クーの迷宮(地下45階 ガルーダ戦)魔石集めはナーナンナ
「見晴らしが……」
「霧がない!」
「ナーナ?」
大きな岩が所々隆起した高原地帯であった。
「マジか」
とんでもなくやばい舞台設定になっていた。そこは霧深い山間ではなく、見晴らしのいい平原地帯だったのだ。
目標は遠くに見える山の麓辺りだろうと察するが。
「エルーダにあった危険地帯みたい」
霧深い谷を抜けると時たま視界が開ける場所があった。冒険者は視界のいい場所へと自然と誘われ、そこで窮地に陥る。それはそこが隠れる場所のない敵の狩り場だったからだが……
「これって…… 常時デンジャラスゾーン?」
「ナナーナ」
いやーな音が聞こえてきた。
ドラゴンフライである。
こちらを見付けたわけではなく、ただ草原の上を徘徊している。
戦わずに済まそうと思ったけど、やらなきゃ危ないので、ライフルを構えた。
「マップの描きようがないな」
出た先の洞窟の周囲はどの方角も似たような景色だった。違うのは遠景だけ。
なのでひたすら遠くの山を目指して歩く。それくらいしか特筆すべき特徴が見当たらないからだ。
そして歩けば敵に当たる。
「うわっ。フェンリルの群れが草原で休んでるし」
オリエッタがリュックに身を潜めた。
「単独でも面倒なのに」
ヘモジと討伐対象を分担する話をしていると「フッ」とオリエッタが鼻息を漏らした。
「どした?」
「任せて」
オリエッタが不敵な笑みを浮かべる。
空から何かがやってくる!
ヘモジもフェンリルも空を見上げた。
ワイバーンの襲来だった!
次々、飛来してフェンリルを襲い始めた。
泥沼の戦いが始まった。
逃げ遅れたフェンリルの一体がワイバーンの爪に掛かった。
ワイバーンは滑空しかできないので、掬い上げるようにして獲物をかっさらっていくのだが、今回は獲物が大き過ぎた。
引っ掛けた獲物諸共、離れた場所に墜落した。
それを見たフェンリルの群れが落ちた仲間を救い出そうと踏み出した瞬間、矢継早に降下部隊が襲い掛かったのだった。
ワイバーンが数でフェンリルを圧倒した。
「ワイバーン強ッ!」
油断していたとはいえ、フェンリルが劣勢に陥るとは。
趨勢が決まったと驚いていると、急にワイバーンの動きが衰えた。
何やら動揺し始めた。
ワイバーンの一体がフェンリルの反撃を受けて羽をもがれた。それが転機だった。
「お前か?」
「解放した」
精神支配して一団を突っ込ませ、戦闘半ばで拘束を解いたのである。
「これで共倒れ」
互いに潰し合い、その数はあっという間に数体に。
突然、フェンリルが草むらに吸い込まれるように倒れた。
「ん?」
僕は横を見る。いるはずの小人がいなくなっていた。
一進一退の拮抗状態。戦闘は当分続くかに思えた。
が、わずか数分……
草原は赤く染まり、動いているのはハンマーを背負った小人のみだった。
小人と猫に巨大な魔物の群れがあっという間に壊滅させられたのであった。
フェンリルの群れの大きさに普通なら攻めあぐねるものだが……
「不条理この上ないな」
魔石を回収するためにしばし待つ。
臭いに釣られてドラゴンフライもやってきた。
それにはふたりは見向きもしなかった。
あいつらは僕の担当ってことか?
オリエッタは欠伸し、ヘモジは周囲の草木の生態観察。
僕はライフルを構えて射程に入り次第、ドラゴンフライを仕留めていった。
目的のマップ作成ではやることはほぼなく、いつの間にか狩りがメインになっていた。
敵にはそれぞれテリトリーがあるので接触は散発的だが、ワイバーンは地勢的な理由からあれから見ていない。
「最初のあれはどこから引っ張ってきたんだ?」
「飛んでた」
周囲に奴らの巣になりそうな高地は見えない。となればやつらの滑空能力ということになる。
高度を上げる術でも覚えたかな?
「ナーナ」
ドラゴンフライだ。
「ちょっと仕留めづらいな」
先が低地で草の丈が視線を遮る。
静かに前に出て視線が通る位置を確保する。
「よし」
狙撃しようと銃を構えたとき、背後に気配が!
ヘモジがミョルニルを振り回した。
クリティカルヒット!
巨大な何かが吹き飛んだ。
「しまった」
ドラゴンフライに気付かれた。
羽音が近付いてくる!
