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お客様はトラブルです

「熊が出たーッ」

 翌朝、子供たちに起こされた。

「熊?」

 穴熊か? 副団長か?

 扉から外を覗くと、ギルドランキング三位の『デゼルト・アッレアンツァ』のギルマスにして、南部の統括責任者であるパオロ・ポルポラ氏が投影装置のプラットホームに立っていた。

 髭親父か。

 隣にはオリヴィアが。入れたのはあいつか。

「ショールーム代わりにしやがって」

「朝食、食べたのか?」

 子供たちに尋ねた。

「まだ」

「そんな時間じゃないよ」

「まだ寝てる時間だよ」

 窓から外を見る。空はまだ紫色。

「ナーナ?」

 ヘモジも起きてきた。

 連絡要員として昨日一日船に張り付かせていたから、若干甘えん坊モードが発動している。

 オリエッタは快適な船内の方がいいらしいが。

「忙しいのはわかるけどさ」

 僕は子供たちを部屋から追い出し、着替えて出て行った。

「おはよう。パオロさん」

「おー、久しぶりだな、マイスター。起こして済まんな」

 声がでかい。寝覚めの頭に響く。

「すぐ前線に戻らなければならないのでな。オリヴィア殿に無理を言った」

「壁役、ご苦労様です」

「お前たちのおかげで早く解放されそうだがな。がははっ」

 僕はオリヴィアを睨み付けた。

「南部の司令船にも一つあると便利だろうと思って、お声を掛けたのよ。今買う買わないは別にして」

 オリヴィアは悪びれることなく言い訳する。

「リリアーナの船にはもう積んだのか?」

「いいえ。まだ様子見って感じですかね。興味は持ってたみたいですけど」

「魔力消費がでかいのか?」

「それはなんとも。頻繁に使わなければ中サイズの魔石で十時間程度は持ちますよ」

「ここまで来るのに何回取り替えた?」

「闇の魔石を使ってたんで正確には言えませんが、三回ぐらいですかね」

「悪くない」

 お、買う気になったかな?

「索敵範囲を広げ過ぎなければ、問題ないレベルだと思いますよ」

「使ってみてくれんか?」

 僕は操縦席に座り、索敵範囲を標準にしてピンガーを打った。

「標準投影です」

 投影装置の映像が一新された。

 本船を取り囲むように工作船が居並び、その遙か後方にドック船。目の前の渓谷もくっきり映し出されていた。

 髭親父は固唾を飲んで盤面に見入った。

「こいつはすげーな」

 渓谷の先には防波堤となる船団が並んでいる。その中にはおっさんの『箱船』も。

 細かい兵装まではわからないが、それでも整然と並んだ列のわずかな歪みも逃さなかった。

 パオロは後ろに控えていた部下に囁く。

 船団の右を指さし、盾になる大型船が一隻前に出過ぎているせいで、中小型船が戦列を組めずに渋滞を起こしていると伝えた。本来、大型船の強力な結界内に配置しなければいけないのだが、隣の戦列に合わせようとするから、入り込める余地がなくなっているのだ。

