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夜散歩

「じゃあ、ちょっと出てくる。後よろしく」

 その夜、少年の情報を元に僕は地図を片手に散策に出掛けた。

 姉さんのお仕置きを回避するために選ばされた選択肢の一つがこれだった。

「ラーラは口裏を合せただけだ!」と懇願した結果、墓穴を掘り「何のことだ?」ということになった。僕の早とちりであった。

 いろんな意味で僕が責をすべて負うことになった。


「どこまで行けるかな」

 当然、夜通し飛んだところで海は見えてこないのであるが、時間が許す限り、前進してみることにした。

 前進と言っても『転移』による連続ジャンプだ。ガーディアンは却って魔力を浪費するので置いていく。姉さんにもできることだが、唯一違うのは獣人の血を引く僕の方が夜目が利くということだ。

 つまり一度の跳躍で姉さんより遙か遠くに到達できるということだ。

 またまた『万能薬』を浪費することになるが、その問題は大量生産という方法で回避することにしたのでもう心配ない。

 容器が足りないという要件を満たすために要塞内の調合屋を姉さんの権限で開けさせ、密閉容器の大瓶を十本購入したのである。

 完成品の内、二本は姉さんに、一本は調合屋に納める約束をした。

 お仕置き回避の条件にもなっていたので、姉さんに無料で提供することになったが、それもこれも今回の事件の反省に基づいた結果である。

 御用医師の手の届く場所に『万能薬』が保管されてさえいれば、今回のフィオリーナの件はもっと早くに解決されていたかも知れないのだ。

 調合屋に置いて貰ったのは他の冒険者が自前で備えられるように、こちらも手が届き易くなるように計らった結果である。


 要塞にいる間は周囲を警戒する必要がないので、探知能力の高いオリエッタを留守番させておく必要はない。

 久しぶりにヘモジとオリエッタと一緒である。

「ミントも来ればよかったのに」

「ナーナ」

「徹夜はお肌に、とか言ってもう寝てる」

 日中の炎天下でもびくともしないのに何を言ってるのか。

 フライングボードを担いだ僕たちのすぐ横を商船が通過する。煌々と照らされた照明のなか、補給物資の搬入は今夜も続いている。

 船が行き交うハッチの縁の路側帯をすり抜けて大地に降り立つ。

 検問に姉さんの許可証を見せて通過すると、コンパスを見る。

「取り敢えず東だな」

「等間隔で飛ぶ」

 オリエッタが僕の肩を揉みながら注文を付けた。

 当然そうしないと距離を見誤るからな。

 早速、視界のなかで認識可能な場所を凝視する。探知能力をフル稼働だ。

「あそこの岩場にしよう」

 当然、他の人たちには暗闇しか見えていない。

 が、オリエッタは頷いた。ヘモジは気にしない。僕の肩の上で脚をぷらぷらさせている。

 僕たちは作業員たちを照らす照明から外れると『転移』した。そして『万能薬』を一舐め、否、二舐めした。

 岩の上にヘモジとオリエッタが乗って周囲を確認する。

「何か見えるか?」

「ナーナーナ」

「なんもなーい」

「次はと……」

 コンパスで確認。

「目印が何もないな」

 こういうのが一番イメージしにくいんだ。仕方がないので低い砂丘の尾根を目印にした。


「ナーナ」

 開いたゲートから注意深く顔を覗かせる。

「早く出る。魔力が勿体ない」

 オリエッタがヘモジの背中を押した。

「ナーッ」

 ヘモジがゲートの向こう側の坂を転がり落ちていく。

 なだらかな砂丘の裏側は急勾配になっていた。

「ごめん、ヘモジ」

「生きてるか?」

 返事がない。

「死んだ?」

 オリエッタが深淵を覗き込む。

 下で明かりが付いた。

 ヘモジが懐中電灯を灯した。

「なっ!」

 そこにはタロス兵の白骨死体が転がっていた。

「ナナナーッ!」

 見えてるよ。

「今行くーッ」

 こんな所で戦闘があったのか? 砲弾と魔法の痕跡…… 要塞から目と鼻の先だ。

 時間は経っているが、警戒しつつ地図に印を付ける。

 僕たちは周囲を探索した。

「異常なし」

「ナーナ」

 金目の物は剥ぎ取った後のようだ。

 次の目標は……

 枯れた一本の樹木だ。


「おお!」

 ヘモジを突き落としたのが前回でよかった。

 木が生えていた先には断崖絶壁が待ち構えていた。

「野犬!」

「ナーナ」

 遠吠えが聞える。

「……」

「ここは危なそうだな」

 犬と言っても多分野生化したタロスの番犬辺りだと思うのだが。

 生命反応があった。そのいくつかがこちらを包囲するように動き始めていた。

「帰りはここを通らないようにしないと駄目だな」

 地図に書き足すと、安全な対岸を見遣った。

「崖の上の岩が剥き出しになってる。帰りはあそこを目指すか」

 絶壁の尾根の上に岩盤が剥き出しなっている場所があった。

 光る目がチラチラ見え始めた。

「狩っていくか?」

「情報だけ持ち帰る」

 野犬の群れを舐めると痛い目を見るからな。ましてタロスの番犬では大きさが違う。馬のような犬を相手にする気はない。

「行くぞ」

 僕たちは対岸に飛び、遠吠えを聞きながら次のポイントを探した。


 そんな、こんなで二十回程『転移』を繰り返した。

 途中、焚火をしながら休憩を入れて、最近不足がちのスキンシップを図った。

 が、成果らしい成果はなかった。明日は要塞も動き出すのでコースを変えて再調査だ。



 異様な静けさがあった。

 翌朝、物資搬入が済んだドックで僕たちは要塞の出航時間を待っていた。

 商業船に代わって戦闘用の船がドックを占領し始めていた。

「雰囲気がガラリと変ったわね」

 ラーラがハッチから入ってくるホバーシップに手を振る。

「これから前線に到着するまでの間、入れ替わり立ち替わり船の点検をするらしい」

「こっちはまだここにいてもいいのかしら?」

「ここは予備のドックらしいからね」

「リオネッロ、船の改造するとか言ってなかった?」

「新品だし、なんかもう間に合ってる気がするんだよね」

「そう? プール欲しくない?」

「前線で泳いでる余裕があるとは思えないけど」

「ナーナ」

「畑?」

「それは拠点を構えたらな」

「ナー……」

「ん? あれ、子供たちじゃないか?」

 手を振ってこっちに駆けてくる。

「なんだ?」


「大変だ! 弁護人が来て、養護院を訴えるって!」

 先頭を独走していたトーニオ少年が叫んだ。

「はあ?」

 僕たちは目を丸くした。

 聞けば今朝になって、彼女を突き落としたという男の弁護人が、被害に遭ったフィオリーナの病状を確認しにやって来たという。裁判のための評定に訪れたのだが、重篤と聞いていた被害者が庭を駆け回っているのだから、これはどういうことなんだということになった。弁護人は依頼者を騙して金を取るためにでっち上げた詐欺事件だと言い出した。養護院の専属医はフィオリーナのための薬を求めてメインガーデンに行っていて、知らせを出したが、まだ戻ってきていなかった。

「裁判自体を揉み消すつもりかしらね?」

「そんなことさせるか!」

 地獄に落としても落とし足りないというのに!



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