クーの迷宮(地下47階 ファイアーコモドドラゴン戦?)スルーされました
パキッ。木の枝をヘモジがわざと踏んだ。
ミノタウロスの視線が一斉にこちらを向いた。
「!」
「あ」
赤い目だ!
『狂気の炎』で呪われていた。
「『結界砕き』のスキル持ちがいるかもな」
相手がスキルを隠し持っている場合、通常攻撃に紛れて、気付かないうちに多めに剥がされているケースがある。ドラゴンのように一度に多くの結界を破壊するような相手なら常に枚数を気に掛けるものだが、まさかの相手だと「多重だから問題ない」と高を括っていると不意を突かれることになる。
「昔、散々やられてた」
「あの頃は多重結界も二、三枚だったからな。なんで突破されるのかわからなくて悩んだよな。よく覚えてるわ」
「オリエッタも『認識』スキル、未熟だった」
その手の細かい記憶の積み重ねが「このフロア嫌い」の原因になっているのだろう。
「ナーナ!」
一体が猛烈な勢いで突っ込んできた。
「あれは持ってない」
ヘモジはそいつをやり過ごして森のなかに飛び込んでいった。
必然的に僕が相手することに。
僕は踏み出す。
そこに怒りにまかせた大斧の重い一撃が振り下ろされた。
剣では受け切れないので、結界を押し当てバランスを崩す。手前の肘を内に押し込んでやっただけで、挙動がおかしくなった。
僕は脇を抜けた。そして踏み出した太い大腿部目掛けて剣を振り下ろした。
岩のように固い筋肉。
僕は魔力を剣に込める!
「オオオオオッ!」
どちらの声ともわからない、混じり合った雄叫び。
切り落とした!
ミノタウロスがのし掛かるように倒れ込んでくる。大斧が地面に突き刺さった。
もう次が来ている。
今度の敵は短剣二刀流。
短剣といっても人からしたら充分過ぎる大剣だ。おまけに錆びてる。
重い打撃を連続で受け切るのは難しい。なので。
『衝撃波』を叩き込んだ。
が、吹き飛ばない。
敵は後ずさりすることなく憤怒を抱えたまま踏ん張った。が、衝撃を身の内に諸に受け、血を吐き、目から血を流した。そして自ら作った血の池に膝を突いた。
片足を失ったミノタウロスは落とした大斧を拾うべく、まだ這いずっていた。
でかい手が斧の柄を掴む。が、握った指が緩む。
鋭い氷柱がうなじに突き刺さったのだ。
ヘモジも森の中にいた弓兵を倒した。
「あれ、スキル持ち」
「え? 間接攻撃で『結界砕き』持ちはやばいだろう」
ヘモジにはどうでもいいことだが。
動かなくなった巨体が目の前の茂みを押し倒し、視界を開いた。
ヘモジはその先で既に次の獲物と対峙していた。
僕の方にも最後の一体が迫ってくる。今度は片手斧だ。おまけに。
「スキルなし」
正直、安堵した。
脅威度が大きく下がった。と思ったのも束の間。
僕は最初の一撃をギリギリのところで弾き返した。
「速っ!」
技巧派かよ!
でかい身体を物ともしないしなやかな動き。
「種族間違えてるだろう!」
ゴブリンと見紛うばかりの軽やかなステップ。数撃をやっとの思いで回避する。そこから迫ってくる岩のようなショルダータックル。
それを躱すと、予測していたとばかりに死角から斧が飛んでくる。
ヘモジは二体目を倒して、やることがなくなっていた。
「ヘモジ、こっちが当たりみたいだぞ」
僕は軽口を言った。正直ビビっていた。
『無刃剣』を気付かれないように、剣を振る合間に入れ込んでいく。
敵は錯覚する。僕の放つ剣技をすべて避け切れていないと。
身構えれば身構えるほど身体は硬くなる。
ちょっとフェイントを入れるだけで勝手に動揺してくれる。
「ナナナ!」
悔しかったのか、早く倒せと急かしてくる。
わかったよ。『身体強化』二割増しで。
『ステップ』!
でかい顔と擦れ違う。
「悪いな。相棒がせっかちなもんで」
振り返るとミノタウロスは足を止め固まっていた。
「これでいいか?」
「ナーナ!」
別に手を抜いてたわけじゃないぞ。
棒立ちしていた巨体の頭がゴロンと地面に落ちた。
『狂気の炎』で属性が変化していたミノタウロスから出た火の魔石(中)を回収すると、僕たちは先に進んだ。
「うーん。子供たちは手を焼きそうだな」
振り返り、改めて思う。
「接近戦するからだし。魔法でやれば簡単だから」
僕の額を叩きながら、オリエッタは言った。
確かにいつもの正攻法で行けば、問題ないだろう。それでこそ勝利の方程式というものだ。
「でもビビるだろうなぁ」
「それはしょうがない」
「ナーナ」
たまに出くわすオルトロスが益々小者に見えてくる。牙が二つあるので近接戦に持ち込まれると少々鬱陶しいが、結界を突破できない段階で雑魚扱いだ。力を込めずともスライスできる点も大きいだろう。
「まだかー」
迂回路を一周してようやく正規ルートに戻ってきた。
「次からは転移しよう」
見上げる位置に数十分前に通った道があった。
そこから道なりに行った先に渓谷の底がある。
浅瀬を越えると今度は急な上り坂が待っていた。
「ナーナ」
ミノタウロスと出くわす度に身構える。
呪われていないかオリエッタが確認しては安堵する。
バーサーカーにはまず魔法をぶち込んで数を減らしてから対処しようと決めたが、今のところ新たに出会った赤目はいない。
全員が足を止めた。
大きな魔力反応が近付いてくる!
