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クーの迷宮(地下44階 クラーケン戦) ささやかな凱旋

「ずいぶん水が引いたね」

「あの岩が隠れそうだったからな」

 ヴィートとジョバンニが目の前の岩を見やる。

「まさか満潮と重なるとはね」

 トーニオがオリエッタを担ぎ上げる。

「クラーケンよりやばかった」

 オリエッタが壁の縁に立って言った。

「あっちが明るくなってきたよ!」

 ミケーレの言葉に振り返ると、水平線が明るくなって来ているのが見えた。

「嵐が去ったら解体作業だな」

「夜になるのとどっちが早いかな?」

「明るい内に通り過ぎて欲しい」

「途中まで壊しておこうか?」

 解体班を編成して、残りは甲板に戻った。

 解体班の子供たちは塔の壁を手頃な大きさに切り分けながら外に落として行った。

 落ちた氷塊が波にもまれて岩礁のなかに消えていく。

「移動するぞ」

 螺旋階段に沿って横移動。

「落っこちるなよ」

「わかってるって」

 見上げる空がどんどん広がっていくなかでニコレッタが叫んだ!

「あれ見て!」

 黄金色に輝く水平線に見たくない物を見た。

 それは巨大な蛇が鎌首をもたげたような……

「クラーケンだッ!」

 全員を総動員して、塔の外、雨でボコボコになった氷上の整地作業を急がせた。

 花瓶の中で溺死なんてことにならないように、塔の解体も船体が露呈しない程度まで並行して行なわせた。

 僕も氷上に下りて嵐で削れたり壊れたりした箇所を補強する。

 子供たちは作業を進めながら事前に決めた戦術の確認をする。

「さて、どう戦うのか。見物だねぇ」

 子供たちは完全武装で氷層に立った。

 夫妻がいるので、船の上で戦うわけにはいかない。

「呼び込んだ方がいいと思いますか?」

 トーニオが聞いてきた。

「潜られたら終わりだからね」

 浅瀬の岩礁地帯でやった方がいいだろう。

「明かりを焚きます」

 そう言って囲炉裏の魔石を掬い上げようとしたので、僕はとめた。

「僕が上げてやろう。絶対気付くような派手な奴を」

 トーニオが配置に戻ったところで、空に『聖なる光』を放った。

 対闇属性用の浄化魔法だが、薄闇を照らすにも最適な魔法だ。

 周囲は昼間と見紛うばかりに輝いた。

「こいつで気付かなきゃ、奴はめくらだ」

 反応は劇的だった。

 映し出された影は一旦大きく海面に現れたかと思うと大波を巻き上げ海中に没した。

「来るぞ」

 しばしの静寂の後、奴が海面から姿を現す。

 深度が浅くなってもはや隠れていられなくなったのだ。

 ヒドラの如くうねる脚。重そうな頭というか胴体部分。それらを連結する場所にこちらを見据える眼球が二つ。

 感情を湛えることなくただじっとこちらを見定める。

 怠惰なスライムのように潰れた姿勢のまま近付いてくる。

 身を隠そうと必死なようだが。

「どだい無理な話だ」

 子供たちが結界を戦闘レベルまで強化した。

 と同時に杖を掲げ、詠唱し始めた。

 集団魔法!

「『ゲイ・ボルグ』リターンズ!」

 オリジナルは空に巨大な三十本の光り輝く槍を出現させ、地上を一気に殲滅する範囲魔法。かつて子供たちは土属性のみでこれを発動させたとき、槍はわずかに五本だった。

 空に青い魔法陣が三つ、クラーケンに向かって縦に並んでいる。

 展開が速い。

「成長したもんだ」

 空に浮かんだ槍は五本にあらず。

 そう言えば、あれから『ゲイ・ボルグもどき』で十八階層の主、ジャイアント・スクィッドは狩ってないんじゃなかったか? あれを狩るために編み出した技だというのに。

 イカには使われず、タコに使われることになろうとは。

 恐れるな!

 海のなかからそそり立つ巨大な脚が二本、子供たちの頭上で敗北を迫る。

 子供たちは歯を食いしばる。

 躊躇なく振り下ろされた脚が結界にぶつかり、有り得ない形状に折れ曲がった。

 何枚持って行かれた!

 それでも子供たちは杖を掲げたまま動じない。

「『我らの意を成せ! ゲイ・ボルク!』」

 完璧にハモった詠唱の終わりと共に放たれた槍は九本!

