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クーの迷宮(地下47階 キメラその三・四戦)観覧する

 翌朝、子供たちはいつものように元気に飛び出していった。

 僕も今日こそは二体のキメラの対戦を鑑賞すべく、ヘモジとオリエッタをはべらせ、リュックを背負った。


 北区の神殿前広場から入場する。

 周囲を警戒するも、敵は遠巻きに配置されていて、いきなり戦闘に入ることはなかった。

「どこか安全な場所に待機しようか」

「ナ、ナーナ」

「あっち」

 巨人サイズの広場は相変わらず無駄に広い。

 僕たちは全体を臨める高台の一軒家を目指した。

 戦闘が始まっても、ここまでは被害は及ばないはず。


 入場してから二十分ほどが過ぎた。

 最下層に閉じ込められている一体の生存を確認したりしながら『ケルベロスキメラ』の登場を今か今かと待ちわびた。

 そしていよいよエリア全体が浮き足立ってきた。

 地響きが近付いてくる。

「ナナ」

「来たな」

 僕たちはでか過ぎる窓辺から周囲を見遣った。

 魔法使いたちの迎撃が始まった。

 飛び交う閃光。

 破壊されるオブジェクト。

 相手にならない神官服。

 そして上下に揺れる鰐の尻尾。大地を蹴る長くて太い脚。

「来た。いよいよだ」

「わくわくする」

「ナナーナ」

 いつの間にかクッキーと水筒を持ち出しているふたり。

 そうこうしている間に、一体の神官服によって最下層のあの壁が取り払われようとしていた。


 地下の祠の扉が開いた。

 神官服が何やら祠に向かって叫んでいたが、穴の中から伸びてきた蛇頭が付いた触手に食われた。

「共闘してるわけじゃないのか?」

 穴からゴーレムと見紛う不格好な岩の塊が這い出してきた。

『ケルベロスキメラ』が『ロックゴーレムキメラ』を捕捉した。

 唸る三つ首。

 じわじわと接近していく。

『ハウリング』と粘液攻撃。どちらも相手の動きを封じてから、とどめを刺すタイプ。

 どう動く? どう戦う?

