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初めてのテスト

 大伯母が遅れてやってきた。

 僕たちはようやく落ち着いてきたところで、順番に休憩を取っていた。

「お前らよくやった」

「何?」

 僕たちは顔を見合わせた。

 大伯母は子供たちの頭を撫で回した。

「全員、テスト及第点だったぞ」

「及第点?」

「赤点じゃないってこと」

「やった!」

「やったー」

 子供たちは飛び跳ねて喜んだ。

「そんなに嬉しいかね」

「どんなことでも認めて貰えるってことは嬉しいものよ」

 ラーラの言葉は妙に実感が籠っていた。

「あの程度の問題で赤点取ったらどうしてやろうかと思ってたんだが、杞憂で済んでよかった」

 場の空気が一気に凍り付いた。

「そう言えば、聞いてなかったな。どんな問題だったんだ?」

「それがね……」


 筆記試験と思いきや、実技試験だったらしい。

 課題は『与えられた情報を頼りにゴールに辿り着くこと』だったようだ。

「なるほど総合力を試したのか」

 まず情報を読み取るためには読解力が必要だ。文章は年少組には易しめに、年長組には難しめに設定されていたはず。

 そしてその情報は設問という形で与えられる。

 今回は『魔法陣の記述は右回りか、左回りか? 正しい方向に○メルテ進め』という出題だったらしい。『○メルテ』の部分は算数の計算式だったようだ。年少組は二桁の足し算と引き算の解の差。年長組は二桁の掛け算と割り算の解の差だったそうだ。

 二問目は『結界を破って進め』という問題だった。結界はいくつか用意されていて、順番にクリアしていけばいい問題だった。

 子供たちが突破したのは一定の攻撃力がないと破れない結界と耐性を一部弱くした結界だったようだ。もう一つは誰一人突破できなかったという。

 ラーラと僕は「ああ、あれか」と頷いた。

 答えは一定時間、力を掛け続けるだ。

 大伯母は答えを言うなと、僕たちに釘を刺した。

「重さの違う石を使って天秤を水平にしなさいって問題が難しかった」

「ああ、あれね」

 ラーラは同じ問題を出された過去を思い出したようだ。

「あれってとんちよね。どう組み合わせても釣り合わないようになってるんだから」

「やっぱり!」

「え、そうなの?」

「やべ、間違ったかも」

「いや、その顔は間違ってるって」

「顔で決めるな!」

「因みに正解したのは全体で五人だ。この中では二人だけだな。嘆かわしい」

「はぁあ?」

「全員クリアできるものと期待していたんだが…… お前みたいな変わり者はなかなかいないようだ」

 全校生徒で正解者五人って、出題者が問題だろう?

 大伯母は僕を見た。

「師匠、正解したの?」

「お前らの歳のころな」

「ラーラ姉ちゃんは?」

「わたしのときは出なかった。参考書で見ただけよ」

 説明を求められたので解説した。

「あの問題は石の組み合わせを素早く計算して、重さの概念だけではどの組み合わせも均衡しないことをまず理解しないといけない。つまり算数の問題ではないということだ。不正解だった連中は恐らく石を一つ残して帳尻を合わせたんじゃないか?」