「まずい、まずい」
僕は銃口を下ろし、魔法で面制圧を行なった。
そして僕は後ろを振り返る。
そこに転がっていたのは……
「御無沙汰」
丸々太ったロック鳥であった。
「特大ちょうだい」
オリエッタがロック鳥の嘴をポンポン叩く。
魔石で既にリュックはいっぱい。特大が出たら一旦転送しておこう。
「ナナーナ」
平らに見えていた大地にも大きな凹凸が見え始めていた。
湧き水が溜まった池。そこから流れ出る細い沢。
こちらの動きに制限が掛かりそうな予感がした。
周囲を見渡しルートを探る。
右手が歩き易そうだけど…… 背景の山からは離れてしまう。
「ちょっと覗いてくる」
「ナーナ」
魔石の回収をヘモジたちに任せて、転移して周囲を探ることにした。
視界が届く限り跳んで跳んで、先を見通してくる。
やっぱりハズレか。
右手を行くと見えてくるのは暗い沼地。ドラゴンフライの巣窟だった。魔法使い潰しの罠だ。
肉弾特化した連中はこちらを行く方が楽だろうか。
となれば、僕たちは反対側だ。
歩きづらい足場を行かねばならないが、フェンリルの群れが一つ、二つ…… 三つあった。
「よし、こっちだ」
ふたりの元に帰り、肩に乗るように言って、悪い足場を行く。
「フェンリル発見!」
第一集団だ。
雄雌六体の群れだ。手前を凍らせ、奥はヘモジに任せた。
欠損なく倒しているので、魔石の大きさは今回も最高クラスだ。
やはり深い階層は魔石集めの効率がよくて助かる。
とは言え……
「遠いな」
地形変化をマップに記しながら先を行く。
凹凸の激しい岩場を抜けると、結局ぬかるんだ湿地にぶち当たった。
「迂回するしかないね」
「どっちに向かうか」
右に行っても左に行っても同じ景色だ。
ドラゴンフライの巣は越えているので右に行ってみるのも手かもしれないが、どうしてもあっちの方がぬかるんでいる気がしてならない。
なので、ここは勘を頼りに左折である。
岩場と湿地の境をひたすら進む。
湿地を抜けたらおやつにしようと考えていたが、そのときはなかなか訪れなかった。
雪原でやったように『浮遊魔法陣』を使った乗り物を自作した方がいいかもしれないと思い始めていた。
敵には見付かり易くなってしまうが、こう足場が不安定だと……
とうとう諦めて僕たちは湿地に足を踏み込むことにした。
山の方角からどんどん離れて行ってしまったからだ。
地面を盛り上げたり凍らせたり、横着しながら僕たちは進んだ。
「ナーナ」
「そうだな」
さすがに休憩を入れたい。
でも相変わらず腰を下ろせそうな場所がない。
「乗り物、あった方が楽だな」
子供たちと来るときにはそうしよう。決定だ。
「ドラゴンフライ発見」
「連鎖しそうだ」
反応されても、こちらが発見されなければ問題ない。
一体、二体、三体……
周囲を一掃して風の魔石(中)を回収。
リュックが再び満タンになったので、転送した。
そして一歩を踏み出したとき、空に気配を感じた。
転送時の魔力に誘われたか?
「ナーナンナ!」
「『特大って命名する』だって」
ロック鳥が現れたが、今回は距離を置いての出現だった。
ヘモジの迎撃は空振りに終った。
敵はこちらの位置の把握すらできていない模様。
ヘモジがわざと身をさらす。
「ナーナ……」
「『がーん』」
なんと餌扱いされずに無視された。
へこむヘモジに擬音を当てるオリエッタ。
だが、それもそのはずロック鳥は遙かにでかい獲物を見付けていたのだった。
僕たちはロック鳥の後を追った。
するとようやく岩混じりの湿地帯を抜けて、草原地帯に降り立った。
「食ってるし」
大きな一体のフェンリルを更に巨大な身体で押し潰し、その場で啄んでいた。
仲間のフェンリルの姿はない。逃げ去った後か、そもそもはぐれだったか。
「特大いただき」
牽制のつもりか、接近する僕たちに咆哮を上げた瞬間、ロック鳥は何かに殴られ、頭部をぐらりと揺らして地面に伏した。
「ナナナナナーナンナ!」
無視されたことを大変怒っていた。
「ヘモジ先生、仕事早いねー」
空腹も限界か。
「ナーナンナ」
こちらがおやつに有り付けていないのに、先に食ってるロック鳥が許せない、だそうだ。
「見事に怒りを買ったみたいだな」
餌になっていたフェンリルも小石になった。
僕たちは魔石を回収すると、少し離れた岩の上でようやく休憩を取るのだった。
「ナー」
岩場に寝転ぶヘモジ。
船旅から、畑仕事の連続だったからな。さすがに疲れたのだろう。
コクコクと水筒を飲み干し、デニッシュを頬張る。
「急にのどかになったな」
見渡す限り敵影はなし。草木が風に揺れるのみ。
「山がなかなか近付いてこないね」
「そうだな。思った以上に大きなフロアなのかもな」
子供たちも明日は攻略なしだ。
予習にもう一日当てられる。
「今日はここまでにしとくか」
下ろした腰を上げるのが億劫になっていた。
「天気が悪くなりそうだし」
遠くの空が暗くなってきていた。
結界が砕けた!
「!」
「ナナ!」
「ロック鳥?」
多重結界の一番外側にぶち当たったようだ。
壊されることを前提にした一枚なので問題はなかったが。
こうも頻繁だとは、思いもしなかった。
「でも舐め過ぎ」
オリエッタが嘴を踏み付ける。
「ナナナ」
頭が見事に陥没していた。
「帰りがけの駄賃になったな」




