クーの迷宮(地下45階 ガルーダ戦)平地はへっちゃら
「階段造んないのー?」
「今回は頭上注意だから、屋根上はなしだって言ったでしょ」
「鳥籠に入ってるみたい」
「これなら頭上の敵にも対応できるな」
「この幅でドラゴンフライの棘、入ってこない?」
「入ってこないけど、尻尾攻撃されるほど接近されちゃ駄目でしょ」
「でもこの隙間、マリー通れるよ」
「駄目じゃん!」
「横棒も入れろ。横棒も! 落っこちるぞ」
「檻になっちゃう」
「頑丈になるからいいだろう」
「操縦の仕組みは一緒なんだ」
「でも今回の敵は足が速いぞ」
「引き撃ちですか?」
「基本回避だな。しつこい奴だけ狩っても、それなりの数にはなるはずだ」
「狙いはロック鳥だよね」
「特大魔石狙い!」
「ガルーダが来たらどうすんの?」
「ロック鳥と対応は一緒でいい。今回は初顔合わせだし、後手になるのは必至だしな。起死回生の一手は罠に掛かったときだけでいいだろう」
「師匠、魔法陣ここでいい?」
「設置する前に魔力通してみてくれるか」
「なんで?」
「影響が知りたい」
「繋ぎまーす」
魔石を収めるコンソールボックスに転移障害用の魔法陣の魔導ケーブルを連結して、スイッチオン。
「あ」
転移が見事に阻害された。
「やっぱりこっちまで転移できなくなるな。ちょっとヘモジ、脱出用の転移結晶、使ってみてくれるか?」
「ナーナンナ」
転移ゲートは無事発動した。
が、こちらも不通、ヘモジがゲートに首を突っ込もうとしたらできなかった。
「床置きは駄目だ。こっちまで逃げられなくなる」
中央の支柱に傘になるような円盤を設け、その下部を範囲外に設定することで問題を解決した。
ただ僕の転移は垂直方向には作用しなくなったので、まず水平移動して結界範囲の外まで出てから、垂直上昇という風にして偵察は行なわなければならなくなった。
「今日は使えないな」
とはいえ、ロック鳥、ガルーダ対策としては上々だ。
かくして移動手段は完成した。
「まるで御者台なしの巨大囚人馬車だな」
一辺をロック鳥やガルーダが鷲掴みできない長さにしたので、前回よりも無駄に大きい。当然床面積も無駄に広い。
天井を支える支柱の上部、僕が手を伸ばしてやっとの高さに転移障害用の魔法陣を設置した。
防衛用には通常通りの多重結界を展開する予定なので、単層で充分である。
いっそ複合魔法陣をとも考えたが、それだと魔力を余分に食うし、大きくなってしまうので不採用とした。安全も大事だが、子供たちの成長の機会を奪ってしまうのも本意ではない。
それから落ち着かないという理由で檻の内側に視線を隠すための円周状の壁を設けた。しゃがんだとき、周囲から隔絶される程度の高さしかない壁だが、内側に毛布を敷き詰め、落ち着ける空間を確保した。
「改造は程々にな。どうせ捨てるんだから」
ソリが動き出した。
「バランス問題なし」
前後左右に動いたら今度は上下だ。
「上下動も異常なし。前進、開始します」
子供たちは杖を持ったまま思い思いの場所に座った。内壁を背もたれにしたり、内壁を椅子代わりにしたり。
オリエッタは壁の内側に敷いた毛布の上に早々に陣取って欠伸した。
オリエッタは今朝から欠伸が絶えない。
明け方まで大伯母に付き合わされたからだ。
まったくもう他人の従者を勝手に連れ回さないで頂きたい。
「ご褒美、何貰った?」
「ふふぁああ。鰹節。丸々一本」
「安い駄賃だな」
「いいの。おいしい匂いはお宝だから」
「お前は香木を愛でる獣人か」
