中央砦防衛戦2
閃光が収まったとき、味方の船団はボロボロだった。
前列に並んだ比較的丈夫な船が岸に打ち上げられた魚のように後続船に乗り上げ、座礁していた。
が、それぞれの船の結界障壁はまだ仕事をしていた。
結界同士が重なり合っていたことが功を奏したようだった。
逆に薄かった場所は被害が出ていた。折れたマストが何本も砂漠の果てまで吹き飛ばされていた。
因みに箱船レベルの強度を持つ『ダイフク』の周囲はまったくと言っていいほど被害が出ていなかった。
直撃ルートにいなかったせいもあるけど。
助かったと安堵したそのとき、砂塵のなかに蠢く影が。
奴はまだ健在だった。
そして咆哮が空に轟く。
喉袋がはち切れんばかりに膨れ上がっている!
手遅れだ……
「ブレス来るぞ!」
今吐かれたら、結界の消えた船は助からない。
打ち上げられた船団は逃げることもかなわない。
その時だ。弾頭やらバリスタの矢が一斉に放たれたのは。
既に満身創痍になっていたアースドラゴンは船団の一斉攻撃に大きくのけぞり、ブレスを宙に撒き散らしながら地に沈んだ。
沈黙がその場を支配した
「敵ながらあっぱれ」
誰かが言った。
共にいたタロス兵も既にない。
立ち尽くす船乗りたち。
遠くの轟音がむなしく響く。
「前に出るぞ!」
後ろに控えていたが、ここは前に出るべき時だろう。
座礁した船団が立ち直るまで、前衛に立つ。
同じ思いの船が、次々座礁した一団の前に進み出る。
「怖じ気付いたか?」
「ビビっただけだから!」
ニコロが言った。
「ビビってねーし!」
ヴィートが言い返す。
「どっちだよ」
「僕はちょっとビビったかな」
ミケーレが頬を掻いた。
笑いが戻った。
「全員、照準器着用! 見えたら、容赦なく撃ってよし!」
「了解ッ!」
「障壁最大。ピンガー最大、打て!」
固唾を呑んで手の空いている者は投影装置の盤面を覗き込む。
両陣営のリアルな配置状況が見て取れた。
「挟撃はうまくいったようだが…… 敵の規模が想定していたより多いのか……」
昨夜、接触した敵は全体の半分でしかなかったようだ。
敵も然る者。
しかも大規模な遊撃部隊が姉さんたちの側面に回り込もうとしている。
姉さんたちの側面を襲うのが早いか、こちらが挟撃により正面戦力を駆逐するのが早いか、時間を競い合っていた。
「逃がした敵を見ている余裕はなかったか……」
前線を易々と突破されて、何をしているんだと思ったが、これでは致し方ない。
「でも、こちらに見付からないように距離を取っていたことが仇になってるわね」
ラーラが遊撃部隊を指して言った。
「回り込んでくる敵をさらに横から突くってのはありだと思うか?」
「船はここから離れられないわよ」
「ヘモジと行ってくる。足止めしてこよう」
オリエッタはラーラと共に投影装置の前に残る選択をした。
僕たちはそれぞれ『ホルン』と『ワルキューレ』に乗り込んだ。
「敵の内訳、わかるか?」
ヘモジを先に行かせた。
『船は確認できない…… ドラゴンタイプはいたとしても既に接触してるはずだから、集団のなかにはいないわね』
「了解。『ホルン』出すぞ!」
全速で飛んだ。
頭の中で投影装置と感覚による情報を摺り合わせて、接敵ポイントを予測する。
そしてヘモジの姿が見えたとき、こちらから狙える距離に敵集団を見付けた。
ロングレンジライフルを構える。
先頭を走る特別個体の足を止めよう。
頭を射貫いた。
整然と駆けていた一団が先頭から崩れ出した。
「よし! これでヘモジが取り付ける」
足並みが乱れた敵陣にヘモジが突撃した。
そしてまっすぐ駆け抜ける。
こっちもロングレンジから強そうな個体を選んで狙っていく。
敵は進むか、迎撃するか判断に迷っていた。
密集していた群れが紐の切れたネックレスのように拡散し始めた。
時々強そうな個体がヘモジに挑むが、悉く返り討ちにあって、今では攻守逆転、ヘモジが敵を追い掛け回している。
「こっちも参加するかな」
目的の足止めはなった。後は数を減らすのみ。
ブレードを抜き、盾を構えて突っ込んだ。
早速、斧が飛んできた。
盾で受ける前に回避する。
「盾は今日もピカピカのまま」
ヘモジを遠巻きにしていた敵が一斉にこちらに視線を向けた。
どうやらヘモジを相手にしなくていい理由を見付けたようだ。
もはや当初の目的も隊列を組んでいたことも忘れた様子だった。
大群が雪崩を打ってこちらに押し寄せてくる。
「ちょっと! ヘモジと対応が違い過ぎないか?」
渋滞を起こすほど密集してこちらに近付いてくる。
「特別、恨みを買うようなことをした覚えはないんだけど…… なッ!」
先頭の巨人の斧を弾き、隙ができたところを真っ二つに切り裂いた。
ヘモジが規格外だということはわかるが、それでも格下だと思われるのは面白くない。
「ああ、しまった!」
盾に傷が!
考えている余裕はない。
「もういいや」
盾とソードをぶん回しながら、敵を斬り刻んでいく。
精鋭発見!
