休日を過ごす
「うわっ」
最近、またでかくなった『無翼竜』が、我が家のあちこちで、石のように固まっていることがある。昼寝しているだけなのだが、オリエッタと違って邪魔になって仕方がない。
当人たちは快適な場所を求めて移動しているだけなのだが、たまに動線に入ってくると蹴躓く。
「キュルル」
「ごめん、ごめん」
「ピューイ」
「キュルルル」
事故る度にみな構うものだから、最近かまって欲しいとき、わざと動線に入ってくる。
今回、僕の所に来たのは家人が留守だったから。
梁の上で欠伸しているオリエッタの通訳では水浴びがしたいらしい。
僕がいない間にふたりのために野外に池が造られた。いつの間にか、子供たちと大伯母によって用意されたもので、ベランダから出入りできるようになっていた。
僕の仕事はベランダに出る専用扉の鍵を開けてやることだけ。
ふたりはのそのそと可愛らしいアーチ型の扉から出ていくと、専用のスロープを下りて岩場に用意された池に向かった。
敷地の関係か、大伯母が関わったにしてはこぢんまりとしたものだった。ふたりが浸かったら池の水がほとんど溢れてしまうぐらいである。
我が家の水源からこぼれ落ちる水をバイパスしているだけなので濁る心配はないが、砂はいずれ溜まるだろう。
僕はバイパスの栓を開けて、干からびた池に水を張る。
冷えたら岩場でひなたぼっこ。熱くなったら、水浴だ。
早速、落ちてきた滝水を頭に浴びながら、ピューイが水に浸かった。
キュルルは岩の上でひなたぼっこからだ。
どちらも岩の出っ張りに顎を放り投げて、くつろぎ始めた。
「野性味ゼロだな」
「見事にダレてる」
睡眠時間では引けを取らないオリエッタも呆れた。
「飼い主がいないと思って」
ただの蜥蜴と化している。
子供たちの黄色い声が校庭から聞こえてきた。
ピューイとキュルルが重そうな頭をもたげる。
「なるほど」
なぜこんな狭い場所に造ったのか理解した。
ここからなら学校が見下ろせる。
常時召喚を始めたはいいが、教室までは連れて行けないから、苦肉の策だったのだろう。
そう言えば、保護者の一部が難色を示してるとか言ってたな。
ピューイとキュルルも、ミケーレとフィオリーナもそれだけ成長したということかな。
専用扉の鍵は開けておき、戻りたくなったら戻って来られるようにしておいた。
昼前には夫人も帰ってくることだし。
数隻の船団に守られ、壊れた船が港に入ってくる。
ここは静かだが、壊れた船がここがまだ安全地帯でないことを想起させた。
日々入れ替わり立ち替わり、様々な船が往来する。
運河から、大型商船がまっすぐやってくる。
ガーディアンが三機、頭上を越えて東の空に消えていった。
外縁部にはナツメグの木がまばらに生えている。
あれらが枝を伸ばして隙間なくびっしり生え揃う日も、そう遠くないことだろう。
「今日もいい天気だ」
僕は顔を洗って、これから朝食だ。
「ふふふ……」
日がな一日、ガーディアンをいじくって過ごすことができた。
おかげで塗装以外はほぼ終了。
完成したと言っても過言ではないだろう。
「まだ完成してないし」
「……」
山積みになっていた案件が『飛行石』のおかげでほぼ解消した。
「最後の調整が残ってたな……」
だからと言って蓄積した技術が無駄になったわけではない。
「油断禁物」
「はいはい」
こうなってしまうとさすがに量産はできないが、今後『ニース』のようなスタンドアロンな機体に仕上げていく楽しみはある。
その『ニース』も『飛行石』を手に入れたモナさんの手によって、早々に手を施されていた。
新しい我が愛機は一見すると重装化した『ワルキューレ』の様に見えなくもないが『飛行石』のおかげで却って軽くなっている。その分、機動性も破格な物になっていた。
背中のバックパックもスラスターも翼も一新した。『飛行石』がなかったとしても、機動性アップは間違いなかった。
そして盾自体も軽くなったおかげで、カウンターも不要となり『フライング装甲』の役目も軽減されることになったのである。
『浮遊魔法陣』の効果を最大限に発揮すべく広い面積を要したが、それももはや不要。
でも折角、統合できた副腕のシステムを捨てるのも勿体ない。
そこで僕は一計を案じた。
「他に持たせる物があったと思う」と、オリエッタは馬鹿にしたが、これは趣味だから!
