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祭りの日の平穏な朝

「そんなことしなくて大丈夫よ」

 気付けば、子供たちは相談したモナさんにたしなめられていた。

「みんなの機体はあれで完成形なのよ。いじるのは勝手だけど『飛行石』なんて使ったらまったくの別物になっちゃうわよ」

 さすがわかってらっしゃる。

「そんなことするくらいなら上位機種に乗り換えた方がいいんじゃない? でも、自分たちの技量に機体性能が追い付いていないと感じるなら兎も角、振り回されているうちはね。どうせなら別のことに使いなさい」

 そう言われたからといって、諦める子供たちではなかった。

 言ってる本人が、アンティークをいじり倒して今に至っているわけだから、説得力がないに等しいことは否めない。

 とはいえ、事情が違う。モナさんの『ニース』は先祖の形見であって、唯一のものだ。工房職人の技量を示すでかい看板でもある。

 要するに、自分たちの機体にどこまで愛着が持てるかだ。

 すべてはそこに帰結する。

『グリフォーネ』にそこまで執着する気があるのか? 上には『スクルド』だって『ワルキューレ』だってある。

 フィオリーナとニコレッタはそもそもガーディアンにあまり興味がない。むしろ魔法使いとしての修行が第一という感じだ。

 トーニオとジョバンニも『グリフォーネ』にこだわってはいない。むしろ上位機種に乗りたい派だ。

 ミケーレは職人気質でガーディアンいじりそれ自体が好きなわけで、モナさんの手伝いで満足している。ニコロもミケーレがいいなら、別にどうでもよさそうだし。

 結局、よくわかっていないヴィートとマリー、カテリーナが、おもちゃいじりの感覚でねだっているだけなのだ。

 それもこれもガーディアンをおもちゃにしている師匠の背中を見てのことだと思うと、申し訳ない気分でいっぱいだ。

「自分も。自分も」

 幼い頃はみんなそうだ。大好きな人がしていることはなんでもまねしたいのだ。

 僕がそこまで好かれているかは別にして。

 詰まるところ、揃いも揃ってそこまでの執着はないということだ。ただ『飛行石』を使ってみたいだけ。

「そうだ。盾だけ軽くしたらどうかしら? それくらいの調整ならしてあげられるけど。尖らせないけどね」

「その手があった!」

 子供たちは諸手を挙げて賛同した。

 さすがモナさん。本体をいじってバランスを壊すより、その方が遙かに楽、否マシだ。

 でも、軽くすると飛行時の重心が高くなるので、その点だけは注意が必要だ。

「ナナナ……」

 ヘモジが僕に耳打ちしてきた。

「なるほど……」

 僕は年少組の前に出て言った。

「ヘモジが乗せてくれるってさ。あれに乗ってみて、今すぐ自分に必要なものなのか、よく考えてみるといい」

 急いで結論に飛び付く必要はない。

 僕の新型機にでも乗って、ガーディアンの未来の片鱗を覗くといい。

「わたしもいいかしら!」

「言うと思ってました」

 モナさんも参加である。

「今日はもう遅いから撤収だ。夫人に怒られる前に帰るぞ。乗るのは明日の朝からだ」

「えー。まだ時間あるよ!」

「どうせなら明るいときの方がいいんじゃない? 門を潜る頃には夜になっちゃうわよ」

 フィオリーナに尻を叩かれて、工房を後にする。

「ナナーナ」

 ちゃんと手加減できるんだろうな。今日と同じことしたら、絶対トラウマになるからな。改造どころか見るのも嫌になるに違いない。

「心配……」

 オリエッタも不安を隠せなかった。



「引っ越し屋を雇うという手があるな」

 大伯母は夕飯の並んだテーブルの前で『飛行石』の効率のいい回収方法について持論を述べた。

「引っ越し屋?」

「運送屋のことじゃないぞ。家を移築する専門業者のことだ」

 アールヴヘイムでは建物を移築する専門の業者がいる。『魔法の塔』が所轄している魔法使いの集団らしいのだが。家を上物だけ別の場所に転送する仕事らしい。

 スプレコーンの開拓時には活躍したという話だが、魔素の薄いこちらの世界では聞かない業種だ。子供たちもきょとんとしている。

「迷宮内の作業なら、魔素は充分だし、できなくはないだろう?」

「……」

 明らかに「お前、ひとりでもできるだろう?」という視線を向けてくる。

 すっかり見透かされている。

「当分先のことだけどね」

 まだガルーダもタイタンも控えている。

 そういう意味では『鏡像物質(ミラーマター)』が先になるのか……

 船のステルス化が……

「師匠がまた変なこと考えてる」

「ああ、そうだ。明日これを受け取ってきてくれ」

「ん? 何?」

 大伯母から『陽気な羊牧場』宛ての発注伝票を受け取った。

「チーズ?」

「大量に頼んでおいたからな」

「大量って、どれくらい?」

「他の町から注文が入ったらしい」

「らしいって…… オリヴィアか?」

「肉祭りでどうせ必要になるだろう?」

「我が家の在庫は?」

「お祭りで使ったら、在庫は終わりですね」

「大量にストックしてなかったっけ?」

「お店で買っていく人が前回のお祭りくらいから増えたんだって」

「カルボナーラのせいか?」

「基本、乳製品が足りてないのよ」

「代金は払い済みだから、貰ってくるだけでいい」

「わたしも行く」

