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クーの迷宮(地下47階 キメラその三戦)コイン狂想曲

 兎に角、バリスタの射程圏外に回避だ。

 そのためには目の前のバーサーカーが邪魔だった。

 幸い赤目は一体。

 子供たちは鏃に魔力を込めた。

 子供の数だけ鏃が放たれた。

 数発を叩き落としたバーサーカーも『必中』の掛かったすべてを回避はできず、蜂の巣になった。

 が、それでも仕留めきれなかった。

「駆け抜けろ!」

 子供たちは残りのミノタウロスの群れに突っ込んだ。

 後ろの地面が吹っ飛んだ。

 瓦礫と土砂が舞い上がる。

「止まってたら、やべー」

 バーサーカーにとどめを刺そうと減速していたら、こっちが痛い目にあっていた。

 同士討ちによってバーサーカーの息は潰えた。普通のミノタウロス兵も意識がない。

 数本の通りを過ぎて、僕たちはようやく射程を逃れた。

「風向きのせいか。射手の技量の問題か…… こちらが予定より内側に入っていたのか?」

「地形のせいじゃない?」

「地形?」

「建物が密集してたから気付かなかったけど、僕たちがいた所って」

「盆地?」

 振り返った僕たちは瓦礫の山を追い掛け高度差を確認した。

 初撃を受けた位置は既にもう見えない。地平線の下に隠れてしまっていた。

 周辺の景色と緩やかな勾配による坂道錯視。知らず知らずに自分たちは低い場所に誘われていたらしい。

「なるほど」

 宝箱がなぜあんなへんぴな場所に置かれていたのか。

「そういうことか……」

 壮大な罠の中心にあったのか。そこに風が味方したのか。

「よくわかったな」

「走るのいつもより疲れたから」

 残るはオルトロスだが、こちらを相手にしている余裕はなかった。

「容赦ねーな」

「あそこぶっ飛ばしたい!」

「気持ちはわかるけど」

「敵は振り切ったようだから移動再開だ」

「その前に休もうよ」

 年少組も年長組も息が絶え絶え。身体強化で下駄を履いていても、さすがに午後のこの時間ともなるときついか。

「ようし。あとちょっとだ。ゆっくり行こう」

 年長組もほっと胸を撫で下ろした。

「昨日はこんなイベントなかったんだけどな」

「ナーナ」

「そうだな。時間帯が関係してるのかもな」

 何かしらのトリガーがオルトロスの群れの登場イベントを誘発したことは事実だ。

 バリスタに関しては、昨日はたまたま見付からなかっただけだと思われる。


 僕たちは同じ轍を踏まぬように建物の陰に隠れて慎重に進んだ。

 オルトロスの群れは一掃されたようだが、町並みはもうボロボロ。元々廃墟でなければ、大問題になっているところだ。

 ミノタウロスの兵の数も大分減ったので悪いことばかりではなかった。

「瓦礫が……」

 行く手を阻む。

「結界緩めるなよ。死ぬぞ」

「ふぁーい」

 瓦礫を抜けた所で立ち止まった。

 何もかも吹き飛んでしまって、宝箱までの視界が拓けてしまっていたのだった。

「まずいよ」

「まずいな」

「見晴らし最高だな」

「……」

 さてバリスタのお膝元。射程圏内であることは既に確認済み。

 さすがの子供たちもバリスタの矢ほどの質量体を続けて何度も弾くことはできない。魔法も付与されているし。安全にガードできるのはせいぜい一、二発。それ以上は運が絡んでくる。

 箱を開けて中身を回収するまで持ち堪えられるか。バリスタの数と、操作をする兵隊の技量次第だが。技量に関しては既に身を以て体験した。

 僕だけなら転移して上の連中を一掃してしまうのだが。昨日の内に上の様子を確認しておくべきだった。

「まさかこういう事態になるとは思ってなかったからな。ここは夜まで待つのが常套なんだろうけど」

「門限あるし」

「ナーナ」

「隠遁勝負する?」

「宝箱開けるとき、ばれるかもだよ」

「そこまで目がいいとも思えないけど」

「一発撃たせて再装填される前に回収するってのは?」

「あそこから射程圏外までだろう…… 無理だ。装填する方が早い」

「囮に人数割いたら…… 回収班が危ないよね」

「ここからこっちの攻撃が届けばいいんだけど」

「無理だよ。ここからじゃ」

「もうトンネルしかないね」

「調べてくるか」

 予習で情報を揃えられなかった師匠にも責任はある。

「ちょっと待ってろ」

 僕は壁近くに転移した。そしてこれ見よがしに城壁に魔法を撃ち込んだ。

 魔法障壁はドラゴンを追い返すのに可もなく不可もないレベル。一世代前の結界レベルっぽい。ドラゴン単独なら問題なく追い返せるレベルだが、集団になったら魔力供給が追い付かなくなるレベル。そうなる前に敵を駆逐するのがセオリーだろうが。

