チャイルドクルー
ヘモジとオリエッタがその際、子供たちも連れて行けと催促してきた。
理由は単純で展望台に上がるには観覧料が必要だったからだ。所詮子供一人分、されど一人分。団体ともなるとさすがに養護院の予算では『贅沢は敵』と言うことになる。
ヘモジとオリエッタは子供たちのささやかな望みを耳にしていたのかも知れない。
「すっかり縁ができちゃったわね」
滞在初日から既に一週間が過ぎていた。
「お礼だと言って色々持ってきてくれるのはありがたいんだけど」
「自分たちのために使って欲しいわね」
「小悪党の元締めになった気分だよ」
僕たちは笑った。
子供たちは朝な夕ないろんな物を届けに来る。自分たちで一生懸命作ったオリエッタのぬいぐるみとか、ニンジンマークの入ったハンカチとか、ミント用だと思われる小さなベッドとか。幼い子なんかお礼できる物がないからと自分のおやつのクッキーまで持ってくる。
うちにもあるからとは言えず、丁重に頂くのだが、今日はその返礼だ。気持ちまでは返せないが、楽しんでいって貰いたい。
また誰かに突き落とされるようでは困るので、古着とは思えない立派な余所行きを事前に女性陣が用意した。縫製のレベルは婦人からラーラまで様々なようだが。
姉さんもあれ以来、養護院の運営には気を配るようになっていた。補正予算が組まれたとか組まれないとか。
「先生、リリアーナ様の船はどれですか?」
「あれだよ」
「あの白い船がそうよ。大きいでしょう?」
職員より早く側にいた少年が答えたが、女の子は聞き漏らした。というより、先生に相手して貰いたかったようだった。
少年は寂しそうにうつむいた。なんでもないボタンの掛け違い。でも少年だって少女に頼られたかったのかも。先生との会話に加わりたかったのかも。
僕は少年の頭に手を置いた。
「ヴィートは将来何になりたいんだ?」
「リオ様……」
少年は口籠もった。
「ないのか? その歳である方が変か?」
「あるよ! ごにょごにょ……」
尻つぼみに言葉を濁す。
僕はヴィートを肩車する。
「うわっ!」
「こっそり教えてみな」
「笑わない?」
「うん。笑わない」
少年は耳元で囁いた。「冒険者になりたい」と。
「そっか。お父さん、冒険者だったもんな」
「お母さんも」
「そっか」
「でも鎧とかもうないから……」
側にいる職員に尋ねたら、剣は姉さんが今も彼らの形見として保管しているとのことだった。
両親を奪った傷跡を修繕する費用は、養護院側では捻出できなかったので止むを得ず鎧は処分したそうだ。
「用意するのは鎧だけで済みそうだな」
親の形見が残っていると聞いただけで少年は涙ぐんだ。
両親の在りし日の勇姿を思い出させてしまったか。
物が物なので幼い彼にまだ渡すわけにはいかないそうだが。
「いつかあの中のどれかの船に乗ることになるのかな…… 姉さんの船は男子禁制だからな……」
彼が参加する未来の船団に思いを馳せた。それまでにはタロスとの件は方を付けたいところではあるが。
「……様の船がいい」
「ん?」
「リオ様の船がいい!」
「そうか! それは心強いな」
この時の会話が呼び水になったのかは知らない。
「船で預かれ?」
姉さんが養護院の収容枠を空けるために今いる子供たちの一部を僕の船に乗せろと言い出した。
「最前線のその向こうに行くんだぞ!」
「わかっている! でも、お前やラーラの側が一番安全だというのも事実だろ? 現に一人連れているじゃないか」
「もしかして子供たちに頼まれた?」
「頼んできたのは院長だ。最後の街アンダーシティーに近づいてきたのでな。年長組に身の振り方を尋ねたらしい。そうしたら希望先の半数がお前の船だったわけだ。いつ船団からいなくなるかも知れない、気分で浮いているだけのお前の船を第一希望にするとは、まったく…… 船がいつまでもドックに接岸していないことを知ってる院長が心配してな」
「そんな馬鹿な……」
「いつかはあの子たちも旅立たなくてはならない。しっかりした里親に貰われるケースは少ない。大概、自活しなきゃいけなくなる子がほとんどだ。そうなったら安い金でつらい仕事に放り込まれるのが関の山だ。マリーとかいう少女にしているように魔法の一つでも授けてやるといい」
