クーの迷宮(地下47階 キメラその三・四戦)デザート食べたい
極寒の冷気の波が大地を白く凍らせながら、猛烈な勢いで迫ってくる。
波はあまりに広範囲だったため、兵士たちは逃げることもあたわず、慌てふためいた。
氷像群のできあがりだ。
次々魔力反応が消えていく。
そこへヘモジが颯爽と登場。
シャキーン。
だらけていたのが嘘のよう。
「ナーナ、ナー、ナーナンナ!」
「『生き残りたければ掛かってこーい』」
「通訳どうも」
「任せて」
僕は万能薬を舐めた。
このまま凍らせてしまってもいいのだが、小っこいのが戦いたそうにしているので、熱風を送った。
すると霜が見る見る溶け始めて……
すぐにバリバリと表層は砕かれ、七体のバーサーカーがゆっくりと動き出した。
既に狂乱モード。憤怒の形相をしていた。
値踏みをしていたヘモジが忽然と消えた。
苛立ちを隠せず雄叫びを上げた半解凍の一体の片足が砕け散った。
続け様に最寄りのバーサーカーが。
あっという間に四体が戦闘不能、内二体がそのまま絶命した。
残った三体は損耗加減からして、レベルが一つ飛び抜けている様子。
それ故、ヘモジは他の四体を早々に排除したのだろう。
ヘモジは狙いを定め、舌舐めずりをする。
が、ヘモジの方が先に攻撃を受けた!
一体の突撃を回避できなかったのだ。
小さな身体が遠くまで吹き飛んだ。
「おー」
思わず感心してしまった。
追い打ちを掛けようと地面を蹴る巨人。
その出鼻、顔面を殴打され、吹き飛んだ。
「ナーナンナッ!」
「『お返しだッ!』」
思い切り上から目線のヘモジ。
「でも身長差は如何ともし難い」
いつものことだが、どんなに顎を突き出しても見下ろされる側であった。
ほら、やり返してこいと手招きする。が、その一体はもう動かない。
「……」
次の一体が横から突撃してくる。
続いて、もう一体も。
ヘモジは逃げるタイミングを逸した。様に見えた。
が、次の瞬間ヘモジは大斧を軽くいなした。
鮮血がほとばしる。
バーサーカーが同士討ちになった。
元々怒りに駆られているから、仲間のことなどどうでもいい。むしろここで勢いを緩めると、ヘモジにやられる。だから振り抜くしかない。本能がそうさせたのだろう。勢いを殺さないため、むしろ斧を握る手に力を込めた。
叫ぶ狂戦士。
ヘモジの追撃はなかった。
一体が味方の攻撃を受けて沈んだ。
生き残った一体はワンランク上の装備を着込んでいる。
味方の一撃を受けて、肩口から袈裟懸けに深い傷が刻まれていた。
憤怒は収まらず、真っ赤な息を吐いている。
「暑苦しい」
「お前ねぇ」
狂戦士は吠え、ヘモジに斬り掛かった。
筋肉が怒りで破裂しそうな程膨らんだその姿は『ハウリング』でなくても身が竦む。
ヘモジは不格好に回避した。
「今の受けてたら、地面にめり込んでた」
「ギャグかよ」
確かにまともに受けていたら、腕を持っていかれただろう。
「怖いねー」
数撃の殴り合いの後、大斧が砕けた。
技量差の前に武器の差が出たか。
バーサーカーは折れた柄を投げ捨て、しびれた手を怒りでさらに震わせた。
空に吠える。
「終わりだ」
冷静さを欠いた段階で負けである。
「殺気がダダ漏れなんだよ。ヘモジに勝ちたきゃ、たまに殺気を消すぐらいじゃなきゃ」
神器を打ち砕くこと叶わず、己が拳が砕ける様も意に介さず、ただ怒りにまかせて猛進を続けるバーサーカー。その執念だけは恐れ入る。
が、次の刹那、沸騰した頭は陥没していた。
ヘモジが叫んだ。
「ナーナンナーッ!」
両手を大きく天にかざした。
「まだ残ってるぞ」
「ナナナ」
「いらねーよ」
しょうがないので、代わりに息のある二体にとどめを刺した。
先に死んだ者たちが次々石に変わっていく。
興奮冷めやらないヘモジ。
「ヘモジ、格好いいけど、うるさい」
相棒が勝利を讃える。
「格好、よかったぞ」
「ナーナ!」
ヘモジはご機嫌モードに移行した。
お尻フリフリ、魔石を率先して回収してくれた。
僕たちはついでに屯所の周りを探る。
しかし目的の箱は見付けられなかった。
僕たちは止むを得ず投石機に腰掛け、昼食を取ることにした。
「次はあっち」
僕たちは遠くに見える投石機に視線を向けた。雲間から斜光が降り注ぎ、ちょうど遠方のそれを照らしていた。
「あっち、雨降ってるんじゃないか?」
スープを啜り、パンをかじった。
ヘモジは相変わらず野菜スティックをコリコリ。
オリエッタはスープに落とした専用肉団子を頬張る。
「あれ?」
「ん?」
「ナー?」
「動いてる?」
「……」
「……」
額に手をかざして目を細める。
「旋回してるか?」
「ナーナ……」
「狙われてる…… かも」
「食事中だってのに」
「まだ食べ終わってない」
「ナーナ」
ふたりの視線を受けて、腰を上げる。
「燃やしておくか」
遠見を使い、僕は投石機に火を掛けた。