 ボリボリ。バリバリ。

「開けて」

「あ、はいはい」

 僕はオリエッタの水筒の蓋を開ける。

『ケルベロスキメラ』が突進した。

 地形の段差を蹴り飛ばしながら、飛ぶように下りていった。

 神官服など路傍の石。

『ハウリング』が周囲の空気を震わせる。

「ビリビリくる」

「ナーナ」

 神官服たちは抗った。が、錫杖の狙いさえ、定まらなくなった。

 運悪く突入コース上にいた者たちは容赦なく潰された。

 全容を表わした『ロックゴーレムキメラ』が、にょろにょろと十本近い触手を伸ばす。

 異形さは断然『ロックゴーレムキメラ』の方に軍配が上がった。

『ロックゴーレムキメラ』に状態異常が効いている様子はなかったが『ケルベロスキメラ』は構わず突っ込んだ。

 そして一斉に応戦してきた触手を切り裂き、押し潰し、食い千切る。

 一撃離脱を繰り返しながら攻撃を仕掛けるが、岩の塊のような本体には牙も爪も歯が立たなかった。

 が、ようやく岩同士の隙間に爪が掛かると、強引にそれを引き剥がした。

 そして隙間に頭の一つをねじ込む。

 鮮血が飛び散るように粘液が隙間から噴き出した。

『ケルベロスキメラ』は咄嗟に回避した。

 後退る『ケルベロスキメラ』

 あれを顔面から浴びていたら、どこかに張り付いて離脱ができなくなっていたところだ。

 粘液がなんであるか知っているようで『ケルベロスキメラ』は警戒を強くした。

『ロックゴーレムキメラ』は剥がれ落ちた岩の一辺を拾い上げ身体に戻したが、きっちりとは合わさらずに不格好さに拍車を掛けた。

 まるで往年のライバルのよう…… 互いの手の内を知り尽くしたような動き。

 ゴソコソ。

「ブルーベリーパイ」

「何やってんだ。今いいところなのに!」

 リュックを漁るふたり。

「ナーナ?」

「いらないよ」

 モシャモシャと食べ始めた。

『ロックゴーレムキメラ』の触手が『ケルベロスキメラ』を包囲する。

 先端の蛇頭が、シャーシャーと警戒音を発する。

 神官服の二陣が丘を越え『ケルベロスキメラ』を包囲すべくやってくる。

「劣勢だな」

「ナーナ」

「ベトベトになった」

「……」

 オリエッタが粘液を被ったようにブルーベリージャムで顔をベタベタにしていた。

「お前ら、くつろぎ過ぎだ」

 魔法で顔を洗ってやった。冒険者にあるまじき、ぼってりお腹。

 ドーンとものすごい音がした。

 振り返ると『ケルベロスキメラ』が『ロックゴーレムキメラ』の硬い岩装甲を引き剥がして、ダメージを負わせていた。

 くそ、見逃した。

 ドクドクと粘液以外の緑色の物が白い床に流れ出していた。

『ケルベロスキメラ』の前脚の一本が折れ曲がっている。

 前脚を一本犠牲にして装甲を引き剥がし、敵の腹部に噛み付いたか。

 お互い、回復している猶予はない。

 とどめを刺すのは今しかない!

 神官服の攻撃が降り注いだ。

 前脚一本の『ケルベロスキメラ』は嫌がった。

「ナーナッ!」

 さっきまで暢気にくつろいでいたくせにクライマックスに横槍を入れられた途端、ヘモジは猛烈に怒った。


 結果『ケルベロスキメラ』に手を貸す格好になった。

 金色に輝く小人が、横槍を入れたミノタウロスをあっという間に殲滅したのである。

 ヘモジは光るのをやめると、とことこと歩いて帰ってくる。

「あーっ。こら、戻ってくるな!」

「巻き込む気か!」

「ナナ?」

 可愛らしく首を傾げる。

 わざとか。わざとだな。

「後始末をこっちにさせる気か。他人のパイまで食いやがって」

「キメラの応援する」

「そうだな」

「ふん」と顎でしゃくって、僕とオリエッタは最後まで責任を持てとヘモジに指示した。

「勝つまで帰ってくるな」

 キメラに目を付けられてしまったヘモジを僕たちは見放した。

 ヘモジはガクリと肩を落とした。

 すっかり熱が冷めてしまった僕たちはヘモジが後片付けをして、すべてが終わるのを待った。

「明日に期待しよう」

 前脚が一本になってしまった『ケルベロスキメラ』にはもはや機動力はなかった。

『ロックゴーレムキメラ』は出血が止まらず、蛇頭も残るは一つ。

 ヘモジは何もせず高みから見下ろしていた。

 こっちをチラ見するのやめろ。

『ロックゴーレムキメラ』が動かなくなった。

「死んだ?」

 ヘモジが手を出すまでもなく、三つ巴の状況にけりが付いた。

『ケルベロスキメラ』の捨て身の一撃が致命傷になった模様。

『ケルベロスキメラ』はヘモジと面と向かった。

 ヘモジは駄々っ子のようにほっぺたを膨らませたまま、出方を待っている。

『ケルベロスキメラ』がヘモジに牙を剥いた。

『ハウリング』!

