中央砦防衛戦
翌日、子供たちは完全休養させた。
ここのところ、のんべんだらりとしていても、状況的には緊張状態が続いたからだ。
「一日遊び倒していいと言ったのに……」
やっていたことは昨日とさして変わらなかった。
「遊ばせておいた方がいい物ができそうね。仕事も無駄に早いし」
「何になりたいんだ、あいつらは……」
休日の成果――
地下宿泊施設たぶん百室ぐらいと、巨大温泉施設。誰が湯を張るんだというぐらい広い浴槽。むしろプールと呼んだ方がいい物件。と、その間を繋ぐ直通巨大滑り台。
やり過ぎたようで、敷地を追い出され、残りの時間を外周の擁壁工事に回される。
それから強度を試すために集団魔法を放り込むのはやめて下さいと苦情を受け、ラーラに叱られた。
「結局、疲れてるし……」
満足して絨毯の上で眠る子供たち。
その寝顔がいつになくゆるかったことに僕は心なしか安堵していた。
僕たちがほっこりしていたその頃、上層部の大人たちは緊張度合いを増していた。
北に留まっていた欺瞞集団が予測通り、西進し始めたからだ。
ドラゴンタイプ約二十体によって運ばれた先兵が陣地を形成。足並みを揃えるべく、後続の到着を待っていた。
歩兵と船の到着予想は早くても明日、夕刻。
ドラゴンタイプを有効に使う気なら襲撃は翌日の夜明け以降。
もう一日猶予はあるが、砦を守るための結界障壁の敷設は時間を要していた。
「船が三隻いるって」
ラーラが言った。
「犠牲が出そうだな」
「そうじゃなくて」
「ん?」
「依頼」
「依頼?」
「光弾の」
「まさか……」
「だから依頼してきたんでしょう?」
「なんで歪曲して依頼してくるかな」
「直接頼んだら、成功報酬が発生しちゃうからでしょう」
「光弾の砲台六門の方が安いと?」
「組織で動いている以上、それなりの差配が必要なんでしょう。弟にばかり手柄を取らせていたらへそを曲げる連中もいるんじゃない?」
「素材集めのためなら問題ないって?」
「船にいくつ砲台が積み込まれているかなんて、知ってる人間なんていないでしょう?」
「一隻にいくつ積んでるかな」
「六門以上はあるんでしょうね」
「……」
「リリアーナ姉さんが知らないはずないじゃないの」
「回収できる見込みがあって言ってたのか…… がめついにも程がある」
こっちだって一門しか持ってないというのに。
「どうやって仕留める?」
「自爆装置が付いてるようなもんだからな。魔力を充填される前に奪取する」
多分やれる。
「こっそり近付いて、物だけ頂いてくるとしよう」
ヘモジがいた。
足元にいつの間にか。
じっとこちらを見上げる。
「六つ、持ち出す間だけだぞ」
「ナナーナ!」
『ホルン』で敵陣まで飛んだ。
眼下にはドラゴンたちが群れを成して休んでいた。
察知されないように距離を取りながら通り過ぎる。
そして小一時間行った所に行軍体勢そのままに休んでいる一団が見えた。
「おっと」
船を見付けたが、同時に船を引いているアースドラゴンモドキも発見した。
「あれだけには気付かれるかもな」
アールヴヘイムのアースドラゴンであれば見逃してはくれないだろうが。
気付かれたら、永遠に眠って貰おう。
重い荷物を引かされ、長旅の疲れが出たということにしておいてやる。
「じゃあ、行こうか」
機体を置いて、ヘモジと一緒にゲートに飛び込んだ。
そして出口の先を見定める。
転送させる砲台はあれと、あれ。
三つ目を取りに行けば、気付かれるか?
「ナナーナ」
そのときは任せよう。
出現と同時に砲台に手を当てる。そして転送した。
そして潜んだまま二つ目に。それも転送。
そして船の反対側の船舷に移動して……
アースドラゴンモドキが首をもたげた。
ヘモジと僕は足を止めた。
アースドラゴンモドキは冗談抜きで疲れていたらしく、もたげた首を脇に納めて再び眠りに就いた。
ヘモジがつまらなそうに蹴飛ばす仕草をする。
僕は転移して三つ目を転送。
さすがに気付かれた!
が、ヘモジが蹴り飛ばした。
「ナナーナ」
そのまま僕たちはその場を後にして、二隻目に飛んだ。
騒ぎになる前に残りもさっさと奪っていこう。
無理せず、二つの砲台を転送させて、次の船へ。
三つ目の船まで来ると、一隻ぐらいいいかなと、少し箍が外れる。
折角ここまで来たのだ。
それにこのまま敵に安眠を与えるのも酌だった。こっちは徹夜してるんだから。
でもその前にノルマ達成。
そして自分たち用に二機ほど余分も頂戴する。
既にヘモジが戦いを開始していた。
最初の相手はやはりアースドラゴンモドキだ。
ヘモジもブレスを使えるのか見ておきたかったようだ。
手加減しながらヘモジは飛び回る。が、時たま動きを止めて隙を作る。
「誘ってるな」
「さてと、敵の目がヘモジに向いている間に」
今回は転移魔法によって回路を強引にぶった切ったので壺はまだ無事であった。
これも頂いていこう。逆流を止めることができれば、それはそれで使えると思ったからだ。
光弾を使うには大量の魔石が必要になる。
もしこの壺の魔力を溜める仕組みが解明できれば、それはこちらにとって何より有益な情報となる。
だが、それは転送ゲートに放り込んだ瞬間、抗われたのであった。
不安定だからではない。
次元移動に対して、何か拒絶するシステムが働いたからだ。
「やばい、やばい」
「ヘモジ、帰るぞ!」
ヘモジの元に転移する。
そしてヘモジがきょとんとしている間にアースドラゴンのブレスが!
