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クーの迷宮(地下44階 クラーケン戦) 嵐の前の嵐

 今回は岩礁地帯が見えてきたら前回より外側を大回りすることに決めていた。

 それはゴールの位置が判明したからできることであって、検証から最短距離を取ることは決定事項だった。

 結果、前回出会ったクラーケンとはやり合わない可能性が出てきた。代わりに前回見送った方を相手にすることになる。出現ポイントが固定されているとしての話。

 前回であればそろそろ嵐と共にクラーケンが出てくる頃合いだが、僕たちはまだクラーケンの気配を感じずにいた。

「空が暗くなってきたよ」

「風も強くなってきた」

 子供たちが空を見上げる。

 どうやら先に嵐が来そうだ。

 岩礁地帯を離れなかったのには理由がある。

 本来であれば座礁を危惧して離れるべきところだろうが、前回同様、氷魔法で船を固定するためには動かない岩礁が必要だったのだ。

「あの岩に船を固定するぞ」

 一番大きく頑丈そうな岩を選んだ。

 嵐がどれだけ続くかわからない。前回同様なのか、ランダムなのか?

 クラーケンは現れるのか?

 前回は最悪の状況で遭遇することになったが、それは仕様なのか、たまたまだったのか?

 クラーケンがいなければ錨を降ろして、ただやり過ごせばいいだけなのだが。

 戦闘になれば舞台が必要になる。

 ギルドにもルート選択の情報が集まってきているだけで、クラーケンとやり合ったという情報は集まって来ていなかった。

 皆、敵の情報が集まるのを待っている状態だ。

 威勢よく飛び出し返り討ちにあう連中はそれなりにいたようだが、自らの恥をさらす正直者はいない。

 故に確定情報は何もなかった。

『精霊石』がそう簡単に取れるようだと、それはそれで困った事態になるから、然もありなんということだろうか。

 兎に角、今回は夫妻も同伴している。何があっても安全第一だ。

 ソルダーノさんは慎重に船を岩礁に横付けする。

 波が荒れ始めているが、本番はまだまだこれからだ。

 波が大きくなる度に船の周囲の氷も大きくなっていく。

 そして氷塊と岩がぶつかった!

「まだだ、まだ」

 雪原の氷が岩とぶつかって砕けていく。

 その間も余所の場所では氷の外周がどんどん肥大化していた。

 子供たちは揺れに翻弄されまいと必死だった。

 そして大きな波が来て、船体が大きく浮き上がった。

「今だ!」

 一斉に岩との間に魔法を放り込んだ。

 細い氷の桟橋は見る見るうちに大きくなり、あっという間に大きな架け橋となった。

 船は海面から突起した岩と一体化した。

 船の揺れは完全に収まった。今は打ち寄せる波の衝撃のみ。

 今のうちに周囲をどんどん凍らせていく。

 波による浮き沈みがなくなった分、打ち寄せる高波が甲板を越えてくる。

 子供たちは場当たり的に氷で高い堤防を築いていく。

 が、波は益々振幅を大きくしていく。

 そのせいで岩と固定していた連結部が、どんどん増していく重さに耐えきれなくなって砕けたのだった。

 ズシンと甲板が沈み込んだ。

 もの凄い大波がゆったりした間隔で襲って来る。

 船が大きく浮き上がる。

 子供たちは青ざめながら再び連結にチャレンジした。

 波飛沫がそのまま凍り付いた。

 船は今度こそしっかり念入りに岩に固定されたのだった。

 が、それでも荒れ狂う高波は氷上を越えてくる。

「ど、どうしよう?」

 このままでは自分たちの作ったお椀の底で、溺れることになる。

 船が岩に固定されていなければ、子供たちの対応は間違っていなかった。周囲の壁を高くしても全体の重さと浮力のバランスが取れたところで余計な負荷などどこにも掛けずに浮いていられたからだ。

