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デッド・ラインズ・プライマー  作者: ポモドーロ


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一段落と展望台

 僕は急いでフライングボードに乗って養護院に飛んだ。僕の後ろをラーラとヘモジとオリエッタとミントまで付いてきた。

 養護院まで来ると僕は着地場所を探した。

 養護院は臼状の町並みを支える中央基礎フレームの上にある離れ小島の一つ、何層にも重なる島々の下層に建っている。

 建物の裏手に回ると、フィオリーナの手を強引に引っ張り、馬車に連れ込もうとする黒服の男たちと、それを阻止しようとする子供たちと職員が裏庭の境で揉みくちゃになっていた。

 オリエッタはラーラのボードから養護院の屋根に飛び移り、ミントは僕を追い抜き、弁護人の顔面を蹴り飛ばした。

「なんだ!」

「魔法か! 誰だ!」

 さながら『光の矢』のようであったが、威力はまるでなく、蹴り飛ばした自分の脚を痛そうに抱え込んでいた。

 だがミントの姿は応援が来たことを知らせる兆しとなり、子供たちは俄然、張り切りだした。

 ヘモジは黒塗りのぴかぴかの馬車の屋根に降下した。そしてハンマーを腰のホルダーから引き抜いた。フィオリーナが車輿に放り込まれようものなら馬車ごと破壊する気満々だ。

 僕とラーラは庭にできた隙間に滑り降りた。

「その手を離せッ! 弁護人まで子供を(おとし)める気かァ!」

 子供たちの騒ぐ声の上をいく大声で、ラーラは怒鳴り付けた。

 全員が凍り付くように静まり返った。

 生まれ持った王族の威厳という奴か? ドラゴンの『怒声』のような強力な縛りか?

「誰だ! 関係ない奴は引っ込んでろ!」

 弁護士の護衛なのか、単なる付き人なのか、がたいのがっしりした大男が叫んだ。

「その娘を治療した者だ! それ以上の狼藉はお前たちが弁護する男の立場を悪くするだけの愚行と知れ! その手を今すぐ離せ!」

 僕もラーラに負けじと大声で叫んだ。が、迫力で負けた。

「ほお……」

 馬鹿にしたかのように男たちは鼻で笑った。

「重篤の明日をも知れぬ患者がなぜ庭で飛び回っているのか? ご説明願おうか?」

「治療したと言ったでしょ」

「ふざけるな! 昨日今日で治る病状ではないはずだ!」

 ラーラの前に病状を記した書類らしき物をちらつかせた。

「ええ、おかげで大変でしたよ。これが治療に使った薬になります」

 僕は腰のポーチから『完全回復薬』と『万能薬』の小瓶を取り出した。

「『完全回復薬』が二本と『万能薬』が三本になります」

『万能薬』の一本は僕が飲んだのだけれど。

「そんな…… ば…… 馬鹿な」

 実物すら拝んだことのない高級な薬を無造作に眼前に提示された男たちは凍り付いた。

 養護院の孤児にそんな大枚を叩く道理がない!

 どう考えても間尺に合わない。賠償額のレートが一気に跳ね上がったことを弁護人は悟らずにはいられなかった。

「リリアーナ様とは姉妹のような付き合いをさせて頂いている身。リリアーナ様肝煎りの養護院で重篤な患者がいると聞いては助けぬわけにはいきません。そちら様には随分と酷い仕打ちを受けたようで…… 助かったのはまさに奇跡と申せましょう。人殺しにならずに済んだだけでも感謝してほしいものですね」

 男たちはあからさまに『余計なことしやがって』という顔をした。

 それに気付かないラーラではない。お返しにきつい一言を返した。

「あなた方が弁護する者は砂漠に幼子を突き落とすような愚劣極まりない男と聞いています。賠償金と合せて治療に要した費用も請求した方がよいのでしょうね? まさか代理人までこのような……」

「な、それは!」

 弁護人は慌てふためいた。

「こ、これは行き違いです! だ、だってそうでしょう? 一体誰が思うでしょうか? 重篤な患者がこのような…… 我らは法を犯した者を拘束しようとしたまでで…… 社会正義の下、偽りなく……」

