クーの迷宮(地下46階 タイタン戦)土の精霊石と波紋
徐々に視力が戻ってきた。
「びっくりした」
子供たちも動き始める。
「ナーナ」
「不意打ち」
ヘモジとオリエッタも目をしばたたせる。
「アーッ!」
ニコロが声を上げた。
僕たちはニコロの視線の先を追った。
「出たーッ」
「『精霊石』だーッ!」
「オリエッタちゃん、これ『土の精霊石』?」
「初めて見る色だもん。そうだよ」
「早く調べて!」
子供たちが駆け寄った。
そこに転がっていたのは琥珀色した『精霊石』だった。透き通った内側に金色に若干緑がかった雲が漂っている。
「これって人類初?」
「ああ。歴史的大発見だ」
「やったーっ!」
「俺たち、すげーッ」
子供たちの感動を余所に、僕はもう一個の落とし物の方を見て背筋が凍っていた。
それはさっきまで『精霊石の核』と呼ばれていた物。核としての役目を果たして『精霊石』の中心にでも収まるものだと思っていた…… なのにまだ転がっているから、不審に思って……
それは『ロメオ工房』の一部のスタッフしか知らないトップシークレットに変化していた。
通称『ゴーレムコア』。ガーディアンのコアユニットの基幹部品にして心臓部。ゴーレムをゴーレムたらしめる未だ正体の知れぬオーパーツだ。五十年前、エルネスト・ヴィオネッティー一行によって唯一、回収されたゴーレムの生きた心臓。現在世界中で稼働しているガーディアンのコアは元を辿ればたった一つのコアから始まる。複製が複製を生むので、今となっては希少な物とも言えないが、今目の前に転がってるこれは…… 紛れもなく破壊されていない正真正銘の『ゴーレムコア』だ。
この情報が世界に拡散したら、工房を通さなくてもガーディアンを含めたゴーレムの量産が可能になってしまう。
「緊急事態だ」
さっきまで引き摺っていた丸いだけの石とはまるで異なる重みを感じた。
僕はコアの周りを砂で固め、隠蔽し、速攻倉庫に転送した。
「工房のと違うかも」
オリエッタが囁いた。
「そうなのか?」
「多分」
「コアも進化したり?」
「劣化したり」
「それはやだな」
「師匠!」
「転送しちゃった?」
「なんで?」
「まだ見てないのに」
「何々?」
「帰ったら話す。今はトップシークレットだとだけ言っておく。もしかすると教えてやれないかも知れない……」
「変化してたの?」
「なんで?」
「ただの石になったんじゃないの?」
「……」
「もしかして」
ミケーレの目が見開かれた。
「言うな、ミケーレ! 一生拘束されるぞ」
ミケーレは両手で口を塞いだ。
「もしかしてやばいの?」
「やばくなきゃ、話してる。この件は大伯母と相談する。判断が付くまで悪いが見なかったことにしてくれ」
「別にいいけど」
「報告はどうするの?」
「それが問題だよ。どう説明すればいいのか」
「じゃあ、あれもしばらく内緒だね」
「困ったな」
「師匠でも困ることあるんだ」
「そりゃ、あるさ」
「ミケーレの顔見てたら、わたしもなんとなくわかっちゃったかも」
「えーっ」
「そうなの?」
「ナナーナ」
「こりゃ、秘匿するのは難しそうだな」
ゲートキーパーも余計なことしてくれるよ。
「師匠」
「ん?」
「こっちも転送よろしく」
「忘れないでよね」
子供たちはやさしい。知りたいだろうに。
事をなしたのは子供たちだ。彼らに秘匿するのは違う気もするが、かと言って秘密をばらせば、よからぬ輩の的になりかねない。それも一生だ。
幸い、ここは『銀団』の管理が及ぶ迷宮である。制限を掛けようと思えばできなくもない。
「兎に角、みんな、よくやった。おめでとうと言わせてくれ。まさか、こんなにスムーズにタイタンを制することができるとは思わなかったよ。歴史上ここまで速やかに事をなしたパーティーは他に存在しないだろう。英雄のパーティーもここまでじゃなかったはずだ。師匠として鼻が高いよ。最後の最後でケチが付いたけどな」
「今回はうまくいき過ぎたよね」
「なんかね。スパっていったの」
「俺も、俺も。なんか身体が勝手に動いたっていうか」
「……」
「冗談抜きで、お前ら変なスキル取ってないか?」
オリエッタは首を振る。
「あ、そうだ。奥にまだ宝箱があるからな」
「えー、もうお腹いっぱいだよ」
「ナナーナ」
「ヘモジが『夕飯代わりに食べてやる』だって」
「そういうことじゃないよ」
勝利の後は和気藹々。
迷宮を出るまでは気が抜けないが、それでも。
宝箱の中身はこれまた倉庫を煩雑にする物ばかりだった。
明日、倉庫整理しよう。
僕は心に固く決めるのだった。
いつものように階段を降り、踊り場にある脱出ゲートを使って、僕たちは帰路に就いた。
その夜、大伯母とラーラと三人で緊急に会合を持った。
その夜の内に、ギルド通信の秘匿回線を使い、爺ちゃんや『ロメオ工房』、『魔法の塔』や王宮に知らせを送る。
「回答が来るまで情報は秘匿するように。それから――」
翌朝、大伯母はコアについての記憶を一時的に封印するかどうか話し合うために、登校前の子供たちを集めた。そのため手に入れた物がとんでもなく重要な物だと知らない者にまで知らしめる結果となった。
ミケーレとニコレッタだけでよかったんじゃないか?
