クーの迷宮(地下47階 キメラその一戦)子供たち、南東区を行く
「コモドドラゴンの肉、手に入ったぁ!」
食事に滅多に注文を付けないオリエッタが夫人にこれを焼いてと突進した。
大伯母やラーラにも賛同するよう小さい身体を必死に伸ばして促した。
「おいしいの?」
子供たちの問いに大きく頷くオリエッタ。
「おいしい! 柔らかい。とっても」
子供たちの援護もあって、急遽、一品足されることになった。
「おいしい!」
「何これ!」
「いつものドラゴンの肉と全然違うよ」
「照り焼きサイコー」
柔らかい肉質が子供たちに受けた。
ピューイとキュルルは淡々と引き千切ってはいつも通りうまそうに飲み込んだ。
ヘモジとオリエッタもがっついた。
久しぶりに腹出して転がってるのを見た気がする。
「それで明日は休みにするの?」
ラーラが子供たちの予定を聞いてきた。
「あと数日掛かりそうだし。どうするかな」
「えー、迷宮潜りたいよ」
「コイン集めはどうするの? ゼロからやらせるわけ?」
「それもどっちでもいいかな。自分たちでゼロからやりたいなら付き合うし」
子供たちの合議の結果、コインはゼロから、地図だけ持ち込むということになった。
「じゃあ、明日は南東区と東区な」
「やった」
僕は仕入れたばかりの情報を地図と一緒に子供たちに提供した。
「予習するわよ」
「待って。ジュース持ってくる」
子供たちは一斉に階段を降りていった。そして一階の神樹の根元に集まって、作戦会議を始めた。
オブザーバーとしてピューイとキュルルに跨がったヘモジとオリエッタも参加した。
「随分すっきりしたものね」
ラーラが食堂の窓から子供たちを見下ろして言った。
「糸玉でもよかったんだけどな」
「日頃の管理が面倒だという意見はずっとあったからな。リノベーションを怠らないことはいいことだ。いい判断だったんじゃないか」
大伯母がワイン片手に言った。
「ドラゴンかぁ。わたしも行こうかな」
「コモドなんて、側だけドラゴンみたいなもんだぞ」
「キメラの方はどうなんだ?」
「そっちは従来通りかな」
「じゃあ子供たちも楽しめそうね」
「どうかな。中ボスだからな」
「ただ戦うだけじゃ、成長は望めないぞ」
「初見だから無理はさせられないよ。それに…… 『古のゴーレム』はスルーするにしても、後半のボスはそれなりだからね。充分さ」
「スルーするの?」
「え? ああ。『ゴーレム・コア』に繋がる案件だからね。無理に深掘りしない方がいいだろう? まあ見付けちゃったら仕方ないけど」
「お前もか?」
「僕は仕事の一環だから」
「少々食べ過ぎたな」
大伯母が立ち上がった。
「台所が済んだら、わたしも行きます」
「来るとき、ワインの追加を頼む」
「はい」
大伯母はグラスを片手に階段を上っていった。
「付き合わなくてもいいのに」
「こっちも色々あるのよ」
「そういや、前線はどうなってるんだ? あれから音沙汰ないけど」
「特に何もないわね。南部は管轄外だし、こっちも大きな接触はないみたい」
「はぁ……」
「リリアーナ様が出ていったの、まだこの間じゃないの。そう何度も戻ってこないわよ。あ、そうだ!」
「ん?」
「バンドゥーニさんが戻ってくるわ」
「いつ?」
「今月末」
「子供たちに教えてやらないと。また修行再開だな」
「リオネッロもやればいいのに」
「僕のは我流が過ぎるからな。もう今更だよ」
「魔法でなんでも解決してたら、そのうち錆びるわよ」
「ヘモジの腕ばかり上がって困るよ」
「子供たちが手を振ってるわよ」
「どうした?」
窓から乗り出して声を掛ける。
「アイスクリーム食べていい?」
振り返り、ラーラと顔を見合わせる。ラーラが頷いた。
「食べてよし」
「やった」
代表してヴィートとニコレッタとミケーレが階段を駆け上がってくる。
「後で食器ちゃんと洗うから」
「食べ過ぎてお腹壊すんじゃないわよ」
「はーい」
四十七階層の敵は強いのか、弱いのか。どうやって倒そうか。甘味に舌鼓を打ちつつ、和気藹々と作戦会議は続くのであった。
「僕も寝る前に宝石の加工でもしておくかな」
「後で少し貰えないかしら?」
「売り物か?」
「スキル上げ。ギリギリまで攻めたいから、できて二、三個かな。いる?」
「間に合ってる」
「張り合いないわね」
支払いは完成した物を売った代金でということになった。
ラーラの細工師としてのスキルはもうすぐカンストするらしく、それなりに高価な素材を必要としていた。その彼女が造る宝飾品は宝石百個をドブに捨てても、一つ成功すれば元が取れて、おつりも来て仕舞うような国宝級の一品になる。
「カンストしたら、記念にカフスでも頼むよ」
「レジーナ様に付与して貰う?」
「いや、純粋に宝飾として欲しいな」
「わかった。がんばる」
「先にこっちが頑張らないとな」
ラーラに必要なレベルの宝石を用意しなければならない。
遊びが、真剣勝負になってしまった。
「在庫が庭の敷石ほどあるからいいんだけど」
その後、四百個ほどの石をいじり倒して、三十個ほどの最上級品と五十個ほどの次点を拵えた。
既にヘモジとオリエッタは高いびきである。
翌朝。白亜のゲートから四十七階層に転移した。
