クーの迷宮(地下46階 タイタン戦)まずは序の口
「明日の予習でもするか」
明日は四十六層。『土の精霊石』タイタンが支配する世界である。
「また歩かされそうだな」
いつもの席に大伯母はいない。
大伯母は昼過ぎから探索に出ていた。
クラーケンのいるフロアを攻略すると、今夜は帰らない宣言を夫人に残していった。
「倉庫を片付けておくようにと言付かってますが」
「『アローフィッシュ』か!」
昨日今日と『精霊石』以外の大量の魔石は適当に壁によせて置いたので転送空間の心配はない。
出掛けた時間から遭遇する時間を予測する。
「深夜だな」
明日の朝、倉庫に寄るようかな。
「明日も特売ですわね」
夫人は嬉しそうだった。
翌朝、子供たちは学校に。僕は倉庫に向かった。
案の定氷漬けの『アローフィッシュ』が、大量に、それも無造作に放り込まれていた。
「氷に船の形がそのまま残ってるし」
オリエッタが氷を引っ掻く。
僕はひとえにソルダーノさんの店のために氷を整形し、『アローフィッシュ』を束ねていった。
店員のラッザロさんが助手を引き連れてやってきた。
馬車への積み込みは任せることにした。
「相変わらず凄いですね」
床に無造作に転がっている大きな魔石を見て言った。
「ちょっとね」
見る人が見れば転がってるのは大金だ。うらやむ感情もわかるが「これ一つ一つが魔物だったんだよな」とラッザロさんが説明すると助手は青ざめていた。
「これを全部倒したんですか?」
「全部風の魔石ですけど」
「ほとんどワイバーンとフェンリルだ」
「レベル六十超えてる奴だから」
オリエッタが納得いかない顔をしている助手に魔石が一回り大きい理由を説明した。
一体で町を半壊させる凶悪な魔物たち。それのレベル六十代。もはや実在しないレベル。
「想像も付きません」
一般人が描く迷宮の風景は大抵中級レベルまでの景色だ。パーティーで日々の日課を稼ぐ姿。それこそ大きめの魔石を数個集めれば御の字というスタンダードなレベル帯での話だ。
でもこの迷宮の深部で行なわれているのは一騎当千の上級冒険者がレイドを組んで挑む討伐戦だ。
毎日、町を襲う魔物相手に戦争しているようなものだ。
ここに転がってる魔石も本来はそういったトップランカーの高給取り連中が束になって稼ぐものだ。
「石、邪魔」
「ナナーナ」
オリエッタとヘモジが魔石を蹴飛ばして『アローフィッシュ』を束にした氷の塊を紐付きのカートに載せて運び出す。
端から見たら、さぞ異様な風景に見えるだろう。
なにせここにある『アローフィッシュ』をすべて売りさばいても、蹴飛ばした魔石数個分に過ぎないのだから。
「魔石の値段って適正なんですかね? 前々から疑問なんですけど」
若い助手の一人が、大きな石の値段には難易度の高い狩りをこなした冒険者への慰労金的な意味合いが含まれているのではないかと先輩のラッザロさんに尋ねた。
「単価当たりの含有量はどれも一緒だよ。魔力の含有量と見た目の大きさが比例していないからそう思うだけで、実際は取り回しが難しい分、大きな石の方が売れ残ったりして。むしろお買い得なケースが多いんだよ」
だからと言って飯炊きに、床に転がってるサイズの石は不要だ。使い切るまでに鍋の底に穴が開く。
積み込みを終えると、売却用の棚を物色。蜂蜜と蜜蝋。廃棄用のガラクタ防具とインゴットを少し持っていった。
「毎度あり」
ようやく片づいた。搬出用のハッチに鍵を掛ける。
既に二時間が経過していた。
ドンと音がした。
「誰か来たか?」
振り向けばクラーケンのゲソが一本、床に転がっていた。
「……」
解体屋に回せよ。
「見なかったことにしよう」
「ナナーナ」
「クラーケンを倒したんじゃ、すぐ帰ってくるな」
これ以上付き合わされるのはごめんだ。
「さっさと迷宮に潜るとしよう」
四十六階層はエルーダではフライングボード必須のフロアだったので、本日も背負って向かった。
が、すぐ倉庫送りにすることになった。
なんとフロア構成がわかり易くなっていたからだ。広大な砂漠を何日も駆け回り、地下への入口を探す手間が必要なくなったのだった。
「『サンドゴーレム』いきなり発見」
広くはない。が、狭くもない。ただフロアの探索区域が視界に収まる範囲に留まっていたのである。
地平線がもやっている。
