クーの迷宮(地下47階 キメラその三・四戦)想定外、毎日続けば想定内
どちらを贔屓するか、早速子供たちは談義を始めた。
『ロックゴーレムキメラ』を庇護するのは触手の蛇頭に抵抗のない、ゴーレムのような見た目を格好いいと評価する一部年少組であった。
一方『ケルベロスキメラ』の方を支持するのは、下顎から突き出す牙に抵抗は示すが、取り敢えず蛇や蛙などの爬虫類や両生類ではなく哺乳類であることに親しみを見いだす女性陣たちが主であった。
トーニオを始めとするどうでもいい派は、純粋にどんな戦いをするのか、その一点に興味があるのであって、どちらの側に立つかは重要なことではなかった。
故に取り込み合戦は無駄にヒートアップしていた。
そんな中、戦いは先日同様、一進一退を繰り広げている。
『ロックゴーレムキメラ』が鈍重なせいで、視線が視界からはみ出ることはなかった。『ケルベロスキメラ』だけを目で追っていれば、その中心に『ロックゴーレムキメラ』がいた。
ただ、戦局は昨日とは逆で『ケルベロスキメラ』が早々劣勢に立たされていた。
粘液を早々に浴びてしまったのだ。
後ろ脚の一本を地面に固定され、蛇頭に集中攻撃され、もげてしまった。
こうなっては唯一の武器である突貫攻撃を仕掛けることができない。
重い尻尾がなおさら腰を引き摺らせた。
『ケルベロスキメラ』は距離を取る。
「なんかヤバくない?」
「こっち来るんですけど」
子供たちは慌てふためく。
くつろぐ気満々だったのに、戦場になる予感を感じて、大急ぎでリュックを背負い直した。
劣勢に立つ『ケルベロスキメラ』はせめて位置取りだけでも優位に立とうと、僕たちのいる高台を目指していた。
神官服もそれに合わせて包囲網を狭めてくる。
「ちょっと、師匠」
「これって、まずいよね?」
「どうする? 逃げる?」
「いやー、意外な展開だねぇ」
「笑いごとじゃないよ!」
「こうなったらテコ入れだな」
「何すんの?」
「『回復薬』投げてやれ」
「ええーっ!」
「敵の敵は味方というだろう?」
「ほら、早くしないと、包囲されるぞ」
「わ、わかった」
「『完全回復薬』?」
「勿体ないよ」
「でも足生やすんだよ」
「身体もおっきいし」
「じゃあ、しょうがない」
「それでいいわ」
「こんなの前代未聞だよ!」
『完全回復薬』の小瓶が弧を描いて飛んでいった。
『ケルベロスキメラ』は投げ付けられた瓶に危険を感じて、咄嗟に身を躱した。
「アーッ。勿体ない……」
回復薬は地面に落ちて割れた。おまけに『ケルベロスキメラ』に敵認定。警戒されてしまった。
「何避けてんだよ!」
「僕たち、味方なのにーッ」
「駄目だーっ」
神官服たちの魔法攻撃が一斉に襲い掛かった。
『ケルベロスキメラ』の気が一瞬、逸れた。
「今だ」
「ナナーナッ!」
ヘモジの剛速球が『ケルベロスキメラ』の腰に命中した。
痛みに咆哮を上げようと大口を開けたところで『ケルベロスキメラ』の目が点になった。ように感じた。
動揺を隠せない三つ首。
攻撃を回避しながら、互いに意見交換を済ませると、揃ってこちらを向いた。
子供たちは「頑張れ」と親指を立て『ケルベロスキメラ』を鼓舞する。
『ケルベロスキメラ』は再生してくる後ろ脚にむずがゆさを感じてか、腰をぷるぷる震わせながら、借りを返す相手をそれぞれの視線で見定め始めた。
どうやら、こちらのマークは外してくれた模様。
跳んだ!
完治すると共に高く跳んだ『ケルベロスキメラ』は『ロックゴーレムキメラ』を無視して、神官服漁りを始めた。
「回復の後は腹が減るからな」
前回のような横槍はこれでなくなりそうだ。
こちらもばれた場所には長居できないので、急いで場所を移すことに。だが、手頃な場所がなく、自前で見晴らしのいい場所を確保することにした。
「踏まれても大丈夫」
「一メルテの柱。潰せるものなら潰してみろや。がははははッ」
「トーチカかよ……」
そして、いよいよキメラ同士の再戦が始まる。
元気溌剌。『ケルベロスキメラ』は高所よりいきなり飛び掛かり『ロックゴーレムキメラ』の岩の鎧を引き剥がした。
「おーッ」
「回復し過ぎた?」
『ケルベロスキメラ』絶好調。
早くも相手の腹からドクドクと粘液でない物が流れ始めた。
そうだ。あいつの牙も回収しないと。
『ケルベロスキメラ』の快進撃は続いた。
触手に噛み付き、引き千切り、踏み潰す。
装甲も容赦なく引き剥がす。
オリエッタは首を捻った。
ヘモジも自分が投げた薬がほんとに『回復薬』だったのか、何度も自分のストックを確認する。
「『ケルベロスキメラ』強ーッ」
「そこだ、やっちゃえ! 負けるな、『ケルベロス』!」
「後ろ、後ろ! 触手が狙ってるよ!」
全員、すっかり『ケルベロスキメラ』贔屓になっていた。
「やったーッ」
ついに『ロックゴーレムキメラ』が沈んだ。
きょうは序盤優勢だっただけに、申し訳ない気がした。
テコ入れが過ぎたか?
