クーの迷宮(地下45階 ガルーダ戦)魔石集めはナーナンナ3
「あららら」
「ナーナンナ……」
フェンリルとワイバーンによる潰し合いが再発した。
フェンリルはこちらを襲うどころではなくなった。
「これは絶対あげない!」
オリエッタの本気を見た。
ワイバーンが狭い渓谷に次々ダイブしてくる。
いくら地上戦で分があるフェンリルといえども、真上に牙が生えているわけではない。のけぞってワイバーンを迎え撃とうと後ろ足で立とうとも、その姿勢はアンバランスでワイバーンの自重を乗せた特攻攻撃に抗うことはできなかった。一体を躱し身構えれば、次の一体に押し潰される。
今一体のフェンリルが落下攻撃をやり過ごし、斜面を蹴り飛ばしながら地上に張り付いたワイバーンの首を狙う。
が、強力な尻尾に叩き付けられ、岩盤ごと四肢を粉砕された。
「今のは脳みそ通ってないな。条件反射だろう?」
「ナーナ……」
オリエッタに操られると余計なことを考えなくなるせいか、動きに迷いがない。
さすがのフェンリルもいつもと違うワイバーンにたじろいでいた。
そうこうしているうちに、巻き返せるほどの勢力はいなくなって、結果が見えてきた。
「こちらとしては地に落ちたワイバーンを相手にする方が楽だけど。意外な結果になったな」
「ナナーナ」
「もっと楽する」
前回同様、突然我に返るワイバーンが現れ始める。
黒猫の微調整のおかげで、フェンリル壊滅まで、時間の猶予が与えられた。
出番のなくなった僕とヘモジはただ棒立ち。
結界を張りつつ、ひたすらガルーダの骸が『精霊石』に変わるのを待つのみだった。
「やり過ぎ!」
「信じらんない!」
「何をどうすればこんなになるの!」
白亜のゲートから倉庫に向かった僕たちは子供たちに出迎えられた。
子供たちは放課後、昨日に続き『アローフィッシュ』の搬出を手伝っていた。
そうしたら突然、転送ゲートから出るわ出るわ。あっという間に床が魔石で埋め尽くされたのだそうだ。
現場を覗くと、魔法陣の中央から少し外れたところに木漏れ日を思わせる萌黄色に染まった『精霊石』が鎮座し、その後に満タンに膨らんだ頭陀袋がドンドンと列を作っていた。そしてバラの状態の大きめの魔石群がその周りを埋め尽くしていた。
「これ全部転送したんだな…… 我ながら呆れる」
「新記録達成」
「ナナーナ……」
抗争の果て、大きな死体の山がゴロゴロと渓谷の狭間を埋め尽くした。
あれからロック鳥が一体参加してきたが、いつでも勝てるわけではなく、ワイバーンの狂気が勝利したのだった。
しかし、オリエッタが与えた猶予は長過ぎた。
最初に死んだ者たちが魔石に変わり始めたのだ。
「タイムオーバーだ」
止むを得ず僕は魔法で一気に幕を下ろすことにした。
こちらとしては『精霊石』さえ手に入れば、後はおまけに過ぎなかったが、大量の棚ぼたをお供えしたまま帰るほど清廉ではなかった。
渓谷にダウンバーストの強烈な冷気が吹き荒れた。
そして躍動感ある実に生き生きした氷の彫像が無数にできあがったのだった。
「消える前に回収しよう」
僕たちは戦うよりずっと苦労しながら回収作業を行なった。何せ大きな骸の下敷きになっている魔石が一つや二つではなかったのだ。
最終的には袋詰めなんてしていられるかと匙を投げ、範囲指定だけして、そのまま転送を繰り返したのだった。
その結果が、目の前の床一面の魔石群であった。
話を聞き付けて、モナさんだけでなくイザベルやラーラ、大伯母までやって来た。
「なんなの、この数!」
エレベーターを降りてすぐモナさんは魔石を踏み付けて転び掛けた。
「大きさからして雑魚狩りってわけじゃないわね」
ラーラが魔石を拾い上げて光に透かした。
「ちょっと四十五層って…… こんなにいるの?」
「ナナーナ」
「『精霊石』横取りするから反撃しただけ」
「今回はほとんどオリエッタのスコアだよな」
「ナナナ」
「任せて」
鼻高々だ。
「エルーダの比ではないようだな。これだけの襲撃が一度にあった。そういうことだろう?」
さすがに大伯母は正鵠を射ていた。
「ワイバーンにフェンリル…… あとドラゴンフライでしたっけ?」
「ロック鳥もいる」
「ガルーダもな」
フロアボス討伐は別枠だと言いたげな一行に、僕は「それがそうじゃないんだな」と、目配せした。
「あれがボス部屋から放たれたって言うの?」
「フロア全部、ボス部屋になった」
オリエッタが答えた。
「同じことよ!」
「出口は?」
「見付けたよ。ちゃんと」
その場で説明会が執り行われることになった。
子供たちは魔石を寄せて適当に椅子になる物を置いて座った。
フロア面積が広がり、敵との遭遇率が増えたことは既に雑談のなかで話していた。特にロック鳥の襲来には注意が必要だと。
だが、今日の話は更に耳を疑うような有り得ない話ばかりだった。
転がる魔石がなければ話半分にしか聞いて貰えなかっただろう。
そして本題、子供たちにチャレンジさせるべきか、否か……