 僕はあからさまに剣に手を掛けた。

 自分たちの現状、置かれた立場を男たちは理解した。

 理由がない以上、少女を連れ去る行為自体、人さらいの所業であるということを。現行犯ともなれば、目の前にいる相手は貴族。この場で切り捨てられたとしても、法が自分たちを守る保証はない。もっとも首と胴が離れてしまった後では裁判自体どうでもいい話である。

 フィオリーナを拘束していた男は動揺し、その手を緩めた。

 フィオリーナは男たちを振り切り仲間の元に飛び込んだ。

「この件は改めて……」

 男たちは逃げるように馬車に飛び乗った。

 天井に乗っていたヘモジが大男に払われた。

「ナーナ」

 ヘモジは素直に飛び降りた。

「出せ!」

 弁護人が御者に声を掛けた。

 が、馬車は動かない。

「おい! 聞えなかったのか? 何をしてる? 早く出せ!」

 御者は何度も手綱を振るが、二頭の馬はびくともしない。

「こら、動け!」

 屋根の上から飛び降りてきた猫が道路の中央に降り立って欠伸する。そしてゆっくりと馬の足元を通って、ヘモジと合流しながら戻ってくる。

 いたずらしたな。

 オリエッタは自慢げに髭をピンと伸ばして素知らぬ風を装う。

「すいやせん。馬がまるで言うことを聞かないんで」

「それを聞かせるのがお前の仕事だろう!」

 と言っても、動かないものは動かない。

 子供たちの「帰れ」コールは止まない。仕舞いには誰が呼んだのか、街の警備が基礎フレームに欄干が付いただけの鉄の橋を渡ってやってくる。

「もういい!」

 男たちは逃げるように馬車を降りると、自分の足で駆け出した。

「旦那、お代!」

「払えと言うのか!」

 弁護人の男は顔を真っ赤にさせて怒った。

「片道分……」

 御者もめげない。

 弁護人の付き添いはズボンのポケットから硬貨を引っ張り出すと投げるように御者台に叩き付けた。

「毎度あり、すいやせんね」

 男たちは書類鞄を片手に警備の横をすり抜け、そそくさと走り去った。

 すると今度は馬が嘶いて、ブルルンと首を振った。

 そして思い出したかのようにパカパカと進み始めた。

「動いた! 動いた!」

 御者が諸手を挙げて喜んだ。

「旦那ー、動きやしたぜーっ」

 馬車は男たちを追い掛けた。

「大成功!」

 ニヤリとオリエッタが笑った。

 空の上ではミントが腹を抱えて笑っている。

「あんたたちね……」

 ラーラは呆れた。

 ヘモジは僕のズボンの裾を引っ張ってフィオリーナの所に早く行こうとせかした。



「また来る」と言っていた彼らは結局二度と現われなかった。男の身柄が要塞からメインガーデンに移されたからだ。以後の法廷闘争はあちらで、ということになったようだ。どういう結審が付いたかは知らないが、賠償金が用意できなくて実刑を食らったと風の噂で聞いた。



 要塞の最上部にある展望台から東に進む大船団を見る。

 そこは全周囲を見渡せるブリッジの眼下にあるドーナツ状の憩いのフロアだ。子供でも全方位を見渡せるように手摺りには強化雲母ガラスがはめ込まれ、老人にも優しく外向きのベンチが用意されていた。

 こんな所があるなんてと、お洒落な花壇がある景色を見ながら、全員が息を飲んだ。

 要塞は移動する船団の最後尾に付けていた。そのすぐ手前に姉さんの『箱船』がいる。その周囲を大型船が包囲し、その更に外側を中型、小型船が列を作る。

 大型船や要塞のなかにいる船も含めると更にその規模は膨らむ。

 これが姉さんの『天使の剣』の船団か。

 壮観だ。正直、こんな大規模な船団が必要なのか疑問に思えるくらいだ。

「ナナナナナ」

「この場所は畑に最適だって」

 通訳しながらオリエッタが肩に飛び乗った。

「すげー」

「すごいねー」

 養護院の子供たちとマリーは手摺りに貼り付いて眼下を見下ろした。

「すっかり仲良くなったわね」

「ずっと一人だったからな」

 いいことだ。

 本日は完全休業日。


 僕とラーラは要塞に展望台があるという話を聞いてやって来た。



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