クーの迷宮(地下47階 コモドドラゴン戦)城内潜入
城内に侵入だ。
既に一度訪れているから、エルーダの船着き場ともあまり違いがないことはわかっている。当然この調子なら城内も、と予見できる。
実際、移動自体は難しくなかった。むしろ城内の分岐や裏ルート、いろいろな仕掛けが省かれ、単純化されている嫌いがあった。
その分、巡回する兵の数は増していて、潜入がばれたときの苦労はエルーダの比ではなかった。なにせ構造が単純化したせいで身を隠す場所もないのだ。
そうは言っても、こちとら隠遁のプロ。
ヘモジに至ってはテーブルの下で鼻をほじる始末。
ミノタウロス兵の足元をチョロチョロしているヘモジを見て、ふとみんなで鼠の着ぐるみを着たら面白いんじゃないかと思ってしまった。
「厨房、発見」
「あの下はワイン蔵か?」
『コモドドラゴン』を呼び出す落書きがないことは、これまでの中ボス出現の仕様からみて予想できた。が、やはり前例を踏襲すると、そこに何かがあるだろうと思ってしまうのだった。
今回の出現ルールに従うと『コモドドラゴン』の自主的参加も時間的にもう終了している……
「中庭の様子が気になるところだな」
厨房を行き来するミノタウロスは出刃包丁を握り締めていた。
「斧と変わんない」
「ナナーナ」
「あの爪で料理されるのは嫌だな」
光沢なく黄ばんだそれ。
僕たちはコックの目を盗んで地下へ下りるタイミングを計る。
「ナー……」
どでかいキャベツにヘモジが目を奪われ、立ち止まった。
「あんなでかいキャベツ、お店に並べられないだろ!」
「ご婦人だって持てないから」
芯だけでもキャベツ何個分もありそうだった。
ヘモジを抱き抱えて階段を滑り降りる。
「押せば開く、安普請」
施錠されていない扉をオリエッタが頭で押した。
「……」
鍵がなくても、質量差を考えれば開くわけがなかった。
「うちの扉じゃないんだから」
「ナナ」
ヘモジが僕の手をするりと抜けると、扉を押した。
「潜入成功」
開いた隙間をオリエッタが先にするりと抜けた。
コインと柱があって欲しいと願望を満たすべく周囲を見渡した。
「ナナーナ!」
鼠対策の罠が仕掛けられている。
「このサイズの鼠がいるのか……」
火鼠よりでかそうだな。
「…… 身体ちぎれそう」
子供たちも要注意だ。
ヘモジが片っ端から虎挟みを発動させて、安全を確保した。
賭け事でもしていた様子のテーブルの上に無造作にコインが転がっているのをオリエッタが早々に見付けた。
「紛らわし過ぎるだろう」
ミノタウロスサイズのでかい硬貨に紛れてそれはあった。
こちらがここにあると踏んでいることを理解した上で、尚且つ嫌がらせも忘れないとは、さすがゲートキーパー。迷宮設計のプロだ。
すぐ傍らの当直室にはオブジェと化した柱がこっちはわかり易くしておいてやったぜと、これ見よがしに立っていた。
ここワイン蔵はエルーダ同様、安全地帯になっている様子。上の連中も下りてくる様子はない。
「よし、ここまでを明日の攻略ルートにするとしよう」
「宝物庫は?」
「気になるか?」
「ナナーナ」
行ってみることにした。
「エルーダだったら、この先を行けば中庭に出られたはずだけど」
ワイン蔵には裏口があって、中庭へ出る階段通路と繋がっているはずだった。が、予定していたショートカットには物が置かれていて通れなくなっていた。
だが僕たちは物資の隙間からそれを見た。
お城の上層、主塔と母屋を繋ぐ細い通路の上にそれらしき鐘楼を。
僕たち三人はニンマリ、顔を見合わせた。
「回収して帰りますか」
「見るだけって言ったのに」
「ここまで来て帰れますかっての」
「ナナーナ」
「どこかに通れる道があ… る… ?」
壁に巨大な亀裂が入っていた。
「ここから出入りする?」
オリエッタも首を捻る。
「なんだ、この亀裂は?」
亀裂の隙間から中庭に出ると、僕たちは振り返った。
「なッ!」
「ナナッ!」
「あらー」
中庭に面した母屋の壁が大きくえぐられていた。
「これは」
「ぴったりコモドサイズ」
「ナナーナ」
転んだか何かでどうやら壁に突っ込んだようだった。
「あの亀裂は毎回使えるわけじゃなさそうだな」
子供たちなら白蟻の如く勝手に壁に穴を開けるだろうが。
「……」
城が弱体化したのか『コモドドラゴン』が強くなったのか、エルーダの城では思いもしなかった惨憺たる姿に僕たち三人は茫然自失。
城を囲む胸壁に大穴が…… 一、二、三箇所、見事に貫通していた。
「『コモド』のブレスってこんなに強力だっけ?」
「……」
「……」
ふたりは沈黙を以て否定した。
城壁に並んでいたバリスタも見事に燃えていた。そばにミノタウロス兵の姿はなく、防衛に成功したと言える状況ではなさそうだった。
遺骸は既にないのでコメントの仕様がないが、戦闘に立ち会えたら面白いものが観られるかもしれない。
