クーの迷宮(地下45階 ガルーダ戦)棚ぼたガルーダ
「列から出るなよ」
「フェンリルがあんなに近くにいるよ」
「音を立てるな」
「結界を張ってるから音はそれ程気にしなくていい。それより『隠遁』をしっかりな。ちゃんと魔力溜まりを散らしていけよ」
「りょうかーい」
小声で会話する一行であった。
現在、先頭のヘモジは別にして、子供たちは背の高い順に一列に並んで行軍している。最後尾が誰になるかで若干もめたが、殿はどの道、僕である。
「伸びる時期は個人差があるから。あまり気にするな」
しおれるニコロを長身のジョバンニが慰める。
わずかな差でマリーに身長を抜かれたのはニコロだった。ほんのわずかな差なのだが。
マリーはここ最近、急に伸びたらしい。
そういえば、かかとが痛いと言っていたっけ。
両親を見れば、将来平均より背が高くなることは目に見えている。
他の子たちだって、どう見たって成長はこれからだ。
小人族でもない限り、成人した人族のそれとはまだだいぶ乖離がある。現状でとどまる理由などどこにもない。
今並んでいる順番は全く以て過渡期でしかないのだ。
「どんぐりの背比べだしな」
「ひどッ」
「ひどいよ。師匠!」
「ナナーナ」
ヘモジが止まるように指示を出した。
子供たちは一斉に壁側を背にした。
「何かいるの?」
「上だ」
見上げると崖の上にロック鳥。
威風堂々、単騎で麓を見下ろしている。
「奴は目がいいからな」
しばらく様子を見ていた。
「動かないね」
「師匠、倒しちゃ駄目なの?」
「駄目だ。そんなことしたら他の魔物たちが押し寄せてくる」
渓谷に入ってからというもの、大きな魔力反応がビシバシ伝わってくる。子供たちもそれは承知していた。
「ナナーナ」
何を思ったのか、ヘモジが動き出した。
その途端、頭上高くに居座っていたロック鳥がダイブした。
目標はヘモジではなく崖の裏手にいた大物だったようで、稜線の向こうにあっという間に消えた。
「ナナナーナ」
ヘモジは、ロック鳥がわざと余所見をしている振りをして標的の油断を誘っていたのだと説明した。それがたまたまこちらを見下ろする格好になっていたのだと。そもそもこちらの谷を注視していたわけではなかったのだ。
「怖かったー」
「油断しちゃ、駄目」
オリエッタが釘を刺す。
オリエッタもさすがに居眠りしていられる状態ではなくなった。
「もう少し行ったらワイバーン、いる」
誘導する気満々であった。
「混乱に乗じるか?」
「見付かってからにする?」
「見付かる気はないけどな」
「ナナーナ」
壁伝いに奥へ奥へと進んでいく。
岩壁の大きな亀裂を抜け、敵の手の届かぬ大岩の隙間に入り込むと僕たちはほっと安堵した。
そして昨日、休憩を取った安全地帯で一息つくことにした。
「ここなら大丈夫だ。休憩しよう」
子供たちはリュックを下ろすと水筒を取り出した。
岩の隙間から明かりが差し込んでくる。
前半は体力を温存できたので、体力的にはまだ余力がありそうだったが、渓谷に入ってからはずっと気を張り詰めていた。
みんな『ウーバジュース』に『万能薬』を垂らした。
戦いながら移動できれば気も紛れるだろうが、ただ黙々と敵をやり過ごすとなると疲れが倍増する。
ドーンと地面が跳ね上がるほど大きく揺れた。
子供たちは転がりながらも身を低くした。
「何!」
「ナーナ?」
すぐ側にフェンリルが現れた。
どうやら頭上の崖を飛び降りてきたようだ。
「脅かしやがって」
敵は目と鼻の先だった。魔法で一網打尽にできる距離だった。
ジョバンニがその場を後にしようとした瞬間、鮮血が舞った。
一瞬、ジョバンニが襲われたのかと誰もが思った。
が、彼は結界を張りつつ、転がり込んできた。
振り返るとそこには血飛沫が飛び散り、乾いた岩肌が赤く染まっていた。
そしてその場にいた全員が凍り付いた。
「ガ、ガルーダ?」
すぐ側に嘴を赤く染めたでかい顔があった。
急いで判断を下さないと。
それは絶好のチャンスであった。今攻撃すれば仕留められるかもしれない。
でもその後に起こる大混乱を収拾することは、今の子供たちにはできない。
当然、僕たちの援護がいる。
トーニオも悩んでいた。
だが、視線が合った。その視線は挑戦者のそれだった。
「後のことは任せろ! やってよし!」
子供たちは結界を作動させた。これで周囲にいる魔物たちに気付かれた。
当然目の前で餌にありついているガルーダにも。
ガルーダは驚き、威嚇するかのようにその燃えるような大きな翼を広げると、僕たちのいる岩場を押し潰そうと踏み付けた。
岩が砕かれた。が、子供たちの結界は健在、攻撃を防ぎ切った。
斯くも美しい魔物はそういない。
応戦しつつも子供たちは息を呑んだ。
「眉間を狙えッ!」
一斉に魔法が放たれた。
マリーたちはここぞとばかり投擲鏃も投下した。
ガルーダの結界が剥がれ、肉片が飛び散った!
