クーの迷宮(地下46階 タイタン戦)悩む
重厚な大扉の前にはレイドパーティーがキャンプできる程の広いスペースが用意されていた。
「タイタンはほんと強いからな……」
「多重結界はドラゴン並だし」
「ナナーナ!」
「そうだな」
回復力もだな。
「コアの位置で難易度が激変するんだよな」
僕たちは呼吸を整えると大扉を開けた。
世に冒険者多しと言えど、ここまで気軽にこの扉を開ける者は婆ちゃん以外、僕たちしかいないだろう。
「相変わらず広いな」
巨大なキューブ型の空間。長い階段もひとえにこの部屋の全高を生み出すためのもの。
『サンドゴーレム』が飛び跳ねても天井には届くまい。
でも広いと思えるのは家主が登場するまでの一時だ。
登場した途端この部屋は逃げ場のない狭所と化す。
ゴゴゴゴゴ・・・・・・
擂り粉木で胡麻をすりつぶすようなゴリゴリした音が部屋の奥から聞こえてくる。
「うー、緊張する」
その割にはビビってないな。
「ナナーナ」
ヘモジは腕まくり。
「倉庫はもういっぱいだ。報酬は考えなくてもいいぞ」
「ナナーナ!」
「でもピンポイントじゃないと倒せないから」
「最上級魔法で跡形もなく破壊することもできなくないけど」
「ナナナナナ!」
「それは却下!」
ふたりが速攻で却下した。
僕は笑った。
「部屋ごと破壊するのはなしだよな」
ふたりは大きく頷いた。
手っ取り早く『無双』でぶった切る手もあるが…… それではふたりの活躍の場を奪ってしまう。
「じゃあ、『看破』よろしく」
「任せて!」
「結界は僕がやるから、とどめよろしく」
「ナナーナ!」
「結界六枚とかになってないだろうな?」
「まさか」
「ナナーナ」
ドラゴンでさえ、五重結界だ。いくらこの迷宮がエルーダ以上の難易度を誇っているからといって。ただでさえもう無類の強さを誇っているのだから、下駄など履かせる必要はあるまい。
それだけが気掛かり。
ズン!
「来た!」
ズズン!
パラパラパラパラ…… 天井から砂塵が落ちてくる。
ズン!
一歩踏み出す度に足元が揺れる。
ゴリゴリゴリゴリ。関節が擦れる音がする。
ズン!
ズズン!
巨大な人型の壁が現れた。
砦建設の折、否、今も城壁建設でお世話になっている顔が現れた。
敵として現れるとやはり貫禄があるが、親近感の方が先に来てしまうのはまずい傾向である。
「左の脛!」
「ナナ!」
「サービスデイか!」
僕は銃口を構える。
結界を一度に破る必要はない。
連射して復活する前にすべての結界を消失させればいいだけだ。
「長年鍛えた素材集めの腕を見せてやろう」
使役用のゴーレムを造るには生み出すそれに合わせた素材が必要になる。
つまりタイタンにはタイタンの身体を構成するだけの素材が必要になるわけだ。
足りないと膨大な魔力で補わなければならなくなって作業従事者たちは大変なことになる。なので、ゴーレムコアを持ち込んで、回収品に変わる前の骸を丸々吸収させるのである。そうすれば魔力負担は大きく軽減されるわけだ。
ただそれで完成させたとしても、持ち出すには別途、高レベルの召喚魔法を使うスキルが必要になるのだが。
今回は専用の特殊な弾を使用する。実戦ではあまり有用ではない物なので規制の対象にはならない。誰も知らない僕だけの仕掛けだ。
弾には詠唱を妨害する羽虫の如き『沈黙』の付与が施されている。通常の狩りなら黙らせる暇があったら倒してしまえということになるのであまり使われるケースはないが、今のところこれが一番だ。
「効果自体は効きゃしないんだけどね」
「でも立証済みだから」
勝手知りたるオリエッタが、尻の下から弾薬の入ったカートリッジを取り出す。
何十発も無駄撃ちしなくて済むことは過去の経験から既に立証済みだった。
僕はその弾を使って多重結界を一枚ずつ剥がしていく。
再生される前に次の一枚、再生される前に次の一枚、次の一枚……
累積していくわずかなラグが形成のプロセスを予測不能のタイミングで乱していく。
『無効化しました』という情報のフィードバックが演算を遅らせるのだ。
最初の障壁再生にコンマ数秒ズレただけで、二つ目の演算はリセット、やり直す羽目になる。それが三つめ、四つ目と重なると、馬鹿にできない。
僕は二枚だけ再生を許したが、七発目でヘモジの前に道を開いた。
「ナナーナッ」
金色の小人が弾丸よりも早くタイタンと交差する。
衝撃音が破壊の後にやってくる。
片足が木っ端微塵に吹き飛んだ!
