かき氷
ヘモジがミントに呼び止められ、テーブルクロスの下に潜り込んだ。
そして交わした密談の内容を姉さんに隠れるようにテーブルを影にして、僕にこっそり伝えに来る。
「ナナナナナ……」
ラーラが姉さんにしたミントに関する言い訳に口裏を合せるべく、ヘモジは深刻な顔をして語り出す。
見るからに怪しい。普通にしろ、普通に。
「出会ったときからもうあの状態だったわよ。餓死寸前だったけどね」と、タロスが出現した穴で『太陽石』を見付けた件など大枠は変えず、出会いを前倒しするように事前にみんなで口裏を合せたとのことだった。姉さんは深く突っ込んでこなかったので、言い訳は成功したものとみていいだろうとのことである。
「さあ、どうぞ」
「溶けてしまうから他の人を待たないで貰った人から食べるのよ」
最初の一杯は当然フィオリーナだな、と思っていたら、器を受け取った瞬間、彼女のお腹がぐうーと鳴った。
「あら、やだ。そういえば食べてなかったわね」と職員。
寝たきりで最後に食べたのは昨日の夕食時、それも匙で数杯だったそうだ。他の子たちも朝から大掃除で忙しくてスープとパンを軽く口にしただけだったらしい。その分、お昼を奮発して貰う予定だったそうだが。
「ご一緒にお昼に致しましょう」
更に奮発されることになった。
婦人の言葉に他の子供たちも遅ればせながらお腹を鳴らして賛同を示した。
困ったのは付き添いの職員で、急いで子供たちの昼食の準備を中止するよう養護院に走らねばならなくなった。
「ここはイザベルでしょう」
「なんでよ!」
モナさんが訓練と称してイザベルにフライングボードを与えると伝言役に任命した。
ボードで飛び立つ彼女を見て、子供たちは瞳を煌めかせた。
「それで」
かき氷を口に運びながら、姉さんが展望ラウンジに上がってきた僕に尋ねた。
「アレはほんとに大丈夫なの?」
子供たちの上をひらひら飛んでいるミントを見た。
「羽化してしまうとシグナル…… 『寝言』って言うらしいんだけど、出せなくなるらしいよ。『寝言』は当人にも制御不能だと言っていたし。爺ちゃんからの知らせでも、羽化させる方法がわかったって書いてあるだけで、羽化後のシグナルについて特に注意喚起はなかったよ」
ミントの実際の慌て振りを知っている身としては嘘ではないと確信している。
「おいしい!」
「すごくおいしい!」
お祭りが始まった。
「いつも食べてるのと全然違うよ! これ何鳥?」
「こんなおっきい鳥、見たことないよ」
「おいしいね」
「うん、うん」
「変った味。でもおいしい」
「お代わりしてもいいの?」
「人数が多いときじゃないと出せないから、遠慮なく食べて頂戴」
なぜか補給物資に入っていたココ様の巨大ターキー。本家を訪れると来客の人数関係なしに出てくる、少人数で会食すると拷問と化す料理だ。五十年以上変らぬ味、変らぬ量の本家伝統の一品である。
愛情の量だと思って諦めろ、が本家の家訓である。
「パンもスープもサラダもすごくおいしいよ!」
「これならいくらでも食べられるね」
それは幻想である。
「『ミズガルズ解放自由戦線』のことだけど」
「正当防衛だから」
「承知している。でもギルドは大騒ぎだ。大船団だったそうじゃないか?」
「十隻かそこら」
ラーラが答えた。
それを一隻でぶっつぶしたこっちの評価はどうなったのだろう?
