見せ場は欠伸の後で
あっという間に高高度。眼下で二機のガーディアンと雑兵が交戦を開始した。
接敵と同時に雑兵が瞬殺、大地に倒れた。
助太刀の必要はなさそうだな。
僕は奥の群れを目指す。
転移先を覗く感じではるか先を見通す。
すると……
「こりゃ、駄目だ」
見逃すには規模が大きかった。ヘモジたちが相手にしているのはこいつらの斥候だ。
そこではヘモジたちに応戦するための隊列が組まれ始めていた。
「過小評価されてるぞ。おふたりさん」
その数じゃ、ふたりは落とせない。
けど、後ろに鎮座していたのは……
早速、大物発見! タロスの船だ。
今回、巨大な荷車を引いているのはいつものドラゴンタイプでも雑兵でもなかった。
「あれもドラゴンだよな……」
角こそないが、爺ちゃんの別荘裏でよく見掛けるアースドラゴンに似ていた。
防御力ありそうだな。地上部隊には充分、脅威となり得るだろう。ブレスを吐くようなら最悪だ。
「狙撃で対処できそうだけど…… 手の内を見ておくか。でもその前に、船に積まれた砲台が邪魔だな」
シールドの性能も試したかったけど、どちらもというのは欲深だ。
僕はロングレンジライフルの装填をしながら滑空降下して静かに距離を詰める。
「見付かった!」
が、もう遅い。
砲塔が回り始めた。
あれから破壊する!
「しまった!」
考えが足りなかった。
思い至ったのは銃弾を撃ち込んだ後だった。
ライフル弾が砲台に命中、魔力の逆流が起こり壺が誘爆。爆音が空に轟き渡った瞬間、荷を引いていたアースドラゴンモドキも爆発に巻き込まれてしまったのだ。
生き残ってくれよと、思いながら煙の隙間を覗いていたが、続け様に起きた誘爆で完全消滅。
「あーあ」
砂漠に巨大なクレーターができ上がってしまった。
相変わらず不安定な物を……
敵のことながら溜め息が出る。
後方から魔力反応、急激に何かが接近してくる!
振り返ったら、ヘモジだった。
猛烈な勢いで爆炎のなかに飛び込んでいった。
「こら、ヘモジ! 壺残ってるかも知れないから、まだ近付くなッ!」
煙のなかからタロス兵が迎撃してきた。
結構、生き残っていた。
どうやら多少の暴発対策はしたようだった。
アースドラゴンは助からなかったが。
「雑魚が多過ぎる」
ヘモジはよくても、このままでは機体が先にまいってしまう。
雑魚敵の殲滅にはロングレンジライフルは向かない。
盾の裏に収納して、代わりに剣を抜く。
でも接近戦をする気はない。
ヘモジの切っ先が届かない相手だけを魔法で始末していく。陣地をグルグル旋回しながら敵を封じ込める。が、一体だけ異様に俊敏な敵がいた。
明らかに動きが違う敵。
ヘモジは既にそのリーダー格に照準を合わせていた。
「壊すなよ」
そう願いながら、僕は周りに残っている雑兵を倒していく。
斧がこっちに飛んできた。
ヘモジを相手にしながら、こちらを狙ってくるとは生意気な奴!
ヘモジもそう思ったようで、一瞬、輝いて無手になった敵の胴体を真っ二つに切り裂いた。
ブレードで真っ二つは無理だろうと思ったら、どこかで見た剣を握っていた。
「ああッ、予備のブレード!」
新型機専用の反りのある細身の剣。いつの間に…… 腰鞘まで……
「ナーナーナー」
シャキーンじゃないよ!
帰ったらお仕置きだ!
金目の物を取捨選択し、イザベルと合流。
その場の骸からも装備を剥がして、僕たちは船に戻った。
お仕置きしてやろうと思っていたが、帰った頃にはその気は失せていた。
格納デッキの上で子供たちとひそひそ話をしている。
「怒られなかった?」
「ナナナ……」
いつも言うことだが、僕はこう見えて耳がいい。
自分たちの小遣い内でやってることに口出しはしたくない。したくないけどな……
「備品を勝手に使うな。報告をちゃんと入れろ。自重しろ。以上!」
「はーい」
「ごめんなさーい」
「ナーナ」
まったくもう。ブレードの予備造らなきゃ。
船は進路を西に戻し、合流ポイントを目指した。
「また敵、発見」
小物ばっかり、ひたすらスクランブル。
投影装置のおかげで、見なくていい物まで見ているようだった。
備蓄の無駄遣いに思えてきたので、近いものや規模の大きなもの以外は無視することにした。
どれもこれも前線に向かう合流組のようだった。状況はすべて記録している。
各部隊の来た方角を逆に辿れば、恐らくそこに転移ポイントがあるはずだ。
合流ポイントに向かい、要害を築かなければならないが、湧きポイントも見逃せない。
ただ湧きポイントが半日で往復できる距離にあるかは甚だ怪しいので、そちらを優先することはできない。後続に知らせることができれば、効率はいいのだろうが、こちらも立ち止まっているわけにはいかない。
一刻も早く合流して、連絡要員を送って貰うのが最良だろう。
船は全速で合流ポイントを目指した。
次第に敵の塊は大きくなり、こちらの侵攻は遅くなっていく。
副団長は、どんなに急いでもこちらが足止めされることがわかっていたようだ。そして、最終的には足並みが揃うということも。