「俺も」

「僕も!」

「あんたたちは学校よ」

「えー」

「えーじゃないでしょう! テストの成績悪かったら、探索一週間禁止だからね!」

「えええッ! 聞いてないよ」

「言ってないもん」

 理不尽だな。

「試験問題見せてやろうか?」

「レジーナ様ッ!」

「冗談だ」


 デザートにホールケーキが出てきた。(フラーゴラ)が大量に載っていて、スポンジの間にも詰まっている豪華なケーキだった。

「牧場で売り始めたんですって」

 ラーラが言った。

「ラーラがお使いに行ったんじゃないのか?」

「わたしが買ってきた。チーズを注文したついでだ」

 大伯母が言った。

「誰の入れ知恵だ?」

「妖精族よ」

「ミントたちか!」

「あの連中、下層程度なら散歩できるようになったみたいよ」

 下層って言っても十一階層だけどな。

「冒険者の道案内みたいな商売も始めたらしいわよ」

「罠とか宝箱の位置なんかも指摘してくれるみたいで、結構、重宝されてるみたい」

「あいつらと牧場の組み合わせ…… 危険な気がするな」

 ヘモジもオリエッタも頷いた。

「そのうち妖精族に占拠されるかもね。あの子たち甘いものに目がないから」

「でも、団体のお客もアイス一個で間に合いそうだけどね」

「安上がりにも程があるな」

「ミントまた太ったりして」

 笑いが蔓延した。

 が、翌日、肉祭り会場で再会したミントを見て、皆、絶句するのだった。



 翌朝、日も明けぬ頃から子供たちと工房にいた。学校もあるので飛べる時間は限られている。機体はヘモジに任せて、僕たちは先に外壁の向こうに移動する。

 乗る順番は昨夜くじ引きで決めたようで、誰言うことなくその順番に横並びになってヘモジを出迎えた。順番はヴィート、マリー、ジョバンニ、ニコロ、ミケーレ、カテリーナ、フィオリーナ、ニコレッタ、トーニオ。そして最後にモナさん、ではなくイザベルとラーラが続いた。

「やっぱり気になるじゃない。新しいガーディアンの性能って」

「じゃあ、イッチバーン」

「ベルトしっかりしろよ」

 椅子を子供サイズにするために、椅子の上に子供サイズの椅子を載せている。

「ナナーナ!」

 気合いを入れていざ発進。

 僕も外から完成した機体の動きを見るのは初めてだ。

 機体がほわっと浮き上がる。

「え?」

 オリエッタと同時に青ざめた。

 上昇ではなく、いきなり水平方向にホバリング全開! 砂を巻き上げながら、一気に加速して、限界まで来たところで、ようやく機首上げ。あっという間に空の彼方に消えた。

「ヴィート…… 死んだ?」

「まだ飛んでるから生きてるんじゃない?」


 上空で曲芸飛行を一通りやり終えて機体が戻ってきた。

 着陸は緩やかに滑るように。

 でも同乗者は吐き気をこらえていた。

「こら、ヘモジロウ! もっと優しく飛びなさいよ!」

「ナナナナーナ! ナーナンナ!」

 ラーラと口論を始めた。

 二番手のマリーが恐る恐る機体に近付いた。

「ナナナ」

「優しく飛ぶって」

「俺のときは優しくなかったのかよ」

 ふらふらになったヴィートが戻ってきた。

「朝食前でよかったな」

「俺の一日はもう終った気がする」

「朝食もまだなのに」

「今日はお祭りだよ」

「その前にテストじゃなかった?」

「追試決定!」

「追試はないから!」

「大師匠のしごきかな」

「追試にして欲しいかも」

「きゃぁああああ!」

 マリーが飛んでった。

「今、叫んでなかった?」

「ヘモジの優しさってなんだろう?」

「死なないように鍛えることだったりして」

「屍は拾ってやるからな」

 思い思いの言葉を吐きながら、視線は空を舞う機体を追い掛ける。


 さすがに三人、四人となると、首が痛くなる。砂に身を投げる者が現れて、そのうちいびきをかく者も。

 子供用の椅子を外して、モナさんが搭乗。操縦桿もヘモジからモナさんに。

 そして今までの報いをヘモジは受けた。

「いやー、よくあそこまで振り回したわねー」

 イザベルとラーラが感心する程、ひたすら水平ホバー飛行。『ニース』の改造を見越しての動きなのはわかるが、折角羽根が付いてるんだから……

「ナー…… ナ」

 ヘモジが砂の上で崩れた。

「他人の操縦って酔うのよね」

 イザベルの回はオリエッタが代行した。

 操縦はイザベル本人がするので、オリエッタは何かあったときのサポート役だ。

「変わんないわね」

 新型の性能をまるで生かし切っていない。ジワジワスロットルを開けていくタイプだ。

「これが普通だよな」

 子供たちが見上げる。

「……」

 子供たちのなかで、モナさんも普通じゃない派になっていた。


「どうだった?」

 ラーラが詰め寄る。

「怖いくらいピーキーですね。これに慣れたら『スクルド』が入門機に思えますよ。きっと」

 ラーラがヘモジロウを肩に担いで、入れ替わるように乗り込んだ。

「ほら、チェックしなさいよ」

「ナナナナ!」

 ほんと仲いいな。お前ら。

「じゃあ、行ってくるわねーッ」

「ヘモジ、生きて帰れよ」

 僕は心のなかで笑った。

 ヘモジが拳を掲げた。

 思いが伝わったようだ。



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