ダイフク、砂嵐に出鼻をくじかれる
試験休みを利用して、クラーケン討伐の旅に出掛けることにした。試験休みがなくても行くわけだが…… 予定日数は既に掌握済み。長くて三日を想定した。
「脚でかかったもんな」
「あれが二体いるんでしょう?」
「一体は絶対、精霊石にしようぜ」
「できるの?」
「やるんだよ」
「一撃では無理でしょう」
「もう一体は肉にするの?」
「全部は保存出来ないから三本ぐらい?」
「置き場ないの?」
「他の肉と比べると加工が必要な分、消費がね」
「『クラーケンサンド』おいしかったけどな」
「でも毎日はいらないでしょう?」
「そりゃそうだけどさ」
「食料と…… 暇つぶしに何か持ってく?」
「双六!」
「新しいの?」
「あれ、あんまり面白くなかったよ。やっぱりハサウェイ・シンクレアのシリーズがいいよ」
「シリーズ二十四でいい?」
「二十五そろそろじゃなかった?」
「出るの来月だよ」
「じゃあ、二十四でいいや」
「全員でやるなら外伝にしない?」
「両方、持ってく」
「あとはカードがあれば、大丈夫でしょう」
「夜は冷えるっていうから、毛布も忘れないで。魔石も多めにね」
とても魔物退治に行く会話ではなかった。
あとは難破船次第だ。人数に合わせて適切な大きさの船が現れると思うが。子供サイズは考慮してくれるのか? 扱いにくい船が出てきたら加工、最悪だと自作する必要が出てくるが、何とぞ、何とぞ。
「探索は延期だ」
家を出ようという時になって、大伯母が全員を呼び留めた。
皆、無言で振り返った。
「南部が動いた」
「へぇ?」
「タロスが後退したらしくてな。この機に前線を押し上げたいらしい。ついでに以前から話に出ていた巨大防波堤を深部に建設することになった。お前たちは強制参加だ」
「えー」
「お前ら、南の砦で何かしただろう。ご指名だぞ」
子供たちは顔を見合わせる。
「その南の要塞砦も動く。今回オリヴィアたちは同乗しないが、あいつはあいつで物資搬送の依頼を受けているからな」
その後、ガーディアンの搭乗担当になった子供たちとモナさんと駆け足で工房に向かい、持ち出せるだけ魔石を積み込んで、ガーディアンを飛ばした。
祭りで満杯だった港は大混乱。出る船と留まる船とでごった返していた。
入り江に向かうと船が既に船首を回していた。
先行していたラーラとイザベル、残りの子供たちとヘモジとオリエッタが操船していた。
一番燃費の悪いモナさんの『ニース』から降下する。『飛行石』のおかげで挙動にムラがない。
子供たちが三番、二番、一番と後に続いた。こちらも心なしか動きが軽い。そのせいか、停止位置より手前で止まってしまって、ヒョコヒョコ歩いてコース外に出ていた。
スムーズな格納ができると期待した矢先、エレベーター前で渋滞を起こしていた。
格納庫に下りると武装が山積みになっていた。
「売り物だから。使っちゃ駄目よ。使ったら買い取りになっちゃうからね」
ラーラが言った。
「オリヴィアか?」
「抜け目ないわよね」
「危険物置き場じゃないぞ」
自分たちに必要な物資は常に船に積み込んである。ないのはロングレンジライフルぐらいで、今更、積み増す要はない。
「移動中に一本なんとか改造しておくかな」
新品のライフルに後ろ髪を引かれた。
緊急事態につき、砦の天井結界が解放された。
時間が限定されているため、船が一斉に舞い上がった。防壁スレスレだったけど。
「壮観だな」
我らが『ダイフク』もその中にいた。
この名前なんとかならないか?
「マップ情報を確認する」
ラーラが地図を開いた。
砦を出た船団は三方向に分れる。一つはリリアーナがいる東の最前線。もう一つは南の渓谷砦だ。どちらも、南部に応援を出したための補充である。
タロスが引いた理由がわからないので『愉快な仲間たち』も一部部隊を北に戻すことになった。港が落ち着き次第出立するらしい。
そして大陸を斜めに突っ切る部隊。前線に参加するというより、包囲網に穴を開けないための部隊だ。
タロスに抜かれて、挟撃などされたら一溜まりもない。
僕たちが参加するのはその斜めに進行する部隊かと思いきや、そうではない。この部隊はゴールまで行かないのだ。
なので行き先は姉さんのいる最前線だった。
遠回りになるが、行き先がわからないのだから仕方がない。僕たちにはあずかり知らない場所なのだ。
とは言え、のんびりできるわけもなく最大船速で合流するようにと指示されていた。
「どこか合流ポイント作ればよかったんじゃ」
「あんたたち信用ないのよ。いつも斜め上行ってるから」
「誰が斜め上だよ。お前も入ってんじゃねーか」
この船の速度に付いてこられる船はない。最新型の高速艇でも日進月歩のこの船には追い付けない。
しかもいつもとは違うのだ。
「魔力使い放題!」
「限界ありますよ」
フィオリーナに釘を刺された。
「精霊石あってよかったわ」
ラーラがわざとらしく胸を撫で下ろす仕草をした。
実際、精霊石と精霊石並みの特大魔石等々、今回の航海は魔力に関しては余裕がある。勿論、無駄遣いは厳禁だが。
「自動航行に切り替えます」