盾でぶっ叩いて頭を揺らしたところで、そいつの陰に隠れている三体を葬る。
我に返ったはいいが、こちらを見失っている精鋭の首を後ろから刎ね、ほぼ同時に四体が大地に沈んだ。
軍勢がたじろいだ。こいつも白いあれレベルだと。
が、もはや引くことはまかり成らん。
ライフル弾の雨が敵陣に降り注いだ。
バタバタと倒れていく敵を見て、僕とヘモジは応援が来たことに気付いた。
集中していたせいで、時間が経っていたことに気付かなかった。
振り向けば累累たる屍の山。
「ヘモジ、やり過ぎたんじゃないか?」
「ナナナーナ!」
半分は僕のせいだって?
「魔石、残ってるか?」
「ナナーナ」
「じゃ、後は任せて帰るとするか」
その場を飛び立ち、自分たちの戦果を振り返る。
「あら?」
「ナーナ?」
倒したのは四分の一ぐらいだと思っていたのだが…… それもそうか。二人合わせりゃ半分だ。
「ナナーナ」
「見なかったことにしよう」
『ダイフク』に戻ったときには『銀団』の勝利は確定していた。
前線はそれなりの被害が出たようだが、兵站部隊はあれ以降さしたる被害はなかった。
『ダイフク』と数隻の戦える船が船団を離れて結構前に出ていたことを考えると、それなりのちょっかいはあったようだ。
「いやー。久しぶりに頑張った気がする」
「ナナーナ」
二機とも機体はボロボロになっていた。
『ホルン』なんてパーツの寄せ集めだから、駆動部の傷みが尋常ではない。
戦いのなかで磨かれていずれ無二の玉となるのだからカスタムは面白いとも言えるが。
「どうすりゃいいんだろうね」
飛行タイプの軽い機体では、やはり正面切っての肉弾戦は無理があった。
わかっていたことだが、盾役としてどっしりとは行かなかったのである。
元々魔法ありきの機体なので、純粋な物理戦闘を想定するのは無い物ねだりなのだが、このままではどっちつかずの欠陥機としか言いようがない。
タロスの斧を正面から受けて立つのは……
「もしかして重力魔法が使えるんじゃね?」
突然、ひらめいた!
突然ではないひらめきなどないわけだが、脳裏に突然浮かんだのだ。
身近に自重を増す方法があったのだ。
タロスとの重量差を補うぐらいならできそうであるが、問題は重力魔法の解析がまだ終っていないことだった。
帰ったら大伯母におねだりしないと。
「ああ、やっぱり壺を持ち帰りたかったな」
壺の技術とバーターなら快く応じて貰えたのに。
「『魔法の塔』に情報ないかな。誰を頼るか……」
「あ、ハイエルフがいた!」
慰問が先なので、身内は最後。姉さんがヘトヘトになってやってきたのは、同日の深夜。もうすぐ日が変わるところであった。
「食事は?」
「済ませたわ。お茶だけ貰える?」
「冷たい方がいい?」
「ええ」
「『万能薬』飲みます?」
ラーラが言った。
「相変わらず無駄遣いしてるのね」
ラーラは小瓶を黙って目の前に置いた。
姉さんはそれを冷えたアイランに数滴垂らす。
僕は付き添いの方々にも同じ物を振る舞った。
戦闘するより疲れていそうだったから。
「助かります」
僕は姉さんの正面に座った。
「それで今回の分け前だけど」
「重力魔法知らない? 自重を増すような魔法」
「何、欲しいの?」
「今ちょっとした矛盾を抱えてて」
「あれだけ戦えるのに、まだ何か欲しいわけ?」
ガーディアンのことだとすぐ気付かれた。
「飛ぶには軽い方がいいけど、盾を構えるとなるとね」
「それは盾で殴ることを想定してるからじゃないの? 防ぐだけなら『魔法の盾』で充分のはずでしょ?」
「あ」
「あんたはとことん攻撃型なのよ」
「どうしよう?」
「知らないわよ。レジーナに聞きなさいよ。それよりこっちの話。眠いんだから」
「なんでございましょうか?」
「明日一日掛けて戦果を見積もるつもりだけど、何か要求は?」
「特に何も」
「大量の死体の山については?」
「数えてなかったし、ポイントにしかならないからいらない。消費した魔石の代金と、機体の修理費だけでいいよ。船が倒した分は子供たちのスコアにしてやって欲しい。そっちもポイントはいらないから現金で」
「ラーラもそれでいい?」
「ええ。今回は建設作業員として雇われただけだし」
「言いにくいんだけど、子供たちが無駄に造った物件には報酬は払えないわよ」
「それは当人も望んでないさ。ただの遊びだし」
「さすが『穴熊の孫弟子』ね」
「その呼び名。もう浸透しちゃってるの?」
「あれだけやればね」
護衛の人もうんうんと頷いた。
「正確にはひ孫よね」
「二代目は『穴熊』じゃなかったからじゃない」
親父は内政に忙しくて『ゼンキチ道場』の師範代で満足しちゃったからな。
「じゃあ、タロスに関してはこちらが頂くわ。掛かった費用は後で領収書を回して頂戴」
「了解」
「あ、それと『完全回復薬』と『万能薬』を一瓶ずつ貰える?」
「今?」
「あんたたち帰っちゃうでしょう」
「持ってくる」
周囲を謀るため正規の材料を使っている体を成しているので、直売でほぼほぼ原価のみということになっているが、それでも超高価であることに変わりない。
今回の戦闘におけるポイントはそれだけ膨大なものになるということである。南部と違って、ほぼ独占状態なわけだし。
「おやすみなさい」
先日の夜と違って、気軽な挨拶となった。
僕たちは準備が整い次第、帰路に就く。