当人が満足してるなら別に言うことはないが。
一方ヘモジはフィギュアヘッドの如く、舵を取るトーニオの前に仁王立ちしていた。
物理攻撃主体のお前がそこにいても何の役にも立たないんだけどな。
「反応あり!」
「正面!」
ニコロとミケーレが声を上げた。
ソリは減速して、全員が望遠鏡を手に取った。
「フェンリルだ」
ジョバンニが言った。
「いっぱいいる」
「一、二…… 三」
「六匹!」
マリーとカテリーナが内壁に登って見渡す。
「じゃあ、回避で」
「えー、やらないの?」
「やってたら今日中に渓谷に着かないだろうが」
「そ、それじゃあ、しょうがないな」
「急いで何もかも今日中にクリアする必要ないわよ」
フィオリーナが内壁に登ったふたりを危ないから降りるように諭した。
「巣のなかも探索できるみたいだし、後で来る機会あるよ、きっと」
ミケーレが降りてきたふたりに優しく言った。
この辺りのフロアになるともうレイドを組んでくるようだけどな。
「今度はドラゴンフライ!」
「数は三!」
「やるなら速やかに」
「ドラゴンフライはいいや」
「虫だし」
「『沈黙』あるしね」
落とす魔石は一緒だろうに。
ソリは蛇行を続けながら、それでも僕たちが徒歩移動したときより早く進んでいた。
そして沼地に差し掛かると、直進を選択した。
「念のために鏃の準備!」
「了解」
子供たちは『沈黙』対策に投擲鏃をポケットに忍ばせた。
こちらに気付いた一体が、飛んできた。
今にも翅音が聞こえてきそうだ。
「攻撃開始!」
『氷結』魔法がドラゴンフライを捉えた。翅が凍り、落ちたところに追撃が当たって終了。
後続が気付いて迫ってきたが、同じ運命を辿った。
「失敗したー」
ヴィートが鎧を脱いでズボンに付いた泥を水と風魔法で吹き飛ばしながら言った。
泥のなかから魔石を回収した結果だった。
「横着するからよ」
「あんなに沈み込むと思わなかったんだよ」
「次からはちゃんと凍らせてから降りることね」
「師匠、沼いつ抜けるの!」
とばっちりが飛んできた。
「僕も知らないルートだからな。戦わないで無視したらどうだ?」
「じゃあ、そういうことで」
トーニオが笑いながら決定した。
反対する者はいなかった。
「ドラゴンフライ発見!」
「……」
「なんでこんなに多いの!」
「俺に聞くなよ」
「回避しまーす」
「あ、見付かった」
「接近される前に仕留めろよ!」
「魔石は回収しないってことで」
「誰だよ。こっちのルート選んだの!」
「『最短距離がいい』って言ったのはお前だ、お前」
「うぎゃぁああ」
楽しそうだな。
「元気そうで大変結構」
ジョバンニやミケーレから綺麗になったブーツや鎧が返ってきてヴィートは生き埋めになった。
全然臆してないな。
「早く着替えろ。来るぞ」
しばらく進んだところでフェンリル発見の報が入る。
沼地を抜けた証であった。
が、発見が若干遅れた。
というより向こうの発見が早かった。
「迎え撃てーッ」
数がいたので、結果を出していても差し込まれたが、飛んでる相手にはてんで無力なフェンリルなので被害を被ることはなかった。。
「まさかフェンリルの方が楽だとは……」
飛んでくるドラゴンフライやワイバーンの方が厄介だとは、僕も思わなかった。
何が功を奏するか、わからないな。
「高度下げまーす」
トーニオには小舟の操作はもう余裕だった。
船は停めても転移障害用の結界は展開中である。
子供たちは結界の下で魔石の回収を急いだ。
「来た!」
オリエッタが飛び起きた!