「ルカーノ諸島連合出身者のゲート監視は今後、厳しくなるだろうな。兵隊は現地調達、現地訓練するしかあるまい。正規兵がどれだけ入り込んでるか知らないが、物資の補充も今までのようにはいかないだろう。後は先細るだけだ」
細るどころか、そもそも組織ができ上がっていないのだ。あの船団だってあれだけの戦力がありながら、指揮系統はバラバラ、技術も連携もお粗末なものだった。あれはこれから鍛え上げられる連中だったのではないか? 手が回らないのは組織が大きいが故か、はたまた……
「一時的に状況が激化するかもしれないが、見える相手を敵にする分には対応し易かろう。問題は『太陽石』だ。勘違いしていそうだからな」
この世界を切り取ろうとする者が新たなタロスを招き入れるとは考えにくい。『太陽石』を転移の呼び水程度にしか考えていないことはもはや明白だ。先の座礁船の件は彼らにとってもイレギュラーな結果だったのではないだろうか。
タロスを多く出現させるには量が必要だ、などと考えていたのだろう。が、その認識のずれが問題だ。メインガーデンの事態に味を占めた可能性も否定できない。
包囲網が狭まる程、他力本願に陥り、収集に拍車が掛かることは必至だ。余剰資金がどれだけ残っているかにもよるが…… やはり問題は自家生産分だろう。
ヤマダタロウ氏はこの世界の周囲にタロスの勢力はいないと断言されたが、それはあくまで既存の話で、まだ見ぬ世界に潜むタロスに『寝言』が探知されないという保証はない。
粗方語り尽くした頃には子供たちも料理を食い尽くしフォークとスプーンを皿に置いた。
どいつもこいつも満たされた顔をしている。
これからいよいよかき氷だというのに、大丈夫か?
「頼もしい食いっぷりだな」
姉さんが笑った。
実家を思いだしているのかも知れない。
「ちょっと!」
下からお呼びが掛かった。
モナさんが「来い」と手招きする。
それは故郷の村を失ったジョヴァンニ少年の話だった。
『ミズガルズ解放自由戦線』らしき、大きな船に乗った集団に襲われた村の話。両親を奪われた少年のほんの少し過去の記憶だった。
故郷の村は採掘場を抱えていたらしい。山師たちが拓いた、家もまだまばらな新しい村落だったようだ。そこがある日突然、村ごと奪われた。
船や武装の形状を聞く限り、まず間違いない。
『自由戦線』側の資源供給源となっている可能性が非常に高い。が、如何せん幼い彼の記憶では遠くに海原が見えたということ以外、場所を特定する情報は持ち合わせていなかった。
それでも彼の情報は貴重だった。いくらなんでも中海が見える位置に村が存在したなんて話はソルダーノさんを初め、姉さんも誰も聞いたことがなかったのだ。
情報はかき氷が溶けるよりも早くギルドに送られ、確認依頼がなされた。
姉さんは呆れ顔で僕を見詰める。
こいつはどうしていつも厄介ごとを運んでくるのかという視線だ。
「最前線で後ろから撃たれる危険は犯したくないわね」
「サッサと前線に行って安心したいんだけどな」
前線に行って安心するというのもおかしな話だが、率直な感想だ。
子供たちはあれだけ食べたにもかかわらず、まるでなかったかのようにかき氷に夢中になっていた。
中断させられた少年も遅れを取り戻すため、乱暴に掻き込んでいく。
そういう食べ方してると……
「痛い! イタタタタッ」
頭を抱えた。痛みが立ち去るまでそのままの姿勢で固まっている。
「冷た過ぎて、キーンてした」
「イタ、イタ!」
「痛い」
「くーっ」
眉間やこめかみを押さえながら、それでも笑っている。
「でもおいしい!」
「すごく甘いね。これなーに? お砂糖?」
「もっとゆっくり食べなさいな」
「だって、美味しいんだもん」
掻き込む度にキーンとまたまた痛みが襲ってきて、子供たちはその度にケラケラ笑った。
「先生、ちゃんと作り方教わってよ」
「はい、はい」
かき氷器を姉さんが送ることになった。この要塞は突き詰めれば姉さんの管轄なのだからそれくらいしてやっても罰は当たるまい。
「ありがとうございます。リリアーナ様」
あんなに死にそうな顔をしていた子供たちが、今は満面の笑みを浮かべてはしゃいでいる。
「努力の甲斐があったかな」
「小さな親衛隊の完成ね」
ラーラが笑った。
相変わらず外は物資の往来で賑やかだった。
あの物資の山、一体どれだけの商いになるのだろう。
姉さんの重責に比べれば…… 僕がしたことなんてまだまだ……
「ところで最近身体が鈍っていけない。どうだ? ラーラも一緒に。たまには一戦」
「え?」
「お前たちの実力を他の団員たちに見せておきたい。単独行動を許す理由付けにもなろう?」
「ええと……」
これってもしかして……




