クーの迷宮(地下47階 ファイアコモドドラゴン戦)ビビったら勝ちよ
ガルーダの皮の炙りとコモドドラゴンのロースト、芋のサラダに年少組の「ごめんなさい」が夕飯の食卓に並んだ。
「ナナナナナ!」
ヘモジが、食材を無駄にするなと、踏ん反り返って年少組を諭した。
子供たちは野菜を仕舞う途中で気が削がれて、そのまま放置してしまったという。幸いカヴォロ一個で済んだし、それも腐らせる前に発見もできたし。以後気を付けるということでけりが付いた。
最近、町の緑化が進んで野菜のありがたみを忘れつつあるようだが、田畑は魔石で下駄を履かせている状態であることを理解して頂きたい。
お小言はそこまで。
「明日どこまで進めるかな?」
「コモド次第よね」
「コモド強い?」
「ナーナ」
「ただの空飛ぶトカゲ?」
「トカゲは火を吹かないよ」
「怖いのはバーサーカーの方」
オリエッタが言った。
「バーサーカー、出るの!」
オリエッタが頷くと、子供たちは嫌そうな顔をした。
「やばいよ。やばいよ」
中ボスのドラゴンより、ビビってる。
「あいつら避けるからな」
そりゃ避けるだろう。
今日の相手は隠遁レベルが半端なかった。フロアレベルに見合った索敵要員がいないと全滅するレベルだ。
僕はギルドに提出する書類の下書きを子供たちに資料として提供した。
「やば過ぎるよ!」
コモドドラゴンはもはや眼中になかった。
いいのかなぁ。落とし穴戦術は空飛ぶ相手には通用しないんだけどな。
翌朝、僕たちは東区の焼け野原にある柱から開始した。
先日は夕刻、時間切れ間近で周囲がよく見えなかったせいもあって、子供たちは朝の景色に見入っていた。
「いるいる」
「気付かれるよ」
「面倒臭いな」
「やる前にやらないと余計面倒臭くなるわよ」
ほんと見晴らしのいい場所でのオルトロスは厄介だ。
何かが飛んでいった!
誘導されたそれはオルトロスの回避能力を物ともせず命中して、前足の一本を持っていった。
今の子供たちを前に、動きを止めたら終わりである。
子供たちはオルトロスから魔石を回収する気がないようであった。
「ナイスだ。マリー」
「投擲、大成功」
「次、俺な」
「昨日、魔鉱石で造ったんだ。これから空飛ぶ敵が増えてくるって言ってたから」
ミケーレが教えてくれた。
なるほど見れば、いつもより膨らんだ腰袋をベルトに下げていた。
「あそこ曲がるの?」
「道なりだ」
「ふぁーい」
荒廃した景色が遠ざかり、緑が増えてくる。
茂みの高さが高くなってくると、子供たちの警戒レベルも自然と上がっていく。
「ミノタウロス、発見!」
「バーサーカー?」
「わかんない」
数は三。装備は一般兵士の鎧。
オリエッタが首を振る。
バーサーカーではないらしい。
子供たちは『解析』魔法を飛ばして相手を探るが、ミノタウロスと言えどレベルはそこそこあるので、細かい内容までは読み取れなかった。
敵は子供たちの間合いを何も考えずに越えてくる。
もう目の色を見ればバーサーカーか否か、わかる距離まで迫っていた。
最初の結界に触れた瞬間、ミノタウロスは自分の迂闊さに気付いた。が、反省する時間はなかった。
突っ込んでくる後続二体も『雷撃』で意識を刈り取られ、集中攻撃を浴びて接近半ばで息絶えた。
慣れたもんだ。
魔石を回収して移動を再開。そろそろ迂回ルート前の崖っぷちだ。
「時間短縮でよろしく」
「ここ下りるの?」
「高さあるよ」
「迂回してるとコモドが逃げちゃうかもしれないからな。頑張れー」
子供たちは滑り台を拵え始めた。
「まだ高いよ」
「焦らなくて大丈夫だ。回り込むより確実に時間短縮できるから」
「ようし、第二陣作業開始!」
『万能薬』を舐めた一団は坂を折り返して断崖をさらに下りていった。
先日バーサーカーがいた茂みも回避して、僕たちは一路、コモドドラゴンの巣を目指した。
「ミノタウロス発見! あ」
「あ?」
「ん?」
雲間から現れた巨体が、子供たちの頭上に影を落としていった。
その影によって前方の一団があっという間に炎に包まれた。
「ドラゴンだ!」
「あれがコモドか」
「遠くてよく見えない」
まだ巣にじっとしている時間じゃないのか?