遠くで悲鳴のような声を聞いた。
遠くの空でロック鳥がおかしな挙動を取りながら落ちてきた。
「ロック鳥だ!」
回収に向かった子供たちは必死に駆けた。そして一箇所に集まると、空を見上げて杖を構えた。
そして一斉斉射。
ロック鳥は地鳴りと共に墜落した。
「やった! 特大ゲットだ!」
「気が早いな」
回収途中のフェンリルの魔石を回収するとでかい骸の元に集まった。
ソリを寄せるとほぼ同時にそれは魔石に変わった。
子供たちは飛び跳ねた。
「やったね!」
「やったね」
「特大だ」
「おっしゃー」
「作戦勝ちね」
年少組がはしゃいだ。
「こら、騒いでないで戻りなさい! 一体とは限んないのよ!」
「そうだった!」
子供たちは飛んで帰ってきた。
そして中央の毛布の上に回収してきた魔石を転がした。
寝床を奪われたオリエッタは僕に「早く転送して」と目で訴えた。
大きな檻だから襲撃を受ける回数が増えるだろうと予測していた。が、意外なことに遭遇戦は予定より少なく済んでいた。
ソリの速度もあったが、余程怪しく見えたのか、過度に警戒され無視されたのではなかろうか?
そんなわけで予定より順調に行程を消化することができた。
「ちょっと早いけど」
「お昼ー」
匂いでやってくる敵はいないかと、全方位を確認。
それでもロック鳥の急襲がいつあるかわからないので、僕たちは弁当を結界の下で開いた。
「パニーニだ!」
本日はパニーニである。具材は生ハム、チーズ、肉、野菜など色取り取り、本日使用したパンは硬めだった。
水筒にはコンソメスープとウーバジュース。
サラダは野菜スティックである。
わずかばかりの昼寝を挟み、攻略を再開する。
「来た!」
今回は真正面からロック鳥が迫ってきた。爪でかっさらう気でいたようだが、結界にぶつかり羽根が飛び散った。
「はい。一拍おいたらあんたの負けよ!」
ニコレッタの発言を合図に集中攻撃。
命中率が落ちていた。
だが、なんとか攻撃を畳み掛けて逃亡を阻止、絶命まで追い込んだ。
食後のせいか、シャキッとしないな。
ミスした子供たちもわかっているようで、自分の頬をひっぱたいて活を入れていた。
「朝からずっと警戒態勢だからな」
渓谷が見えてきたところで、予想外の来訪者があった。
こちらが目を付けたばかりのフェンリルの群れに空から降下する影が!
「ワイバーンだ!」
本日初顔合わせ。
小振りのフェンリルが一体爪に引っ掛けられ連れ去られた。
が、別のワイバーン一体は抵抗され地上に引き摺り込まれた。
あっという間にフェンリルの集団の餌食になった。
「一勝一敗か」
これで終るかと思ったら、空の上で待機していたワイバーンの群れが食事を始めた四体のフェンリルに次々襲い掛かった。
気付いたフェンリルの何体かは巣に逃げ込もうとした。
が、遅かった。
子供たちは息を呑んで傍観するしかなかった。
なぜなら地上にいたフェンリルが予想に反して、満足に抵抗できずに全滅したからだ。
今数えるとワイバーンは最初に襲撃した二体を除いてもまだ六体いた。
フェンリルはどこか逃げ腰だったし、あれでは勝てまい。
「フェンリルってもしかして弱いの?」
「そんなことないと思うけど」
結果はワイバーンの圧勝だった。
血みどろの現場に今更魔石のために介入する気はなく、僕たちはその場を去った。
「実際、レベル六十超のワイバーンなんて存在しないんだよ。もうドラゴンの底辺ぐらいには強かったのかもな」
「それを言ったらフェンリルだって」
「ナーナ」
「『経験不足』」
ヘモジとオリエッタが言った。
確かにそんな感じだった。
最初の襲撃は避けられなかったとしても、その後の襲撃は防げたはずだ。ちょっと空を見上げれば、太陽に隠れて潜む一団を察知できたのではないか?
餌を我先にとがっつきに行ったのを見て、待機していた第二陣はフェンリルたちの技量の浅さを確信したのかもしれない。
レベルがあっても、まるで烏に襲われる子猫のようだった。
こんなことがそうそうあるとは思えないが。
経験というファクターの重大さに気付いた出来事だった。
僕たちは重い空気を背負ったまま、いよいよ渓谷に足を踏み入れる。