 連結部が壊れたおかげで、現状その負荷は軽減されている。

 だが固定してしまっている以上、意識して船底を持ち上げるようにしなければ、船の標高は変わらず、波の振幅に釣られて周囲の壁だけがどんどん上に伸びていくことになる。

 そうして連結部に掛かる負担がまた増えていく。

 このままでは連結部がまた折れる。

「連結を切り離して、もう一回全体を持ち上げないと!」

 今それをやったら荒れ狂う高波に弄ばれる。岩から離れてしまうか、あるいは周囲の浅瀬に乗り上げて座礁するか。

 まあ、座礁した位置で固定できればいいんだが。

 現在位置がわからなくなってしまうと怖い。そうなってしまったらもうやり直すしかない。

「そんなことしなくても連結部を輪っかにすればいいだけじゃないのか?」

 あまりの動揺振りに、さすがに助言を与えずにはいられなかった。

「そうか!」

 ピンときた子供たちは連結部まで道を拵えた。

 そして自分たちの足場の高さまで岩の周囲の氷を盛り、強化し、最終的に内側をくり抜いて氷の輪っかを岩に引っ掛けたような状況を作り出した。

 打ち寄せる波に同調して、岩の頭が氷穴から出たり入ったりする。

 子供たちは周囲の氷が砕けないように海底深くまで氷を厚くして戻ってきた。

 居残り組が外周の壁よりも高い壁を船の周りに構築していた。

 理由は寒くなってきたから。

 さすがに氷に囲まれ強風に煽られるというのは。

 外周の壁は壊れるに任せた。もはや用なしである。

 子供たちは応急処置をやめて、足元の氷を分厚くすることに専念した。

 氷上が常に波の上に出るようになると、安心感が広がっていった。

 ただ戦場になる可能性を想定して常に外縁を広げる努力は怠らなかった。

「全員撤収ーッ!」

 命綱を付けているといっても、限界であった。

 氷塊が大きくなったおかげで波に翻弄される度合いは下がってきたが、風も雨も荒れ狂う波の振幅も人知の及ばぬスケールに達しようとしていた。



「なんでこうなった?」

「船が巨大な穴に落ちたようだ」

 僕たちの船は現在、縦に長ーい花瓶の底にあった。

 外では嵐が吹き荒れ、海面も大騒ぎになっているであろうに、僕たちは静かだった。

「外が見えない」

「真っ暗ーッ」

「雨が入ってきてるよ。蓋しなくていいの?」

 魔石が使えるランタンに火が灯った。

 それとは別に僕も光魔法で光源を頭上に浮かべた。

 穴の内側に螺旋階段が築かれていた。

 壁を建設する際、子供たちが築いたものだ。

 ちらほら降ってくる雨粒が甲板を濡らして、あまりいい状況ではなかった。

「息ができなくなるから完全には蓋できないんだ」

 囲炉裏も燃焼は薪から携帯コンロに変えている。

「雨が入ってこないように細工すればいいんだよ」

「上は塞いで、横穴掘ろう、横穴」

 と言うわけで、決死隊が組まれた。

「一応、手摺りは付いてるけど、当てにしちゃ駄目だぞ。雨で脆くなってるかも知れないからな。当てにしていいのは壁側だけだ。前列が念のため補強しながら行くから、追い抜くんじゃないぞ」

 先頭を行くトーニオが言った。

 登頂を決めた子供たちは皆、壁側に沿って螺旋を登り始めた。

「濡れてるから気を付けてね」

 フィオリーナが珍しく同行した。

 夫人のおかげで居残り組の面倒を見ずに済んだからだろう。

 僕は万一に備えて、最後尾に付いた。

 階段はわずかに壁側に傾斜を設けてあって、恐怖心を取り払う一助になっていた。

 芸が細かいな。

 誰かに教わったのかな?

「この辺、穴開けちゃ駄目?」

「まだ駄目だよ」

「外が見たい」

「もうちょっとで上に着くから」

「なんでこんなに高くしたんだか……」

 風が吹き込んできて寒さを回避できなかった子供たちは、その気質故に、船の周囲の壁をどんどん高く積み上げていった。

 結果、気付いたときには塔と呼んだ方がいいような代物を造り上げていたのだった。

 開口部もどんどん細くなっていったので、まるで一輪挿しの花瓶のなかにいるようであった。

「なんか動いたッ!」

 頭上の丸い空に影が蠢いた!

「クラーケン!」

 こんな所で戦闘になったら、足場が大きく揺れただけで全員転落する!

 僕は全員を転移させる体勢を取った。取り敢えず甲板までだけど。

「ナナーナ!」

「『旋回竜』だから」

 前回参加したふたりが何食わぬ顔で指摘した。

「あ、そういえば、いたな」

『旋回竜』がちょうどいい宿り木ならぬ、氷の塔を見付けたらしい。

 そして今、ちょうど一飲みにできそうな手頃な餌と遭遇したところ……


 巨大な塊が落ちていった。

「鳥が落ちるよー。注意してーッ」

 子供たちが大声で甲板に残った者たちに注意を喚起した。

 が、物が壊れる音と共に悲鳴が上がった。

「大丈夫かー?」

「結界があるから大丈夫」

 声が返ってきた。

「今夜は鳥の丸焼きだね」

「食べ切れないね」

 子供たちの敵ではなかった。

「よかった……」

 フィオリーナも胸を撫で下ろす。

 自分が離れたせいで『旋回竜』に誰かが押し潰されたなんてことになったら一生の不覚。笑い話では済まない。

 引き返したい気持ちと、このまま上に上がりたい気持ちがせめぎ合ったが、微かに感じる風が僕たちを上へといざなった。

「風、弱くなってきた?」

「そもそもなんでこんな高い壁を造る!」

「だって、みんな嵐に遭ったことないんだもん!」

「砂嵐みたいなもんだって、自分で言ったじゃん!」

「あ……」

 例えた僕が悪かったようだ。

 砂嵐と嵐は別物だ。

 そう考えると、甲板に残してきた連中にも外の景色を一度拝ませてやるべきだったと、一瞬、後悔した。

「ああ、転移させればいいのか」

 穴の出口周りには既に頑丈な足場が築かれていた。

 子供たちは強風に飛ばされないように結界で周囲を覆うことを忘れなかった。というより、そうしなければ立っていられなかった。

 豪雨のなか、黒い空と海とが共に荒れ狂う姿を目の当たりにする。

 昼時ということもあって、まだ空には微かに明るさが残っていた。

「すげーな」

 子供たちは荒れ狂う大パノラマにしばし沈黙する。

 そして遠くの雷轟に我に返るのだった。

「みんなも呼んでこよう」

 そう言って、僕はゲートを開いた。

 ヘモジが飛び込んだ。

「その間に横穴を開けよう。下向きに傾斜を付けて。雨が入ってこないように。それから開口部を…… いや、同時にやってしまおうか」

 そして。

 嵐の海に遭遇するのはソルダーノさんたちも初めてだった。

 彼らは『浮遊魔法陣』で浮いていない船の怖さを目の当たりにするのだった。



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