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クーの迷宮(地下43階 イフリート戦) 決戦は容赦なく。

 子供たちは大扉を見上げる。

 横には溶けた氷水に濡れた門番がふたり。

 子供たちは自力で鍵を運ぶ選択をして、現在実行中である。ただ閂を伝っての既定路線ではなく、自分たちで足場を築いての作業であった。

「嵌まった!」

「回せ、回せ」

「うーッ」

「回らねー」

 男子が代わる代わる挑戦した。

「駄目だ」

「か、固いッ……」

「これ、錆びてるよ」

 男子の全力でも回らない。

 そもそも巨人が使う鍵だからな。怪力あっての代物だ。

「師匠、どうしよう?」

「ナナナ」

 ヘモジがミョルニルで鍵をぶっ叩く。

「あーッ!」

 そしてへし折った。

「何してんだよ!」

 折れた鍵が今度は抜けなくなった。

「ナナーナ」

 神器で叩いておいて、錆びた鍵のせいにするな。

 お前、昨日、普通に回してただろうが。

「穴、開けよっか?」

「そうだね」

 上でもたついている間に、下で手持ち無沙汰にしていた幼女ふたりが扉の横の岩壁を魔法で掘り始めた。

「掘れるね」

「思ったより柔らかそう」

 一方、足場の上では鍵をどうやって抜くかの議論に突入。折れた部分を魔法で接着して取り敢えず引き抜こうということになった。

 ミョルニルで叩いちゃったからな。食い込んでるかもよ。というか、目的が変わってる。

「ねーみんな。穴空きそうだよー」

「ああ?」

 マリーとカテリーナに声を掛けられ、覗いた先には、綺麗なアーチを描いた四角い穴が形成されていた。

 扉付けるわけじゃないんだけどな。

「鍵いらねーじゃん!」

「みんな『開錠』スキル上がってる」

「嘘!」

 オリエッタの台詞に子供たちは驚いた。

 参加できなかった幼女ふたりはほっぺたを膨らませた。


 マリーとカテリーナによって始められた穴掘り作業は、結果、一メルテ程のトンネルを形成するに至った。

「どっちが楽だったんだろう?」

 柔らかかったのは序盤だけで、終盤に向かうに連れて壁はどんどん固くなっていった。

 場合によってはこの壁がイフリートの直撃を受け止めるわけだから、柔であるはずがない。

「いろいろわかって、よかったじゃないか」

 些細な情報も売れば、それなりの金になる。タダ働きにはなるまいよ。

「ピッケルを持ち込む馬鹿は最低でもいなくなるな」

 子供たちのレベルでやっとだと、一般の魔法使いの土魔法程度では突破は無理だ。

「ナーナ」

「ヘモジが悪いんだろう」

「ナナーナ」

「何が集中しろだよ」

「無駄に疲れたな」

 そう言いながらもみんな『万能薬』を舐め、態勢を整える。

 各種薬品、脱出用の転移結晶を確認する。

「よし」

「いつでも行けるよ」

「緊張するー」

「平常心よ。平常心」

「心の乱れは、魔法の乱れ」

「大丈夫。やれるって」

「いつも通りの戦いができればな。怖いのは尻尾だ。ブレスばかりに気を取られないことだ」

「ナーナ」

 今回もランタンを置くのはヘモジの役目だ。置いてしまえば、イフリートは弱体化する。置くまでが勝負だ。

「さあ、元気に行こうか」

「おーッ!」

「シーッ。気付かれちゃうって!」


 中央の噴火口を回り込んだ先に巨大な影を発見。

 いよいよイフリートが視界に入る。が、早くも気付かれた。

「気付かれた?」

「ここから?」

 カークスなんかと比べると比較にならない。

 ドラゴン並みの鼻の良さだ。

「遠いね」

 見通しもいいので普通なら先制を許すところだが、圧倒的な強さを誇るイフリートは、雑魚は仕掛けてこないものと勘違いしている。

 強者故の油断という奴だ。

 虫の居所が悪くなければ、すぐには手を出してこない。

 が、近付けば当然、警戒するし、過ぎれば、よーい、どん。もはや距離などどうでもよくなる。

 そうなる前に射程外から銃で急所を抜く手もあるが、通常弾では力不足だ。

 ドラゴン用の特殊弾頭を使うにしても、あれは多重結界を抜くものだから、イフリートには使うだけ無駄である。銃砲店で売っている強化弾を使うのがよい。が、当局に殺傷能力を制限されているので、通常弾より手数が少なくなるだけで、一撃で、とはいかないだろう。