「『ファイアーコモドドラゴン』!」
『気楽な』という意味の『コモド』を冠する最弱のドラゴン。羽の生えたトカゲ程度に考えておいて問題ない相手。結界は多重のこともあるが、そもそも一枚一枚にネチっこさがない。狡猾さもないし、のんびりした奴だった。
故に現実世界では狩り尽くされたドラゴンとも言われている。ドラゴンスレイヤーを目指す冒険者の初陣にはちょうどいい相手と言えよう。
最弱と言えども『ドラゴンスレイヤー』の称号獲得のためのカウントには数えられるので出会えたらラッキーだ。
「肉!」
オリエッタが喉を鳴らす。
「傾斜がきつい。ここじゃ無理だ」
コモドドラゴンはこちらの意を汲んだのか、僕たちの頭上を越えて谷の向こう側に飛んで行ってしまった。
「……」
高台には草原地帯が広がっていた。そして、その奥には深い森。というか、瓦礫の山?
森それ自体が丸々一つ巨大な器と化していた。巨木の間に押し倒された木々が編み込まれ、巨大な揺り籠が形成されていた。
絶景を堪能するにはいい場所だが、あいつがいつ戻ってくるかと思うとなんとも落ち着かない。
「まあ、これはこれで見応えあるけど」
「宝箱あるかな」
鬼の居ぬ間に探索だ。
倒木を伝いながら上へ下へと大わらわだ。
「あっち」
先行するオリエッタの後を行く。
まったくこんな凹凸の激しい場所でよく眠れるものだと思う。
用も食事も別の場所でしている様で、汚物はなく綺麗だった。が、野生動物特有の獣臭さがあった。
そうこうしているとオリエッタが宝箱に辿り着く。
こんなことなら地上を迂回した方がよかったんじゃないか? 無駄に疲れた。
ヘモジが蓋の上に飛び降りた。
が、カチリとも言わなかった。ここも鍵が掛かっていない模様。
「ナナーナ」
中から地図とコインが出てきた。どちらも北東区の物だった。
草原に戻り、地図を開いた。東区との地図と照らし合わせ、状況を把握する。
「この先は外縁部を回って北に入るか、戻って荒れ地を経由して北に入るかだな」
「荒れ地は却下で」
「ナナーナ」
「僕も焦げ臭いのはな」
「ナーナ!」
「痛っ」
ヘモジが僕の脛を叩いた。
「何?」
「ナナ!」
ヘモジが指差した。
「夕焼け? にしてはやけに……」
それは遠くに見える空のくすみ。
「煙…… 燃えてる!」
大地から炎が上がっていた。それもかなりの広範囲で。
「ブレスだ」
腐ってもドラゴンだった。
あの中には恐らくミノタウロスの兵士たちが。
「地図とコインは手に入ったから、後は柱だけなんだけどな」
柱は既に発見している場所から飛べばいいだけだから、今日はもうコモドドラゴンの肉を手土産に切り上げる気でいた。
「肉…… 戻ってこない」
「やられたか?」
「ナーナ」
焼け野原の煙で見通せない。
オリエッタも必死に探すが、悪臭に阻まれ突き止められず。
水筒を出して喉を潤しながらしばらく待った。
「ナーナ……」
「まだ引っ掛からないか」
「うーん」
遠くの延焼は鎮火されつつあったが、オリエッタのスキルには反応がなかった。
「今回は縁がなかったということで」
「ミノタウロスめ」
「ナナナ」
「帰ろう。限界だ」
「柱、見てく」
「そだな」
僕はその場で東区の柱を思い浮かべた。
「ナナーナ」
「戻ってきたー」
「ほい」
新しいコインを嵌め込む。
まずは南のコインと一緒に。転移先は一つだけだった。
次に南東のコインと差し替える。
「……」
転移先は変わらず一つだけ。
さらに東のコインと入れ替えるが……
「北東区の柱は一つしかないみたいだな」
僕たちは未知の柱に跳んだ。
「あー。いた! やっぱ死んでた」
「ナナナナ!」
ドラゴンを解体している煤だらけのミノタウロスの兵士たちとも目が合った。
「戦場のど真ん中に転移ポイントを設置するのはやめてほしい」
お互い予期せぬ状況にしばし沈黙。
「ウゴオオオッ!」
気分は撤収モードだったのに。
襲ってこなければ、このまま転移して帰ったのだが。無理だった。
汚れたミノタウロスの兵士たちは一斉に僕たちを取り囲んだ。
「ナナーナ」
「肉は貰った!」
オリエッタとふたり、それぞれ別の理由で息巻いた。
こっちが盗人の悪人のようだった。
餌を取られてなるものかと、オルトロスが肉片と瓦礫の隙間を縫って襲い掛かってくる!
「駄犬!」
オリエッタが本気になった。
仲間内でバトルが勃発し、兵士たちの混乱に拍車を掛けた。
僕は見える敵を順番に仕留めていく。
ヘモジは僕の視界から外れた者たちを優先的に仕留めていった。
格闘すること数分。城から増援がやってくる。
「まずいな」
「肉、肉」
「ナナーナ」
「持ち帰れるかわからないけど」
戦って奪ったと考えれば所有権が発生しているだろうが、既に肉の塊がオブジェクトと化していたらその限りではない。
取り敢えず、解体屋への札を貼り付けて転送する。
そして僕たちも。
解体屋に無事届いていた。
オリエッタの口からは干からびそうな勢いで涎が。
「口閉じてろ」
「ナナーナ」
「じゃあ、いい所を見繕って。残りは買い取りで?」
「うん。よろしく」
「久しぶりだなぁ。コモドドラゴンの肉は」
いよいよ迷宮探索もドラゴンのいる領域へ到達したのかと解体屋の親父連中としみじみ頷き合った。