でも子供たちは大興奮。
今度は自分たちがあれを倒さなきゃいけないのに。すっかり忘れている。
触手をすべて刈り取るほど大暴れした『ケルベロスキメラ』はご満悦だった。
「ナナ?」
「あれ?」
『ケルベロスキメラ』は勝利の雄叫びを上げると、もの凄い速さで峠を越えて次のエリアに戻って行ってしまった。
「……」
「元気が余ってるみたい」
「ナナーナ」
子供たちが一斉に僕を見る。
僕に答えを求められても、わからないことはある。僕は首を横に振るしかなかった。
「アイテムの回収。急げ」
僕たちはトーチカの外に飛び出した。
「敵がいないんですけど」
「こんなはずじゃないんだが」
北西に向かう街道沿いに敵はいなかった。
「城門も破られてるし」
「『ケルベロス』死んだ?」
「ギミックになってないから、逃げたんじゃない?」
「バリスタ潰してくれたかな?」
「近付いて試してこいよ」
「やだよ。危ない」
そういうわけで予定より早く次のエリアに突入することができた。
「投石機、発見」
オリエッタが言った。
「でも壊されてるし」
「マジかー」
ミノタウロス兵の反応もない。
「なんと言ってよいやら……」
僕たちの露払いを『ケルベロスキメラ』がしてくれたようだった。
「魔石、手に入んないね」
そんな調子で三つ目の投石機の場所で、地図とコインを手に入れることに成功した。
後半フライングボードで安心して移動できた分、昼食の時間に間に合いそうだ。
「どうする? 柱までこのまま飛ぶか、帰るか?」
「後どれくらい?」
「地図見ろ、地図」
子供たちは手に入れたばかりの地図を覗き込み、これまでの道程と見比べる。
「結構、距離あるね」
「雨降るかも知れないけど」
「昨日よりは余裕がある」
「ナナーナ」
この際、ルートを繋がず、次の領域を目指す手もあるのだが。
家に帰って昼食にすることになった。
僕たちは外に出て、家路に就いた。
「ねぇ、あんたたち。どうして普通に攻略できないの?」
起きたばかりの出来事を話して聞かせる子供たちにラーラたちお姉さんズは溜め息を漏らした。
「別に何もしてないし」
「いつもと同じだし!」
「『完全回復薬』を敵に投げ付けることのどこが普通なの!」
「あれは師匠のアイデアだから」
「あのままだったら包囲されてたんだから、ラーラだって同じ事――」
「するわけないでしょう!」
「ナーナ」
「『ラーラだったら強引に空間ごと引き裂く』」
「誰が空間ごと引き裂くよ!」
「ナナーナ!」
なぜ通訳したとヘモジはオリエッタを足蹴にする。が、短い脚は届かない。
「まあ、聞いてて飽きないけど」
「それだけ多様性に富んでいるってことなんでしょうね。攻略が一辺倒ではないといういい証明になりますよ」
「この子たちの当たり前になることが心配なのよ」
「でも面白かったよ」
「最高だった」
引率者として、喜んで貰えて何よりだ。
「『完全回復薬』投げるかな、普通……」
ラーラは僕の出した指示に疑問を拭えないでいる。
しょうがないだろう。あの場面で乱戦に突入するより、面白そうだったんだから。
唯一の誤算は薬が効き過ぎたことだろう。
「たまにはこういうサプライズもないとな」
「アクシデントって言うのよ!」
ラーラに蹴られた。
後半開始は予定通り北西の柱から。先日同様、後戻りして、ルートを繋ぐ。
「いたいた!」
「ミノタウロス発見。生きてるよ」
「数は」
「えーと。十体」
「バーサーカーは?」
「いない」
「投石機は?」
「壊れてる」
「ようし。戦闘準備。気合い入れろ」
子供たちは前進を開始した。
結界を張りながら一方的な攻撃を始める。
接触するまでに二体を残して壊滅させた。
残った二体も結界で押しとどめながら、とどめを刺した。
「見てて安心だ」
跳んでくる大斧も今の子供たちの連携なら難なく捌ける。
「成長した」
「ナナナ」
空は至って晴天。雲一つない。
「雨の心配はしなくていいかな」
フライングボードに乗って移動。バーサーカーがいないことを確認するとそのまま戦闘に入り、一方的に蹂躙する。飛んだまま陣形を維持するのはまだ難があるため、バーサーカーがいる場合は、地に足着けて戦う予定だ。
その予定は次の投石機のところで実現する。
「バーサーカー、一」
たった一体いるだけで、子供たちの空気が変わる。
全員、地上に下りて、迎え撃つ。
バーサーカーは殿を気取って出てこなかった。
子供たちにはやり易い展開になった。
バーサーカー一体だけでは子供たちは出し抜けない。
「混戦に持ち込むべきだったな」
そうすれば子供たちの動揺も多少は誘えたかもしれないのに。
快進撃は続く。
そして中程まで来ると、抵抗する相手を再び失った。
そうなるとただ飛ぶのみ。もはやルートを繋ぎに戻る必要すらあるのか、どうか。
結局、雨も降らず、ルートも無事繋がり、本日の活動は終了した。
予定より早く片付いてしまったので、牧場のおやつを餌に、倉庫整理をさせることにした。
「師匠、ヘモジがアイス三個目注文しに行ったよ」
「今日の回復薬代、あいつの小遣いから引いといてやろうか」
聞こえたのか、カウンターの前でほっぺたを膨らませて抗議していた。




