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リオネッロ手術する

『万能薬』を飲ませようとしたら喉が受け付けずに咳き込んだ。

 が、一瞬口を潤した分だけでも効果は見られた。

 二度目は咳き込むことなく口に含むことができた。

 見る見る生気が戻ってくる。

 ゼーゼーと枯れた声も出なくなった。

 少女は自分の身に起きている急激な変化に戸惑っているように見えた。

『魔力探知』で確認する限り、二つの肺に生気の乱れはもうない。

 医者の見立ては正しかったようだ。

 次は火傷の治療だ。

『万能薬』のせいで症状の悪化は止まったが、痛みや痒さは却って酷くなった。

 順序が逆だった。痛みが戻る前に包帯を剥がしておくべきだったと後悔する。

 時間を置いてしまっては『完全回復薬』で治せるものも治せなくなってしまう。

 今となっては包帯を剥ぐにも苦痛を伴う。

 神経を少し麻痺してやらないと。

 だが問題が……

『麻酔薬』をここで使っても『万能薬』と『完全回復薬』が効果を打ち消してしまうことである。

 だからここは魔法による継続的なアプローチが必要になってくる。

 爺ちゃんの所の妖怪婆の一人、教会の聖女ロザリア様直伝の回復術を披露するしかあるまい。

 薬一発で完治してしまうから普段使うことはないのだが。覚えておくものである。

 光魔法は教会帰属の魔法だから人前であまり使いたくはないのだけれど。


 光魔法の『癒やし』を使って痛みを取りつつ慎重に包帯を剥がしていく。僕も少女も気を使う行程だ。

 ヘモジが『完全回復薬』を綿に浸しながら、火ぶくれを潰した土色の頬の傷跡に当てた。

 すぐ薄くなった。濃さはよさそうだ。

 ヘモジは包帯を剥がした部分にそっと当てていく。

 

 赤くただれた傷跡が泡を立てながらかさぶたに変っていく。

 上皮ができてくればもう安心だ。

 かさぶたも見る見る剥がれていく。

「ナーナ」

 再生しない部分をヘモジが指差す。

 壊死した部分は削りながら、再度『完全回復薬』を投与していく。こっちも魔力が枯渇してきたので小瓶を一飲みする。



 幼い子の再生能力の高さが功を奏したのか、手当に取り掛かってから三十分程で火傷の痕はほぼほぼ消えた。

 子供たちも職員たちも奇跡のような出来事を反芻するのに夢中で無口だった。

 残るは、濁ってしまった瞳だが……

 こんなことならロザリア様の個人授業をもっと真剣に受けておけばよかった。一度同じ症状の老人の目を治しているのを実地で見たことがある。

 濁った水晶体という奴を再生させてやればいいはずだが……

「ちょっと目を見せて」

 僕は光の魔石を目に近付けた。瞳孔は狭まり、彼女はまぶたを閉じた。光に反応している!

 見る力は残っているようだ。これなら。

「ヘモジ、僕の荷物ケースのなかから秘密の――」

 記録ノートを取ってくるように言おうとしたら、途中で消えた。

 フィオリーナ以外、皆、目を丸くした。

「ナーナナーッ!」

 ポージングを決めてすぐさま帰ってきた。

 手には鍵の付いた分厚い革表紙のノートが。

 僕はノートをめくった。当時の実習記録が残っているはずだ。


『焼けた瞳の再生に関する治療法。実地と検証』


 これだ!