 不正解組が頷いた。

「設問では全部使えとなかったか?」

「だって、同じにならないんだもん」

「みんなそこまではなんとなくわかってたんだ。では大ヒント。問題のタイトルにはなんと書かれていたでしょうか?」

「言ってる意味わかんない」

「『魔法問題』!」

 マリーが叫んだ。

「正解!」

「あ!」

「え」

「そうなの?」

「その手があったのか!」

 不正解だった子供たちは順番に気付いていった。

「マリー正解したの?」

「石を全部砂にして、半分こにしたの」

「全部砂にする必要はなかったんだけどな…… まあいいだろう」

「土魔法に秀でたお前たちなら容易かろうと思ったんだが」

 大伯母が口を挟んだ。だったら、とんち問題だと最初に書いとけ。

「あと一人、誰だ?」

「ミケーレだ」

「ほー」

「地味に凄ーな」

「誰が地味だよ!」

「お前も砂にしたのか?」

「そうだけど、悪い?」

「因みにお前たちの師匠は魔法を使わずに解いたぞ」

「できるの!」

 僕は鼻を掻くしかなかった。

「置き石を天秤の支点から距離をずらすことで拮抗させたんだ」

「あれって魔法を使わなくてもクリアーできたの?」

 重石を縦に積み上げるのではなく、双方の重石を内と外に斜めに少しずつずらして重ねていくとちょうど拮抗するのだ。

「すげー」

「師匠、初めて尊敬した」

 おい、こら。

「大師匠と一緒に住んでたんだ。とんちも利くようになるさ」

「でも、正解しても罠が待ってるだけなんだけどね」

 ラーラがニヤリと笑う。

「え?」

「何、それ!」

「正解すると、宝箱の鍵が与えられてね」

「そう言えば、そばに宝箱あった」

 カテリーナが言った。

「中に金のインゴットが入ってたよ。自分の物にしていいって、書いてあった」

「あ!」

「罠だ!」

「うわ、えげつなッ」

 試験をクリアした子供たちは次の設問を知っていたので罠だとすぐ理解した。

 その次の設問は『橋を渡れ』というものだった。

 だが、橋には重量制限が設けられていて、設定範囲内の重量で渡ることが強要されていた。軽過ぎても駄目という厳しいものだった。おまけに『破棄した私物は試験後、返却しますが、試験中手に入れたアイテムを破棄したり、設問を棄権した場合、この問題に限りその権利は没収されます』とあったはずだ。さすがにマリー相手にはもっと優しく書かれていただろうが。

 最後の一文は先の設問に不正解だった者にはなんのことかわからない文章だったはずだ。が、正解した者にとっては辛辣な一文になっていたはずだ。

 大概、側に置かれた重石を一、二個持つか、身に付けている物を、一、二枚脱げば渡れるよう設定されている。

 当然、教師側も兎サイズから熊サイズまでいる生徒の背格好で、問題の難易度を変えようとは思っていない。当然、計算式にはその都度、適切な修正が加えられ、等しい許容範囲が提示されていたはずだ。

 だが、インゴット分となるとどうだろうか?

 身体能力の高い獣人の子供でも対岸までは投げられない。

 抜け道はあるのだが。

 因みにインゴットとは関係なく、当人が飛び越えて終了したケースは過去に何度か起きている。

「俺は『身体強化』でひとっ飛びだったぜ」

 ここにも一人。

 ジョバンニは自慢したが、皆「普通に渡ればいいじゃん」と言葉を返した。

 この設問は重量制限がいくらになるか、重量がいくらまでなら橋を渡れるのか、計算で導き出す問題であって、とんちを働かせる設問ではない。が、先の設問に正解した者には別の側面が見えていたはずだ。


『欲を捨てられるか?』


 実に辛辣な問い掛けだ。

 が、この世界では極限状態において欲が足元を掬うケースは多々あるのだ。

 金のインゴットがいくらになるか。具体的な数字はわからずとも一財産であることは子供にだってわかる。それを捨てないで済めば、親が喜ぶ。自分も贅沢できる。

 でも持ったままでは越えられない。問題を放棄することもできない。

 一問当たりの制限時間は限られている。

 知らぬが仏とはまさにこのこと。

「マリーとミケーレはどうしたんだ?」

「別にインゴットいらないし」

 マリーはインゴットを見慣れていたせいで、欲を掻くことがなかった。「欲しかったら取りに行けばいいだけだし」と達観していた。

「僕は別に…… 橋を強化すれば渡れたから」

 インゴット数個分の重量調整、橋の強化などに消費する魔力量は一般生徒には厳しいものがあったが、既に常識の範疇を超えていたミケーレにはなんてことはなかった。障害だとすら思っていなかった。

 出題者はさぞがっかりしたことだろう。

 己が如何に欲にまみれているか、思い知るいい機会だ。

 僕は大伯母の顔を覗き込んだ。が、ケロッとしていた。

「師匠はどうしたの?」

「同じ問題でた?」

 これは大伯母の計らいなのか? 僕の時とまるっと同じ問題を弟子たちに与えてくれたようだ。

「僕は…… インゴットを分割して、小さく丸めて対岸に放り投げてから渡ったかな」

「橋を強化するより簡単だ!」

 ミケーレが羨望の目で僕を見上げた。


 その後、いくつかの設問をこなして、最後の十問目。

 最終課題は魔物との実戦だ。敵はお手製ゴーレム。

「小さくてかわいかった」

「そうか?」

 年長組と年少組ではそりゃ違うのが出てくるだろう。

 先の問題で捨てる物をしっかり吟味していなかったりすると、杖なし、回復薬なしで戦う羽目になる。

 動く的当てゲームのようなものだけどな。

 憂さを晴らして終了ってところだろう。


 お客はひっきりなしにやってくる。

 隣のパン屋が完売したので、ピザの販売を再開したら、肉に飽きた客が押し寄せてきた。

 帰宅組がお持ち帰り用にチーズボールを買っていく。

 そこへゴブリンライダーの如く、ピューイとキュルルに乗ったヘモジとオリエッタが帰還した。

 子供たちも帰る頃合いだ。

 ピザは売れ残っていたが、ほとんどのブースは閉じ始めていた。

「お開きにしましょうか」

 ラーラの掛け声で、窯の火を落としてお祭りは終了した。


「あ。『燃えるイフリートパン』と『クラーケンサンド』食べてない」

 玄関先で気付いたときにはもう遅かった。



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