エルーダのようにランダムに跳ばされるようなことはなかった。
「南東区だ」
「ナーナ」
決定だな。この迷宮では入場のまどろこしい仕掛けは完全排除されたようである。
「うわー」
「でけーっ」
「あれ、お城?」
「ミノタウロスの城」
「出口は城の中にあるんでしょう?」
「多分な」
「まず周りをぐるりと一周するって決めたろう」
「わかってる。聞いただけ」
「二度手間になるから、南区画のコインだけは回収していくけどな。それがあればどこからでも行けるようになるから」
「じゃあ、行くぞ」
地図を片手に子供たちは進む。
オルトロスが朝の挨拶を交わしに現れたが、あっという間に排除された。
そして何事もなかったかのように子供たちは例のポイントに辿り着いた。
「橋だ!」
「うわー。いっぱいいるー」
「オルトロス釣るよ」
ニコロが前に出た。
オルトロス本体に当てずに、手前の地面に石ころを投げた。
一体の頭一つが耳を立てた。
もう一つ投げた。
地面に石が当たると、今度は飛び起きた。そして警戒しながら石が落ちた辺りの匂いを嗅ぎ出した。
石に投げた本人の匂いが残っていたのか、突然こちらを捉えた。
唸った。
でも頭二つが代わる代わる唸る姿はどこか滑稽だった。
「応援呼べ。呼べ」
子供たちはまとめて数体引っ張りたかった。
だが、「ガウッ!」と喉を詰まらせるような声と共に単身、こちらに向かってきた。
「やっぱり馬鹿だ」
「なんでだよ」
子供たちは不満タラタラ。
釣られたオルトロスは結界にぶち当たる前に『衝撃波』で鼻を叩かれ、次の一撃で凍り付いた。
「また釣らなきゃ」
「近づき過ぎるなよ」
オルトロスがいなくなったことに気付いた飼い主たちが動き出した。
なのにニコロはオルトロスしか見ていなかった。
「ニコロ! 下がれ!」
「ニコロ!」
皆、声が届かない。
「ナーナ」
ヘモジの念話がニコロに届いた。
ニコロはこちらを見て、戻ってきた。
ミノタウロスが後ろに迫っている。
「ニコロが見付かりそうになったら釣るぞ」
ニコロは間に合った。
その間に敵も射程に入ってきていた。
ただ三人組だった。
子供たちは無言の内に三班三人ずつに分れた。便宜上、攻撃担当、防御担当、それ以外に分けるためである。
一番近い敵に容赦ない攻撃が飛んだ。
先頭は即死。その場に沈んだ。
「次だ」
二体目と三体目は牙を剥き出しにして、こちらに突貫してきた。
攻撃担当だった三人は後方に下がり、順番待ちをしていた三人と交替した。
替わった三人はもう一体を集中攻撃。
「まだ倒れない!」
攻撃を繰り返してようやく仕留めた。
ローテーションをもう一度繰り返す。その間に、魔力を使い切った子供たちは『万能薬』を舐めて、息を整える。
防御担当はもう一体が迫ってくるのを結界を張ってずっと待ち構えていた。
そこにようやく最後の一体が到達した。
弾かれるミノタウロス。
「撃てー」
結果、何もさせずに三体のミノタウロスを見事に葬り去った。
三人で一体か…… なるべく遠い距離から仕掛けるようにしているから魔力消費はそれなりだが。
「なんとかなりそうだね」
「囲まれなきゃね」
「息を整えたら前進だ」
そりゃあ、僕やヘモジの殲滅速度と比べたら物足りないが、一般レベルで言ったらこれはもう瞬殺レベルだ。近接主体の攻撃が野暮ったく見えることだろう。
「陰に入るよ」
「見えてる」
「師匠。変なゴーレムがいる」
「名前通りただのゴーレムだ。コアがないからダメージを与え続ければいいだけだ。盾持ちだがな」
「何か来る!」
ズン! 地面が沈んだ。
「あ、もう来ちゃったか。全員、隠れろ。キメラだ」
「ナナーナ」
「見学、見学」
僕たちは後退し、見晴らしのいい場所に陣取った。
「なんか想像よりでかいんですけど……」
ミノタウロス兵の迎撃が始まった。
「戦い始めたよ」
「これってどっちかに味方した方がいいの?」
「いや、姿は現さない方がいい。ミノタウロスとキメラを同時に相手にしたくなければな」
でかいキメラが負傷することを大いに期待したのだが、結局本日も押し返すので精一杯だった。崖に面した道は落とされ、渡った先の駐屯地から先にいたミノタウロスの数は激減した。
「キメラはこんな狭い場所より、あの広い場所で狩った方がいいだろうしな」
橋の袂の詰め所にミノタウロスの兵士がゾロゾロ戻ってきた。
「無理」
「あの数は無理だよ。絶対増援呼ばれるよ」
「あそこにコインがなきゃな、スルーするいいチャンスなんだけどな」
「入口塞いで凍らせちゃったらどうかな?」
「魔力の無駄遣いだろ」
「でも折角まとまってるんだよ。また散らばっちゃったら、大変じゃない?」
「入口さえ塞いでしまえば、焦らないでやれるかも」
僕はヘモジとオリエッタの顔を見た。
ふたりとも過去に僕がやった悪戯を覚えていて、微妙な顔をしていた。
僕も昔同じ手を使ったことがある。そのとき僕たちはある仕掛けを施したのだが。
子供たちはそこまでは思い付かなかったようだった。
子供たちは入口を塞ぎに掛かった。
まず見張りを倒す。二体のミノタウロスを綺麗にほぼ同時に処理した。が、作戦はそこで失敗。倒れ込んだ巨体の起こした振動が、建物の中にまで響いたのだった。




