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クーの迷宮(地下47階 キメラその一戦)子供たち、南東区を制覇する

 ゾロゾロと巨人が詰め所を出た所に溜まり始める。

「膠着状態だな」

 これはもう如何ともし難い。

 持久戦かな。

 もうまとめて狩るか、逃げ出すかしかないが、移動するにも目の前の橋を渡らないことには始まらない。

 子供たちは額を合わせ、相談する。

「プランBで」

「Bって何?」

「籠城戦」

「ろうじょう……」

「カタツムリ戦略」

「わかった」

「やれるかなぁ」

「投擲されたらきついよ」

「でもその後は素手だぜ」

「敵が投げた武器は回収できないように塔の周りに側溝造るの忘れずに」

「側溝の壁は飛び移られないように高めで」

「穴の径は遠めで」

「こっちの視界も確保しないと」

「じゃあ、作戦開始! 一気にやるわよ」


 爺ちゃんの域にその歳で達するか。

「爺ちゃんもよく落とし穴造って手を抜いてた」

「ナーナ」

 子供たちは行動を開始した。

 自分たちの周囲にミノタウロスが這い上がれない落とし穴を設置し、自分たちはその中央に残土で塔を築いた。

「城壁造りで培った防御力をとくと見るがいい!」

「その前に落とし穴隠せ」

「溝の壁もう少し高めで」

「材料ないよ」

「穴もう少し掘る?」


 準備が整うと、子供たちは空に盛大に花火を打ち上げた。

 さすがにこれに気付かない敵はいない。

 ミノタウロスの大群が一斉に猛烈な勢いで迫ってきた。

「ンモォオオ」

「ンゴォオオ」

「ヴフー、ヴフー」

 ドスンドスンと地面が揺れる。

 その隙間をオルトロスが、ご主人と駆けっこできて嬉しいみたいな。

 巨大な斧が早速飛んできた。

 子供たちは結界と狭間を使ってすべての武器を側溝に弾き落としていった。

「蓋が壊れるよ」

 落とし穴の蓋は敵をなるべく多く巻き込むために中央に近付くほど薄くなっていた。

 投げた武器を回収するため空手のミノタウロスが我先に突っ込んでくる。

 足の速いオルトロスが塔の根元に辿り着こうとしていた。

 そして溝の壁にタッチダウンを決めようとしたそのとき。

 落とし穴の蓋が崩落した。

 まるで計ったかのような見事なタイミング。

 巨大な身体が一斉に奈落へと落ちていった。

 七割方巻き込むことに成功した。

「今だーッ」

 子供たちはありったけの魔力を注ぎ込んだ火球を穴の中に次々ぶち込んだ。

「うりゃー」

「とりゃー」

「燃えちゃえー」

 落ちなかったミノタウロスもあまりの火の勢いに後退った。

 穴の中はしばらく放置することにして、外周で棒立ちしている敵にトーニオは狙いを定めた。

「攻撃来たーッ」

 外周から投げ込まれる武器の類いが塔の壁に次々ぶち当たる。

 が、突き刺さることなく悉く側溝に落ちていく。

「……」

 オリエッタもヘモジも、勿論、僕も開いた口が塞がらない。

 南部の最前線にこいつらが築いた城壁の強度の程が知れた。

 落ちた斧は側溝の中に落下し、敵の手には二度と戻らない。手ぶらになったミノタウロスはもはやその辺の石を投げるしかないが、そんな物ははなからない。すべて塔の建設に使われてしまっている。もはや手の打ちようがないミノタウロスは諦めて退散するしかなかったのだが……