僕は剣の鞘を持たせた。
抜刀するモーションをさせてみたかったから。
「大きな盾を持っていたら、剣を抜くの大変だろう?」
「無駄装備だー。そもそも鞘いらないし」
床に崩れるオリエッタを横目で笑うヘモジ。
「農作業はもういいのか?」
「ナーナ」
エレベーターを降りてきた。
因みにもう片側の副腕には中距離攻撃用の武装を搭載させる。
武装は盾の裏側にセット。必要に応じてチョイスすることが可能だ。
単身の高出力ライフル。ばらまき用の投擲鏃。
そしてこの機体の看板装備。
予定より一回り大きくなった大盾だ。飛行時を考慮して丸みを帯びた菱形をしている。敵の膨大な魔力を相殺、転用する仕組みは計画通り。
そしてカウンター用のロングレンジライフル。
「おかしいとこあるか?」
「足が変」
土踏まずから、ぱっくり爪先とかかと方向に伸びて足裏の面積を広げる構造。
「『浮遊魔法陣』捨てるの勿体ないからな」
飛行デバイスとしては完全に力不足だが、跳躍するための加速ブースターとして使うなら、これは秀逸だ。
ヘモジのスーパーモード顔負けの動きができる。
すいません。言い過ぎました。
「ナナーナ!」
「何色に染めようかな」
「取り敢えず錆止めだけでいいんじゃない?」
「世間体があるだろ!」
「じゃあ、赤で」
「いや、赤は結構」
ラーラもイザベルも子供たちの三番機も微妙に変えているが赤い機体だ。
「面倒臭いから、また白でいいんじゃない? ペンキ残ってるし」
取り敢えず塗装する。最終的なデザインはじっくり腰を据えてから考えるとして、今は兎に角、動かしたい。デザインを磨く前に、操作性や機動性を見極めたい。
夕食を挟んで、外装の塗装を始め、翌朝までしっかり乾かした。
乾いていなければ魔法で水気を飛ばして、となるが、その必要はなかった。
「まあ、いいだろう」
駆動系は染めてないので、ちょうどいいアクセントになった。
「墨入れしたい」
「おもちゃかよ!」
僕の突っ込みにヘモジがケタケタ笑う。
「さあ、存分に楽しもうかね」
魔石をどっさり収納スペースに放り込んで。
「いざ、出発だ!」
子供たちに見せたらまた格好悪いとか言われちゃいそうなので、さっさと飛び立った。
子供たちは起きる頃合いだ。
勉学に張り切ってくれたまえよ。
今日の僕は趣味に生きる!
盾を持ってもスムーズな滑り出し。
最初の頃の危うさはもうない。と言っても、学習機能による微調整は今も続いている。
「ナーナーナー」
どんどん加速。そして急ブレーキ。
あっという間に東門に達した。
門番に奇異な目で見られながら外出手続きをする。
「新型機の開発です」と、声高らかに宣言し、門を後にした僕たちは兎に角、飛び回った。
剣を抜いては収め、地上スレスレまで降下したかと思ったら、急上昇。
地上に降りては『フライング装甲』による急加速。大地をもの凄い勢いで駆け巡る。
「……」
ヘモジも無言になる程の運動性能。
たった一歩で敵の懐に入れてしまう。
「怖ッ! この機体、怖ッ!」
オリエッタが大袈裟に歓喜する。しっぽフリフリ、肉球ポンポン。
「ナーナンナァ」
まさに電光石火。ヘモジの如し。
「ナナ、ナーナンナ」
折角、ソードがあるのに、仕込みのブレードばかり使う。
「確かにこの動きができるなら、長い剣は不要かもしれないけど」
「ナーナ」
「お前、ブレード折るからな」
「ナナーン」
「ががーん」じゃないよ。
「まあ、好きにするがいいさ。僕は剣で行く」
「ナナーナ」
ヘモジはブレードを収納して、操縦を僕に譲る。
「敵がいればいいんだけどな」
生憎、こちらの防衛ラインに侵入してくるタロスはもういない。
「ちょっと遠出して探してみるか」
道に迷うといけないので、ひたすら真東に進路を取る。
飛んで、飛んで、飛んで。
操縦を三人で仲よく交替しながら全速力。
『補助推進装置』も絶好調。
でも思った以上に学習機能による調整が入っているので、精査が必要になりそうだ。
「交替、交替」
オリエッタが珍しく主導権を奪った。
余程気に入ったのだろう。
「ナナナ!」
「ヘモジは次」
急にもめ始めたと思ったら、どうやら獲物を見付けたからのようだった。
だが、見付けたのは野生化したタロスのペット狼の群れ。
こちらの魔力を探知したのか、迫ってくる。
オリエッタはライフルをチョイスする。ロングレンジライフルは間に合わなかったので、標準装備である。
ヘモジは近接戦闘を主張したが、認められなかった。
狙撃して外したらヘモジが仕留めることにしたらどうだと提案したが「はずさないし」とオリエッタが言い張った。
そして言葉は実行された。
射程は短くなったが、その分、弾数で補えたので、散った相手を残らず仕留められた。
むくれるヘモジ。
しょうがないので、僕の順番を譲ってやった。




