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「装備チェックしたか」
「うん」
「水筒も持った」
『万能薬』の瓶からがぶ飲みでは周りの目があるので、本日はアイランに『万能薬』を混ぜてある。回復は遅くなるが、超人扱いされるよりは可愛げがあっていいだろうというラーラの判断によるものだ。
「完璧」
「ご飯もお腹いっぱい食べたしね」
船を空にはできないので子供たちの半分は居残りである。午前の中休みで交代する予定だ。
僕とラーラ、ジョバンニ、マリー、カテリーナ、ニコロ、ミケーレが第一陣だ。
「いろんな船がいっぱいだ」
ミケーレは周囲の船に吸い寄せられるようにあっちにフラフラ、こっちにフラフラ。
「ミケーレ、置いてくぞ! 見るのは後でいいだろう」
ニコロがミケーレの手綱を握る。
屈強な冒険者たちが船の隙間にできた集合場所に屯していた。
普段と様子が違うのは、その大半が魔法使いだということだった。残りは図面が読める連中か力自慢の連中だ。
「あの…… 『銀団』からは君たちだけなのでしょうか?」
弱々そうなまとめ役が言った。
男臭い『デゼルト・アッレアンツァ』の冒険者にしては、珍しいタイプだった。
「後でお姉ちゃんたちと交代するよ」
「副団長も来ると言っていたけど、まだみたいね」
ラーラが居直った。
そもそも前線基地建設は南部主導の作戦だ。僕たちが出しゃばるのはあまりよろしくないはず。熟した実だけを欲しがるならお門違いというものだ。
「いえ、要塞建設の実績があるギルドには積極的に参加して頂きたかったので」
「まあ、見てなさい。必要充分だということをすぐ証明してあげるわ」
「ガキばっかりじゃねーか!」
事情を露とも知らない荒くれ共が口を挟んできた。
「たった六人なんてありえねーだろうが!」
臨時雇いのようだ。
「大体こんなチビ共を戦場に連れてきてんじぇねーよ」
見てくれほど悪い人物ではなさそうだが。
知らないというのは怖い。
目の前にいるのが王女と『ヴァンデルフの魔女』の孫弟子だということを知ったら。
「今は大勢いても邪魔なだけよ。人柱になりたいなら別だけど」
ラーラは負けていなかった。
「なんだと、このア」
突風で砂埃が舞い上がったおかげで、男は口を塞がずにはいられなかった。
「ありがとう。ミケーレ」
「何しやがる!」
「礼を言っておけ。不敬罪で首を刎ねられずに済んだんだからな」
我らが副団長様がガーディアンの手のひらに乗ってやっと現れた。
「今度はデカ女かよ」
「馬鹿野郎! あれは『銀団』の副団長だ!」
馬鹿男は仲間に首根っこを押さえられ、群衆の外に追いやられた。
しっかりレクチャー受けて頂戴ね。
「弱い犬ほどよく吠える。どこの部隊だい? 躾がなってないね」
「そりゃ、こっちの台詞だろ、姉さん。なんだ、そのガキ共は! いつから『銀団』は保育所をやるようになったんだ?」
「お前たちの依頼通り連れてきてやったんだろうが。要塞建築の凄腕を」
「……」
言葉を素直に受け取れない冒険者たちは唸った。
「こいつらは『クーストゥス・ラクーサ・アスファラ』をドラゴンの猛威のなか、数日で築いた伝説の魔法使いたちだ。こう見えて全員ドラゴンスレイヤーだぞ」
「嘘だ!」
「ありえねぇ」
「全員、あの『ヴァンデルフの魔女』の孫弟子だと言っても納得しないか?」
若い冒険者には「誰それ」であるが、一定年齢以上の冒険者には自然災害の到来と同義だった。
それが今、五つに分裂して目の前に存在しているようなものだった。皆、喉を唸らせた。
「あの魔女、こっちに来てるって噂は本当だったのか」
