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砂嵐を越えて

 船内の方がゴーゴーとうるさかった。

 僕はロープを放り投げ、髪と服の乱れを正した。

「ちょっとまずいかも」

 そういったのは指定席で船の魔力残量をチェックしていたフィオリーナだった。

「どうしたの?」

「結界の魔石の減りが……」

 然もありなん。結界用の魔力残量が見る見る減っていた。

「前が見えないんじゃ、どの道、前進は無理ね。一旦機関を落としましょう」

 ラーラが言った。

 迷子になったらそれこそ問題だ。

「闇の魔石があったろう?」

「使っていいのかなと思って」

「遠慮するな。というより優先的に使おうな。使い切ったらみんなで補充すればいいんだから」

「俺やりたい!」

「まだ使い切ってないでしょう!」

 予備で置かれた魔石のなかから闇の魔石を選んで結界用のサブソケットに突っ込んだ。これでメインがなくなっても自動的にサブがメインになる。そうなったらメインの方も交換すればいい。

「師匠、いくつ持ってきたの?」

「倉庫にあった在庫の半分ぐらい」

「全部差し替える?」

「その前にお前たちの魔力量で空の魔石がどれくらい補充できるか確認しておかないとな。まだ試したことないだろう?」

「ゼロから満タンにしたことはないわね」

「ていうか、空まで使い切ったことないし」

「いつも継ぎ足し、継ぎ足しで使ってたし」

「補充可能な量が予測できれば、在庫管理もし易くなる」

 子供たちは魔石が空になるのをひたすら待った。

 が、待っていると長く感じるのが人の常である。

「ちょっと行ってくる」と、僕が席を外そうとすると「僕も行こうっと」「わたしも行く」と年少組が付いてきた。

「遊びに行くんじゃないぞ」

「わかってる。防風壁、造るんでしょう?」

「駄目だ。おまえらじゃ、飛ばされる。俺が行く」

「大して変わんないけどね」

 イザベルが茶化した。

「お前たちはここで大人しくしていろ」

 ジョバンニはヴィートとマリーの肩を引き戻す。

「代わりに双六の準備をしておいてくれ」

 いい兄貴だ。

「じゃあ、僕も行ってくるよ」

 トーニオも席を立った。

 船が停止したら操縦士は用なしだからな。

 ヘモジが空席に飛び込んできた。

「見張りは?」

「ナーナ」

 螺旋階段の先を見上げた。

「いつの間に……」

 展望室の扉からニコロとミケーレがこちらを覗いていた。

「行ってらー」

 子供たちに声援を送られつつ、僕たちは甲板に転移した。

 船の結界は残りの魔石で稼働中。いくら減りが早いといっても、あと十分は保つだろう。

 結界のおかげで、甲板の掃き掃除は今のところ免れているが、船が埋もれて、常時接触状態ともなればさすがにまずいことになる。

 闇の魔石を使い倒したい気もするが、まだ往路である。無茶は禁物だ。


 僕たちは風上に向かい、砂の地面を盛り上げた。

 そして数分掛けてドームエリアまでガードする砂の防壁を拵えたのだった。

 もう船の結界を解除しても大丈夫だ。しないけどな。

 子供たちがワラワラと出てきた。

 どうせ埋まるのだからと外側は無視、全員で内壁を崩れないように補強し始めた。

 開放されたままの頭上の空を猛烈な勢いで風が通り過ぎていく。が、別世界の光景のように思えた。

 だが、こうなると後続の船団が心配だ。

「埋まらなきゃいいけどね」

「埋まってるって」

