クーの迷宮(地下47階 キメラその四戦)ケルベロスキメラをやり過ごす
結局、神官風のミノタウロスの骸が他のミノタウロスを呼び込んだ。
が、大きな振動が祠を揺らした。
「これってやばいかも」
潰れる予感がしたので、僕たちは敵が待ち構える光の先に飛び出した。
「!」
なんと、次回出演予定の『ケルベロスキメラ レベル六十七』がいた!
「あ、あいつの方が順番先だったか?」
「んー?」
「ナー?」
先に登場したキメラたちと強さはトントンである。相性の良し悪しで順位が入れ替わる程度の差しかない。と言い訳しつつ、状況把握。
神官服がこちらを無視して対峙しているのはいつか見た俊敏そうなドス黒い獣の胴体。鱗のある鰐か何かの尻尾が一本と、獰猛そうな犬の頭が三つ、ただ長い牙が下顎から上に伸びていて、ケルベロスのものかといえば亜種か何かなのだろうかと首を捻る。足もよく見れば犬のそれではない。
「これって……」
祠に閉じ込めていた『ロックゴーレムキメラ』はこいつへの対抗策だったのか?
神官服たちは切り札を失って慌てふためいていた。
「あー、面白そうなイベント見逃したかも」
「二体のキメラが戦うところ、見たかった」
「ナーナ」
奥の手であっただろう『ロックゴーレムキメラ』を失った神官たちはいいように『ケルベロスキメラ』にあしらわれた。
「ここは最下層の噴水広場か?」
見上げる先に時たま耳をつんざく遠吠えがする。『ハウリング』だ。拘束され蹴り殺されたミノタウロスが降ってくる。
「手間省けた」
「ナナナ」
折角最下層まで来たのだが、僕たちは知らんぷりして、神殿に戻り、巡回を再開するのだった。
「共倒れ、大いに結構」
神殿にも宝箱があった。が、目的の物はなかった。
「ナナナナナ」
ヘモジが剣を振り回している。普通の片手剣だが、ヘモジには大剣だった。
「金貨百枚、保証する」
オリエッタが尻尾をビンビン振り回す。久しぶりのレアアイテムだった。
「大剣だったら、バンドゥーニさんに行くんだけどな。イザベルはこれ以上の剣を持ってたかな?」
「イザベルはケチだから持ってないと思う」
ケチなんじゃなくて、爺ちゃん譲りのいかれた我が家の価値観に染まってないだけだ。
「ナナーナ」
「構わないぞ」
試し斬りしたいというので許可した。
「それより肝心な宝箱はどこだ?」
目下、下り坂を半周ほどして標高的に柱のある広場と同等の高さにいた。
ミノタウロス兵はこぞって最下層のキメラと戦闘を重ねている。
「詠唱が遅いんだよ」
魔法による遠隔攻撃は滅多に当たらず、数分後には『魔石モドキ』を空にして棒立ちする姿が目に浮かんだ。
「下まで降りるのとどっちが早いかな」
こちらは警備を気にすることなく、街中を探索しまくった。
細かい住所録まで作れそうであった。
そうして目的の物が得られぬまま、僕たちはいよいよ最下層に近付くのである。
「決着まーだ?」
オリエッタの尻尾も髭もすっかりだらけている。
ヘモジは新しい武器を携え、神官服に奇襲を掛け回っていた。
「ちょと、パワーバランス考えろよ」
劣勢を益々追い込んでどうする。
とは言え、多勢に無勢。さすがのキメラも疲労困憊。吠える力もないか。
「魔石も散らばってきたな」
落ちている物は積極的に拾ってきたが、さすがにやり合っているそばまではまだ。
「そろそろ限界かも」
ドロップした魔石の消失時間が近付いていた。
無理に取りに行く大きさじゃないから、見逃してもいいのだが。
『ケルベロスキメラ』が睨み合いの末、静かに倒れた。
あれじゃ、魔石になっても期待できない。
「ナー、ナッ!」
見える範囲のミノタウロスももはや一握り。魔力を使いきった魔法職など、ヘモジの敵ではなかった。
「宝箱、ないなーい」
「ちゃんと探してるか?」
「探してる」
結局、ここまで来ても手に入らなかった。となると別の場所か。
「北西の境か…… あるいは正面ゲートか。面倒臭い」
「オルトロスッ!」
遠巻きに城の正面を迂回して通過する際、オルトロスの大群に襲われた。
ヘモジもミョルニルに持ち替えての戦闘になる程、熾烈を極めた。
「集団行動を覚えたか!」
「でも調子に乗り過ぎ」
オリエッタの介入により、あっという間に足並みが乱れた。
そしてヘモジがリーダー格を昇天させ、いつものオルトロスの群れに。
特殊な個体だったのかな?