 彼らの頭上に浮かんだその槍はまばゆい輝きと共に忽然と消えて、次の瞬間、クラーケンの眉間、詰まる所の頭を貫いていた。

「一人一本『氷槍』辺りを全力で撃ち込んでも、同じ結果になったんじゃないか」

 そういう皮肉はやめておこう。

 今の彼らに十八階層の主など、もはや敬遠すべき相手ではない。

「問題はだな……」

 僕は転移した。

 そして海面にまだ浮いている死体を氷結して氷に閉じ込めた。

「帰るまでが遠足だ」

 抱き合い、喜びを分かち合っていた子供たちは、戻ってきた僕を見てぽかーんとしていたが、すぐ我に返って自分たちの不手際に気付いた。

「ああ、魔石ッ!」

「回収しなきゃ!」

「急いで船の氷を剥がせ! 船に乗り込め、野郎共!」

 誰だよ、野郎共って……

 子供たちは船に戻ると悪鬼羅刹の如く、周囲の氷を破壊し始めた。

「躊躇ねー」

 自分たちをこれまで守ってくれていた氷塊を問答無用で粉砕していく。

「全速前進!」

 ソルダーノさんは状況に呆れつつ、必死に笑いをこらえながら舵を取った。

 夫人は肉が手に入らないことを非常に残念がって、フィオリーナに「少しぐらいならいいんじゃない?」と囁いていた。が、内心安堵しているのが見て取れた。

 それを見ていたマリーは容赦なく彼女を叱りつける。

 確かに脚の一本ぐらい切り分けても、恐らく『精霊石』の養分には充分足りていただろう。

 それ程、子供たちは今回うまくやったのだ。

 だからこそ、万が一にも格落ちなどあってはならない。

 勇者には相応の富と名声が与えられて然るべきだと僕は考えていたのだった。



「『精霊石』だ……」

「あの色は…… 水属性だぞ」

「クラーケンかよ!」

 帰還したのは翌朝だった。

 あれから出口のある島まで向かった後、朝まで岸辺で夜を明かしたのだった。

 そして、まだ夜も明けきらぬ早朝、冒険者で溢れかえる前の冒険者ギルド事務所に、子供たちは凱旋したのである。簡易型の『浮遊魔法陣』を使って拵えた台車に『精霊石』を載せて。

 全員、自信満々にギルド証を提示した。

「買い取りお願いします」

 当然断られた。

「言ってみただけだから」

「しょうがないから、家に飾ろっか」

「船の燃料はまだ持つもんね」

「そうだね」

 燃料にする気満々かよ。

 クラーケンの討伐の証にはなったので、ここでの用事は終わりだ。

「師匠、転移して」

 見栄を張るのに飽きた子供たちはでかい石を僕に始末させた。

「オリヴィア姉ちゃん、買ってくんないかな?」

「無理だって」

 冒険者たちは偉業と対照的なお気楽な子供たちの小さな背中を見送った。

 僕は大きな欠伸をこぼしながら、子供たちの後を追った。

「さて、今日は何しようかね」

 ヘモジは到着して早々、畑に飛んでいった。

 ここ最近ずっと人任せにしていたから、当分戻らないだろう。

 オリエッタは僕の肩の上で、僕同様、欠伸している。

 何も起こらないと思っていても、立てなきゃいけないのが見張り番である。

「少しだけ四十五階層見ておくか」

 前を行く子供たちが振り返った。

「あ、いや、お前たちに言ったんじゃなくて」

「依頼あるかもしんないよ」

「掲示板見てこようぜ」

「アルベルティーナさんに知らせてくる!」

「あ、いや……」

「補充する物何かある?」

「弁当だよ、弁当」

「お店、混んでる時間よね。一旦帰って用意しましょう」

「午後からだ!」

 僕は叫んだ。

 子供たちが固まった。

「ゲートすぐそこにあるけど?」

 そういう問題じゃないから。

「一旦帰って落ち着いてからだ」

 不満そうであった。

「お前ら疲れてないのか?」

「全然」

「まったく」

「しっかり寝たし」

「このまま帰っても暇だしね」

「僕が夫人に怒られるよ」

「じゃあ、牧場は?」

「牧場に行くついでに、ちょとだけ四十五階層を覗いてくるっていうのは?」

「四十五階層にはドラゴンフライも出るんだぞ」

「あれは厄介だよね」

「でも対抗策はあるよ」

「それがこれです」

「投擲鏃?」

「前に造った奴」

「全然使ってないもんね」

「詠唱が妨害されても、魔力を失うわけじゃないから。魔力を通しさえすれば、飛んでいくよ」

「じゃあさ、量産しようぜ」

「そうだな。午前中、時間あるしな」

「今回の舞台は半分野外だから、長めの射程のも用意しておかないと」

「ふふふ。『魔鉱石』の鏃で壊滅させてくれるわ!」

「やっぱお前ら変なアドレナリン出てるわ」

「そんなことないって」


 そんなことはあった。

 家に帰り、くつろぎ、鏃の量産をしたまではよかったが、帰宅したら燃え尽きていた。

「なんか、疲れた」

 大伯母も呆れ顔だ。

 結局、参加者はオリエッタだけになった。

 地図情報を集めに行くだけなので、無駄な戦闘は想定していないからいいんだけど。

『精霊石』は置き場がないという理由で船の倉庫に放り込まれた。

「本気で燃料にする気かよ」

 あいつらにとってはただの路傍の石ということか。


 納戸で準備を整えていると、ちゃっかりヘモジが戻ってきていた。

「ナナーナ」

「あんまり戦わないぞ」

「ナーナ」

 偵察も大事とオリエッタと共に肩の上の定位置に収まった。

「フェンリル、ワイバーン、ドラゴンフライ、ロック鳥。メンバー交替とかしてないだろうな」

 僕たちは伝説の怪鳥ガルーダがいるであろう四十五階層に向かった。



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