 子供たちが笑った。

「お昼まだー?」

「朝早かったからな」

「お腹空いた」

「お菓子食べながら双六しようぜ。どうせすぐにはやまないんだから」

「おやつじゃ足んない気がする」

「ゲームやってりゃ忘れるって」

「魔力使い過ぎたんじゃない?」

「甘いお菓子がいい」

「俺は量があればなんでもいいや」

「今日の食事当番誰?」

「まだ決めてない」

「双六で決めようぜ。ビリから三人な」

「所持金ベース?」

「たまにはギルドの貢献度で行くか?」

「領土の大きさは?」

「そんなに長くやんないよ」

「えー、ドラゴンで蹂躙したい」

「総合評価でいいんじゃない?」

 甲板の上を杖を脇差しにしたローブ姿のちびっ子集団がゆく。

 絵になるねぇ。

 子供たちの目の前には煌々と明かりが灯る大きな窓。装甲シャッターを降ろそうか迷っていたが、その必要もなくなった。

 窓の向こうでラーラたちが笑顔で手を振る。



「やった! 大陸横断。総合評価五百越え! 一抜けた」

「ちょっといつまでやってるのよ! お昼冷めるわよ」

「だって、終んないんだよ」

「そのままにして食べちゃいなさいよ」

「駄目だよ。時間置くといろいろ忘れちゃうから」

「なんで双六で頭フル回転させてんのよ」

「だって、そういうゲームなんだもん」

「野菜の相場がもう少しで……」

「じゃあ、ラスト一周。その時点の総合評価で決めるわよ」

「ずるいよ! 自分が高得点だからって!」

「そうだ。横暴だぞ」

 急に日差しが目に飛び込んできた。自分たちの築いた防壁の縁に太陽が差し掛かったのだ。

 子供たちは言葉を失った。

「急いで食べるぞ!」

「出発準備しないと」

 ゲームに熱中して食事当番のことはそっちのけだったのに。

 テーブルに殺到して、食事を貪る。

『ナーナ』

 展望室からヘモジたちも下りてきた。

「お腹空いた」

 砂嵐のなかでの警戒、オリエッタもさすがに疲れたようだ。


 僕が代わりに展望室に上がった。

 そして子供たちが食べているうちに周囲の壁を取り払っていった。

「見事に埋まったなぁ」

 船の周囲がカルデラのようになっていた。

「火口に降り立ったみたいだ」

 後続がどうなったか気になって振り返るも、何も見えず。

「ガーディアンを飛ばすか」


 子供たちの食事も終わり、船は動き始めた。

 見張りも代わって貰い、僕は自分のガーディアンに乗り込んだ。

「動かしていいのかな?」

 装甲の張り替えはまだ始まってないようだが。

「乗ってから言わないで下さる」

 モナさんが固定台のロックを解除した。

「ああ、そうだ。その機体の呼称『ギャラルホルン』になったみたいですよ」

「はあ? なんでそんな」

「阿弥陀ですかね」

 モナさんが笑いをこらえながら言った。

「そんな馬鹿な……」

「いいじゃないですか。変な名前にならなくて。『ヘモサブロウ』とか」

「それは嫌だな……」

「比較的まともだってことで。上に発進伝えますね」

 候補として『ワルキューレ』と『スクルド』と『グリフォーネ』の合いの子で『キメラ』とか『ワルキュードネ』とか、普通に『ワルキューレ弐式』とか『レギオン』てのもあったらしいが……

 全員でアイデアを出しあってから、多数決で決めたらしい。

 最終的な決定権は僕にあるらしいが…… 『キメラ』なんて魔物の名前だし。『ワルキュードネ』ってなんだよ。誰が挙げた候補か知らないが…… 神々の最終戦争を告げる角笛の名か……

