クーの迷宮(地下47階 キメラその一戦)コインと柱
本体のでかい顔にミョルニルがクリーンヒットした。
敵の結界は脆かった。が、とどめとはならなかった。
「うわっ。痛そー」
普通の生物なら今の一撃で終わりである。が、キメラにはもう一つ別の頭があった。空高くもたげた大蛇の頭部。感情も何もない視線。激痛に歪んでいるはずの顔面は後方に退避して回復に努めている。
小人の攻撃もここまでは届くまいと上から目線だ。
僕がやってもよかったのだが、ヘモジの楽しみを取るのも申し訳ない。
黙って見ていると、ヘモジは何も考えずに本体の横っ腹を叩いた。大蛇の部分を突破して、一瞬の出来事だった。
結界が直撃を防いだが、本体は豪快に吹き飛んだ。
大蛇の首もそれに引っ張られて地面に叩き付けられた。
「楽しそう」
ごり押しにオリエッタも呆れる。
もはや小人が届かない位置ではない。頭部は首を弓なりにして遠ざかったが、首の根元は未だ身を起こすことができない本体に付随していた。
「勝負あったな」
距離を取った頭部が己の不利を悟り、方針転換。大口を開けてヘモジを噛み砕きにいったが、上顎と下顎がちぎれ飛んだ。
ミョルニルのヘッドはそのまま頭部を粉砕。鱗の生えた長い首は伸びきる前に押し返され地面に落ちた。
「ナーナナー!」
久しぶりの勝利のポーズ。
だが転がっていた胴体がむくっと起き上がる。
蛇頭はしっかり仕事を果たしたのだった。
「ほっといたら蛇頭も復活するぞ」
蛇頭が復活する時間はない。そのことはヘモジも知っていた。
「ナーナ!」
今度こそ顔面粉砕。
「痛い思いをしただけだったな」
足を引き摺っていては、ヘモジの動きに対応できるはずもない。
転がる骸から魔力反応が消えるのを確認した。
結果は単純だが、ヘモジが手を抜かなかった相手だ。
「多少は手応えあったかな」
「ナナーナ」
死体が変化するまでの間、教会内部を散策した。
「何もないね」
エルーダならこの辺りで『糸玉』とか『籠』が見付かるはずなのだが、今回は不要なのかもしれないと思い至るのだった。
僕たちは土の魔石(大)を他の魔石と一緒に転送し、そのまま南側を海辺に沿って進むことにした。
裏手の崖下に放置された釣り船が係留されていた。
地図を参照してこの先に何もないことを確認する。
「地図の端っこだ」
そういうことだ。
宝箱があるかもと、坂を下りて桟橋に。
釣り船と言ってもミノタウロスの船は大きい。
「あった!」
「……」
鍵が掛かっていなかった。
中から新たなコインと紙片が出てきた。
「地図」
「ナー?」
「南の地図だな」
南東区の地図と照らし合わせると隣接する地図だとわかる。
このまま海岸線を回り込むと南側から城内に入れる模様。
戻ってもう一方の道を進むか、このまま海岸線を行くか。
「このまま行きたい人」
誰も手を上げなかった。
二度手間になりそうだと全員が感じていたのだ。エルーダがそうだったから。
僕たちはやる気の失せたミノタウロスと手を抜くことを知らないオルトロスの相手をしながら、北に向かった。
そして二股の宿営地を越え、内地に入り込む。
「道がなーい」
南東区の北の境界辺りに達すると、崩れた家屋で通り一帯が塞がれていた。
「屋内散策か」
空き家を抜けながらルート開拓していく必要がありそうだった。
その間、ならず者的なミノタウロスが縄張りを主張してくるかもしれない。
廃墟の高い所を選んで屋根伝いにいってもよかったが、恐らく目的の宝箱はエリアの境界部分にあると踏んで、正攻法で行くことにした。
行き止まりの周囲の家々の門扉を探る。どこも瓦礫に潰されているか、鍵が掛けられている。
「ナーナ」
唯一、人が通れるほどの大きさの窓が見付かった。
恐らく、ここがルートだろう。ミノタウロスはここから進入することはできないだろうが。
窓枠を越えて内部に侵入。
索敵をして敵がいないことを確認すると光を灯した。
「埃っぽい」
「クシュ」
「ナーナ」
崩れた家屋の内ではあったが、崩壊の負担は余りないようだった。
石塀に寄り掛かった柱の間を僕たちは抜けていく。
オリエッタは鼻歌交じりで瓦礫のなかを散策する。
「猫は好きそうだよな。こういうの」
町全体がアスレチックコースだ。
でも聞き慣れた遠吠えが。
「オルトロス来た!」
オリエッタが飛んで戻ってきた。
寸秒遅れてオルトロスの群れが僕たちの行く手を塞ぐ。牙を剥き出しにして死刑宣告。
「飼い慣らされたわんこではなさそうだな」
野性味たっぷり。
「こりゃ手強そうだ」
「ナーナ」
ここで戦うには崩落した天井やら瓦礫やらが邪魔だった。
「不利になる前に終らせよう」
手柄を急いだオルトロスが見えない壁にぶつかった。
距離を維持して回り込もうとするも、狭所作業はお互い様。
一群は期せずして一箇所に固まった。
折角固まった群れを散らすまいとヘモジも手を出さない。
僕は一気に凍らせた。
目的の宝箱には遭遇できないまま、境界越えを終えてしまった。
建物を出て日の当たる場所に至った僕たちは、カンカン照りの空を見上げた。
「糸玉欲しいな」
『糸玉』があれば途中退場も可能だ。次回は続きから再開できる。
でも現状僕たちはここで終えたらまたスタートからということになる。
若干エリアが小さくなった気はするが、それでも半日歩いた結果が現在地だ。
転移魔法があるから最悪、どうとでもなるが。
「音がする!」
オリエッタが耳をそばだてた。
瓦礫を掻き分けながら僕たちは音がする方角を目指した。
キンコーン。キンコーン。涼やかな音色。
涸れ井戸のある広場に金属の柱が立っていた。傷付けることは一切できない。不干渉オブジェクトだった。
そこに何かを置ける台座があった。
明らかにコインサイズ。円周も厚みもコインを乗せろと言っているようだった。台座の穴は二つのみ。
僕は最初に手に入れた南東区のコインと、南地区のコインを嵌め込んだ。
すると魔法陣が柱の先端から周囲に波紋のように広がっていった。
「なんだ?」
ヘモジが柱に触れた。
瞬間、手を引っ込めた!
