帰宅して諸々
子供たちが倉庫にいた。
搬出用の扉の外に置いた荷車に『アローフィッシュ』をせっせと積み込んでいた。
「溶ける前に保存庫に入れろって」
ニコロが言った。
「とことん休んでいられない人だな。ソルダーノさんは」
「違うよ。おばちゃんだよ。おじさんは明日でいいって言ってたもん」
「荷台一台分は今日中に売り払いたいんだって」
カテリーナとマリーが『アローフィッシュ』の束を担いできた。
「入れ物ないよー」
「隙間に押し込んじゃって。もうないの」
「師匠、お願い」
視線より高い位置にある荷台に積み込むのはふたりには一苦労だったので、手を貸すことにした。
足場を拵えてあったが、束ねた『アローフィッシュ』を抱えてとなると、見てるこっちが怖くなるので溜め息一つで引き受けた。
僕は預かったそれを保存箱同士の隙間に差し込んでいった。そして追加の箱を氷で拵えた。
「これ今日の収穫?」
子供たちがゲートの床に転がっている魔石を拾い上げる。
「特大がこんなに……」
「ロック鳥?」
「全部ヘモジが倒した」
オリエッタが言った。
いつもなら踏ん反り返るヘモジが見当たらない。
当のヘモジはモナさんの食べ残しのシフォンケーキを貰い受け、こっそり部屋の隅で食べていた。
「あー、ヘモジずるい!」
「ナナーナ」
見付かったので、一度に全部小さな口に放り込んだ。
パサパサだったので喉につかえて咳き込んだ。
「意地汚いんだから」
ニコレッタが氷で作った器に水を満たして手渡した。
「『一掬いの水のうまさを知る者は幸いである』」
砂漠の民の清貧の教えを実践するかのようにうまそうに飲み干すヘモジ。
「特大でケーキ買う!」
オリエッタが僕の顔をじっと見詰める。
「精神支配はやめろ!」
額に軽めのチョップだ。
勿論、冗談だが、お前ってやつは……・
「ナナナーナ!」
ホール十段重ねが見てみたい?
「ケーキの家ができる!」
「何々?」
子供たちも戯れ言に参加する。
「おー、いいね」
「無駄遣いしたらアルベルティーナさんに怒られるわよ」
「ラーラも怒るな」
「こっそりやれば大丈夫だって」
「町のケーキ屋は駄目だぜ。アルベルティーナさんの息が掛かってる」
「牧場で頼みましょう」
「おー、いいね」
「ナナーナ!」
「大師匠をどうする? 絶対ばれるよ」
「懐柔する!」
「お酒は?」
「ソルダーノさんの店では買えないぞ」
「『ビアンコ商会』と別系列にしないと」
「僕たち顔知られちゃってるからね」
「チェーリオたちに頼むってのは?」
「巻き込むのか?」
「いいじゃん。どうせ食べ切れないんだから」
「どうせすぐ忘れちゃうくせに」
フィオリーナとトーニオは呆れ顔だ。
真剣な無駄話。
「ナナナーナ!」
値千金。
「すいませーん。ラッザロです。商品受け取りに参りました」
倉庫の外に待ち人来たる。
「お前ら、手が止まってるぞ!」
「はーい。ただいま」
荷馬車と一緒に子供たちは螺旋の坂を上っていった。
ヘモジとオリエッタも談笑の途中だったので同行していった。
僕は全員を見送ると倉庫に戻る。
大きな溜め息をついた。
本日回収した魔石が螺旋を描くようにまだ床に転がっていたからだ。
すべてが風の魔石。
回収し、不純物を分離しながら、棚の箱に収めていく。
不純物が無造作にテーブルの上に溜まっていく。
ドラゴンフライでさえ、余裕で中サイズだ。
「ようやくだな……」
無理せずとも前線に回せる余剰が出てきた。この辺りをルーティーンにする冒険者が増えてくれば、魔石に関しては安泰だろう。
店に立ち寄ると魚を焼くいい匂いが充満していた。
今日の日替わり弁当は焼き魚、特別プライスだ。
家路に就く者たちや、これから迷宮に潜る者たちが匂いに誘われ日替わり弁当を次々手に取っていった。
「弁当五つ」
「生を箱でくれ、箱で」
「入れ物はどうしますか?」
「自前の箱を今取りに行ってる。入れ替えてくれ」
「かしこまりー」
凍った魚をそのまま購入していく客、干物の予約をしていく通な客たちでカウンターはごった返す。
店の裏では婦人会の方々が額に汗しながら魚を焼いていた。
子供たちは帰ったようだ。
一足先に帰ってきた子供たちは装備を脱ぎ捨てると、どこかに消えていた。