ただでさえ、交代要員のいないこの船は無理が利かなかった。
みんな頑張ったが、マンパワーは常に不足していた。それ故に敵群を外側からネチネチとやる他なかったのである。
そうこうしている間に『天使の剣』の斥候部隊が参戦。
主力部隊が合流。
僕たちはどんどん後方に下げられていった。
「ご苦労だったね」
「いえ、それ程でも」
限界に近かったとは言えず、察して下さいと表情に出すにとどめた。
「これがこちらで捉えた情報です」
言い忘れたが、こちらの船は男子禁制ではない。
『スパーダ・ディ・アンジェレ』の艦橋クルーは男も含めて驚きの声を上げた。
それはこちらの提出した地図情報が、正確過ぎたからだった。手書きは手書きなのだが。その情報量たるや、斥候を何度も飛ばして収集し、まとめた物に匹敵した。
東西南北は正確無比。そこに記された敵の進行ルート、敵の数、こちらが殲滅したバッテンマークの多さ等々。
「ほんとに、あんたたちは期待を裏切らないわね」
笑いながら副団長は僕の背中を叩く。
お褒めに預かり光栄だが、痛い。痛いから、背中…… お願い、加減して……
南と合流してからと思ったが、隊を分けて湧きポイント潰しのための船団が組まれた。『天使の剣』の三分の一にもなる兵力だった。
湧きポイントとなれば当然そこにあるのは要塞クラスの砦。すんなり落とせない可能性大だ。でも増援の頭を潰せればその成果は大きい。
足止めしている間に、最低限こちらの足場を固められればよし。もし湧きポイントが急造のもので壊せるようなら、なおよしだ。
僕たちがやることは決まっている。
もはや戦闘に出ることはなく、のんびりしたものになった。ただ今は健康に留意し魔力を蓄えるのみ。
「万能薬あるしね」
その夜は子供たちもぐっすり寝ることができた。
翌日、起床して間もなく大群同士の戦闘を目の当たりにすることになった。
「『ワルキューレ』がいっぱいいる!」
空を舞うガーディアンの大部隊。南部のギルドが過去に発注した商品が、どうやら今回の戦闘に間に合ったようだ。
新型機故、前線に優先配備されたそれは百戦錬磨の操縦士の技量によって敵を圧倒していた。
現在、光弾飛び交う中、目の前で敵の要塞落としが敢行されていた。
制空権は既にこちら側にあった。ドラゴンタイプは数を用意できなかったようだ。
こちらの船による砲撃戦も見事なものだった。
横っ腹を突かれた敵は混乱状態。
轟音と共に爆炎が空を染めた。
『光の砲塔、破壊確認。残り三です』」
さすがの子供たちも言葉を失う。
「このパニーニしょっぱいよ」
「船が揺れたせいで、塩がいっぱい入っちゃったの!」
「……」
あまり緊張していないようだ。
「残り二!」
「ヘモジのスコアだって!」
「さすがヘモジロウ」
別の方角から光弾が飛んできた。
味方の結界が消失した。
次の一撃が連続で来たら大損害だ。どっちが早いか!
『師匠! 狙えるよ!』
展望室にいるニコロからの注進だ。
なるほど僕たちの船の周りは背の低い船ばかり。高度を上げれば視界は確保できる! 既にニコロには敵が見えている。
「周囲に通達ッ!」
「了解!」
「トーニオ、高度を上げろ」
「了解!」
「一番砲塔、起動」
船首の砲塔が旋回し長い砲身が横を向いた。
敵の二射目が来た!
空を光の帯がかすめた。
ピリピリと空気の振動が船体を震わす。
三連砲台を降ろして積み込んだ一門だけの専用砲台の砲身が光源を捉えた。
「魔力充填完了!」
「展望室。いつでもいいぞ」
『了解! 発射します』
一拍の後、まばゆい閃光が船団の頭上に突如現れ、消えた。
揺れる船体。
隊列を組んでいる船にぶつかりそうになったところを、さらに高度を上げることでなんとかやり過ごした。
トーニオがしたり顔でこちらを見下ろした。
発光の後、巨大な火柱が地平線に立ち昇った。
要塞の砲台もほぼ同時に潰され、こちらの前進を阻むものはなくなった。
最前列の船団は要塞を飛び越え、さらに前方へと進んだ。後続の小型の船団は高度を落とし、着陸、搭載したガーディアンが次々砦のなかに雪崩れ込んでいった。
「かっけー」
子供たちは窓に張り付き壮観な景色に目を輝かせた。
沈んだ船は数知れず。だが今は上空を滑る船団の影になって見えない。
「通信来ました! 『掃討戦に移行する』」
ようやく知らせが来た!
「次の作戦に移行する合図だ」
大型船が前線に巨大な壁を築いていく。その後方ではガーディアンによる残敵掃討戦が始まっていた。
そして我らが『天使の剣』の船団は進行方向から見て側面、北壁に展開した。
僕たちの手前に並んだ工作船はゆっくりと砦に向けて移動を開始する。
彼らは壁を構築するための工兵部隊とは別の部隊だ。
壁はさらに進んだ位置に建設する手筈になっている。
最前列の船団は陣形を維持しつつさらに前進し続ける。
繰り返される砲撃。
残敵は撤退していった。
そして、その日の昼刻、我らが一団は目標である天然の要害前に辿り着くのであった。
それは南の渓谷など比較にならないくらい巨大な大地の割れ目だった。




