クーの迷宮(地下43階 イフリート戦)終盤まーだー?
僕たちは火口にできた下り坂をひたすら下った。
「へー」
「こうなってたんだ」
「ほんと深いね」
「これ、帰りは上るの?」
「そうなるな」
「えー」
「転移してやるよ」
「じゃあ、いいや」
子供たちがゾロゾロ密集して付いてくる。
ビビってるなぁ。
「みんな緊張し過ぎだ」
結界に無駄な力を注ぎ込んでいる。
「冷気を満たす方に心血注いだ方がいいぞ」
「あちッ」
ヴィートは自分の結界能力を確認しにギリギリまで冒険しに行っては逃げ帰ってくる。
「普通にしてるのが一番だね」
火蟻の反応がちらほら見えてくる。
「火蟻だ」
「いっぱい出てきた!」
いくつもある横穴からゾロゾロ這い出してくる。
「どんどん倒していけ。囲まれるぞ」
囲まれるなと言うのは無理な話。
「雷攻撃!」
火蟻はまだ口のなかに可燃性の粘液を溜め込んでいない。麻痺させたところで自爆はない。
が、怒らせるには充分。
敵は炎を吐く準備を整えつつワラワラと坂を上ってくる。
「今が撃ち時でしょ!」
ニコレッタが先制の『雷撃』を水平方向に放った!
火蟻の群れの間を雷が伝播していく。
「撃ち方、変えたね。でもそれだと後方の敵に当たらないんだよ」と、言おうと思ったら狙いは足止めだった。
先頭集団の足が止まったところで、無数の雷光が頭上から注がれた。
遠距離戦を挑もうと準備動作に入っていた個体は次々自爆した。密集した同胞を綺麗に巻き込みながら。
実に見事なタイミング。次々花火が打ち上がる。
が、敵もさる者。落ちても動けるうちは諦めない。同胞の骸を乗り越え、さらに高い屍の山を築くために壁を這い、味方の骸を乗り越えてくる。
「結界が使えなくなったわけじゃないんだからね!」
決死隊も最後は結界に捕まりジ・エンドだ。
「道、塞がっちゃいそう」
「魔石になったら消えるって」
「しゃべってないで、詠唱する!」
数と数とのぶつかり合い。
遠距離戦では分が悪いと判断した火蟻は、スピードを重視した肉弾戦に戦闘スタイルを移行した。
側壁を上っていた部隊の一部が頭上にまで回り込んで、全方位戦の様相を呈した。
勿論、足元からも。
「くくくっ」
子供たちは不敵な笑みを浮かべる。
勝利を確信しているのだろう。
「撃ってみたかったんだ」
「全方位解放『衝撃波』大爆発!」
足下以外、水平方向だけでなく垂直方向を含めた全方位に強力な一撃が、二撃が、三撃が、蟻軍団を弾き飛ばした!
「まるで蟻のようだ!」
「蟻だから!」
壁が崩れた。
子供って容赦ないな。
「もう敵いないって!」
「洞窟、壊れちゃうよ!」
「俺、まだ撃ってない!」
「やめろ、崩落するだろうが!」
「まだ三発だけだよ」
狭い縦穴で全力は駄目だろう。
「結界がなかったら鼓膜やばかった」
オリエッタが耳を掻く。
「加減しなさいよ! 魔法使いなのに脳筋なの?」
さすがのフィオリーナも切れ気味だ。
ただでさえ命を危うくする環境にいるのに。ここはしっかり教育だ。
「お姉ちゃんも撃ってたじゃん!」
「二撃目、フィオリーナお姉ちゃんだよね」
「わ、わたしはちゃんと加減したから!」
全員が周囲の崩落具合を見遣り、その視線を冷ややかにお姉ちゃんにスライドさせた。
「他の人と遜色なかったと思う人!」
当人以外、ヘモジもオリエッタも全員、手を上げた。
「ちゃんと加減したからーッ!」
逃げ切った連中もちらほらいたが、隙を見せなきゃもう大丈夫だろう。
こんな凶暴な連中とやり合いたいだなんて、頭が残ってりゃ二度と思うまい。
「さてと」
聖堂に続く横穴を探す。
「確かこの辺り……」
オリエッタが僕の頭を叩く。
「あっち」
全然違った。
前回同様、若干中途半端な位置にその穴はあった。
子供たちは工兵の如く、あっという間に階段を拵えた。
「なんか効率上がってないか?」
「毎回やってるからね」
ヘモジを先頭に、地の底へ突入だ。
「天井が……」
通路の天井がどんどん高くなっていく。
閉塞されていた空間が徐々に広がりを見せると、子供たちの気分も和らいでいく。
そして、青い光が薄闇の先に見えると緊張は興奮に変わる。