僕はヘモジの手を取り、転移空間に引き込んだ。
「ナナナ?」
「しくじった」
振り返ると、巨大な火炎がキャンプのあった場所で燃え盛っていた。
「さすがに味方の陣営には見えてないよな」
味方の陣営まで起こしてしまってはよろしくない。
だが、いくつかのコロニーに分れて休んでいた敵陣はざわめき始めた。
急襲されたと思ったタロス兵が起き出したようだ。
「戻ろうかね」
適当な言い訳を考えなきゃ。
転送ポイントに、ちょうど『ダイフク』が到着した。
「師匠! 何かやったの?」
子供たちが甲板からこちらを見下ろした。
喉が詰まった。
「気付かれた。アースドラゴンモドキのブレス攻撃で壺が誘爆したんだ。急いで回収してくれ」
咄嗟に嘘を付いて、甲板に固定する準備をさせた。
僕は砂の上に転がっている砲台を船の甲板に転送していった。
「ブレス吐いたな」
「ナーナ」
僕たちは頷き、アースドラゴンモドキの警戒度を上げることにした。
「使えるかどうか知らないけど」
翌朝、僕たちは奪った砲台をほぼそのままの形で姉さんに渡した。
仕組みがまだ解明できていない以上、そうするのが妥当だと思ったからだ。
鹵獲した敵の武器に関して威力がどうのと、一々法に照らし合わせてああだこうだと言われるのを避ける意味合いもあった。
使うのはそっちなのだから、そっちで判断してくれということである。
余分な砲台に関してはばらしてみる気でいるけれど、紋章術の大家でもある大伯母を交えて行ないたいところである。
一応、小声で壺が転送できなかったことと、運搬用のドラゴンタイプがブレスを吐くことも伝えておいた。
「敵の侵攻が遅くなったのはそのせいかしら?」
「不可抗力だから」
「そうね。皆殺しにしてから回収する手もあったものね?」
「それはとんだ買いかぶり」
「もっとスマートにやれたでしょって、言ってるの」
「いやー、気持ちよさそうに寝てたもんで、つい」
「…… まあいいわ。ルチッラから連絡があった。あんたのおかげで挟撃できそうよ」
どうやら狙っていた思惑以上のことを僕はしたようだった。
「六門はいらなかったか……」
後に箱船『スパーダ・ディ・アンジェレ』と『スパーダ・ルンガロッサ』に一門ずつ配備されることになるのだが、このとき鹵獲した物であることは言うまでもない。
予定より一日遅れで両軍は対峙することになった。
時間に余裕ができたおかげで防御は万全。負ける要素などどこにもなかった。
「タロスの船が二隻だけになったな」
よく見ると砲台の位置が変わっている。余り物をバランスよく配置しなおしたのだ。
「全部奪わなくて正解だったな」
「ナーナ?」
「全部奪っていたら、あいつら船を捨てていただろう? そうなっていたらあのアースドラゴンモドキは背負う物がなくなって、やりたい放題だったはずだ。文字通りお荷物がなくなったら進軍も早まっていたことだろう」
「ドラゴンタイプ接近!」
空を飛ぶ方のドラゴンタイプがこちらの迎撃を掻い潜り、接近してきた。
湧き上がる歓声。
大金を稼ぐチャンスが回ってきたと、歓喜する。
が、いきなりのブレス攻撃!
たじろぐ船員たち。
「結界障壁も完璧に機能してるな。感心感心」
「師匠、僕たちは参戦しないの?」
「今回は土木作業員だからな」
「別に撃ってもいいんでしょう?」
「ドラゴンは譲ってやれ」
「ドラゴンしかいないじゃん」
「じゃあ、そういうことで」
「むう……」
ほっぺたを膨らませる子供たち。
「警戒するなとは言ってないぞ」
「は、はい!」
散らばる子供たち。
「充分稼いだだろう?」
「お金の問題じゃないです!」
「師匠、みんな苦戦してるみたいだよ」
「多重結界はそう簡単には抜けないさ。特殊弾頭もただじゃないから、使い所を考えないと」
「砦の障壁に取り付いたよ!」
「大丈夫」
ラーラが言った。
それは一瞬の出来事。
ドラゴンタイプが障壁を破ろうと取り付いた瞬間、特殊砲弾が数発叩き込まれたのだった。
子供たちが眉を潜める。
「やり過ぎだよ」
我先にと特殊弾頭を撃ち込んだ結果、敵はミンチになってしまったのであった。
殲滅ポイントは入るだろうが、素材回収は無理そうであった。
「光弾!」
上空にぼーっと浮いていたガーディアンが落とされた。
というより前方の戦闘船の結界に弾かれた光の束の一つが当たった感じだった。
「なんでここまで迫られてるんだ?」
地上を這うブレス攻撃と光弾の連続攻撃を止められずに来てしまったらしい。
「ああ」
忘れていた。僕たちにはドラゴンスレイヤーの称号があったんだった。故にドラゴンを容易く葬ってきたが、ドラゴンの多重結界は地を這うあいつにも適用されていたのであった。
「光弾との合わせ技は怖いね」
ただし、追従してくる味方はいない。これ以上の被害はない。と考えたのは浅はかだった。
「切り離したッ!」
なんと船の上にかじりついていた敵兵が、ドラゴンが引いていた胴引を切り離したのだった。
切り離された船は勢いそのままに船列に突っ込んでくる。
「誘爆する!」
壺が暴発するタイミングを見越して、ぶつけてくるとは。
目の前に閃光が放たれ、衝撃と爆風が船団を襲った。




