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クーの迷宮(地下47階 キメラその三・四戦)見学する

 ぽつりぽつりと降り始めたので『身体強化』した足で、街道を行く。

「ミノタウロス発見」

 止まって狙いを定める。

 射程外から安全に仕留めた。

「視界が通らなくなってきたな」

 短時間なら結界で雨粒を弾くことは何でもない行為だが、大粒、長期間ともなると鬱陶しい話になる。

 そのためにカッパが常備されているわけだが、どうせ結界も張らなきゃいけないわけだし。ものぐさな術者ほど雨のしのぎ方がうまくなるという業界の格言もある。僕はもうその点、名人クラスである。

 ふたりもそれを当て込んでカッパを着ることはない。

 しかし、視界の確保まではさすがに。

「オルトロス見付けた」

 連れ合いが茂みから顔を一つ二つと出す。首の根元辺りを推測、こちらも狙撃一発。

 明らかに敵もこちらを捉えづらくなってきている。ご主人が倒された段階で、吠えて向かってくる距離なのに、こちらを見付けられないでいた。

 道沿いから外れている敵を倒しても魔石の回収はしない。

 デザートがしっかり腑に落ちて、気力もいい感じで充足してきたのだが、状況がやる気を阻害してくる。

「ナーナ!」

 結界の端に立って、ヘモジがミョルニルを投げる。

 余所見していたミノタウロスの身体が浮き上がったかと思うと、そのまま大地に転がった。

「ナナナ」

 安全が確保できたと合図する。

「了解」

 寒冷前線が追い掛けてきていた。

 徒歩では逃げようがないので淡々と障害を排除していく。

 投石機は軒並み全滅。戦って敗北した骸たちはギミックと化し、烏たちの足場になっていた。

 鳥が餌を漁っているから本降りはまだ先などと思ってはいけない。あいつらの逃げ足の速さは前線より速いのだ。

「投石機、幾つ目だ」

「七つ目」

「ナーナ!」

 岩が飛んできた。目の前の地面でバウンドして、直撃コースに乗った!

 砕くか、逃げるか。悩んだら負け。

 逃げる!

 結界にかすった。

 バウンドした岩は頭上を越えていった。

「十体いる!」

 投石機の足元で蠢く影。

「ミノタウロス兵、健在だな」

 ここから先は襲撃の被害に遭わなかったエリアだ。無傷な一団との戦闘が始まる。

 地図から察するに、ここは宝箱のあった投石機と柱とのほぼ中間地点である。

「ここからは全力出さないと駄目だな」

 雨が強くなってきている。

「これでバーサーカーの頭が冷えるといいけど」

「無理、無理」

「ナナーナ」

 事故が起こる可能性大だ。足元が緩くなるようなら、止むを得ない。撤収である。

「明日も雨が降るのかな?」

「さあ」

「ナーナ」

 明日はもう少し効率よく進めるだろうけど。

「バーサーカーは……」

「いない」

 エリアの境界に集中配備してただけか?