トーニオが言った。
メインデッキには数人しか居残っていなかった。
「みんなは?」
「格納庫」
「ヘモジは――」
展望室か。
「問題は?」
「特に何も」
「昼まで休んでいいぞ」
「やった!」
「なんで格納庫なんだ?」
「師匠の機体、仮装甲でしょう。みんなでミスリル装甲に換装しようって」
「結界でなんとかするからいいのに」
「備えあれば憂いなしですよ」
フィオリーナも席を立った。
「追い風のおかげで魔力は減ってません」
「了解」
「モナさんに任せておけば大丈夫ですよ」
「そこは心配してない」
「細かい所はいつでもいじれるし。じゃあ、お先。軽くなった一番機に乗ってないの僕だけなんだ」
トーニオが階段を駆け下りた。
「大人びてきたわね」
ラーラが言った。
「寄り掛かってる大人たちが頼りないからだろう」
「この調子だと最短記録更新しそうよ。到着は夜通し飛んで三日切るかも」
「調子がいいときに限って何か起こるもんなんだよな」
「フラグ立てないでよ。でも、この船もだいぶ住み易くなったわよね」
「オリヴィアに感謝だな。少人数で回せるようにいろいろ手を焼いて貰ったからな」
「その分の対価は払ってますからね」
「そりゃ、そうなんだけど」
「『ビアンコ商会』新造船の請負だけで今期、二十隻だって」
「凄いな」
「全部『補助推進装置』を搭載した高速艇だもの。リオネッロ様々よ」
「でかい船は?」
「造れる余裕のある連中は最前線よ。大型船を造れるドックもいつも満杯だし、注文受けてもね」
「砦にある大型船用ドックは商会の物も入れて三つしかないからな」
「三つもある、よ」
ドック船も何隻かあるが。あれは主に修理点検用だ。
「魔法使いがもう少しいればね。年六隻ぐらいのペースで造れそうだけど。あんたやレジーナ様レベルの魔法使いなら月産一隻は固いでしょうけど」
「こっちの世界じゃ、実力半減だからな」
「ふたりとも順応してるじゃないの」
「向こうに戻ったときがやばいかもな」
「…… 確かに。とんでもなくやばいかも…… レジーナ様が」
『ナナーナ』
伝声管からヘモジの声。
「ほんとか?」
「何?」
「砂嵐だ」
「あんなこというから!」
僕のせいかよ。
緊急事態警報が発令された。
船は緊急停止。すべての開口部を塞ぐ作業に入った。
一番大きな開口部は『補助推進装置』のエアインテークだ。
「上部取り付け完了!」
「横もいいよ!」
子供たちと一緒に専用カバーの取り付け作業を開始した。
僕はまず巨大な幌が飛ばないように結界で現場を覆った。
「下も終りましたー」
「トーニオ。確認が終ったら船に戻れ。残りは反対側に行くぞ」
「おー!」
「了解!」
反対側の開口部ではラーラとイザベルが幌をいつでも展開できるように準備して待っていた。
そこへ子供たちが雪崩れ込む。
「結界、展開するぞ!」
「ロープ下ろして!」
甲板にいる僕と子供たちは専用滑車を使ってロープを船舷に垂らしていく。
滑車はオリヴィアのスタッフが、こういう事態を想定して、いつの間にか付けてくれていた物だ。
下でロープに幌の端を結んだら、引き上げる。
甲板の上にはニコロが乗る二番機が待機していた。
ロープの一端を指先に引っ掛けると、甲板の上を後ずさりながら引き上げていく。
「もうちょい、もうちょい」
「あと半歩」
「止まれー」
「上のフック…… 掛かった!」
『砂嵐、接近。目標を越えたよ』
オリエッタの声が拡声器から流れた。
目標とは前方かなたに生えた風化した岩柱だ。
「時間がないぞ」
黄色い空がそこまで迫っていた。
手の空いた男子は急いでロープを伝って船舷を滑り降りた。
下からもいつものように足場を拵えてニコレッタが登ってくる。
「落っこちないでよ」
「大丈夫」
固定用のフックに次々幌の端を引っ掛けていく。
「内側終ったよ!」
「外側も…… あと一つ……」
「終った!」
みんな地面から伸びる大階段を駆け下りた。
「下の固定も完了したわよ!」
イザベルが叫んだ。
「全員、船内に退避!」
僕も甲板に残ったニコロにガーディアンを引き上げさせた。
「ロープは?」
「回収しておく。エレベータ、下りるの遅いから早く行け。上に戻すの忘れるなよ」
「わかった」
『グリフォーネ』がエレベーターを目指して駆けていった。
「あ、ロープ外し忘れてるし」
船舷を覗き込んだら、インテーク上部にロープがぶら下がっていた。
僕は幌に結んだままになっているロープを外しに転移、結び目を解いた。が、ロープは落ちずに滑車に引っ掛かったままぶら下がってしまった。
「まずい!」
見上げた空はもう真っ暗。結界の外は強風が吹き荒れる。
甲板まで戻るとロープに掴まり、自重を掛けた。
最初こそ抵抗があったが、滑り出したロープはなんの摩擦もなく僕と共に地面に落下した。
僕は途中で転移し、地上で落ちてくるロープを待った。が、一足遅かった。
猛烈な突風が船を襲った。張ったばかりの幌は風に押されてパンパンに凹んだ。
ロープはギリギリ、僕の結界内に落ち、飛ばされずに済んだ。
僕は急いでロープをまとめ回収すると船内に転移した。