「さらばー、駄犬よ」
頭二つじゃ、行動を統一することはできなかったようである。
「奇数じゃなきゃ、多数決は採れまいよ」
魔石を回収しつつ、市街地を横断していく。
ヘモジも魔法剣に飽きたようなので、一緒に倉庫に転送した。
「あ、た」
「ん?」
「あった!」
目的の宝箱があったのは建物の間の細い路地を行った先の突き当たりだった。
「こんなとこ……」
これ、町中隈なく探索しないと見付かんないだろう。
そう思える程、どうでもいい場所にあった。
「ここまで来て……」
もう隣の地区が目の前だった。
潰し合いでできた余裕もそろそろ使い果たした。
「昼にするか」
僕たちは探索を切り上げ、外に出た。
「ヘモジ」
「ナーナ」
「一・五倍重い」
「ナナーナ」
色が変わり欠けたカヴォロを捨てるのが勿体ないと、千切りにしてすべてヘモジが平らげたのだった。
悪いのは保管箱に入れておかなかった誰かなわけだが、ヘモジが頑張って処理したのである。
ほぼほぼ自分の体積分は食べただろうか。
いくら消化がいいとは言え、腹出して転がってるしかない現状だった。
戦闘には期待できない。
北区の新しく発見した柱からのスタートなので、敵はほぼ一掃してあるからいいのだが。
目下、正門を遠巻きに越えて、次のエリアに向かう途中である。
「ミノタウロス発見!」
「ナーナ」
「はいはい」
切り込み隊長が休憩中なので遠距離から仕留めていった。
オルトロス一体とミノタウロスの通常兵であった。
しばらくしてリュックの蓋の上で五体投地していたヘモジが突然、飛び起きた。
オリエッタの髭もヒクついた。
「バーサーカー……」
ヘモジが『万能薬』を舐めた。
なんだ、やるのか?
だったらもっと早く飲めばいいのにと思った。
「ナナーナ」
なるほどね。
オリエッタも身をいつになく低くして警戒している。
「隠遁レベル高そうだな」
結界を張っているので触れれば気付くが。
見えてる三体とは別に、隠れている奴がいる。一体か、二体か……
「ちょっとレベル高くない?」
「ナナーナ」
このフロア『狂気の炎』に呪われたバーサーカーだけ、何気に強めに設定されている。
「砕かれた!」
結界が一枚、抵抗なく一瞬で持って行かれた。
「『結界砕き』持ちかよッ!」
『衝撃波』をぶち当てて炙り出した。
見るからにアサシン風。ミノタウロスにしては小振りで痩せていた。
ヘモジの反撃を受け切った!
僕たちは目を見張った。
「こいつ」
「強い!」
「ナーナッ!」
ヘモジは掛かりっ切りになった。時たま姿を消すせいで、ヘモジの反射神経でも捉え切れないでいる。
「でも光ってないし」
スーパーモードで簡単に仕留めては楽しくないからだろう。
必然的に残りの相手は僕がすることに。
三体の内、目が赤いのは……
「お前だッ!」
虚空から突如として現れたもう一人の暗殺者。
でかい身体で器用なものだ。が、結界は一枚にあらず。
それに。
隠遁能力はこっちが上だ。
つまり見えているということだ。ヘモジが追い掛けていった相手より、表面積が大きい分だけ能力は劣る模様。
「腕力のないミノタウロスなんて、ただの牛だ!」
陽炎のように一瞬、姿を消したようだが。捉えている。
「一丁上がり」
ドサッ。
ヘモジの方もけりが付いたようだ。
残る三体は呪われていなかったので、噴き上がった血圧も一気に収縮。冷めた分も含めて凍らせてやった。
「反則級だな」
「ナナナ」
ヘモジはサボるのをやめて、食後の運動とばかりに先頭を歩き始めた。
だが、碌な相手に恵まれず、僕のリュックの上で身を再び投げ出すのだった。
景色は突然変わる。目の前にだだっ広い湿地帯が現れた。
「投石機だ」
平原に点在する建造物。
あれは対ドラゴン用の物である。
「順番的にいったら『ちょこちゃんキメラ』の番だが」
正式名『フライングキメラ』。何故『ちょこちゃん』と言われているのかわからないが、昔から婆ちゃんたちはあれを『ちょこちゃん』と呼んで、さも仲間のような扱いをするのであった。
エルーダでは放っておいても次の強敵『ギーヴルドラゴン』と陣取り合戦を始めるので、こちらから敵対することはあまりなかった。
問題は正面の鳥顔がワイバーンの様でワイバーンでなく、コカトリスの様でコカトリスでなく、グリフォンの様でもバジリスクのようでもないことだった。よくわからないが『ちょこちゃん』という存在に似ているらしい。大きさだけは雷鳥だったが。
因みに、石化攻撃をしてくることもある。状態異常攻撃はランダムで、即死級の時もあれば、そうでない時もある。強度もランダムであった。どっちにしてもレベル七十越え。『ギーヴルドラゴン』とやり合うのだから普通のキメラではない。
目の前の投石機はそれらの空飛ぶ中ボスたちに備えたものだということはすぐわかった。
婆ちゃんたちの慣習通りに行動する必要はないが。
『ちょこちゃん』が先か、ドラゴンが先かで、展開が大いに変わってくる。
この先、足場も悪くなる。運が悪いと底なしに嵌まることもある。
「ナナナ」
エリア縮小がどこまで影響しているか知らないが、このだだっ広い平原には軍団クラスのミノタウロスも控えていた。
三つ巴の大戦争に参加するのは得策ではないので、この先は探索にのみ傾注する方がよいだろうと判断した。




