クーの迷宮(地下47階 ?戦)何か 違う。改善? 改悪?
新しい項目は何一つ増えていなかった。
ただ『複製』の項目がまるっと削除されていた。
試しに魔力を注いでみたが、何の反応も示さなかった。
「劣化してる」
オリエッタは自慢げだ。
いろいろ悩んだのはなんだったのか。
「パラメーターが増強してる?」
「んー。そうでもないみたいですよ」
これまでの物よりパワーが上がっていたが、俊敏性が下がっていた。
「もしかして……」
「ランダム要素が追加された?」
モナさんと顔を見合わせる。
「タイタンを乱獲する奴なんか……」
僕たちは渋い顔をした。
さすがに僕もそこまではしたくない。必ずアップグレードするなら兎も角、ただランダムになっただけじゃね。『ロメオ工房』を通さないでコアが手に入るのは、ある層にとっては喜ばしいことなのかもしれないが。
他に変更点はなかった。
記録したパラメーターを貼り付けて保管庫に収める。
「パラメーター、全部上昇してるケースもある?」
「あるかもね」
でも労力に見合わない。せめてマイナスなしで、最低パラメーター一つ五割増しぐらいでないと。
「……」
僕のための迷宮とはよく言ったものだ。僕は溜め息をつく。
「サンプルが一つだけというのもあれだな……」
「…… お馬鹿」
オリエッタが「目を覚ませ」と尻尾で僕を叩いた。
「まだ時間あるよな」
「ないから!」
「あーら不思議。『精霊石の核』がなぜか倉庫に」
オリエッタの冷たい視線が。
「折角、整理したのに……」
タイタン部屋の奥の宝箱も開けてきた。
「明日、次の階層行く前にまた寄ればいいだろう」
「聞いてないし」
明日は四十七層。広大な廃墟マップだ。『赤い糸玉』を使ったランダムゲート方式で、当面の目標は糸玉と籠捜しだ。
四十七層は正直好きではない。煩雑を絵に描いたようなフロアで、キメラだのドラゴンだのボス級の魔物が縄張り争いをしていて、出現する魔物もバラバラだ。
いいことがあるとすれば『コモドドラゴン』の肉が手に入ることぐらいだろう。あとは『古のゴーレム』関連だろうか。
「そうか。『精霊石の核』、『古のゴーレム』にも使えるか試さないとな」
子供たちが夫人の「ご飯よー」の合図で食堂に集まってきた。
妙に疲れている様子。
「何かあった?」
イザベルに尋ねた。
「例の秘匿案件。クラスメイトから突き上げ食らったみたいよ」
「そりゃ、つらいな」
横を通り過ぎたマリーがほっぺたを膨らませて睨んで通り過ぎた。
「なんにも知らないのに」
確かにマリーは何も知らなかった。どの辺が抵触するのかすらわかっていない。ただまとめてタイタン部屋で起こったことは口外無用とされているのだ。
「大人の事情だもんな」
多かれ少なかれ、騒ぎの原因を知りたいと思うのは人として当然の反応である。質が悪いのは、子供たちの親のなかに「子供同士なら」という甘い考えで、自分の子供をけしかけるケースがあったことだ。
我が家の子供たちは今日一日、クラスメイトの好奇心と戦い続けていたのだ。
対照的に大伯母が晴れた顔をして非常口から現れた。
「問題解決だ!」
それはつい先ほど僕が報告した一件が作用していた。つまり、コアの複製不可という知らせである。
最終的には倉庫に収めた物を『ロメオ工房』に送って、徹底調査して貰う必要があるが、取り敢えず、そこのマイスターの一人が言うことならと、一気に警戒心が緩んだのであった。
勿論喧伝せよ、と言うことではない。必要がなければ口をつぐんでいればいいだけの話。
故に情報解禁だ。
対応がやけに早い。大伯母が珍しく本気で尽力してくれたようである。
子供たちの顔色がさっきまでと打って変わって、額に光源でも貼り付けたかのように明るくなった。
今はもう周りに話したくてうずうずしていた。
「こら、話していいとは言ったけど、必要以上に騒ぐんじゃないぞ!」
「はーい」
問題は解決したが、新たな問題が生まれた。
「ねーね、どういうこと?」
「師匠ーっ」
「なんで話しちゃ駄目だったの?」
「何を話しちゃ駄目だったの?」
「『精霊石の核』の話、していいの?」
「師匠が転送しちゃった奴どうなったの?」
「やっぱり『ゴーレムコア』だったんだ」
「そりゃ、内緒にするしかないわね」
「コアがあればタイタン造れるんだよね?」
「マジでか!」
「俺たちでも造れる?」
「造っていい?」
「駄目に決まってるだろう!」
「ねー、ねー。どういうこと?」
「ちゃんと教えてよー」
おかげで、食後に講義を設けることになった。
「師匠、また核取りに行ったんだ」
「あんたねぇ」
「呆れてものが言えん」