 何より奴を取り巻く炎が陽炎を生む。

 スマートにいきたいなら『一撃必殺』は必須スキルだが、持つ者は少ない。

 先手がどうあれ、反撃を許せば乱戦は必至。後はお決まりの殲滅ルーティーンだ。

 最初はブレスによる『地獄の業火』。大伯母の折檻(せっかん)用上級魔法だ。

 周囲の温度は瞬く間に致死レベルに達する。

 それを凌いでも、次に来るのは尻尾による薙ぎ払い攻撃。回避不能の大質量攻撃だ。

 この必殺コンボをまず耐え凌がなければ延長戦はない。

 質量攻撃はなんとかなるだろうが、あいつら、大伯母の折檻で『煉獄』受けたことまだないんだよな。

 装備付与と通常結界で凌げるとは思うが。

「長期戦になったら負けだよ」

「ランタンを置く間だけでいいんだろう?」

「ナーナ」

「行けるって」

「緊張する……」

「あの尻尾切り落とせるかな」

「それじゃ、精霊石が手に入んないよ」

「楽したいけど、精霊石も欲しい」

「欲深い冒険者は短命ですってよ」

「いいからやるぞ。時間を稼ぐだけなんだから楽勝だろう」

「ブレスと尻尾。どっちか先でも結界あるのみだ」


「なんか小さい」

 オリエッタの指摘通り、今日のイフリートは昨日の奴より一回り小さかった。

 が、内包する魔力による威嚇は先日同様、威勢を示すには充分だった。

 それでも子供たちは杖を構えて前進する。

 が、今回のイフリートはフットワークが軽かった。

「!」

 威嚇しても前進をやめない子供たちに、いきなり喉袋を膨らませた。

「ちょっと、辛抱足りない!」

 子供たちはヘモジを守りながら突撃した。

 当然、僕も追い掛ける。

 子供たちは結界を掲げて、ブレスを吐こうとする口元を先日、僕がやったように塞ぎに掛かった。

 が、今回のイフリートは後ろに跳躍して回避したのだった。

「!」

 たったの一歩が、子供たちには衝撃の一撃となった。

 突然開いた間合いが果てしなく遠く感じられたことだろう。

 時間切れ確定だ。

 手加減なしの『地獄の業火』を生まれて初めて浴びることになる。

 周囲を黄金色の業火に包まれた!

 子供たちは多重結界でブレスを凌ぐ。

 結界範囲を広げたり狭めたりしながら一番外側の障壁担当を入れ替え、個々の負担を減らした。

 これを子供たちは『縄跳び戦法』と呼んだ。

 順番待ちをしている者たちもボーッとしているわけではないので、多層化は維持される。

 疲れたら内側に退避。

 張り直す隙を見せないで済むいい手であった。

 授業で習ったか?

 が、まぶしさに目標を失った。

「早いな」

 今日のイフリートは機敏だ。

 スピード重視か。

 気付いたときには奴の尻尾の射程範囲だ。

「来るぞ!」

『魔法探知』でしっかり追跡している子供たちに隙はない。

「そう簡単にやれると思うなよ!」

 予想外の全力疾走で雑念がふっ跳んだようで、本気になった子供たちの対応は負けず劣らず早かった。

「剣山!」

 大木を尖らせたような巨大な棘が地面から突き出した! ひとり一本でも九本だ。

 イフリートは咄嗟に回避した。が、そこにも尖った棘が。

 背中をしたたかぶつけて、巨体がよろめいた。

 次々生えてくる棘がどんどんイフリートの行動半径を狭めていく。

 地面から垂直に突き出していた先端は徐々に内側に傾き、やがて切っ先はイフリートの喉元に。

 一度生やしてしまえば、魔力供給を絶てるのだから、魔力がある限り棘を無限増殖可能である。

 まさに剣山。イフリートの動きを完全に封じた。

 もはや尻尾を振るう隙間もない。

 こうなってはもう尻尾の薙ぎ払い攻撃は出せない。

 長い尻尾のしなりを利用できなければもはや棘の一本すら破壊できないのだ。

 イフリート相手にこんなに攻撃的なシナリオを思い付くパーティーが未だかつてあっただろうか。

「まさか、閉じ込めるとはな」

 イフリートは籠の鳥状態に猛烈に怒り、怒号を放った。

 暴れる程、棘の先端が皮膚を傷付けた。

 砕けたところで次の一本がすぐ生える。

 土魔法も極めればイフリートを追い詰められるという、いい手本になったな。

 状況を打開するにはもうブレス攻撃しかないだろう。

 子供たちも今度こそ、結界で口を押さえ込もうと身構えた。

 が、イフリートはその場で旋回。尻尾を螺旋状に巻いて勢いを付けた!

 狭い籠のなかで尻尾のしなりを殴打力に変えるための苦肉の策とも思えたが、これは長い尻尾がある獣ならよくやる動作だ。

 トンとステップ。空中でコマのように身体を一回転させ、着地と同時に!

 内側の棘がバキバキと折れた。

 口元を押さえに行った子供たちはもう一度土魔法に注力する羽目になった。

「やはり個体差があるな」

「あるね」

 咆哮と共に膨大な魔力が放たれた。

「うわッ。何!」

 ブレスにあらず。

 身に纏った炎の急激な膨張が生んだ、ただの衝撃波だ。

 渾身の一撃でさらに破壊が進んだ。

 そして尻尾を振るう余裕ができたことで、全力の薙ぎ払い攻撃が可能になった。

 衝撃と共に分厚かった籠の一角に穴が空いた。

 子供たちの足では今日のイフリートの動きに付いていけない。

 折角追い詰めたのに、このままではジリ貧だ。

 イフリートは喉袋を膨らませた。

 目には嘲笑とも取れる嘲りの色が見えた。

 確かに見た目は小粒だけどな。

「本気を出すのが遅過ぎたな」

 身に纏う業火が青白く輝き出した。

 急激な力の減衰。

 イフリートはひるんだ。

 ブレスどころではなくなった。

 見下ろす小粒な冒険者たちの生意気な視線に怒りを向けるが、一度燃え移った青い炎は、何をしても鎮火できなかった。

 身から発する炎が激しければ激しい程、青い炎も激しく侵食し、徐々に光を奪っていった。

「ナーナ!」

 余裕が消えたイフリートの四方を囲み、子供たちはこの時とばかりに全力で首を落としにかかった。



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