「ロープが燃えてしまえば役には立つまい」
巻き取りドラムのロープを燃やしてやった。
すると均衡を失った天秤の片翼が錘の重さで沈み込み、反対側の岩塊を載せたテーブルを跳ね上げた。
「あ」
放物線を描いて飛んでいった岩塊が、目標地点を大きく逸れて着弾した。
ほっと胸を撫で下ろす。
「危ない、危ない」
結果、大勢の兵隊たちがこちらに向かってくる要因を作ってしまったようだ。
「天気が崩れてきそうなんですけど」
「またバーサーカーいるかも」
「ナーナ」
ヘモジはもう充分満喫したようで、次の戦闘はパスすると言った。
そうじゃなくって、分担しようって話なんだけど。なんでオール・オア・ナッシングなんだよ。
「しょうがない。近付いてきたらやるから、ふたりはここでのんびり食ってな」
「ナーナ」
「りょうかーい」
一群は横列に並んで迫ってきた。
魔法を撃ち込むにはまとまってくれていた方がいいんだけど。
その前に、勢力の確認。
「バーサーカーはいますかー?」
さっと端から端まで見たが、赤目はいなかった。
「ちょっと隊編成にもう少し気を使おうよ。偏り過ぎだろう」
まあ、雑兵ばかりなら、苦労はない。得られるものもないが。
隊列は中間地点で動かなくなった。
「さ、食事の続きだ」
「デザートないなーい」
「ナーナ!」
「ブルーベリーパイ食べただろうが。あれをなんだと思ってやがる?」
「がーん」
「ナーナ」
「ガーンじゃないよ。僕の分まで食いやがって。おやつなし! もうリュックに食べ物ないからな。缶詰まで食い尽くしやがって。イナゴかよ」
「三時のおやつは?」
「一旦帰る予定だったからな」
「宝箱探す。缶詰あるかも」
ふたりは屯所のなかを探し回った。
何もないと自分たちで結論付けていただろうに。
「早く食べる! 移動する」
急かされながら移動した先で僕たちは目的の宝箱を見付けた。
「あ、あった」
燃やした投石機の傍ら、砲弾代わりの岩塊の山に隠れてあった。
あと一歩、頑張っていたらと悔やまれた。
「ナーナ……」
「缶詰じゃない」
肩を大袈裟に落として、がっかりする振りをするふたり。
「一度戻って、食料補充しよう。どうせ柱見付けるのに一旦外に出ないといけないし」
家まで戻るのは面倒だと、ソルダーノさんの店で補充することにした。
「売り切れちゃうから早く!」
「ナナーナ!」
上り坂を元気に駆け上がる現金なふたり。
現場視察の意味合いがなければ、今日の探索はここで打ち切ってもいいところだが、のんびりし過ぎてノルマを達成できていなかった。明日のために次の柱までのルートは今日中に繋いでおかなければ。
来店客のピークも過ぎて、店員も一服する頃、当然スイーツコーナーに売れ筋が残っているはずもなかった。
残っているのはロールケーキと、スポンジケーキが数点。
僕たちはロールケーキを一本買った。
半分をその場でカットして分け合い、歩きながら胃袋に収めた。
残りは夕方のおやつ分にしようと仕舞い込むが……
白亜のゲート前に戻ってきたときには綺麗に食べ終わっていた。
「わざわざデザートのために抜け出す冒険者なんて」
「唯一無二」
「ナーナ」
僕たちは北西区にある柱の元に戻った。
「あらまー」
そこは荒れ野のど真ん中、投石機の密集地帯だった。が、既に勝敗が決していて、壊れた投石機が大地に転がっていた。
北西区は『ケルベロスキメラ』の領域だが、隣の北区に喧嘩を売りに行って、既にヘモジにとどめを刺されている。
その隙に、反対側の西区から飛翔型の中ボスが入ってきて、荒らすだけ荒らしていったらしい。
補充したクッキー缶がリュックに程よい重さを与えていた。
そこから地図を取り出し、僕は現在位置を確認した。
新たに記された北西区の柱の位置はエリアの中心にあった。
大方の敵は侵入者の手によって片付けられていたから、対戦相手は少ない。手間は省けるが……
このまま西区に向かいたいところをぐっと堪える。
「宝箱のあった屯所の位置は…… えーと、ここから」
新たなマップをなぞりながらルートを遡る。
「なるほど」
「やっぱり道なりだった」
目印らしい目印がないのだからしょうがない。おまけにルートを外れた所には沼地や背の高い草原が広がっていて、困難が待ち構えている。
「じゃあ、今日は元の場所まで戻って終わりにするか」
地図の縮尺を鑑みるに距離だけはやたらあるエリアだ。
「あ、ついでにボード持ってくればよかったか」
明日、子供たちにもキメラ同士の戦闘は見せるつもりなので、エリアを跨ぐ時間はほぼ変わらないだろう。となれば、このエリアの状況もそう変わらないはず。
バーサーカーの一団を相手取る事態にも備えないといけないし。
「ブレス攻撃の跡はないね」
「てことは」
「ナーナ」
「そうだな。次のエリアボスは『ちょこちゃん』で決定だろうな」