「さてと」
城の階段を使って宝物庫に辿り着くのは、そういう事情もあって複雑、且つ、面倒になっていた。
達成感の欠片もないが、もう時間いっぱいだ。
僕たちは転移した。
そして鍵の確認。
カチッ。
「いつもながら小気味いい音」
「でも錆びてて開かない」
「ナーナ」
ミョルニルで錠前の掛かった閂を叩き壊した。
咄嗟に『消音』しなきゃ、周りにばれるところだった。
「こら、ヘモジ!」
ヘモジは無視して両開きの扉を開けた。
錆びた音が辺り一面に響き渡った。
「ナナーナ」
ヘモジは自分の正当性を主張した。
どの道、消音結界を張らなかったらばれていただろうと。
「たまたまだろうが」
ヘモジはケタケタ笑った。
僕たちは潜入した。
「おー、あるわ、あるわ」
「ナナーナ」
「生活必需品の方が嬉しい」
そりゃ、嗜好品なんて最前線では荷物にしかならないけど。
「んー、この壺悪くない」
豪華絨毯、絵画、彫像、金ピカ家具、その他諸々。
ゆとりある生活には潤いも必要だ。
「スクロールいらない」
転がっている羊皮紙を踏み付けた。
そりゃオリエッタはいらないだろうが、物理主体のパーティには重宝されるんだから。
拾って納得。
「確かに。こりゃ、魔力ないと発動しないわ」
子供たちの教材にはなるかもしれないが。
近くの壺に放り込んだ。
「ナナナ」
装備類はなぜか人種サイズ。深く考えてはいけない。
ヘモジが真剣に吟味している横で、オリエッタはゴミのように冷ややかな視線を向けていた。
「いい物ない」
オリエッタは早々に結論付けた。
あくまで当家の宝物庫に納めるには、という意味で、市場に流したら飛ぶように売れるレベルの代物ばかりだ。
ヘモジが今振っているダガーだって、攻撃力付与、火属性付与で金貨百枚は下らない。家宝にしていい代物だ。
「ここで吟味してもしょうがない。丸ごとかっさらうぞ」
ふたりは急いで宝物庫の外に退避した。
僕は脱出を確認すると中身をまとめて倉庫送りにするのだった。
倉庫にまたアイテムが溢れるのかと思うと、ちょっと溜め息。
宝物庫を出て、改めて眼下を見下ろす。
「うーむ…… これってほんとにコモドがやったのか?」
「ナーナ」
「確かに、最後のボスがコモドと決まったわけじゃないけど」
僕たちは跳んだ。
そしていつもの空を見上げると、三番星が空に輝いていた。
「ちょっち、遅れたかな」
遠目に見える工房も既に手仕舞いされた様子。
「帰るとするか」
「了解」
「ナーナ」
子供たちがエントランスホールに転がっていた。
「……」
僕たちは黙ってその横を通り過ぎ、食堂に。
「何、あのチビゾンビ?」
「食前の腹ごなしに、早速しごかれたみたいよ」
「と言っても、家の周りを五周しただけだけど」
「重いリュックでも背負わされたのか?」
「魔法を禁止しただけだ」
バンドゥーニさんが、一っ風呂浴びて現われた。
「あいつら『身体強化』に頼り過ぎだ。地金を鍛えねば、いい剣にはならん」
「低きに流れるは人の性ってね」
「じゃあ、リオネッロのせいね」
「魔力量を増やすには、まず使って貰わないと」
「もういらないんじゃない? あの子たちの魔力、大人何人分よ」
「十人ぐらいじゃないか?」
「中堅どころの、でしょうが」
「あの歳ならもう充分よ」
「気付かないうちに強くなってましたってのが、理想なんだけどな」
「あの年頃の子供たちなら普通、声を掛けるまで延々駆け回ってるもんでしょうに」
「ラーラじゃないんだよ」
「ラーラじゃないんだから」
「ナナーナ」
三人、見事にハモった。
「…… ご飯にしましょう。ゾンビを起こしてきて」
僕は食堂の窓から顔を出して言った。
「早く風呂入れ。料理が並ぶ前に戻ってこなかったら、夕飯抜きだぞ」
子供たちはむくっと起き上がると、ブツブツ言いながら脱衣所に向かった。
「まだまだ元気じゃん」
マリーとカテリーナがべーっと舌を出していった。
「カテリーナはお泊まりか?」
「お姉さんたち、今日、日付変更線跨ぐんだって」
「頑張ってるな」
「競争激しいみたいね」
「どこ?」
「陰鬱で、缶詰と『闇の魔石』が取れるとこ」
「あそこか…… 装備は大丈夫なのか?」
「あの三人に抜かりはないわ」
「問題はメンタルの方じゃないかしらね。アンデッドの巣窟だもん」
「あそこもあっという間に人気フロアになったよな。エルーダじゃ、考えられないよ」
「『闇の魔石』が簡単に手に入るフロアだからね」
「昔と違って死霊専用の装備も充実してるし」
「カテリーナが造った鏃も重宝してるみたいよ」
「へー」
確かにお姉さんズに足りていないのは魔力の成分だが。
「そうか、カテリーナの鏃がね……」
知らない所で、子供たちが貢献している。自分のことのように嬉しく、こそばゆかった。