ちょっとした暗示で『精霊石の核』はただの石になったと記憶を改ざんするかいなか。それを施すかどうかを子供たちに決めさせた。
「かわいそうだけど……」
ラーラは自分に言い聞かせるように呟いた。
「師匠もするの?」
僕は首を振った。
子供たちは額を突き合せて話し合った。そして結論を得た。
「却下で」
「理由を聞いても?」
「今の師匠たちの顔を見ればわかるよ。わたしたちを見る度に後ろめたい気分になるでしょ」
「俺たち、嫌だから!」
「誰にも言わないよ!」
「じゃあ、そうしよう」
大伯母は簡単に匙を投げた。
「いいの?」
「いいも悪いも、精神操作系の魔法は御法度だからな?」
「じゃあ、なんで聞いたの!」
「お前たち嘘付くの下手だろう? 良心が痛まない方法を施してやろうと思っただけだ」
そんなわけがない。
子供たちにでかい釘を刺しておきたかったのと、周囲の大人たちへのお願いだ。
いつの間にか切れている我が家の消音結界。話し合いの前に施したはずだが。
これまでだって子供たちは約束をきちんと守ってきた。自ら話すことはないだろう。だが、子供であるが故に狙われ易く、素直な分だけ騙され易い。そして今回は派生的に他家の子供たちにまで累が及ぶ可能性がある。
重要な物が何かまでは大伯母も僕もミケーレも口にしていない。ただ子供たちが命に関わる重要な何かを見付けてしまったという情報を本人たちとこの町に住む大人たちに拡散したかったのだ。調整するまでの間、子供たちをそれとなく見守っていてくれというお触れのようなものだ。
結界はいつの間にか復活していて、子供たちにはばれていないようだった。
これで少なくとも良心的な大人たちの視線が町の子供たちに行き渡る。
「早めに開示してしまいたいわね。子供たちだけが知ってるから問題なわけで」
未だにきょとんとしてるのもいるしな。
「恐らく、皆同じ結論に達するだろう。それまでの辛抱だ」
爺ちゃんたちの過去の例を見ても、情報開示は問題なく行なわれるだろう。ただ図面の入手方法や複製方法までは開示されなかったように、必要以上の情報まで親切に開示されることはないはずだ。そこは冒険者個人の探究心と努力の範疇だからだ。
結果、五十年経った今でもコアユニットの生産方法は『ロメオ工房』だけが秘匿する状況になっている。
今回も生きた『ゴーレムコア』が回収できるとは開示されないだろう。『土の精霊石』の入手方法ですらオープンになるかどうか。
冒険者は基本、自己責任。大きな網は掛けられない。後は見付けた当人たちの裁量次第だ。
それに恐らく複製することはかなわないだろう。
最低限、爺ちゃんクラスの魔力と『万能薬』を保険に用意できるだけの財がなければ、魔力喪失で死ぬことになる。それプラス、迷宮で手に入るコアの設計図も予備知識としてあった方がいい。
故に複製せずにそのまま使うのがよろしかろう。
だが、強力なゴーレムほど製造には膨大な魔力を要する。先の条件がここにも当てはまる。
仮にタイタンを一体造るとなると二度、魔力消費を抑えるなら最低三度戦わなくてはならない、しかもすべて快勝しなければならないとなると恐らく誰もが二の足を踏むことだろう。ただ欲しがるだけの連中を手控えさせるには充分な要因となるはずだ。
そもそもそんなことができる戦力があるなら、タイタンなど欲しがらないだろうし。
先の条件を考え、製作するゴーレムのグレードを落とすとなると、それこそやる意味を失う。
せいぜい貴族の道楽か、王宮の飾りが関の山だ。
そうは言っても、この砦には常時数体のタイタンが稼働している。我ながら説得力のない話である。
「タイタン部屋に入場料でも課すか?」
「通過必須の部屋にそんなことできませんよ」
「手前のゲートを脱出ゲートにしてしまえばいいだろう。なんならわたしがやろう」
「迷宮の本分は?」
「大人の事情が優先だ」
「タイタンは兎も角、ガーディアンのコアとして利用できる点に関しての見解は?」
ラーラが口を挟んだ。
「それに関してはあまり心配してないかな。複製は暗号さえ解除すれば既存のコアでもやれないことではないし。その気のある連中は既製品のばらしぐらい当たり前にしてるだろうから。爺ちゃんたちも未来永劫、秘匿できるものではないと言ってるしね。何より、ガーディアンもタイタンも魔力で稼働する。結局のところ、優秀な魔法使いと魔石を大量に保有する組織が勝者になる点では、既存の戦略の手の内だから」
今のところ気になるのはオリエッタの一言。
「工房のとは違う」という一言だ。
今日やるべきことは決まりだな。
それに再戦したタイタン…… 子供たちが言っていたようにスパッといき過ぎていた。あのときは素直に感動したが、考えれば考えるほど……
だからと言って、もう二戦するのはしばらくは遠慮したい。
後にリリアーナ姉さん主導による検証作業が行なわれた。そこで二戦目のタイタンのレベルが落ちることが判明する。
子供たちはがっかり。正真正銘の強いタイタンと再戦することになるが、今度は結界を破るまで二十発以上を要することになる。ミンチハンマーの洗礼も受けて、当初の予測通りの結果に落ち着くのであった。ほっとしたような、しないような。
当然、回収品のランクも下がって『精霊石の核』もそのときは手に入らなかった。
それからしばらくはタイタン詣でが続くことになるのだが、それはまた別の話。