「逃げる隙を与えるな!」
何十発命中させたかわからない。が、一発の魔法が後方に流れた。
それは障害物が、つまりあるべき物がなくなったことを意味した。
「撃ち方やめ! 全員、リュックを回収しろ!」
子供たちは置いたままになっているリュックを大急ぎで背負った。
「よくやった。これからしばらく防衛戦だ。ガルーダが魔石に変わるまで死守するぞ!」
「オーッ」
細い隙間から広い場所に僕たちは躍り出た。
そして子供たちは指示したわけでもないのに土魔法で防壁を築き始めた。
「なんか凄い」
「ナナーナ」
ふたりも感心した。
ガルーダの周囲を覆い、獲物を確保。それだけでも普通の魔法使いには一苦労なのだが、子供たちは難なくやり遂げた。
そしてでき上がった壁の上に陣取った。
地上への対策は完了した。
もっともその間、僕が結界を張り、ヘモジが迎撃に出ていたが。
空への対策は。
「任せる!」
昨日同様、オリエッタの出番である。
ただ今日は面倒なことにドラゴンフライも若干混ざっていた。
なので討伐には優先順位が付いた。
ワイバーンはフェンリルを相手する前にドラゴンフライに襲い掛かった。質量差は圧倒的で、のし掛かられただけで勝負が付いた。が、結果的にすべてのワイバーンが地に足を付けてしまった。
こうなると先日とは違う結果が見えてくる。
今回、数で優位にあるのはフェンリルだった。
昨日の恨みを晴らすべく、こちらではなくワイバーンの群れに突っ込んでいった。
より脅威になり得るのはこちらではないと判断されたようだ。
見るからに食い出もなさそうだしな。
別の地鳴りを感じた。
僕たちが背にする方角から大群がやってくる。
「フェンリルの増援が来るよ!」
僕たちは奴らの進路上にいた。
一体ずつ倒していたのでは、押し潰される。
「『衝撃破』拡散モードだ」
トーニオが号令を掛けると、子供たちが一斉に杖を構えた。
「用意! 撃て!」
外周の結界に集団が接触する手前で放たれた。
障壁に突っ込んで潰れたのか、衝撃に押し潰されたのか、集団はまるで見えない壁に激突して自壊したかのように吹き飛んだ。
増援はわずかな生き残りを残して壊滅した。
生き残りは何が起きたのかわからず、踵を返して逃げていった。
『衝撃破』を選んだのはいい判断だった。
指揮官の勝利だ。
翻れば乱戦はまだ続いていた。
オリエッタがワイバーンにまだ掛かり切りになっていた。
今日は昨日と打って変わってワイバーンの延命のために尽力していた。
「均衡は崩れてるな」
突然、足元の塊が消えた。
一瞬ドキッとしたが、ガルーダが石に変わったのだった。
「見て、あれ!」
そこに鎮座していたのは紛れもない『精霊石』だった。
「やった! 『精霊石』だ」
「頭吹き飛ばしたのに」
「転移させなかったからな。その分、余力が残っていたんだろう」
周囲を警戒しつつ、回収に向かった。
オリエッタはワイバーンを操ることをやめた。
もうここにとどまる理由がなくなったからだ。
転送する間、子供たちに見張って貰って、それが済んだら、援軍の魔石の回収だ。
「あっちは置いてっちゃうの?」
まだ続いているワイバーン戦の状況を確認する。
先に死んでいった者は既に魔石へと変化していた。
「回収していくか?」
目の前に転がってるのに回収しない手はないが。
残敵を見て、決定する。
「結界を張ったまま待機。上空警戒怠るな」
「りょうかーい」
「ナナナーナ?」
戦いに参加したい?
「お好きにどうぞ」
ワイバーンとフェンリルの戦いも終結間近だった。
介入せずとももう直けりが付くところだったが、ヘモジは時短のため参戦した。
それを尻目に子供たちは援軍が変化した魔石の回収を速やかに行なった。
少々乱暴に倒したので欠損分、小さくなってしまったが、身の安全を優先した結果なので後悔はしていない。
子供たちは回収を終えると、急いでヘモジとオリエッタが待つ戦場に向かい、ワイバーンとフェンリルの最後の一戦が終るのを待った。
フェンリルの勝利が確定すると思いきや、光る小人が結果を待たずに双方を壊滅させた。
「なるほどね」
「魔石でパンパンになるわけだわ」
時間切れで消える魔石はしょうがない。深追いは無用である。先に見た経験不足のフェンリルの群れのようにならないために、まとまりながら慎重に事を進めた。
その甲斐あってか、ロック鳥の襲撃はなかった。
「『精霊石』を見たら、みんな驚くね。二連勝だよ」
「でも僕たちだけだったら、諦めなきゃいけなかったよ」
「そうだな。それが正しい判断だろうな」
「でも間違いなく倒した。その事実は変わらない」
子供たちの笑顔が眩しい。
「運がよ過ぎたけどね」
「運も実力の内」
オリエッタが僕の肩に飛び乗った。
「ナナーナ」
ヘモジも満足して戻ってきた。
「さあ、家に帰るまでが遠足だ。気合いを入れ直せ。集中を切らすなよ」
『風の精霊石』をメモリアルな物と取り替えた。神樹の根元に鎮座するのは本日回収分である。
取り替えた方は船の燃料として備蓄に回した。
まさかの『精霊石』ラッシュ。
「段々貴重に思えなくなってきたな」
「気のせいよ」
「まさか先を越されるとはね。ガルーダはまだ先だと思ってたんだけど」
イザベルとラーラが言った。
「さすがに運の要素が強かったけど。あいつらの瞬間火力あっての物種だよ」
子供たちは風呂場で暴れていた。
それはもう楽しそうな笑い声を反響させて。
興奮冷めやらない様子であった。