「手加減したつもりなんだが……」

 壁の中腹に大きな穴が開いてしまった。

「やり過ぎ」

「ああ、わかってる。抗われるとつい破壊したくなっちゃうんだよな」

 穴の上辺、アーチ状の橋のように残っていた壁もたわんで落ちた。

「……」

「ちょっと囮になって、バリスタ撃たせたかっただけなのに」

「言ってるそばから、来たよ」

 一門は瓦礫と一緒に落ちた。

 右から二門、左から一門。落ちた分も合わせると四門設置されていたようだ。

「確かに一度に浴びたら危ないな」

「もう三門しかないけど」

「情報提供だけするつもりだったのに」

「あー、あっち。正門、開く」

 正門の跳ね橋を上げていた鎖がガラガラと音を立てた。橋がゆっくり下りてきて、城門もゆっくりと開いていく。

「やばいな。イテッ」

 肉球パンチを食らった。

「なんとかする!」

「あー。最後の最後で子供たちの努力に水を差しちまったぁああ」

 僕は橋を落として、一旦明後日の方角に逃げた後、子供たちの元に戻った。


「ナーナ!」

 何やってんだと、ヘモジにも蹴りを入れられた。

「ごめん。ちょっとバリスタの数を数えようと思っただけなんだけど。やり過ぎた」

 子供たちの呆れた視線が突き刺さる。

「突っ込まなくて正解だったね」

「そうね。四門もこっちを向いてたら、わたしたち吹き飛んでたかも」

「どうする? 兵隊が来るよ」

 城外にいた兵士たちが騒ぎを嗅ぎ付けて迫ってきていた。今は明後日の方角を探しているが、このままでは包囲されてしまうのが目に見えていた。

「行くぞ。みんな」

「おー」

「って、どこへ?」

「師匠がいない間に、作戦考えたの」

「任せて」

「まかせなさーい」

 子供たちが隠遁をかましながら箱に近付いていった。

「おい!」

「ナナーナ」

 距離はまだ大分ある。胆力の勝負だ。

 敵のバリスタはまだ明後日の方向を向いていた。

 方向を再調整するだけでも、多少は時間をロスするはず。子供たちは発見されても即応されないと判断して、発見されるまではと、慎重且つ大胆に動いた。

 そして宝箱に辿り着いた。

 わずかに残っている瓦礫に分散して身を隠し、ヘモジの開錠を待つ。

 カチッ。

 年長組が箱を開ける。

「あった! コインあったぞ」

 代表してトーニオがポケットに仕舞い込む。

 そして地図を取り出したところで。

「見付かった!」

 急いで逃げないと!

 だが、子供たちは笑っていた。

 それはもう満面の笑みを浮かべて。

「師匠。コイン回収したら今日は終わりだよね」

 ニコロが嬉しそうに言った。

「ゲート出して」

「撤収だよ」

 マリーとミケーレが白い歯を見せた。

「あ!」

 やられた。

 完全に失念していた。

 そうだった…… そうだったのだ。今日の探索はコインを手に入れたら終わりだったのだ。射程外まで逃げる時間なんて考慮に入れる必要はなかったのだ。

 子供たちはそのことに気付いた。

 してやったりの顔をして、偉そうに僕の背中を叩いた。

「城壁、一発で破壊しちゃうなんて凄いよね」

「ねーねー。壁固かった? マリーにも壊せる?」

「いや、あれはドラゴン用の……」

「ここからなら狙えるよね?」

「一発撃っていい?」

「そんな時間ないって」

 敵の包囲網が狭まってきて、その先鋒が視線に入ってきた。

 頭上のバリスタも向きを変え、こちらを捉えた。

「飛び込め! 脱出する!」

「りょうかーい」



 白亜のゲート前広場にみんな寝転がった。

 そして含み笑い。

「お前らなぁ」

 僕の情けない声を聞いた途端、大爆笑。

「師匠、最高ーッ」

「まさか壁にあんな大きな穴開けちゃうなんて」

「ドラゴンもびっくり」

「何かやるとは思ってたけど」

「言いたいだけ言ってろ」

「師匠も人間だってわかってよかったよ」

 ケタケタケタケタ。

「確かに余計なことをした。悪かった」

 ここは素直に頭を下げる。

「いつも守って貰ってるしね」

「ノープロブレム」

「もんだいなーし」

「全員無傷だし」

「今日も完璧」

「でもドキドキしたね」

「最後にいい物見られたし」

「凄い威力だったよな」

「まだまだ師匠の域には遠く及ばないってことね」

「明日からもっと頑張るぞ!」

「おーっ」

 弟子に元気づけられて帰宅する。それは情けなくもあったが、どこか妙に心地いい。連帯感? そんな言葉では言表わせない安堵感。昔感じたあの懐かしい感覚。


 夕食の席で僕の失敗は暴露され、女性陣に笑われ、大伯母にも失笑を買った。

 でも、なんでだろう?

 その日の夜はやけに心地いい夜だった。



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