 穴の中の炎が弱くなると、再び火球が投下された。

 その頃には外周も静かになり、別の壁ができあがっていた。

 子供たちの完勝であった。


「逃げればいいのに」

 すべて倒したことを確認すると、子供たちは地形を均して魔石の回収に当たった。

「大量、大量」

「でも時間掛かっちゃったね」

「トーニオ兄ちゃん、この武器、素材にするの?」

「折角まとまって落ちてるんだから、溶かせと言ってるようなもんだろう。貴重品のチェックも忘れるなよ」

「師匠」

「ん?」

「どうすればよかったの?」

 ミケーレが聞いてきた。

 一瞬なんのことを言っているのかわからなかった。

 ミケーレの視線が詰め所の方を向いたことで理解した。

「部屋に閉じ込めるの、リオネッロも昔やった」

 オリエッタが先に応えた。

「見張り、あそこで倒しちゃ駄目だから」

「そうなの?」

「みんなだって最初は敵をおびき寄せていただろう? 見張りもそうすべきだったんだ」

「ああ、そっか」

 単純なミスだ。

「想像力をもっと働かせような」

 子供たちは頷いた。

「僕が昔やったのは扉の前に落とし穴を掘る方法だ」

「それも渓谷の底まで落ちる奴」

「あ!」

 子供たちは理解した。

 扉の手前に奈落へと続く落とし穴をわずかな労力を使って開けるだけで、すべての問題は解決したのである。

「後は音を立てておびき寄せてやれば」

 勝手に奈落に落ちていく。そして、飛び越えて襲い掛かってくる者には。

「結界を張って待ち構えているだけでいい」

 子供たちは黙った。自分たちが如何に非効率なことをしていたのか。疲労感と共に身に染みていた。

「ここはエルーダと違って、木の床だから落とし易かっただろうな」

 奈落へと落ちた敵はそれだけで即死するので倒す手間もいらなかった。

「でも魔石は手に入らないから」

 オリエッタがツッコんだ。

「今なら転移して回収できるけど、あの頃は無理だったな」

「師匠は昔から凄かったんだね」

「そんなことないさ。みんなと一緒だよ。いっぱい失敗して、いっぱい反省して。それで今がある。それより、あの状況をよく挽回したな。結局、全部倒して、魔石も回収してる。時間は掛かったけどな」

