クーの迷宮(地下46階 タイタン戦)嵐の先に控えしは
ある程度までは塹壕掘り。崩れるのも構わずひたすら風除けを設けて進む。そして段々深掘りしていく。
直径千メルテ程の砂嵐の渦の中心に奴はいる。
「そろそろかな?」
「出たらすぐ行く」
「ナナナ」
転移一発。『看破』『一撃必殺』にてコア判定。オリエッタ・ヘモジチームか、僕か、どちらか優位な位置取りにいる方がとどめを刺す。
「じゃあ、いくぞ。三、二、一……」
頭上の砂塵を薙ぎ払い、外に出た。
オリエッタとヘモジは駆け出し、僕はその場で銃口を奴に向ける。
「『魔弾』装填。『一撃必殺』!」
『サンドゴーレム』は巨大な杵のような石の武器を傍らに置き、玉座のような巨大な岩の上に腰掛けていた。
「駄目! 狙えない!」
オリエッタの声が聞こえた。
コアはなんと岩に腰掛けている尻にあったのだ。
「囮する!」
「ナナーナ!」
ヘモジたちは目の前でわざと立ち止まった。
『サンドゴーレム』が反応する。
傍らの巨大な杵を取ると重い腰を上げた。
ふたりが囮になってくれている間に、僕は立ち上がったゴーレムの背後に跳ぶ。
そして杵を振り上げ、足を止めた瞬間、魔弾を放った。
ゴーレムは固まった。
が、振り下ろした杵がすっぽ抜け、あらぬ方向に飛んでいった。
「ペッペッ」
「砂噛んだ」
ふたりは何事もなかったかのように砂塵から姿を現した。
「怪我はないか?」
「全然」
「ナーナ」
僕たちはゴーレムが座っていた岩の上でゴーレムが報酬に変わるのを待った。
待ち時間がやけに長く感じた。
嵐は晴れ、砂漠特有の強い日差しが肌を焼く。
僕たちは氷を舐めながら待ち続けた。
「コリッ」
ヘモジが氷を噛み砕いた瞬間、目の前の巨人の姿が消えた。
ふたりを肩に乗せ、回収品の元に急いだ。
まず目に入るのは巨大な金塊。
「幸先がいい」
見えない『鏡像物質』を視認するためには不純物を混ぜる必要がある。数ある鉱石のなかでも金は混ぜ物として相性がよかった。そしてそのことは『鏡像物質』がドロップした先触れでもあった。
「透明な石はどこかな?」
「ナーナ」
ヘモジが風紋のない平らな地面を発見、手招いた。
ペタペタとヘモジとオリエッタが見えない壁に手を貼り付けながら一周する。
当たりのようだ。
砂地に残ったふたりの足跡に囲われた面積は約一メルテ四方。
使用するときは薄く引き延ばして使用するので、これだけでも『ダイフク』のドームガラスの結構な部分を入れ替えることができる。
「じゃあ、混ぜていくぞ」
「ナーナ」
「了解」
ふたりに索敵を任せて、僕は金塊を切り崩しては『鏡像物質』に混ぜ込んでいった。
「もういいかな」
輪郭が見えてきた。
最後の一握りを練り込んで終わりだ。
元の大きさより金塊分大きくなったそれをヘモジとオリエッタがまたペタペタ触る。
「もういいか。転送するぞ」
今日の倉庫はぐちゃぐちゃだな。魔石にクラーケンの足に『鏡像物質』とは。
「じゃあ、行くか」
地下への入口は変化を待っている間に既にふたりによって見付けられていた。
「同じ仕掛だった」
「ナナーナ」
「影追い?」
ふたりは頷いた。
腰掛け岩の少し先に遺跡跡があって、床に大きな日時計がある。
エルーダの四十六階層を知る者ならこれだけでピンとくるはずだ。
でも中心に適切な長さの棒を立てるまでもなく、既にそそり立っていた。
ゲートキーパーも攻略方法が周知されたら、折角の謎掛けも意味がなくなるということを理解したようだ。作業になりがちな棒選びの行程は省かれたのだった。
エルーダでは日時計の棒の長さを時間帯に合わせて調整することで、その先に繋がる仕掛けだったが、ここの棒の長さは一定。となると連結する側に変更が。
石畳みに描かれた複雑な模様に紛れて、棒の影の先端が描く軌道に沿った溝が掘り込まれていた。
影は時間に関係なく、その筋の上を移動する。
本来、太陽の軌道は日々変わっていくものだから影の先端の軌跡も変わっていくものだが、ここは迷宮。太陽の軌道は万年変わらない。
僕たちは溝にできた細い影を追い掛ける。
影は時に木漏れ日や小枝の影に隠れ、朽ちた石壁の亀裂を進み、ゴツゴツした岩肌の斜面に紛れた。
そしてそこに扉を発見する。
「出口?」
「さすがにそれはないだろう」
「ナナーナ」
僕たちは施錠されていない錆びた扉を開けて足を踏み入れた。
エルーダの地下通路にはアンデッドとゴーレム以外にも『闇蠍』がいた。
三十六層で子供たちも既に面通しが済んでいるが、闇が支配する迷宮において奴の存在は厄介この上ない。闇と同化する結界を持ち、且つユニコーンをも殺す猛毒持ちである。
「天井近くの柱の陰なんかにいたりするんだよな。本体はただの弱っちい蠍なんだけどな」
「結界、半端ないから」
トラウマか?