「出口は渓谷の突き当たりにあった」
僕は自分で描いた地図を指差す。
「わかり易い配置ではあるわね」
「でも渓谷には…… いたんでしょう?」
皆の視線が床に鎮座する精霊石に向いた。
「欲を掻いて魔石集めをしなければ、充分突破は可能だと思う。時間を掛ければ、焦りさえしなければ各個撃破も可能だ。憂慮すべき点があるとすれば」
ガルーダを知る者は溜め息をつく。
「益々狩りづらくなるのね」
「ここの迷宮では『風の精霊石』は諦めた方がいいかもね」
「問題は出現範囲よ。いつ出現するかわからないなんて集中力が保たないわよ」
「ドラゴンの方が可愛く思えるな」
「それはない」
僕とラーラ、オリエッタがハモって大伯母の意見にツッコんだ。
幸い魔石の属性は一種類。後片付けは容易く済んだ。
『風の精霊石』は家の方に運び、船の燃料になり掛けていた『水の精霊石』も移動、隣に放置、元い設置することにした。冒険者ギルドでの子供たちの凱旋の様子をどこで聞いたのか、妖精族が『精霊石』を見たいと言い出したので、大伯母と夫人が観光名所にテコ入れしたところであった。
「『火の精霊石』使わなきゃよかったね」
マリーが言った。
「そのうちまた取りに行けばいいよ」
ヴィートが気楽に応えた。
「だね」
子供たちは四十五層を恐れるどころか、チャレンジしたくてわくわくしていた。
「遠足程度の脅威に抑えないと……」
食堂のテーブルで料理を待ちながら考える。
空飛ぶソリを雪原仕様から草原仕様に。空からの襲撃対策もしっかりしないと。
ロック鳥やガルーダに掛かるとソリごと鷲掴みにされてしまうから、結界の展開範囲も広めにしないと……
問題は渓谷に入ってからだ。あの過密地帯を如何に潜り抜けるか。
乗り物で乗り付けるわけにはいかない。
戦闘は絶対回避だ。群れ単体なら子供たちでもやれるだろうが、あの過密状態は不測の事態を巻き起こす。
冒険者の動向で勢力バランスが一旦崩れたら、後はドミノ倒し、最後は仕掛けた当人が倒れることになる。
「子供たちだって『精霊石』を狙いたいだろうけど」
せめて手前の草原地帯なら。なんとかしようはあるが……
「でも、逃げられるだろうな」
奴はいつでもどこでも劣勢だと判断したら、好きなときにいつでも退散できる。もはや逃げ場に困らないのだ。冒険者の策略で洞窟の隅に追い詰められるような不本意な事態はもう起こらないのである。
空はどこまでも高く、大地はどこまでも広かった。
もはや瞬殺できなければ、総合火力がどんなに高くても意味はない。追いかけっこをしていればいつか倒せるという地理的優位性はもうないのである。
子供たちの力で瞬殺が可能かといえば、可能かもしれない。が、それは接近できて尚且つピンポイントに攻撃を集められればの話だ。
地上や乗り物の上にいては望み薄だろう。
『精霊石』は諦めることになるだろうし、そうするべきだろう。
奴の転移を妨害するための力と殲滅するための力を彼らはまだ同時に持ち得ない。
僕が手を貸し、段取りをしてやれば、不可能は可能になるだろうが、当人たちはそれで喜ぶだろうか?
「『火の精霊石』も手に入らなかったし、こだわってはいないかな」
「でも勝ちたい」
「まずはそこからだよね」
「勝ちたい!」
「僕も!」
「わたしも!」
なかなかに勇ましかった。ガルーダ相手に「倒す」と言い切る大人もそうそういないのに。我が弟子ながらあっぱれである。
「でも今のままじゃ、駄目なんだよね」
「駄目じゃないぞ」
何より怖い大伯母が現れた。
「道具に頼ればいい。エルネストならそうする」
爺ちゃんなら?
「己の非力を知っている者は常に自力に懐疑的だからな。仲間の力と道具を頼りに困難を打開する。そうして生まれたのが銃であり、飛空艇だ。ドラゴンにどう立ち向かえばいいか。あれはいつもそのことを考えていた」
「婆ちゃんドラゴンの肉好きだったからな」
「話の腰を折るな!」
「ごめん」
「お前はなまじ力があるせいで、自力でねじ伏せたがる傾向がある。だから今日まで『風の精霊石』はお預けだったのだろうが。エルネストなら一月あればなんとかしたはずだ」
「都合のいい道具を発明しろと?」
「転移を妨害する道具が既にあるのだから、使ったらどうかと言っているんだ」
そう言って資料を放り投げて寄越した。
「あッ!」
「城壁用の結界障壁!」
こんな簡単な答えに気付かないなんて。
「向こうから現れてくれるんだ。わざわざ洞窟まで出向かずに済んでよかったじゃないか」
そう言って大伯母は台所の奥に消えた。
「わたしの弁当箱はどこだ?」
「大師匠どこか行くの?」
「四十五階層、面白そうだからな。久々に潜ってみようかと思うてな」
「明日、一緒に行く?」
「いや。まず未到達の階層を潰しておかんとな。地図情報貰っていくぞ」
その夜、大伯母は帰らなかった。が、翌朝、神樹の根元に『火の精霊石』が鎮座しているのを発見するのだった。