「魔力も使い過ぎ」

「あー、オリエッタに言われた」

 子供たちは緊張が解かれたせいか、軽口が増え、笑みがこぼれた。

「さあ、目的の物を手に入れに行こうか」


 子供たちは兵士詰め所に入った。中にいた残存兵を排除し、階段の段差にさらに足場を加えて宝箱がある下層まで到達した。

 ヘモジが蓋を開ける。

「ナーナーナー」

「コイン発見!」

「地図もある」

「これギルドに売っちゃう?」

「情報料にはなるだろうな」

 それができるのも先行組の最初の一枚だけだけど。

 子供たちはコインを取り囲んだ。

「師匠のと一緒だね」

「そりゃ、違ったら困るだろう」

「次何すんの?」

「このエリアの中ボスを倒して、南区のコインを手に入れるんだ」

「そうだった」


 子供たちは詰め所を出て、対岸に向かおうと橋を渡った。すると目の前に盾持ちのゴーレムが待ち構えていた。

「コアないんだよね?」

「ないなーい」

「よし。じゃあ、みんな。防御を忘れるなよ。全員散開」

 一斉に杖を構える。

「攻撃開始ッ!」

 見事な飽和攻撃。盾は全方位をカバーしてはくれない。

 いつ誰が放った魔法がとどめになったのかもわからない程、一瞬だった。

 これじゃ、何も回収できない。

 皆、早々にその場を後にした。


 その後、僕たちがそうであったように、裏通りで散発的な戦闘が繰り広げられた。

 だが、少数パーティーでは今の子供たちの相手ではなかった。

「お腹減った」

「もう歩けない」

「もう愚痴らないでよ。疲れるんだから!」

 移動距離の方が強敵だった。


 だが、もう目の前にキメラの巣があった。

「休憩入れてからにするか?」

 子供たちはクッキーとジュースで腹を満たすと落ちた吊り橋の向こう側に降り立つ算段を始めた。

 が、ここはサービスして構わないだろう。

 谷を下って裏手から回り込む手間を省くだけだ。

「時間も押してるしな」

 それにキメラを起こすには、気付いて貰わないといけない。程よい魔力反応は目覚ましによい。

「転移するぞ」

「いいの?」

「回り道するだけだからな」

 僕は目の前の草原に全員を転移させた。

 すると案の定、遠くの一軒家がゴトゴト言い出した。

「キメラくる」

「じゃあ、みんな作戦通りに」

 ここのキメラは頭が二つだ。故に班編制も二組にした。それぞれ防御担当が二人、攻撃担当が二人だ。余った一人は調整役で、今回はフィオリーナが担当する。

 教会のような建物が崩れて、中から尻尾の蛇が鎌首をもたげた。

 ズン、ズン。

 足音と共に砂埃も暴れる。

 そして瓦礫のなかから大きな獅子の顔が現れた。

「でけーっ」

「来るぞ!」

 咆哮を上げて、巨体がやってくる!

「やるぞ」

 子供たちは一斉に地面に手を着いた。

「ジョバンニ!」

 ジョバンニが魔法をキメラが突っ込んでくる手前に打込んだ!

 生ぬるい一撃を当然、キメラは回避した。

「ナナーナ」

 ここでタメが入る?

 ヘモジの言うとおり、確かに一瞬の硬直があった。

 それは二つの頭が行動を摺り合わせるための一瞬の隙。瞬発力を生むために筋肉を収縮させる一拍の間。

「今だ!」

「ナーナッ!」

 キメラの後ろ脚が地面を蹴った。

 その瞬間、着地点に大穴が開いた。

 キメラは落ちるしかなかった。

「なんとまあ」

「やったー」

 子供たちは喜んだ。ヘモジが教えたのだろう、敵の動きの癖を見事に捉えた一手だった。

「埋めちゃえ、埋めちゃえ」

 子供たちはキメラを生き埋めにし始めた。

 尻尾だけが穴から頭を出して抗ったが、行動制限を受けた段階でもはや子供たちの敵ではなかった。


 オリエッタが死亡判定し、穴を掘り起こした。

「えー」

 僕はただ呆然と結果を見詰める。

「そりゃあ、落とし穴っていうのは、大型の魔物を討伐するときの定石の一つだけど」

 これじゃ、キメラの怖さも何も伝わらないじゃないか。

『ただ戦うだけじゃ、成長は望めないぞ』

 大伯母の言葉が思い起こされた。

「こういうことだったのかぁあ」

 師匠である自分こそが、子供たちの実力を侮っていたようである。

 参ったな、こりゃ。

 塔の上に載っかるのも、敵の方を穴に落とすのもコンセプトは同じだ。要は接近されずに一方的に敵を叩く。それだけだ。

 簡単過ぎるから禁じ手にして、別のプロセスでとは、同じ冒険者として言えない。効率を生むのも、努力の結果だ。

「勝ったぞー」

「オーッ」

「ドキドキしたー」

「うまくいったね」

「すごいね」

 子供たちが自画自賛する。余程いい手応えを感じたのだろう。

「よくやった。いい手際だったな」

「あんなおっきいのに動き回られたら、勝てないもんね」

 言われて改めて気が付いた。素の彼らには基本的な身体能力がまだ伴っていないということを。敵の攻撃を躱す足も、堪える肉体もまだ持ち合わせてはいないということを。

「時期尚早だよ。大師匠」

 結果が普段の僕たちのそれと同様だとしても、中身はまるで違う。この子たちは充分、苦労している。圧倒的不利を覆すために全力を傾注している。

 だからこう言うしかない。

「満点の出来だったな。最高だった」

 子供たちは飛び跳ねて喜んだ。手を叩き合い、抱き付きあって喜びを表わした。

「ちょうどいい時間だけど、もう少しだけ進むぞ」

「はーい」


 道なりに進んだ先にある行き止まりの桟橋に係留された船の中から目的の物を回収して、僕たちは一旦撤収した。



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