「簡単に言ってくれるよ」
「来年の今頃には養護院は別の子たちでまたいっぱいになる」
「そんな!」
姉さんの言葉はときに辛辣だ。
「戦の被害者は大抵、弱者と相場が決まっている」
「まあ、物資には余裕があるけど。何人?」
「男五人と女二人の計七人だ。内ひとりは年少だが、たっての希望でな」
名簿のなかにはリーダー格のトーニオと『自由戦線』によって故郷を奪われた少年ジョヴァンニ。そしてフィオリーナと親友の少女ニコレッタ。そして年少にして冒険者志望の少年ヴィート少年が含まれていた。
「船の改装費出してよね」
翌日から船室の増設が始まった。
格納庫の一部を潰しただけだが。追い出されたコンテナが甲板に若干移されることになった。
別れを惜しむ子供たちは、意外にさばけていた。
境遇がそうさせたのだろうと思っていたが、彼らの内では秘密の決まりごとができていた。それはいずれできるであろう僕たちの村に自分たちも合流するという約束だった。今回旅立つ者は先兵に過ぎないのだと。
今回合流しなかった年長たちもいずれ手に職を付けて戻ってくると固い約束を交わしていた。
そんなこと知ってか知らずか、一番喜んだのはソルダーノさんだった。
男の子たちに自動航行システムの見張り番ができるように指導を始めた。子供たちの背に合せて計器に手が届くようにと、踏み台を自ら進んでこしらえる始末だった。
これでソルダーノさんが一日中、操縦室に貼り付いていなくてもよくなった。男の子五人、ローテーションで日中の見張りを任せられる。僕も大助かりだ。
正直、子供に仕事なんてさせたくないのだが、彼らは自立するためにここにいる。だから午前中はマリーや女の子と一緒に勉強。午後はそれぞれの仕事が待っている。
追い追い船の動かし方も覚えて貰うが、如何せん彼らの身体が追い付かない。当分は座学が中心になるだろう。
「師匠、魔法を教えてください!」
「なんでここで?」
「だって、運転の見張りもしなきゃいけないでしょ」
操縦室は展望ラウンジの隣だ。必然、男子の溜まり場になる。
僕の仕事場だったんだが…… 僕も仕事は午前中に済ませることにしよう。
さすがにラウンジではできないので、見張りをヘモジとオリエッタに代わらせ、甲板に移動する。
マリーのときと同じようにまずは水の魔法からだ。
個人の資質というものがあって、四属性すべてを使いこなせる者は余りいないが、水に関しては砂漠の民として、苦労してでもぜひ覚えて欲しいところである。
ソルダーノさんも娘の強力な指導の下、チョロチョロとだが使えるようになり始めている。
爺ちゃん曰く、努力と実感と想像力が足りていないだけらしい。土弄りをしたことがない者に土魔法開眼の道は遠いが、決して辿り着けないわけではないといったところだ。
そういう意味でも、水に縁遠い砂漠の民はまず水と戯れるところから始めねばならない。と、持論を展開させて、甲板いっぱいに土魔法で造った桶のプールに、水魔法で生み出した水を洪水の如く流し込む。
それを見るのも修行だ。
子供たちの目がまん丸く見開かれた。
川で泳ぐこともしたことがない子供たちは身体が水に浮くということすら知らない。だから最初は水を底なし沼の如く恐れた。
負のイメージはまずい。なんとかしなければ。と、焦っていたら、杞憂に終わった。子供たちはあっという間にバチャバチャとプールのなかではしゃぎ始めた。
「男の子ばかりずるい!」
マリーをリーダーとする女の子たちも婦人が教える料理の授業を終えて、プールに飛び込んだ。
「そっちの方がずるいんじゃないか?」
料理の授業は試食するまでが授業だ。クッキーの甘い香りが厨房のある船倉から香ってくる。
「ちゃんとみんなの分も作ったの!」
マリーに怒られた。
マリーも友達ができて嬉しそうだ。
子供たちとのスキンシップは以前から始まっていたので今更、緊張はなかった。いい滑り出しだと思った。環境の違いさえ克服できたら彼らはもう家族だ。