「まさか、同行してきてるんじゃねーだろうな」
「やべーぜ」
「どの船だ? あの船か?」
ビビり過ぎだろう。
「言いたいことは分かるわ。でもこの子たちは『クーの迷宮』でイフリートを倒した歴とした冒険者よ。信じて貰えないかしら?」
ラーラが言った。
「どうせ大人と一緒だったんだろう」
「付き添いは僕だけだった」
僕も一言。援護射撃。
ヘモジがランタンを設置する手伝いをしたが、それは勘定に入れなくていいだろう。
「一人……」
「小僧っ子一人?」
「正気の沙汰じゃねぇ」
「いかれてるぜ」
疑念がさらに深まってしまった。
「さあ、み、皆さん。ほ、本題の話をしましょう」
まとめ役が話を本筋に戻した。
「仕事ぶりを見て貰うしかないわね」
ラーラが言った。
「しょうがないよ」
「うんうん」
子供たちの方がよっぽど大人だった。
「落ちたら死ねるかも」
「かもじゃないわよ」
谷底に落ちていく急斜面。その先にはかつて大河が流れていただろう蛇行した地形に、風化した断崖の塔がそこかしこに点在していた。そして落とされた橋の残骸。
「あいつらの建築技術ってのはどうなってるんだろうな」
塔にも使われている例の白くて軽くて頑丈な素材でできた橋だった。あんなに大きな橋がなぜ自壊しないのか、不思議でならない。今は自らの手で破壊され、残骸が谷底に転がっていた。
あの素材と光弾だけは今の奴らの文明レベルを逸脱している気がする。
「縁に近付いちゃ駄目よ、危ないから」
「はーい」
僕たちは大地の割れ目の手前の拓けた高台にいた。
大船団は谷を飛び越え、あるいは迂回しながらなだらかな地形を探し、対岸に布陣を敷き始めていた。こちらの壁の建設が終るまでの間、防波堤となるために。
「さて、こっちも仕事を始めるか」
敵は渓谷を越えたところで散発的な抵抗をしているようだった。
「タロスなら登ってこられなくもないな」
「落ちても助かりそう……」
「いや、死ぬでしょう」
「そうかな……」
微妙なところではある。せめて斜面が垂直だったら、可能性は大きいだろうが。
「ちゃんと人払い、できてるみたいね」
「あれは?」
「野次馬よ」
「なんだ馬か」
大勢のギャラリーが後方の工作船の甲板の上から見下ろしていた。
「えーと。こっちの分担は」
図面の写しを見る。
「取り敢えず、あの旗の所までね」
疑念を持たれた僕たちは正面の担当から外され、側面の一番奥から中央に向かって作業を進めることになった。
「まず素材が欲しいから、盛り上がった土を削るところから始めようか」
僕は図面を見て壁の構造を頭に叩き込む。
「取り敢えず目安を建てておこう。イメージは大事だからな」
城壁の基点になる場所に僕は目安になる壁を拵えた。
「おー」
子供たちが感嘆の声を上げる。
何もない所にあっという間に薄くスライスされた壁ができ上がった。
「思ったより低いね」
「あれじゃ、乗り越えられちゃうよ」
「侵入を防ぐというより、遠距離からの攻撃でこちらの装備が傷付かないようにするための物だからな」
クーの砦の外壁の高さに比べたら半分もない。が、進入防止の役割は足元の斜面が補ってくれるのでこれで充分なのだ。
「今は時間との勝負だから、贅沢は言えんだろう」
「じゃあ、壁の傾きに斜面の傾きも揃える?」
「それは時間が余ったらな。取り敢えず今は上物だ」
僕は測量に向かった。
正面の壁の中央と、南北のそれぞれの角に工兵によって基準点が設けられた。
僕は正面北端の基準点から後方に向かって地ならしのついでに、印を入れていった。