「子供たちは?」
梁の上で寝ているオリエッタに尋ねた。
「友達のとこ。宿題見せて貰いに行ってる」
「へー、珍しいな」
「宿題なんてないぞ」
欠伸して大伯母が現れた。
「ないって?」
「お前たちが遠征に出ている間、学校も休みを入れたんだ。その間、在校生たちは初級迷宮に遠足に出ていたんだ。宿題はそのときの感想文だけだ」
工事途中であるから、深くは潜れなかったそうだが、予定では三層まで、実際は五層まで入れたらしい。雰囲気を味わう程度のものだったが、それでも冒険の一端を味わえて、参加した子供たちには好評だったらしい。
「一緒に?」
「わたし以上に引率に適した者もおらんだろう?」
「余計なことしなかったでしょうね?」
思わず心配になった。
「失礼な。初級も初級で何もするわけないだろう。アイスバーは後半まで食わせてやらんかったがな」
そういえばそんな物があったな。
「教会はどうしてます?」
「いつも通り、黙々と働いてる。十層まではできてたな」
「何人ぐらい常駐してるの?」
「大型船一隻分だな。それが教会と迷宮に分れて作業してる」
「こっちじゃ見掛けないけど」
「買い出しはこっちの作業員がやってる。そのうち来るだろう」
「参拝はまだ?」
「威厳を醸し出すにはもう少し手を入れないとな」
玄関が急に騒がしくなった。
「帰ってきたみたいだな」
僕と大伯母が並んで出迎えたので、子供たちは一瞬ビビっていた。
「五層まで潜ったんだって」
「うちらが行ったときは二層までだったよね?」
「『火トカゲ』だっけ?」
「『赤トカゲ』」
『火蜥蜴』はお前たちがこっちで戦った奴だ。
「先越されちゃった」
「また学校が長期休みに入ったら行くんだって。俺たちも五層まで潜っとかないと駄目だよね」
「五層でやっとイノシシだってさ。お土産はイノシシ肉だけど、解体屋がないから大変だったって」
「夜は狼が出るけど、危ないから入んなかったって」
「あー、格好いいとこ見せたかったなぁ」
「出番がなかなか来なくて」
「退屈で」
「欠伸して」
「結界張るのも忘れて」
「ボコられる」
「見えるようだわ」
「変な予言すんなよ!」
「大師匠、今度のお休みいつ?」
「お前たちがまた遠征で出掛けるときじゃないか?」
子供たちは撃沈された。
「クーの迷宮を攻略したら行ってやるからな!」
「お前たちじゃ、二、三日潜ったら最下層だよ」
「そうなの?」
「今行っても教会の開発にすぐ追い付いて『完成までお待ちください』って、言われるだけだ」
「せめて最下層にジュエルゴーレムぐらい欲しいよな」
「無印ゴーレムじゃね」
アールヴヘイムの初級迷宮がそうだったというだけで、こちらの迷宮もそうとは限らない。
レベルは推して知るべしだが。
夕飯は肉がでた。メインは分厚いステーキ肉だった。
焼き魚が出てくるんじゃないかと心配したが杞憂だった。
「魚は無事完売したので」
「完売しなかったら…… 今夜も焼き魚だったのかな?」
「在庫はありますから、いつでもお出しできますよ」と、ニッコリ。
「今日はいいかな」
「酒の肴に貰おうか」
大伯母が言った。
「干した物もありますけど?」
「折角だからな。できたての在庫の方を貰おうか」
食い飽きた感のある魚を食べずに済んでほっとしていた子供たちであったが、大伯母の前に出されたアクアパッツァを見て目を見開いた。
おいしそうなアサリにムール貝。ドライトマトとパセリが彩るボリューム感のある一品。
オリエッタがさらりと寄っていってご相伴に与る。
キラリンと目を輝かせるオリエッタ。
「やさしい味……」
ペロリと濡れた口元を舐める。
子供たちは唾を飲み込んだ。
「明日の一品は決まったな」
ピューイとキュルルとヘモジは我関せず。肉と野菜をひたすらおいしそうに頬張った。
大伯母もワインをおいしそうに飲んじゃって、満足のようだ。
ラーラたちはアクアパッツァのことは知っていたようで動揺はない。
でもここでそれを食べてしまったら、晩酌の肴は?
クラーケンのマリネだった。
「王道の一品か!」
大人たちは遅くまで楽しそうに酒を酌み交わしたようだった。
ソルダーノさんも休暇を満喫できたようでよかった、よかった。




