クーの迷宮(地下47階 キメラその五戦)ちょこちゃんいたの?
帰宅したら、バンドゥーニさんの船がもうそこまで来ていると知らせがあった。
到着は明日の昼。船に損傷はなく、予定通りの定期帰港である。
子供たちは学校を抜け出して迎えに行く算段を始めた。
理事長が容認したことだし、遠慮なく行ってくるといい。
元々学校に通う子供の父親の代わりに乗り込んだ仕事だが、迷宮に戻ってくる気はないのだろうか?
ガーディアンに乗らないのなら、迷宮の方が稼げると思うのだが、なまじ索敵能力が優秀だからな。
翌朝、若干名が筋肉痛になっていた以外は、変わらず元気に飛び出していった。
僕たちも出掛ける準備をする。
『ちょこちゃんキメラ』とやり合う可能性もあるので状態異常対策は念入りに。
「クッキー缶、二つはいらないぞ」
「……」
やって来ました、四十七階層、北西区の柱。二日続けて逆走したポイントである。
今日は前に進むぞ。西区を目指す。その前に……
「でっかいのが見えるんですけど」
オリエッタが他人事のように言った。
「昨日の今日でやり合いたくないな」
「ナーナ」
「ああ、牙か。そう言えば牙も回収しなきゃいけないんだったな」
今日は素直に進みたいんだけどな。『ちょこちゃん』が越境してくるかもしれないし。
「向こうがやる気なら相手することにしよう。それまでは無視で」
「ナーナ」
あ、投石機と喧嘩始めた。
「あの投石機は『ケルベロスキメラ』対策だったのか? 対空兵装じゃなかったのか?」
「『ちょこちゃん』も来るから」
「この場所の防衛を任されているミノタウロス兵は踏んだり蹴ったりだな。バーサーカーにもなるわ」
何もないのどかな草原をヘモジは手折った花を片手に暢気に進む。
「ナーナ、ナーナ」
「敵いないね」
「ルート逸れてるか?」
「地図、あってる」
「ナーナ」
「なんか来た」
「おー、あれは……」
『ちょこちゃんキメラ』!
「でかっ」
「こっち来る」
「狙われてる?」
「ロックオンされてる」
「マジか」
「ナ、ナーナ」
「なんでこっち来るかな」
「目がいい」
「目を凝らさなきゃ見えないような相手は無視すりゃいいだろうに」
「誰がやる?」と、問う前にヘモジが一歩前に出た。
ミョルニルを大きく振りかぶって腰を落とすと、深呼吸を一回。
滑空体勢に入った敵が下りてくるのをじっと待つ。
一応、僕も剣を抜いておく。ヘモジがミスったときは翼を切り落としてやる。
「『リオナ流無双壱の型――』」
ギャッ。空に悲鳴が轟いた。
羽根が空一面に舞った。
「へー、直撃を避けたか」
とは言え、片翼は完全に機能不全を起こしていた。
あらぬ方に曲がった片翼は風を孕むことはなく、平らな大地に頭から落っこちた。
「ありゃ、駄目だな」
よたよたと起き上がるも、折れた片翼は箒のように草原を掃くのみ。
首の一本は折れて肩口にぶら下がり、残った頭は前進と後退の選択を託されて、フラフラしていた。
もはやヘモジの相手ではない。
が、戦意を喪失した相手にヘモジもやる気を失った。
一気に懐に入ると、下からミョルニルを振り上げ、終止符を打った。
「なんだかなぁ。全然評価できなかったぞ」
強いが故に手が抜けない相手というのも、いるにはいるが…… 地上に這いつくばる小者と、こちらを舐め過ぎた結果だ。
「残る敵は『ギーヴル』のみ」
「コモドが残ってるけど」
「あ、そう言えば」
城内に現われる最弱のフロアボスがいたな。
「『ちょこちゃん』の肉、どうする?」
「ナーナ」
「いらない」
「キメラの肉ってだけで、食いたくないよな」
「『ギーヴル』の肉もパスだ。毒持ちということもあるが、ドラゴンの肉のなかでは低評価だ。肉としてはコモドが上だしな」
四十七層は二種類の弱小ドラゴンと戦えるため、いずれエルーダ同様『ドラゴンスレイヤー』の称号を取りたい者に人気のスポットになるはずだ。
個人的には宝物庫が楽しみなんだけどな。
「あー、今日のメインイベント、終ってしまったな……」
「ナナーナ」
魔石に変わるのをぼけーっと待つ。
「えーと…… このまま道なりに」
蛇行しながら西に延びる道を行く。
「次のエリアにすぐ入れそうだな」
「忘れた頃に来るねぇ」
「ナナーナ」
バーサーカーの団体さんである。というより他は『ちょこちゃん』の襲撃で死んだ。
「投石機は飾りか?」
生き残ったバーサーカーは四体。今回はヘモジと二体ずつ分け合った。
と言っても、こっちの勝負は氷漬けにして終ったけど。
ヘモジも準備運動といったところか。数撃を以て行動不能にし、力の差を見せつけてから、とどめを刺した。
「特筆すべき相手はいなかったな」
「お腹空いた」
「ナーナ」
「その辺で休むか」
壊れた投石機に腰掛けて、水筒を取り出す。
「空が青いねぇ」
バリバリボリボリ。
「何食ってんだ?」
「かりんとう」
「ナナナ」
「うんちじゃない!」
オリエッタの蹴りを食らって、ヘモジが腰掛けていた架台から落ちた。
