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デッド・ラインズ・プライマー  作者: ポモドーロ


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オクタヴィアの贈り物

「お店、みんな閉まってた」

 買い物に出ていた女性陣ががっかりしながら戻ってきた。

 あやかろうと一緒に向かったオリエッタたちも溜め息をつく。

「最前線で営業するための街なんだから、こんな所で店開いてるわけないだろ」

 オリエッタに耳をがぶりと噛まれ、ヘモジにすねを蹴られ、ミントに額を殴られた。

 どうせなら肩を叩いてくれ。

「お腹空いた……」

「ナーナ」

『これ以上痩せたらトンボになっちゃいます』

 展望ラウンジから下を覗くと婦人と女性陣が夕食のテーブルセッティングを始めている。

「マリーは偉いな。一緒に行ったのにちゃんと手伝ってるぞ」

 三人が手摺りから下を覗き込む。

「手伝えないし」

『お役に立てない身としては邪魔をしないことが最良なのです』

「ナーナ」

 ヘモジも大きく頷いた。

 人数は足りているようだし、確かに邪魔になりそうだが、マリーにできてヘモジにできないことはないだろう。


 手持ち無沙汰の三人は、準備が整うまで僕の書類整理を見張ることにしたようだ。

 モナさんから上がってきた整備関連の報告書に目を通して、サインをし、ファイルに収める。三人の視線が動きに合せて移動する。

 夫人から上がってきた食料在庫の諸表もチェックする。

 三人が覆い被さるように書類を覗き込んで、難しい顔をする。

 ただの出納帳だぞ。

 ミントはまだこちらの世界の文字が読めない。人が計算している横で、覚えたての単語と数字を拾い出して読み上げる。当人、無意識のため責めるわけにもいかない。

 なんでこいつの念話だけは耳を傾けなくても聞えてしまうのか?

 念話が強過ぎて、感度のいい人間には聞えてしまうのだろうと、ラーラは推察しているが。


 整備関係はほぼ魔石の推移報告だけだった。減った分は補充型の魔石だけで今のところ回せている。在庫の消費は殆どない。

 食品関係はデザートだけが予定消費量を上回っていた。クルーの大半が女性陣やちびっ子だということを考慮に入れていなかった。一般食材は逆に余り気味だ。

「今度発注を掛けるときはデザート多めにしないと駄目だな」

「次はいつ発注する?」

「ナー?」

 僕の呟きに反応した。

『わたし、デザートだけでもいいですよ。甘い物大好きですし』

 ミントは何を食おうが勘定に入っていない。誤差の範疇だ。むしろ一人前を提供した場合、食べ残しを誰が始末するのか、そっちの方が問題だ。


「動いてないと落ち着かないわね」

 ラーラが甲板を蹴った。

 停泊した船の上で豪華なディナーの真っ最中だ。

「落ち着かないのは別の理由じゃない?」

 周囲の商船から覗き込まれているからだ。周りの船はこの船と同等、それ以上。見下ろすには充分な甲板高がある。

 おいしそうな匂いが視線を誘うようだ。

 男連中はとうに酒場に消えているので、覗き込んでいるのは大半が船員の女房か、雑務を預かる女たちだ。なかには子供たちもちらほら。

「デザートは下で頂きましょう。さすがに目の毒です」

 モナさんが気を使って言った。

 普段好き放題食べている物がどういう物か、理解はしているようだ。

「それでしたら」

 婦人とラーラが顔を見合わせ笑みを浮かべた。


「かき氷?」

「こんな物、いつの間に……」

 爺ちゃんの所にあったかき氷器だ。氷を挟んでガリガリやるやつだ。

 暑いからと誰かが気を聞かせてくれたのだろう。

 業務用の無骨な物ではなく、肉球マークが付いた家庭用の機械だ。

 オクタヴィアの私物かな?

「オリエッタ、ミント、お誘いしてこい。食器とスプーンを持って氷菓子を食べに来ませんかってな。食器は底の深いこれくらいの器だ。なければなんでもいい」

「シロップは?」

 オリエッタが言った。

「それなら四番のコンテナに練乳が……」

 台詞をハモったラーラと婦人に視線が集中した。

 今はなぜ即答できたのか問うまい。恐らく練乳の入った瓶の栓が既に開けられているだろうことは理解した。

「お前……」

 ソルダーノさんが呆れ顔を妻に向ける。

「ママ、ずるい!」

 全くもって、その通り。

「い、一回だけですから! どんな味か興味があったもので……」

「どうせ主犯はラーラだろうけどな」

「ナナーナ!」

 ヘモジが抗議し始めた。

「ナナナナナッ!」

 普段散々自重しろと尻を叩かれていたヘモジは、ラーラにこの時とばかりに食って掛かった。

「世界の一大事と一緒にするんじゃないわよ!」

 にらみ合い勃発。

「ナーナ」

「誰が鬼婆よ!」

 ラーラはヘモジの頭を鷲掴みにするとぶん投げた。

「あ!」

 船の縁を飛び越えた。

「きゃあああッ!」

 船の外から悲鳴が上がった。

 だが。

「ナッナナーッ、ナ、ナナナナー」

 ミョルニルの柄を伸ばし、船の縁にハンマーヘッドを引っ掛けると、柄を縮める反動を利用して弾かれるように戻ってきた。

 ありゃ、戦闘モードか?