ここは周囲を稜線に囲まれた盆地だ。
視界の果てにゴールが見えるのは有り難い。転移一発で行けるのだから。でもそこからが地下へのスタートなんだろうな。
兎に角、また何泊も漂流しなくて済んだのは有り難い。迷宮の中まで砂漠に付き合わされるのは御免こうむる。
僕たちは入口のある聖廟から離れた。
そして周囲を見渡すために見晴らしのいい場所を求めた。
すると突然周りに転がっていた大岩がゴトゴトと動き出した。
「げ、『ストーンゴーレム』!」
「違う。『ロックゴーレム』!」
そうだ。ここにいるのは上位種だった。このフロアの雑兵は岩を投げてくる奴だった。
しかも稼働するまで反応がないのは他のゴーレムと一緒だった。
とはいえ、ヘモジの相手ではない。
急所を言い当てるオリエッタの声に促され、一撃で葬っていくヘモジ。
銅鉱石と不純物七割の安い奴だが、回収はどうしたものか。
驚いている間に粉砕が完了した。
「お見事」
「ナナナ」
ミョルニルをクルクル回してホルダーに収めた。
「狭くなった分、敵との距離が近いわー」
ゴーレムはただでさえ大きいのに、普通の魔物感覚で迫られると圧が凄い。
「やり過ごせないね」
「ボード転送するの早まったかな」
転移してしまってもよかったが、情報収集も兼ねているので、僕たちは敵を起こしながら進むことにした。
「『サボテンワーム』だ」
サボテンの形をした触覚を地表に出して近付いてくる獲物を地面の下でじっと待つワームである。『サンドワーム』より遙かに小柄だが、それでも人間ぐらいは一飲みだ。
「相手するのも面倒臭い」
「ナーナーナー」
ヘモジがミョルニルをぶん投げた。
サボテンに見事命中。地中からドンッと破裂する勢いで飛び出してきた。
触覚以外は普通のワームである。
こいつはゴーレムと違って魔石になるけど。
「あ、土の魔石狙いか」
ヘモジの魂胆が見えた。
「特に新しい魔物は出なさそうだな」
何事もなく目的地に辿り着いた。
「砂嵐…… 中に『サンドゴーレム』」
エルーダの四十六層では、地表にいる敵のなかで最上位だった。こいつがタイタンのいる地下への入口を守っているのだ。
砂嵐による結界と再生能力を持つ、通常のゴーレムの三倍はある大物である。
やり過ごすルートもあると思うが、それは追々。
今は砂嵐を突破することに集中しよう。
「視界が利かないから、転移はできないんだよな」
二十層辺りにいる奴とは違って、防御は完璧。遠見で狙撃しようにも隙がない。
「スタンダードに行くのが最適だ」
「ナナナ」
エルーダの『サンドゴーレム』は常に移動していた。だから移動ルート上に穴を掘るなりして待ち伏せしていれば勝手に上空を通過してくれたのだが。ここのやつは動く気配がない。
結界を張って突破しようとすると、魔力をあっという間に削られて本番まで保たなくなる。なのでわざわざ突破用の魔法使いを用意するパーティーもあるぐらいだった。
でも、そんなに考え込むことはない。
「『穴熊』直伝トンネル掘りがある限り!」
僕は穴を掘りながら進むことにした。
足元は砂地なので掘るより、崩れないように固める方が大変だ。
「結界張って進むのと魔力消費どっちが大きいんだろうな」
「結界の方が体力的には楽だけど」
「ナナーナ」
「そうなんだよな。見付かると対抗されて余計に魔力を消費されちゃうんだよな」
「目標は『鏡像物質』だから」
「あ、そうだった」
「ぬ。忘れてた?」
「ナナナーナ」
「タイタンのことしか考えてなかったよ」
「ナナナ」
ヘモジに呆れられた。
『鏡像物質』。以前から『ダイフク』のドームガラスに流用したかったものだ。光を透過させたかのように見せるとんでも物質だ。これを使うことで強化ガラスだった部分をすべてミスリル装甲をサンドイッチした構造に置き換えることができる。
使い方によっては今もこの世界のどこかに浮かんでいる浮遊要塞のように完全透明化も可能なのだが、それだと運用が難しくなるのでそこまでしたいとは思わない。
戦闘中だけ機能するような仕組みがあれば別だが。五十年経っても実現されないのだから、僕の出番はないのだろう。『魔法の塔』辺りが隠匿してる可能性もあり得るが……
それもこれも魔力を使わせず、欠損も最小限にとどめて討伐できたらの話だ。
故に魔力を使わせないことが最優先事項なのであった。