「なんか燃えてるんですけど」
消火しようにも既にどうにかできるレベルではなかった。
が、身を守ることは難しくなかった。土、風、水、子供たちはどの魔法を使っても対処可能であった。
「魔力反応が凄いことになってる」
小動物の反応が一斉に火元から遠ざかっていく。
僕たちは反応の流れに逆らって、コモドを追い掛け、巣のある方角に向かった。
子供たちはドラゴン種の無言の圧力に言い得ぬプレッシャーを感じていた。
巣の前の渓谷に着いた。
子供たちは澄んだ空気を腹一杯吸い込んだ。
「あの森か」
「手前のあそこで戦う?」
「ばらけると補完し合えないから、なるべく固まっていこう」
子供たちは大きく頷いた。
「じゃあ、転移するぞ」
気付かれることを前提に、僕は手前の草原にゲートを開いた。
「……」
「気付いてない?」
「寝てるの?」
起こさないように巣に近付いていく。
「結構間抜けだ」
「まずは羽だぞ」
「わかってる」
もそっと巨体が動いた。
子供たちは立ち止まる。
「……」
コモドはもたげた頭を元に戻して、二度寝する。
子供たちは胸を撫で下ろした。
次の瞬間『ファイアーコモドドラゴン』はバサッっと羽を大きく開き、空に吠えた。
森の木々から鳥たちが一斉に飛び立つ。
子供たちの目はまん丸に見開かれた。
巣の縁から大きな顔が、隠遁をかまして姿を隠している子供たちを見据えた。
「さすがドラゴン種。たばかるか」
立ち上がったコモドドラゴンは半身を晒して、羽に空気を孕ませた。
「まずいぞ」
子供たちは一斉に魔法を放った。と同時に無数の投擲鏃をも放った。
「やり過ぎ!」
思わずオリエッタがつぶやく。
片翼が一瞬で消し飛び、浮いた身体が巣の縁に突き刺さるように落下。外側に転げ落ちてくるところに誘導された鏃が。
巣の瓦礫が空一面に四散した。
だけでなく、動かなくなった不格好な骸が巣にぶら下がった。
「ほんとトカゲだな」
両翼をむしり取られ、穴だらけになったコモドは不味そうに見えた。
「……」
「結界はッ!」
マリーがコモドのふがいなさに怒って、僕を睨んだ。
えー、僕が悪いの?
「結界あるって言ったのに!」
「お前らやり過ぎ」
そりゃ、やられる前にやるのが基本だけど。ドラゴンを出会い頭にボコボコにするとは……
「これじゃ、強いんだかどうだかわかんないよね」
「うんうん」
カテリーナも頷いた。
お前らの将来が心配だわ。
「肉どうする?」
「これじゃ、ちょっとね」
硬いはずの鱗に覆われた身体が穴だらけだ。
解体屋に回してもいいのだが。どう見ても、やり過ぎ感が滲み出ていた。ビビって一斉に攻撃したのが一目瞭然だった。
「魔石でよろ」
「ん。魔石で」
「しょうがないな。お肉、だぶついても困るしね」
「鏃いらなかったわね」
「強くないって言ったのに」
オリエッタも呆れ顔だ。
「宝箱、探すぞー」
「おー」
消化不良のまま、コインと地図を探しに子供たちは巣の中に入っていった。
「次のエリアまで行けそうだな」
キメラ同士の戦いが見られるかもしれない。
渓谷の端っこで休憩を取ると、僕たちは次を目指した。
コインを見付けたので、一旦外に出て、初日コモドとミノタウロスが死闘を繰り広げていた北東区の柱に跳べるのだが、それはせずに時間まで歩いて移動することにした。
このまま外に出て、食事を取った後に戻って来てもいいのだが、ルートの間が抜けるのが嫌らしい。
結局、僕が先日逆戻りしたルートを行くことに。
そして、避けることのできない一戦が。
「隠密特化の敵だったら、厄介だな」
さすがにテコ入れが必要になるかもしれない。
だが、予想は外れた。いい意味でも悪い意味でも。
バーサーカーにアサシンタイプはいなかった。それはいい点だ。だが、登場したすべてのミノタウロスがバーサーカーだったことは悪い点だ。五体のバーサーカーを相手にするのは前代未聞だった。
索敵能力あるアサシンタイプがいないので、先制は可能なようであった。
子供たちは心臓をバクバクさせながら作戦を練る。
「鏃で一体。二班で一体ずつ。残りをそれぞれ各個撃破」
指折り数えた。
「大丈夫、行ける!」