自慢じゃないけど、殲滅速度は爺ちゃんや婆ちゃんより上だから。
「七枚の壁は越えられなかった」
オリエッタが残念がるが、こればかりはどうしようもない。銃弾を吐き出すスピードと再生スピードの差は如何ともしがたいのである。リロードを含めて、どうしても一、二枚の再生は許してしまうのだ。
それよりヘモジが一撃で仕留められたのが大きい。加減がうまくいってなかったようだが、繰り返さずに済んだことで、猛攻を浴びる前に事が済んだ。
タイタンは数歩踏み込んだだけで僕たちを殴り殺せる位置まで迫ってきていた。毎度おなじみの巨大ミンチハンマーを振り上げて。
これで精霊石になってくれたら、回収作業も楽ちんなのだが。知っての通りゴーレムは基本魔石を落とさない。代わりにどっさり回収アイテムが出る。
最低でもミスリル。運がよければ少量のアダマンタイトまである。
休憩を取りながら巨大な塊が消えるのを待つ。
未だ人類は『土の精霊石』にお目に掛かったことがない。爺ちゃんが魔石を合成して作り出そうと試みたこともあったが、途中で興味が失せたのか、投げ出したまま倉庫で埃を被っている。
「消えた!」
「ナーナ!」
僕たちは立ち上がった。
「嘘だろ!」
金銀財宝、鉱物がザックザクのはずだった。
「まさか!」
倉庫がカオスになるはずだったのに。
「おおおおおおッ。これはぁあああ」
「ナナーナッ!」
「来たーッ」
ヘモジが跳び上がって喜んだ。
畑に植えたらとんでもない恩恵が得られそうだもんな。
「『クラウンゴーレム』から『闇の魔石』が出るような無茶がまかり通るんだから、もしかするとと思ったが」
「……」
「あれ?」
「なんか違う」
そこにあったのは精霊石ではなかった。輝きのないただの白い石。
「何これ?」
「ナーナ?」
僕たち三人は首を捻った。
オリエッタが物を凝視する。
それは一見、ゴーレムコアのように見えた。
コア製作は『ロメオ工房』の核心技術。通常、まっさらな物を一般人が見ることはない。目にするのはユニット化してからで、これを見て人工のコアの類似品と受け取る者は少ないだろう。むしろ破壊したはずのコアが復活して転がっているとみるはずだ。
「『精霊石の核』だって」
オリエッタは丸い石を肉球で叩いた。
「『激レアアイテム。タイタンと再戦する際、所持しているといいことがある』だって」
「ちょっと待て! それって二度倒さないと精霊石は手に入らないってことか?」
「そうなんじゃない?」
「じゃあ、今回の成果は? まさかそれだけ?」
「…… 残念賞?」
「ナーッ!」
ヘモジが地面に突っ伏した。
ゴーレムを造るときと同じ要領だとしたら、精霊石を構成する素材や魔素を過不足なく取り込む必要がある。
「パーフェクトキルをもう一度やるしかないか。二回目だからって魔力半減ぐらいで済むとは思えないよな」
「ナナナーナ……」
今回の狩りは完璧だった。なのに報酬がこれだけって。
この『精霊石の核』が成果に見合ったものだというなら、このまま終るとは考えにくい。
「子供たちには悪いけど、タイタン戦は譲って貰うようだな」
「ナーナ」
「結界剥ぐの手伝って貰う?」
「そうだな、やり過ぎても欠損は出ないだろうからな」
「倉庫がアレだから何もいらないとは言ったけど…… 激レアにふさわしい物でなかったら、泣くぞ」
「でも次も核が出たら笑うね」
「ナァ……」
「勝利したはずなのに。この倦怠感はなんだろう」
僕たちは奥の壁の向こうに出口を見付ると、脱出ゲートから外に出た。
割り切れないモヤモヤで頭の中がいっぱいになっていた。必ずしも労力に見合った物が得られるとは限らない。それはわかっている。でもタイタンで空振りって……
空には何事もなかったかのように星が瞬いていた。
「倉庫整理は明日だな」
明日になれば、これ以上溜め息をつくべきかわかるだろう。
ヘモジもオリエッタも眉間に皺を寄せている。
僕たちはトボトボと帰路の坂を上った。
次回は14日です。