「ナナナナ!」
急いで戻ってくるとオリエッタから袋を奪った。
「待った!」
着地したとき、手を着いて泥だらけになったその手を洗った。
「ナナナ」
デレなくていいから。
ヘモジは僕の膝の上に乗った。
ポリポリ。
「たまに食べたくなるんだよな」
本家の異世界レシピで作られた一品だ。今やこの世界でもスタンダードなおやつになりつつあるが、材料の砂糖が如何せん高価だ。貴族様のお茶請けから抜け切れないが、スプレコーン辺りでは定着している感がある。
「オルトロス!」
さまよえるオルトロス軍団が地平線から現われた。
「野良かな?」
「こっち、来るな!」
「ナーナンナ」
さすがにあの数は相手にしたくない。ざっと見積もっても十五体はいる。首の数なら三十本だ。
吠えられたらうるさいだろうな。
幸いこちらには気付かぬようで左から右に流れていく。
「あれが通り過ぎたら、こっちも行くか」
「ナーナ」
「りょうかーい」
ボリボリ。
「……」
「空になった」
「食い過ぎだよ」
「よし、移動するぞ」
フライングボードではなく、転移しちゃう。
次の投石機まで見渡す限り何もないからだ。
「目標捕捉。オルトロス、五。ミノタウロス、九。バーサーカー…… 一」
言い淀むのもわかる。
その一体だけ、巨人のなかにあっても群を抜いて大きかったからだ。
「お前やる?」
「ナーナ」
勿論と言って、前に出た。
「じゃあ、まずは雑魚を一掃しますかね」
「ナーナ」
オルトロスがこちらを囲むように迫ってくる。
散らばり過ぎていたので、一網打尽にはできず。個別に撃破する。
「集まって来てからでいいと思う」
それもそうだな。
迎撃は手控え、接近されるのを待つことにした。
そして結界近くまで迫ったところで、全方位に向かって『衝撃波』を放った。
「これ、これ」
オリエッタが尻尾を振る。
遅れてミノタウロス兵が迫ってくるが、オルトロスの末路を見て、進行速度を緩めた。
「そこは一気に来ないと」
数の優位性をわかってないな。逐次投入は愚の骨頂だぞ。
「まとめて来たら、凍らせるくせに」
「来なくても、凍らせるけど」
『氷槍』が次々突き刺さる。
それをヘモジがミョルニルで叩き崩しながら、お目当ての怒れる巨人の下へ。
「でかいな」
見るからにパワー志向の相手である。
全滅を目前にさすがにしびれを切らしてやって来た。
ヘモジが迎え撃つ。
「ナーナーナーッ!」
空高く飛んで、振り下ろすミョルニル!
キーン。と甲高い音が響いた。
長斧が受け止めた。
バーサーカーのお株を奪うかのように、ヘモジの毛は逆立ち、口角も上がる。
こちらも最後の一体を凍らせた。
金色に輝き始めるヘモジ。
いつものように目にも止まらぬ速さで脇腹に叩き込んだ!
「凄い!」
思わず声が出た。
斧の柄で一撃を受け切ったのだ。
ヘモジの一撃を動じることなく返すとは。
振り下ろされた長斧が風を切る。
「かーッ。ビビるな」
動きは遅いが、技量はS級だ。
「こりゃ、苦労するぞ」
動きは遅いのだから捉えどころはある。ヘモジは即死級の一撃を次々繰り出した。
だが、悉く受けられている。
身体の軸線をわずかにずらしながら、受け切って、そこから強烈なカウンター。
「いつでも変わってやるぞ」
「ナナーナ」
「『横取り禁止』だって」
「わかってるよ」
戦いは長引いた。
お互い決め手がないまま、高レベルな打ち合いが続いた。
お互いもうヘロヘロである。
肩で大きく息をしていた。
時間が経つほど、ヘモジは有利になっていく。一つは武器。神器は劣化することがない。一方、業物であるようだが、敵の長斧は刃こぼれが進行している。
そしてもう一つ。ヘモジには『万能薬』がある。
「使わないと思う」
オリエッタの言う通り。ヘモジはそんな勝ち方を望んでいるわけではない。
そのせいで長引いてるわけだが。
「そろそろ決めて欲しいところだね」
金属が砕ける音がした。
激しい戦いの果て、長斧の柄が砕けた。そして同時にヘモジの一撃が敵の腹に決まったのだった。
うずくまるバーサーカーは折れた柄を握り、片手斧のように振って、抗った。
だが、頭が陥没した。
握られた武器はすっぽ抜け、明後日の方角に飛んでいった。
そして石に当たって、余計な雑音を発した。
身体は反り返り、天を仰ぎながら巨人は大地にめり込んだ。
最後は一方的な破壊で終った。
天秤が傾いた一瞬、渾身の破壊力が炸裂したのだ。
うずくまった屍を中心に巨大なクレータができ上がっていた。
見ているこっちも大きく息を吐く。
言うことは何もない。
「ほれ」
笑って『万能薬』の小瓶を差し出すのみだ。
「業物、惜しかった」
オリエッタが飛んでいった方を見遣る。
「諦めろ。それより子供たちが見たら、またトラウマになりそうな一戦だったな」
もうお腹いっぱいだ。
時間も経ったし。急いで次の柱まで向かわないと。
ヘモジが消えて、勝手に戻ってきた。
「お、レベル上がったね」