 ドラゴンなど火炎系を操る魔物の攻撃で直撃を避けても失明する冒険者が多いという事実から、手当の仕方を教会の聖騎士団のプロと一緒に学ばされたのだった。

 薬と光魔法を併用した治療方法は爺ちゃんたちがタブーを破って最初に始めたことで、まだ歴史が浅い技術だったが、それはときにこれまで『完全回復薬』や『万能薬』でも治せなかった先天異常などの病をも完治させることがあった。

 生まれつきや長い年月を掛けて定着してしまった症状のなかには、当人の構成要素の一部と見做され、薬や魔法が効果を発揮しないケースが多々あった。

 例えるなら元々片腕の人物が『完全回復薬』を使ったからといって片腕が生えてくることはないのである。


 行なわれた授業は再生能力がある水晶体の表面の上皮細胞を残しつつ、濁った部分を排除しながら随時『完全回復薬』で再生していくという施策だった。

 僕のスキルなら道具を使わずとも処置が可能だが、その場合、魔力を盛大に使うことになる。

 砕いた水晶体を取り出すために『転移』スキルを使用するからだ。僕には残念ながらメスで人の目を傷付ける勇気はない。水流系の魔法でわずかに開けた穴から粉砕した屑を取り出すなんて芸当はできないのだ。

 再生に合せて、砕き、除去していく。

「続きを始める前に少し休もうか?」

 取り敢えず緊急性は去った。

 遠巻きに見ていた友人たちが駆け寄り、少女を取り囲んだ。彼らにとってフィオリーナは実の姉のような存在らしかった。


 一番緊張しているのは僕だった。悟られるわけにはいかない。

 ヘモジが『万能薬』を差し出した。

「ありがとう。ヘモジは平気か?」

「ナーナ」

 腕を曲げて、ない力こぶを作る。

 集中、集中……

『鉱石精製』で宝石を再構成するのとやることは変らない。白濁した部分を残さないように慎重にやるだけだ。

「よし」

 僕が気合いを入れたら、全員が気合いを入れた。

 フィオリーナが笑った。

 リラックスできたところで再開だ。

 大袈裟に『癒やし』の魔法を展開する。不安を消し去るにはときに茶番も必要だ。

 目だけで見ず、六感まで働かして探知スキルを全開にする。隠れているプロの隠者も見つけ出す程に。

 周囲の心臓の鼓動すら邪魔だった。僕は結界を張り音を遮断した。

『完全回復薬』を薄めて点眼しながら、組織が再生するタイミングを調節する。

 白濁した瞳の一部に光が差し込んだ。

「頭を動かさないで。我慢して光を見ててね」



「疲れた……」

 両目の治療に掛かった時間はわずか数分だったらしい。無茶苦茶長く感じたが、過ぎた時間は水晶体が再生に要した時間に過ぎなかった。

「さすが『完全回復薬』」

 点眼だけでも濁りは大分薄くなっていたが、そのせいで却って残った部分が見付けづらくなってしまった。

『転移』も極小質量をヘモジの持つすぐ側の皿に移すだけの作業だったので思いの外魔力消費は少なくて済んだ。が、集中することに変わりはなく、過度な緊張で終わってから鼻血が出た。

「見える! 信じられない! みんな見えるよ!」

 フィオリーナが感極まって女友達に抱き付いた。

「一応感染症予防のために全部飲んでおいて」

 小瓶に残った『万能薬』を残らず飲ませた。

 僕は椅子に身を投げた。

 大きく息を吐く。

 なんでこんなことになったんだっけ……

「ナーナ」

「あ」

 そうだった。かき氷だ。みんなが待ってる!



 職員を同伴させながらみんなで船に戻ることにした。勿論、心身元気になったフィオリーナも一緒だ。

「まるで、何もなかったかのようです」と凱旋ムードの子供たちを見て職員が涙ぐむ。

「なんとお礼を言ってよいか」

 子供たちの優しさが招いた結果だと、在り来たりな言葉を返した。むしろこれから起こるスペシャルなできごとに感動して貰いたいものである。


 うちのクルーが見守るなか、桟橋に掛かったタラップを慎重に上がらせる。

「待ちかねたぞ」

「え?」

「ナ?」

「あ、忘れてた」

「ナーナ……」

 子供たちを迎える準備が整っているラウンジの上、展望ラウンジの手摺りに肘を掛けてリリアーナがこちらを見下ろしていた。

 突然のギルドマスターの登場に子供たちは歓声を上げ、僕は悲鳴を上げた。

 ばれた、もうばれた?

 僕はラーラを見た。

 ラーラは問題なしと親指を立てた。



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