 大型船あるあるだ。

 大型船も形は様々。大型船同士が隊列を揃えようと思ってしまうと、足元がおざなりになるというやつだ。

 パオロは前線を少し前に出すか、大型船を下げるように指示した。

「通信器はそちらです」

 勝手知りたる他人の船。オリヴィアは通信機の場所をパオロの部下に知らせた。

「では最大投影いきます」

 索敵範囲を最大にしてピンガーを打った。

 すると映像は一転。だだっ広い荒野が映し出された。

 地形の凹凸以外何もないのっぺりした盤面に、砂粒ほどの敵の影が点在していた。

「これは……」

 敵が諦めていないことが見て取れた。

 広範囲に散らばってはいるが、夜の内に包囲網が形成されつつあった。

 だが、その一角が既に瓦解している。

「湧きポイントを潰しに向かった『銀団』の爪痕ですね」

「相変わらず仕事がはえーな。だが、このままだと孤立するんじゃねーか」

「副団長に知らせます」

 僕はその場をオリヴィアの部下に任せ、通信器の元へ。

「買いだッ!」

 頭上でパオロが叫んだ。

「俺の船と『アレンツァ』にも付けるように言ってくれ。できるだけ早くだ」

「毎度ありがとうございます」

 オリヴィアの顔は見えなかったが、想像はできた。

 早起きした甲斐があったってもんだな。

 僕は通信を終えた部下の人と場所を変わって貰って『スパーダ・ルンガロッサ』に通信を送った。

「坊主。リリアーナにも付けさせろ。観測員の言葉以上のものが読み取れるこいつは『箱船』に絶対必要だ!」

 相変わらず熱いおっさんだな。

「伝えておきます」

 買うと決めたからにはさらに突っ込んだ説明が必要と、時間延長。でかい声がさらにでかくなった。

 が、現物はここにしかない。出て行ってくれとは言えなかった。

 とはいえ、付き合うのも馬鹿馬鹿しいので僕は階下に下り、朝食の準備を始めた子供たちと合流することにした。

「茶ぐらい入れてやるか」



「なんだ? ヘモジを唐揚げにするのか?」

 小麦粉まみれのヘモジが出迎えた。

「ちょっとヘモジ!」

 ニコレッタが白ヘモジの首根っこを押さえた。

 僕は浄化魔法で小麦粉を払い、風魔法で散らばった小麦粉をまとめてゴミ箱に廃棄した。

「パンを焼こうと思って生地捏ねてたら、ヘモジがボール転がしちゃって」

 マリーが苦笑い。

 マリーも半分白かった。

 僕はマリーの頭を撫でながら、浄化を施した。

「新しく焼かなくてもよかったんじゃないか?」

「焼きたて食べたくない?」

「そりゃ…… 焼きたての方が、な」

「折角、早起きしたんだもん」

 カテリーナがバターたっぷりのロールパンの生地の背に卵黄を塗る。

「手伝えることは?」

「ミケーレ起こしてきて。当番なのにまだ寝てるの」

「まだ時間じゃないだろう?」

「じゃあ、オーブンに火を入れて」

「窓開けるぞ。オーブン熱くなるから気を付けろよ」

「はーい」



 朝食は紅茶またはウーバジュースとパンとベーコンエッグ。ベーコンはステーキ並みに大きいのが一人二枚ずつ。それとバターたっぷりのパタータとサラダとポタージュ。

 ミケーレが起きてきたときには配膳も終って、食べるばかりになっていた。

「なんで?」

「お客さんが来て、みんな早起きしちゃったんだよ」

「後片付け頑張ればいいよ」

 マリーとカテリーナに慰められるミケーレ。

「起こしてくれればいいのに」

 口を尖らせた。

「で、お客さんって」

 全員の視線が当たり前のように座っている髭もじゃらの大男に集まった。

「お前ら、いいもん食ってんなぁ。バスケット取ってくれ」

「お代わりはそっち! 焼きたては人数分しかないんですからね!」

 動じないマリーとカテリーナ。

「そ、そうか。それはすまん」

 パオロがタジタジだ。

 部下の人も思わず噴き出した。

「忙しいんじゃなかったのか?」

 これも営業の内なのか?

 さすがのオリヴィアもすまないと手を合わせた。

 しばし、導入された『ワルキューレ』がカー・ニェッキ氏の所でも好評を博しているという話がなされ、そして子供たちが全員集まったところで、子供たちの昨日の働きに言及があった。

「どうやったらあんなマネができるんだ?」

「なんかした?」

「?」

「……」

「うーん」

「??」

 子供たちは首を捻った。身体を半分によじっても答えは出てこなかった。

「特に何も」

 全員、考えるのをやめた。

「うちには『穴熊』もその弟子もいますから、常識がずれるのはしょうがないですよ」とは、ラーラの弁。

「ああ、あれだろう? 冒険者時代、野宿のためだけに地下に大宮殿を造ったっていう」

「こっちでも似たようなことしてますよ」

「門前の小僧というわけか。がはははっ。納得だ」

「まあ、そんな感じですかね」

 返す言葉がない。

「それにしても、うまいな」

 大男は子供たちが不安になるほど大量に食らって出ていった。


「行ったか?」

「うん。もう行った」

「よし、出すぞ」

 ささやかな抵抗として、我らはデザートをひた隠しにしていた。

 大男が船を降りたのを見計らい保存箱に飛び付いた。

 本日は蜂蜜ケーキのメドヴニーク。生地とクリームを何層にも重ねて、周囲に砕いた胡桃(ノーチェ)をまぶしたケーキだ。ミズガルズの郷土料理で夫人に教えて貰った一品だ。

「おいしい!」

 待たされた分だけ、おいしさが増したようだ。

 程よい甘さがお茶に合う。


「あ、魔石が空っぽだ」

 朝一番、周囲の状況を確認しようとピンガーを打とうとしたら、反応がなかった。

 投影機用の魔石を交換するのが、本日最初の仕事となった。



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