弱い奴だと結界に触れただけで状態異常になるから、幼い頃のオリエッタは大変苦労した。スプレコーンの森に入る度にアイシャさんに重そうなアクセサリーをよく胴巻きにさせられていたっけ。
「『結界砕き』が欲しいところだねぇ」
僕は銃を剣に持ち替えた。
ヘモジもミョルニルをホルダーから外した。
オリエッタは索敵以外やることがなくなったのでリュックに尻を落ち着けた。脳みそがなかったり、腐っていたりする相手には無力であった。
「いないことを祈ろう」
入って早々、扉が二つ現れた。
一つは鍵の開いたただ錆びている扉。もう一つは『開かずの扉』だ。
「これ見よがしだな」
マスタークラスの『開錠』スキルか『迷宮の鍵』があれば開けられる扉だ。前者には失敗する可能性もあるが、それ相応の報酬が待っている。
「久しぶりに使う気がするな」
「ナッ!」
「どうした?」
「ナナナナーナ!」
「はぁ?」
鍵はヘモジに預けたままだったはずだが。
「忘れてた」
オリエッタが呟いた。
大伯母がオリエッタと一緒に昨日持っていったままだったのだ。
鍵頼りの僕たちに『開錠』スキルなんてない。
「このなかに地下通路の地図があるはずなんだよな」
あくまで可能性の話。エルーダ準拠ならその可能性が大きいというだけのこと。
「一旦戻るか」
「レジーナ、帰ってきてるかも」
四十五層に足を踏み入れていなければな。
「ちょうど昼だし」
僕たちは一旦、帰宅することにした。『サンドゴーレム』がいなくなったので、戻ってくるのは容易いはずだ。
大叔母はまだ帰っていなかった。
「四十五層は鍵いらないんだけど」
フェンリルの巣を探索するなら、高級な宝箱が転がってないとも限らないが。
『開かずの扉』の部屋から地図が必ず出るという保証はないけど、マップ作成の二度手間は避けたい。
ということで、本日は終了することにした。
子供たちには申し訳ないが、攻略を一日待って貰うことにしよう。
『鏡像物質』の必要量も確保できるし、悪い話ではない。
空いた時間を利用して、オリヴィアに『鏡像物質』を使った疑似ガラス設置のお願いをしに行こうかな。『鏡像物質』の扱いは国家機密に準ずるものなので、誰もが扱っていい物じゃない。現物が滅多に流通しないので、王家の工房と『ビアンコ商会』だけで間に合っているのだけれど。
「お金の代わりに『精霊石』受け取ってくれないかな」
「ないない」
「ナーナ」
弁当をつつきながら、予定を話し合っていると、大伯母が戻ってきた。
「お帰り。早かったね」
「ガルーダが出たから戻ってきた」
「え? もう攻略したの!」
「違う!」
強く否定された。
「えーと……」
「入口から出てすぐのところで襲われた」
「入ってすぐ?」
「ナナ?」
「そうだ。いきなりだ」
「マジかー」
爺ちゃんたちは三体を同時に相手したことがあると言っていた。もしかするとこっちの迷宮でもガルーダは複数存在してるのかも。
「倒した?」
「ああ。でも加減できなかった。いきなりだったからな。解体屋に送っておいた」
「うちの分は!」
オリエッタが飛び跳ねた。口元にはもう涎が。
クラーケンのゲソの追加がまだ倉庫にあるのに。
「勿論、一番いいところを解体屋に頼んである。食いたきゃ後で取ってこい」
ガルーダの鶏皮は宮廷料理になる程の高級素材である。皮といってもガルーダは巨大なので肉厚はステーキにしても充分である。皮以外の微妙な部位も大量に出るが、家畜の餌や合い挽き肉の嵩増しに使えるので無駄にはならない。
労せずに手に入るとは……
元々子供たちの討伐時に手に入れる予定だったんだけどな。
「で、お前はなんでこんな所で弁当を食ってる?」
僕は状況を説明して『迷宮の鍵』を受け取った。
午後の予定は再度変更になった。
「わたしは寝る。戸締まりして行けよ」
「了解」
「ナナーナ」
「お休み」
「気を付けてな」
「お休みなさい」
僕たちは地下への入口に戻ってきた。
早速、ヘモジに『開かずの扉』を使わせた。
閑散とした室内。部屋の中央に大きなテーブルが並んでいる。
壁際に置かれた壺に一巻のスクロールが放り込まれていた。
「やった!」
「あった」
「ナーナ!」
一斉に地図を覗き込んだ。
エルーダでは長い下り階段と長い廊下が数本走っている程度だったが、今回はどうだ? さぞシンプルな……
「嘘……」
「ナナ……」
「迷路だ……」
用紙一面、曲がりくねった通路で埋め尽くされていた。
地上で手を抜いたのはそういうことか……
「ルートは?」
僕たちはあっちでもないこっちでもないと通路をなぞる。
「これ縮尺如何によっては今日中に攻略できないぞ」
正解ルートを別の紙にメモしていく。折角の地図を汚したくなかったのだ。
「右に曲がって…… 十字路を過ぎて…… 過ぎて…… 右折して」
「こっちからも行ける」
「ナーナ」
「そっちの方が早い? そうか?」
「地図を回収しないで進んでいたら、詰んでたな」
部屋には他にも回復薬の小瓶が大量に転がっていた。
「これ解毒薬だよな」
「『闇蠍』決定」
「ナーナ」
「いなくていいのに」