子供たちは印を入れた場所に杭を打ち込み、と言うより、杭を生やして水を張った桶と桶に付いた管を取り回しながら、杭に水平を取るための印を入れていった。
そして印同士を繋ぐように糸を張る。
「だいぶ傾斜が付いているな」
見た目以上に地形が水平でないことがわかった。
南の角が一番低く、北側が高かった。他の担当との帳尻合わせがあるので、勝手はできない。合流ポイントに近い北側を基準にするため、南側を一メルテほど盛り土することにした。
僕たちは水平に張った糸に沿って、壁が立つ範囲をどんどん平らに均していった。
正面から後方に、後方から正面に向かって整地されたエリアが見る見る広がっていく。
敷地面積の整地を終えると、子供たちはさらに内側を整地していった。
そして北側正面の角から奥までの広い範囲を平らにしたところで、第一陣の仕事は終った。
「つまんなーい」
「もうちょっとやりたい!」
「壁造りたーい」
「だーめ。トーニオたちと交代よ」
「甲板まで転送してやるから」
「わたしたちが戻ってくるまで、完成させちゃ駄目だからね!」
「完成しないって」
「絶対だからね」
「わかった。絶対だ」
第二陣がやってきた。ラーラの代わりはイザベルである。
まずはミーティング。進捗状況とこれからの話を少し。
外周の基礎を整地する作業は既に終った。ただ、外壁用の素材が盛り土をしたせいで、足りなくなってしまった。
ゼロからの創造では効率が悪過ぎる。
そこで元々予定されていた岩の切り出しを僕たちも行なうことにした。
裁量がこちらにあれば、近場に地下倉庫でも造りながら、出た残土で壁を拵えるのだが。
僕は石切場に案内された。
他の班の作業員たちでごった返していた。
「距離はあるけど…… 視線は通るな」
ここからなら転送は可能である。
岩盤をくり抜く許可はすぐに下りた。
「じゃあまとめて持っていくか」
僕は必要な範囲を設定して、そのまま転送した。
空間ごと切り裂かれたそれは子供たちのいる建設現場に突如、姿を現した。
どよめきが起こった。
それは工作船のマストより背が高い巨大な立方体だった。
退避した子供たちが戻ってきた。
「足りそうか?」
「多分」
「じゃあ、置いていくから壁を造っていってくれ。細かいところは後で調整するから」
「了解」
「中の空洞はどうしますか?」
「そうだな。強化圧縮した残りは廃棄しちゃっていいかな」
「わかりました」
「じゃあ、焦らずゆっくりな」
「了解」
僕は素材を切り分け、大まかな形を整えつつ、側壁の西側から前方に向かって塊を並べていった。
子供たちは無駄にした時間を取り返すかのように、イザベル監視の下、上下四段に分れて、流れ作業に勤しんだ。
「材料足りない」
「持ってけドロボー」
「誰が泥棒よ」
「泥棒のお姉様」
「トーニオ!」
「兄ちゃん、笑わせないでよ」
「あんたは手を動かす!」
「もう! 下の方が大きいんだから、さっさと余った材料、寄越しなさいよ。ヴィート、あんまり笑うと夕飯抜きにするわよ!」
「なんで俺なの、兄ちゃんでしょ!」
廃棄するのも面倒臭くなって、空洞分の余分も余すことなく圧縮して練り込んでいった。
岩を置いて成形しただけの他のパーティーの壁と比べ、見えないところで大きく差が開き始めていた。
「まあ、強度の指定はされてないからな」
故意犯と言うなかれ。最終的には結界障壁を展開するので、他の所も目標値の範囲内に充分収まるものと思われるが、それじゃ満足できないのが、僕たちだ。
僕は素材をさらに多めに振り分けることにした。
大雑把とは言え、徐々に細かい作業になってくるので進行速度は遅くなる。側壁三分の一に日陰ができたところで、お昼になった。




