモジは今後の展開を考えて、極力『古のゴーレム』を守るように動いている。
「味方に殺されそうだな」
「ナナーナ!」
「待っててくれたのか?」
「ナナナナ、ナーナンナ!」
『古のゴーレム』を役立たずと公然と言い放った。
「爺ちゃんが聞いたら泣くな」
僕たちは合流を果たした。
だが『古のゴーレム』は兎に角マイペースだった。自分のやりたいように戦うのみか。
「こりゃ、サポートする側が気を使わないと駄目なやつだな」
自信過剰な新人をサポートするみたいだ。
僕は『古のゴーレム』のタイミングに合わせて、結界を凍らせてやる。流動性を失った水の結界は『古のゴーレム』の大剣の威力を吸収できずに木っ端微塵。そのまま切り刻まれる。
「とどめのタイミングはわかっただろう」という視線をヘモジに向ける。
主役交代だ。
「ナナーナ!」
次のタイミングで終わりである。
そのためにはヘモジを敵のすぐ側まで運ばなければならない。
『古のゴーレム』が再び剣を振るった。
「こらっ! 味方がいるのに横に薙ぐ奴があるか!」
ヘモジの苦労が一瞬で理解できた。
が、やることは一つ。
『モナルカ』の張った結界を凍らせる。
『古のゴーレム』の横薙ぎが結界を破壊した。
僕はヘモジを連れて転移した。
『モナルカ』の頭上だ。敵は『古のゴーレム』の動きからまだ目が離れていない。
それほどに速い転移だった。我ながら惚れ惚れする。
金色に輝くヘモジを捉えたときにはもう結界を張れる距離ではない。
が、咄嗟にその力を『身体強化』に回した。
本能のなせる技か!
『ミョルニル』の衝撃が急所に届く前に弾かれた。
僕は抜刀した。
魔力を剣に流し込み、降下を加速させて。
ズドーン!
真上から巨大な剣が降ってきた。
「!」
分厚い剣身からギリギリ身体を捻って回避する。
『古のゴーレム』にとどめの一撃を食らった『モナルカ』は脱力して地に伏した。
「ナナーナ!」
『危ないだろ!』と猛烈に抗議するヘモジ。
だが『古のゴーレム』には馬耳東風。明後日の方角に進み始めた。
「普通の冒険者だったら死んだぞ」
味方じゃなきゃ、木っ端微塵にしてやるところだ。
ヘモジが怒った分だけ僕の溜飲は下がったが、足りない。その分は深く息を吸って吐くことで納めた。
用が済んだとき、ヘモジがぶっ壊しても文句は言うまい。
ヘモジがコアを切り離す間、僕は『モナルカ』の骸を転送すべく、名札に必要事項を書き込んでいく。
一見さんなので、まずは生態調査だ。
次回、魔石にするかは…… 肉がうまいかどうかで決まる。我が家の伝統ではね。
巨人は町の中央に設置されている剣を収める台座まで進むと立ち止まった。そしてそこに切っ先を納め、剣を片側に捻った。
台座がぐるぐると回転し始め、迫り上がってきた。
いつか見たあの扉が石柱の側面に現われた。
「ナナーナ」
「『開かずの扉』……」
ゴーレムは扉を跨いだ格好で、そのままそこを守護するかのようにその場に収まった。
だが、今はなかの探索より子供たちだ。