「サンプルは必要だろう!」
「気が早いことで……」
「ナーナ」
「言われてるし」
ヘモジとオリエッタがくししと笑った。
「師匠だからしょうがないね」
「趣味だし」
「趣味だから」
溜飲を下げた子供たちは自室に戻っていった。
いつになく楽しそうに騒いでいる。
「『精霊石の核』をそのまま持って来い。向こうに送る」
「えー」
「コアのサンプルもな」
もう二回繰り返すのか…… 義務となると急にやる気を失った。
翌朝、早々にタイタンを倒して、回収品を倉庫送りにする。
そして、その足で僕は四十七層への階段を降りた。
エルーダでは四十七層の入口は幾つもあって、転送されるポイントはランダムだった。
「ここは固定?」
「さあな」
おかげで入場ポイントをまず固定する必要があった。階段を降りた先が固定ならそれでいいのだが。生まれたときから用意された『糸玉』があった身であるから、検証したことはなかった。先に言ったようにこのフロアの煩雑さが嫌いなのだ。
現状、何よりまず『赤い糸玉』が必要である。
四十層の『糸玉』を所持した状態で一旦外に出た僕たちは、四十六層の出口から歩いて入場した。
「同じだ!」
「ナナーナ!」
「検証その一終わり。もう一回跳ぶぞ」
もう一回外に出た。そして今度は、若干人の列ができあがっていたが、白亜のゲートから『糸玉』を持たずに跳んだ。
「あれ?」
単なる偶然か? 僕たちは同じ場所に転移していた。
灰色の町を見下ろす丘の上。
僕たちはもう一度外に出た。
「今度は『糸玉』を使って」
コンソールにそれらしき表示が出ない!
四十階層の『糸玉』の余りは使えないのか?
列が続いていたので、普通に四十七階層に跳んだ。
「やっぱり同じだ!」
僕が嫌いな四十七層の理由の一つが、この糸玉によるポイント設定だった。廃止されたのなら、ありがたい話である。
が、『糸玉』がなければ、この広大なマップを攻略するのは難しい。毎回スタート地点からでは攻略は不可能だ。
すべてを回るには最低でも一週間を要する。それだけボリュームがあるフロアだ。エルーダでは小型の飛空艇を爺ちゃんが運び込んでいたほどだ。
「参ったな……」
出だしから問題発生か。
「今のところ、スタートポイントは他のフロア同様一つだけということで」
どうなるかお楽しみだ。
「取り敢えず、周囲の探索から始めよう」
巨大なマップの癖に、適当に進んでいては攻略できないのが、このフロアの面倒なところだった。事態は刻々と変化していき、状況も変化していく。
「せめて見晴らしがよければ、憂さも晴れるのだが」
丘を下ると風車小屋がある。
どこかで見たような焼けただれた町並み。名残はあるが、デザインし直されているようだ。
「来た」
「ナーナ」
オルトロス発見。ミノタウロスの番犬だ。
つまり奴らが吠えたら主人のミノタウロスもやってくる。
匂いを嗅ぎ付けたようで、坂を狂ったように駆け上がってくる二つ首の黒い犬が二体。
道半ばで突然、凍り付いた。
「ナーナ」
殴るまでもなかったな。
ゴフゴフと声が聞こえてきた。
番犬を追い掛けてきた飼い主たちだ。
三体の内一体が強力な弓を携えていた。
死体を見付けられたら警戒される!
「ナーナ!」
今度は自分がやると、ヘモジは建物の屋根に飛び移り駆けていった。
道の両脇に並び立つ家々の屋根を音もなく渡っていく。
そしてミノタウロスが眼下に来た瞬間。
弓兵が即死。
斧を持ったもう一体も反応できずに顔面を潰された。
オルトロスの主人であろう調教師風の鞭を持ったミノタウロスも自在に伸びるミョルニルに吹き飛ばされ、瓦礫に埋もれた。
その衝撃で家が一軒倒壊した。
丁度よかったので中を覗く。
風車だ、長屋だといっても建物はどれもミノタウロスサイズで無駄に大きい。家具の類いもない。完全に空き家状態だ。
「まさに捨てられた町だな」
フロアボスとは対立関係にあるので、逃げ出したという想定なのだろう。
「宝箱はなさそうだな」
一軒一軒探る時間はない。
どうせなら人種の町でもよかったんじゃないかと思うのだが。マップ中央の城の所有者がミノタウロスの王だから、その辺は変更されなかったようだ。今回もボス級の魔物に抗う立派な城壁がどこからでも拝めるようだ。
魔石だけ回収して、先を行く。
オリエッタが屋根の上から周囲を伺う。
脇道がない。裏通りが並行して走っているが、基本進行ルートは一本だけの模様。地図を正確に書いている場合ではないので、今回はメモ程度だ。
裏通りにミノタウロス発見。後で背後を突かれるのは嫌なので、即排除である。
町を囲む渓谷に架けられた橋が見えてきた。