「そうだ。『リリアーナ』は?」

「死んでもいいならご自由に」

「やっぱまずいか?」

「ファン大勢いますからね」

 特にこだわりがあるわけでもないので『ギャラルホルン』で了承。ただ少し仰々しいので通称は『ホルン』でということにした。

 この決定により後にこの機体はホルンをイメージした金色のマーキングが施されることになる。

 むっちゃ格好いいんだが、それはまた別の話。



「ヘモジ、膨れてた」

「何かあったときの連絡要員なんだからしょうがないだろう?」

 オリエッタと共に後方の船団の様子を窺いに、来た道を戻っていた。

 すると甲板で掃き掃除に粉骨砕身する船員たちの姿を発見。無数の帆がはためいていた。

「移動を再開させたみたいだな」

「みんなたくましい」

「この調子なら、遅れは限定的で済みそうだ」

 光信号で『我、先に行く』と知らせて、僕たちは自分たちの船に戻った。



「師匠! 魔石の補充したよ。どれくらい減ったか見ていいよ」

「いいよ」

 補充のトップバッターはマリーとカテリーナか?

 ふたり揃って両手を広げた。

 子供とはいえ女の子だ。ステータスを覗くのは遠慮しておこう。ここはオリエッタに任せた方が賢明だろう。

「うーん。六、七割!」

「最初は満タンだったのか?」

「うん。万能薬舐めたから」

「ふたりで七割消費か…… マリーとカテリーナが凄いのか、魔石の許容量が凄いのか、よく分からんな」

 年少のふたりでさえ、大人の魔法使い数人分は優にあるのは承知しているが、そもそも何人分に当たるのか。

 こういうのって結局自分でやらないとわかんないんだよな。

「で、魔石一個を空にすべくフル加速でぶっ飛んでると?」

「いやー、減って欲しいと思うとなかなか減らないもんなのよね」

「そう簡単に減って貰っても困るだろう。もう吹き荒んでないんだし」

 僕はマリーとカテリーナの頭を撫でて褒めた後、万能薬を飲むように言った。

「意外に大丈夫なのかしらね」

 ラーラが頬杖付いた。

「一つにつき、三人で五割ずつの補充で行けそうだ」

「子供たちだけで一日三個分の補充が可能…… わたしとリオネッロ入れたら…… 余裕ね」

「使いたい放題だな」

「じゃ、師匠が戻ってきたところで、みんなで幌、畳むわよ。甲板に出なさい」

「はーい」

 エアインテークを覆っていた幌だ。今は甲板の隅に寄せて置かれていた。

「ガーディアン使わないの?」

「これだけ人数がいるんだから平気でしょう。じゃあまず半分に畳むわよ」

 僕とラーラが折り返しの中間地点に陣取り、子供たちは全員、幌の片側の縁を掴んだ。

「行くぞ。よーい、ドン!」

 子供たちは向かいの一辺に向かって、幌を引っ張りながら駆け出した。

 あっという間に半分になった。

「もう一回畳むわよ」

 僕とラーラがまた折り返しのところで幌を押さえた。

「よーい、ドン!」

 さっきより重そうに引っ張りながら子供たちはもう一辺に辿り着いた。

 今度は横方向に折り畳む。一辺の真ん中辺りにいたニコレッタとトーニオが折り返し部分を押さえ込んだ。子供たちの半分が大移動。向かい合う形に整列した。

 僕はセンターから、子供たちは縁の左右から引っ張る算段だ。

「よーい。ドン!」

「うりゃー」

 あっという間に八分の一になった。そしてもう一回。

「あとは丸めるぞ」

「はーい」

 みんなで雪だるまでも作るような感じで転がした。

 ロールの全高は子供たちの身長を越えた。

「収納、開けろ」

「開けたー」

 みんなでカクカク、うねうねしながら転がした。そして……

「せーの!」

 ドスンと甲板の手摺りの近くにある収納箱に収めた。

「よーし、反対側もやるぞー」

「おー」

「ちょっと休憩しない?」

 ラーラが音を上げた。

「まだ何もしてないじゃん」

 カンカン照りの甲板の上、結界があるとはいえ、体力の消耗は否めない。

「事務仕事ばかりで、身体、なまったかしら?」

「あの子たちの『身体強化』が、尋常じゃないんですよ」

 イザベルも額に汗を掻く。

 そんなわけで作業は滞りなく済んだ。そして。



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