 既に動き出してしまっているので、即行で有効射程外に出る。というより傾斜角が取れない近距離に突っ込んだ。


 いよいよ本降り。雨が激しくなってくる。雑草たちも(こうべ)を下げる。

「しょうがない。退散だ」

 更に二つ程投石機を潰したところで断念した。

 ルートの連結はならず。明日は予行なしで進むことになる。が、多分同じ行程の繰り返しになると思われるので、心配はなさそう。地図を見る限りは。

 問題はバーサーカーの配置だけだ。

『ちょこちゃん』と遭遇する可能性も進行速度によっては考えないといけないが、北区の柱からスタートなら恐らく遭遇することはないだろう。

 キメラ同士の決戦を見て『ちょこちゃん』ともとなると、消化不良を起こしそうだからな。

『ちょこちゃん』に会いたきゃ、朝一番で北西区の柱に飛べば会えるだろう。

 その場合『ケルベロスキメラ』とやり合う別の可能性もなきにしもあらずだが。

「それは次回のお楽しみだ」

 冷えてきた。

 厚い雲にすっかり覆われ、青空は地平の彼方に追いやられている。

 雨音も激しくなり、消音魔法を掛けないと会話も成り立たない。

 ヘモジとオリエッタとなら念話で話せるので困ることはないが。

 このまま前進するのは愚の骨頂。目も鼻も耳も塞いで前進していいことなどない。

 ここは潔く中断する場面だ。

 僕は転移ゲートを開いた。

 ヘモジとオリエッタがそそくさと消えた。

 そして転移先で「眩しい」だの「暑い」だのと言って、目を細めるのだった。

「時間あるから牧場寄っていくか?」

 目を輝かせるふたり。

 歩幅の広い、濡れた足跡がゲートに向かって伸びていく。



「涼しい」

「ナーナ」

 転移先でアイスクリームを舐めている知り合いを見付けた。

 ラーラとイザベルとモナさんである。

「今日は早仕舞いなの?」

「それはこっちの台詞」

 ヘモジとオリエッタが、同じ物を頼みに行った。

「こっちは休憩よ」

 そうか、まだそんな時間か。

「子供たちに見付かったら言われるぞ」

「買い出しも兼ねてるのよ。家事の一環よ」

 ヘモジとオリエッタが戻ってきて隣のテーブルに陣取った。

「こっちに座ればいいのに」

「いじられるのが嫌なんだよ」

 僕も隣の席に移動する。

 オリエッタだけコーンなしのカップアイスである。

「そっちはなんで?」

「大雨が降ってきて、前進できなくなっただけだ」

「それで湿気(しけ)てるのね」

 ラーラが風魔法でふたりの全身を乾かし、ついでに泥だらけの足元を浄化した。


 僕たちのテーブルに女三人は買い物袋を次々置いていく。

「ちょっと買い過ぎじゃ……」

「チャンスは有効に使わないと」

「何がチャンスだ」

 僕の転送魔法を当てにしているのだった。

「家の方にお願い。こっちは台所」

 僕は家の方の倉庫と台所にそれぞれ商品を送った。

「助かったわ」

 重いチーズなどをこの時とばかりに大量購入してきた。

「手ぶらで帰れるなんて思ってなかったわ」

「一緒に帰る?」

「もう少し涼んでから」

「ナーナンナ」

「余計な買い物してくるんじゃないわよ」

 ラーラがヘモジロウの鼻先を捻った。

「ナナナナ」

 鬱陶しそうに手を払うヘモジは行動とは裏腹に、かまって貰えて嬉しそうだった。

 三人が消えたところで、ちょっと温かい物を、ホットミルクを頼んだ。冷え過ぎたのだ。

 その後まったり羊レースなどを見て帰った。



 家に帰ると夕飯のいい匂いが漂っていた。

 ツアー中の妖精族も程よく焼けたチーズ載せトーストをご相伴に与っていた。

 どうやら今夜はチーズ尽くしらしい。

「お姉ちゃんたち、チーズ買い過ぎちゃったみたいなの」

「お店に卸すようだって」

 やっぱり多かったのか。そんな気がしてたんだ。

 転送したのは自分だと言わないでおいた。

 ラーラたちは失敗したと舌を出すやら、頭を掻くやら。

 そんなわけで今夜はチーズに具材をなんでも絡めて食べるチーズフォンデュになったわけだ。

 ヘモジはひたすら野菜をフォンデュ。

 子供たちはバゲット、腸詰め、ボイルした海老。

 オリエッタは当然、ミートボールである。

 僕はヘモジがチーズをからめた物を横から摘まみながら、別皿のビーフシチューを堪能した。

 わいわいガヤガヤと鍋をみんなでつつくのも悪くない。


 結果、天井を見上げて転がる腹出し小僧たちが大量発生。当然、小人と猫も例外ではなかった。

 こぞって「万能薬は飲むものか」と過剰な満腹感と戦っていた。

「明日はフライングボード使うから手入れしとけよ」

「今言わないで」

「動けない……」

「転がるなら絨毯の上に行きなさいよ」

「ふぁーい」



 翌朝、腹のこなれた子供たちはフライングボードを担いで、出立した。

 僕たちは北の柱から入ると、昨日と同じ観戦場所に向かった。

「ここでいいの?」

「師匠、もう休憩するの?」

「『ケルベロスキメラ』が来るまで時間があるからな」

「ミノタウロスいっぱいいるけど倒さなくていいの?」

「ほっとけ、後でみんな死ぬから」

「もうおやつ?」

「ナナナ」

「今日はたくさん持ってきた」

 オリエッタは自慢げだった。でも運んできたのは僕だ。

 菓子と大量のマドレーヌをリュックから取り出し、即席のテーブルに並べた。

「いいの? こんなにゆっくりしてて」

「今日は特別だ。面白い物が見られるからな」

 ドスンと地響きが伝わってきた。

「来た!」

「ナナーナ!」

 神官服たちが一斉に高台を越えて迎撃に向かった。

 ドスン!

 大きな骨太の足が目の前に現われた。

 見上げると巨大な頭が三つ……

「声出すなよ」

「わかってる」

「今までのキメラより大きいね」

「シー。声出さない」

「はーい」

『ケルベロスキメラ』はほぼ前日と同じルートで町の段差を下っていった。

 そしてもう一体のキメラがこちらも先日と同様、ノソノソと現われた。

 子供たちは声を出すことも忘れて見入った。

「さあ、ショーの開催だ」

「もうしゃべっていい?」

「あ、ごめん。もういいぞ」

「早く言ってよ」

「こっちもいい?」

「ナナーナ」

 僕も頷いた。

 子供たちはお菓子片手に窓辺に陣取った。

 望遠鏡まで持ち込んで、観戦を楽しむ気満々であった。



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