 ヘモジの蹴りをラーラは掌底を当てて叩き落とした。ヘモジは錐揉みしながら床に落ちた。

「食事中よ。じゃれ合うなら余所でやって!」

 モナさんに怒られた。

「ナーナ」

 ヘモジは何食わぬ顔で僕の隣に戻ってくる。

「ナナナ、ナーナ」

 目から光線は出ません? なんのこっちゃ。

「ミント、オリエッタはもう行ったぞ」

 唖然としているミントに声を掛けた。

『そうだった! 見事な弾かれっぷりに忘れるところだったわ』

 背の高い船に飛んでいった。

「相変わらず凄いわね」

 イザベルが言った。

 ヘモジの動きも人外だが、それを何食わぬ顔で叩き落とすラーラもラーラだ。


 僕たちの誘いに応えて、夜中にかき氷だけを食べに来ようという人は少なかった。これが暑い日中ならまた別の結果になっていただろうか。

「これなら食器を出して貰わなくてもよかったわね」

 婦人が残念そうに言った。

「氷、いっぱい作ったのにね」

 先に食べて奇跡を体験したマリーも残念そうだ。

「みんなビビっちゃったんじゃない? 姫様があんなことするから」

 イザベルが皮肉った。

「氷なんていつでも食べられると思ってんのよ!」

 企画倒れにラーラがへそを曲げる。

「兎に角、来てくださった方々にはしっかりおもてなし致しましょう」

 来てくれたのは親子が主だった。おねだりに負けた母親たちと勝った子供たちである。

 オリエッタとミントが伝言役を務めたのが功を奏したのかも知れない。

 子供たちの前で婦人は氷をシャクシャクと削る。

 子供たちは食い入るようにその手元を見詰めている。

 母親たちも最初は親同士の世間話に夢中だったが、かき氷の珍しさに次第に目を奪われていく。

 薄く細かく削られた氷が器から溢れるくらいこんもりと盛られていく。そこに我が家直伝の異世界レシピ、練乳が掛けられる……

 気を利かせてかき氷器を入れてくれた人はなぜ練乳だけを入れて、あずきを入れてくれなかったのか? あんこもレシピに入っていたはずなのに。

 こっちの世界でヴィオネッティー産のあんこを手に入れるなんて、奇跡に近いことなのに。

「あ……」

 オクタヴィアの言っていた「あんこ」ってこのことか! ということはかき氷器を差し入れしてくれたのはやっぱりオクタヴィアだったか。

 白い氷に白い練乳では見た目のインパクトが足りなかった。が、来た手前、今更帰る人はいなかった。

 それでも皆、怪訝そうに見詰めている。ただの氷を振る舞う気なのかしらと。

 最初に氷を口にした子供が叫んだ。

「おいしい! すっごくおいしいよ! 甘い! 何これ!」

 形勢は一気に逆転した!

 兄妹だろう子供たちが鯉のように一つの器に群がった。そして口々に「甘い!」「おいしい!」を連発した。

 他の子たちも俄然興味津々。母親たちを押しのけ、次の器に食い入るように視線を注ぐ。


 親たちの番が来たときには、もう「うまい」以外言おうものなら子供たちに一生口を利いて貰えないような状況になっていた。

 眼下の騒ぎに触発されて、誘いを断わった人たちも身を乗り出して覗き込む。


 結果的に、突発的に始めたおもてなしは盛況に終わった。

 夜が更け、練乳の入った瓶が空になる頃には、惜しまれつつ散会することができた。

「苺ソースを混ぜる手もあったわね」

 ラーラが過去の贅沢な記憶を引っ張り出して言った。

 練乳にしても、苺のソースにしても長時間、鍋で煮込む調理人の身にもなって欲しい。どちらも砂糖を使うのだから、鍋から離れることもできまい。作るとしたら涼しい夜間に限るだろう。

 そう進言したのが運の尽き。

 夜の間に練乳と苺のソースを作る羽目になった。

 ヘモジ兄の育てた苺をソースにするなんて勿体ないと主張したのだが、うちの王女様は「どんなソースになるのかしら?」と却って興味を示し、煽る結果となった。

 ラーラ主催のイベントその二、お料理会が始まった。

 全員特にやることはなかったから、いい余興ではあったが。

 暑い砂漠を抜けるとそこは魔石コンロの前だった。

 街の防火対策で焚火は起こせないので、甲板にコンロを並べて作業開始である。

 牛乳だって希少なのに揮発させるだなんて……

 僕は心の中で愚痴った。

 ヘモジは頼まれたわけでもないのに、苺のへた取りを嬉々としてしている。

 オリエッタとミントは逃げた。できた頃に顔を出すかも知れない。

「はあ……」

 へらでかき混ぜ、鍋底が見えてきたら火を…… いつだ? それはッ! 

 魔法でちゃちゃっとできないのか!


「結界張ればよかったのに」

 汗を顎から垂らしながら、二品を完成させた僕に非情な言葉が返ってきた。

「その手があったか……」

 同じ作業をしていたみんなはケロリとしている。

 冷気を浴びながらクールダウンしよう……

 斯くして全員、二杯目のかき氷を口にするのだった。

 苺練乳かき氷。

 うまい物ってどうしてこんなに手が掛かるのだろう。



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