 地面を蹴った。

 足を一本失っていても勝てると侮ったか。

 更なる上段から巨大ハンマーが三つ首に振り下ろされ、幕が下りた。


 ヘモジがこくこくと水筒を飲み干している間に、僕たちは魔石を回収する。

「ナーナ」

「早くと言われてもね」

 町の段差が邪魔をする。

「なんで止血できなかったのかな」

『ロックゴーレムキメラ』の転がっている骸の腹部を覗き込む。

 固形化されないまま、じゅくじゅくと大きく抉れていた。

 回復が追い付かなかったとしても、粘液で傷は塞げたはず。

 傷口の粘液を魔法で造ったスティックで掻き回す。

 周囲の粘液はもう固まって固形化しているのに、傷口周辺の粘液は未だ固まっていない。

『ロックゴーレム』こと『サンドロックトード』。本質は乾燥防止の粘液を身に纏った巨大蛙である。その粘液は接着剤として、広く世間に知れ渡っている。

 もし粘液が固まらなかった理由が『ケルベロスキメラ』の唾液か何かにあるのだとしたら…… 剥離剤として商品になるかもしれない。

「大伯母に土産話ができたな」

 探せば、論文の一つも出てきそうだけど。

 ただ『ケルベロスキメラ』は迷宮だけの架空の存在である。素材の入手は限られる。



「子供かよ」

 ヘモジとオリエッタがリュックの蓋の上と肩の上で寝息を立てている。

「確かにいい天気だけどな」

 さすがにこのルートは二度目なので飽き飽きしているのは事実だ。コインの回収もしないので盆地も迂回しているし。

 次のエリアはもう目の前。

 不戦の誓いをしているわけではないが、こういう状態なので戦わず回避している。

 オリエッタは兎も角、お前まで寝ないでくれよ。

 ゲフッとげっぷで返事を返してくる。

「次の中ボスの正面に置いてきてやろうか」

「ナー……」

 駄目だこりゃ。

「頭に血が上るぞ」

「ふにゃー」

 子供たちに見せられないな。



 しばらくするとふたりはむくっと起き上がる。

 新しいエリアに入って空気が変わったからだ。

「なんもなーい」

 だだっ広いだけの荒野だ。以前見たとおり、投石機のお出迎えだ。

 隠れる場所がない。見渡す限り平地が続いている。

 駐留している兵の数も巡回レベルではない。

 ここは次なる中ボス登場を待つべきか。

「これだけ何もないとコインがどこにあるのか……」

 地図の表記ももう途切れている。

「何か見付からないか?」

 オリエッタのスキルに期待したが、それらしきものはないようだ。

 こうなると道なりに行くしかない。

 でもそうなるとフロア制作者の思惑に乗ることになる。当然、厄介ごとが待っているはず。

「まずいな」

 コインを早く見付け出さなければ。再スタートもまた北区の柱からになる。

 ふたりが眠り呆けていた道程を再び繰り返すことになってしまう。

 このままでは昼を食いに戻れない。

「何が何でも……」

 目に入るのは、地面から土筆のように生えている幾本もの投石機だけ。

 周囲に兵隊が駐屯している。

「一つ一つ潰すようだな」

 そうなると中ボスを相手にするとき、ガチでやり合わなければならなくなるが。

「目印がないんだから、やるしかないか」

 ミノタウロスの軍勢は二、三十。

 わんこの影も見え隠れする。

「もうガーディアンで戦うレベルだろ」

 この辺まで来るとレイド戦も当たり前になってくる。

「先手必勝」

 でも宝箱を吹き飛ばさない程度に。

「どう攻める?」

 魔法で一網打尽にすると爆心地は荒廃し、得られる情報は激減する。かと言って肉弾戦を仕掛けると、こちらの気力が減退する。既にないのもいるし。

「本気でやるしかないな」

 タッパのある相手の急所は狙いづらいせいもあって、隠密行動は難しい。真っ正面から魔法をぶつける方が楽かも知れない。

「あ、バーサーカーだ」

 オリエッタの指摘に一瞬、悪寒が走る。

「ナーナ」

 ヘモジの腐りかけた目が輝き出す……

「何体いる?」

 ここは厳粛に事前調査を。

 僕も転移の副作用である遠見を用いて赤目の確認をする。

「嘘だろう」

「答え、一緒になった」

 オリエッタが見付けた数と、僕が調べた数とが一致した。

 異例の七体……  昨日、子供たちが相手した五体だって大概なのに。

「ナーナ……」

 ヘモジが舌舐めずりをする。

 エルーダでも前例がない。

「七体同時か……雑魚も山程いるのに」

 当然ヘモジは直接対決を望んだ。

 僕は先制攻撃でできるだけ減らしたかった。

「一撃加えて死ななかった相手はヘモジにやるよ」

 ヘモジとの交渉はなった。後は放り込む魔法の威力次第だが、戦場跡はなるべくそのままにしておきたい。となると魔法は『氷結』系が有効だ。

 荒野の湿った空気にヒヤリと冷気が混じる。

 心地よく風に打たれている集団。実力に反して退屈な日々。

 勘の良い者はいつもと違う風に動きに警戒心を抱くだろう。が、それは一気にやって来た。



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