「ナナナ!」
「なんだって?」
「ゲートだって」
「この柱がか?」
柱に触れると転移術式が発動した。
「こ、これは……」
目の前にこのフロアの地図情報が浮かび上がった。
南東部と南部のエリアだけだったが、どうやらそれぞれに転移ポイントがあるようだ。
試すしかないが……
現在位置も表示されているので、戻って来られるだろう。と、安易に考えた僕たちは南東部の印に跳んだ。
「ありゃ?」
僕たちが跳んだ先は最初に降り立ったフロアの入口だった。
最初はこんな物なかったのに。
ここにも同じ金属製の柱が立っていた。
置いたコインがそのまま残っている? 柱ごと一緒に転移したということか? あるいは柱とは別にコインだけ別に飛ばされてきたのか? はた又、複製品か?
僕たちは再び柱に触れた。
そして今度は南に。
見たこともない場所に出た。
そして僕たちは囲まれた。
どこかの港湾区。出迎えたのは立派な鎧を着込んだミノタウロスの兵士たちだった。
いきなりの乱戦。
応援を呼ばせないために目に飛び込んでくる出入り口はすべて塞いだ。
殲滅戦に移行する!
ヘモジは既に飛び回っていた。
舌舐めずりして、嬉しそうに戦っていた。
僕の分が残ってないんだけど……
「いやー、想定外だったな」
自分で転移するときは転移先が見えるので、この手の遭遇戦は回避できていたのだが。気を付けねばなるまい。
「ここ、どこだ?」
地図を見ると、印が増えていた。そこは南の複雑な海岸線を越えた先、城の底にある物資搬入用の裏口のようであった。
「最短攻略ルート」
オリエッタの言うとおり。
エルーダでは次のフロアへの出口は城の中にあった。恐らく今回もこのまま城に侵入すれば、出口を見出すことが可能なのだろう。
「でも、このままだと不完全燃焼だからな」
「ナーナ」
周囲のマップを埋めずして、このまま過ぎるのは気が引けた。蟻の一穴まで探る気はさらさらないが。このフロアは中ボスクラスも多くいる。
さっさと次のフロアに行きたい自分もいるにはいるが……
まだ仕組みがわからない。コイン集めと転移ポイントの発見という新たな試みが収集癖と好奇心をくすぐった。
であるからして、ここの攻略は最後になるであろう。
元に戻るべく、東部の転移ポイントを探した。
「……」
「なんたるちーあ」
「ナーナンナー」
地図には印があるのに、柱から飛ぶことは叶わなかった。
「転移先として利用するにはやっぱりコインがいるみたいだな」
「探す?」
「ナーナ」
あまり参ってはいない。なぜなら柱に頼らずとも僕は転移できるから。
僕は転移を繰り返した。見覚えのある地形を繋いで、東部との境界付近は内部に潜らず外側から攻めたが。
「コインを探さねば」
このままでは今日の探索が終わらない。
やはり瓦礫の中か?
いや、結構注意して再確認してみたけど見付からなかった。まずこの先を探索した方がいいだろう。
瓦礫を掻き分け、侵入できる家屋にも容赦なく踏み込んだ。
でも見付からない。
やはり境の瓦礫群の中か…… 見落としたのだろうか。と、不安が渦巻く。
どうせ地図が見付かるだろうからと、マッピングもしていなかった。けど柱の周囲は調べ尽くしたはず。
もう撤収する時間だ。
「昼飯持ってくればよかったな」
ルールが変わっているとは思いもせず、すぐに『糸玉』が手に入るだろうと思っていた。
外に出たら、もう一度転移を繰り返しながら戻ってこなければならない。
三度手間である。
「瓦礫をもう一度探索し直すにはいいか」
昼食を済ませたら、また瓦礫の窓から内部探索をやり直しつつ戻ってくるか。
「帰るぞー」
「ナーナーナ」
「わかった」
一度倒した敵は出てこないのだから、次はもっと落ち着いて探索できるだろう。
だが、見付からなかった。おいしい昼食を食べて、気分転換もしっかりして、眠気があったことは否定できないが、明かりも煌々と輝かせて調べ尽くした。
なのに! 見付けることはできなかった。
埋もれていた宝箱をいくつか新規で発見したけれど、目的の物ではなかった。