言葉を失うとはまさにこのこと。子供たちは心地よい音色を聞きながら、呆然と青く輝く天井を見上げた。
「すげーッ」
「きれー」
感動の声も心ここにあらず。
得も言われぬ景色を散々目にしてきた子供たちであるが、この景色は格別だった。蒼く染まった天然の大聖堂。天井は遙か彼方。
「結界の外に出るなよ!」
「そうだった!」
「火が湧いてるよ」
僕たちはランタンの火を取得するため、火が湧く噴水に近付いた。
そしてヘモジの手で、ランタンに火が灯った。
先日同様、天井から厳かな音色が降ってきた。
聞いたことのない音色に、子供たちは酔いしれた。
ここで一休みする予定だったが、僕の結界の庇護がないとやばい所なので、急遽、取りやめ。代わりに地上の殺伐とした景色のなかで一息つくことにした。
「転移するぞ」
「はーい」
「また来ようね」
「今度は自分たちの力でね」
その頃には五割増しの付与装備もあるだろうしな。
巨大な螺旋の先にそよぐ熱風が、やけに涼しく思えた。
「今ならあそこ、歩けそうな気分」
ミケーレが目の前を流れる溶岩流を指差す。
「洞窟を抜けた所で休憩な」
「ふぁーい」
例の二股まで逆走し、出口に至る。
「よし、この辺りで一休みして、一気にイフリートの手前まで行くぞ」
「城砦攻略だね」
「見付からないように行くからな」
「撃ち合わないの?」
「普通にやってたら、攻城戦だけでまた半日掛かっちゃうからな」
「じゃあ、しょうがないね」
お前らは普通じゃないけどな。
「うわぁふ」
結界を解いたら、熱波の直撃を受けた子供たちがひっくり返った。
「熱いー」
「騒がない」
「もう治まったでしょう」
「おやつは無事?」
「大丈夫。焼き菓子だから」
「ただでさえ喉渇くのに」
「いらないなら、別にいいわよ」
「いらなくないです!」
焼き菓子と言ってもスフレだ。表面はアプリコットジャムでつやつや。
まずはアイランを流し込んで、ほっと息を吐く。
「おいしい」
「仕事の後のおやつは格別だね」
「大仕事が残ってるけどな」
「実際このフロア広いよね?」
「それを言ったら前の雪原だって」
「この先も移動には苦労するからな。大海原とか」
「日帰りするのが、そもそもおかしい」
オリエッタが髭にスポンジ屑を付けながら言った。
「それはそうなんだけど。我が家の習慣みたいなもんだから」
「泊まり込みも楽しそうだよね」
「他の迷宮じゃ、ひたすら潜ってる冒険者もいるんだって」
「えー」
「帰らないの?」
「回収品を転送だけして、迷宮のなかで暮らしてるんだ」
「大丈夫なの?」
「迷宮の外の環境より中の方が快適らしい」
「ミントたちみたいだね」
「確かに。そういや、あいつ今、何してんだ?」
「たまにソルダーノさんの店で蜂蜜舐めてるよね」
「人生満喫してたか」
子供たちがクスクス笑う。
「そろそろ行こうか。ボーッとしていてもイフリートは死んでくれないからな」
溶岩の川に架かった長い吊り橋を渡る。
こちらは隠遁スキル全開。
「意外にばれないな」
ヘモジが先行し、城壁に張り付いた。
そして手招きして皆を呼ぶ。
見付かっても結界があれば耐えられる。
子供たちは監視の隙を見て、一斉に駆け出した。
そして城門まで来ると、門番を指して倒すよう指示した。
「ナナーナ」
子供たちは頷くと『無刃剣』で巨人の首を落とした。
「ナナナ」
子供たちはヘモジに続いて内壁に沿って進んだ。
そして例の掘っ建て小屋に飛び込んだ。
「溶かすぞ」
錆びたハッチに穴を開けて地下室に。
「ドキドキした」
「緊張したね」
「隙間、探そう」
「もう見付けた」
「ここだよ」
ニコロとミケーレが穴を覗き込んだ。
「敵いるね」
ヘモジを先頭に、音を立てずに潜入した。
先日と違って職場放棄している者はおらず、皆、持ち場を維持していた。
が、子供たちはやんちゃだった。
「落とし穴一丁上がり」
「行くぞ」
ルートもわかっているし、効率重視の移動となった。
そして早々に坑外に出た。
「空が見えるね」
「日陰なのに熱い」
「蒸される……」
断崖絶壁に築かれた巨大な神殿遺跡を見ても子供たちは感動しなかった。聖堂を見た後では興ざめだったか。むしろ手前の見通しのいい空間を気にしていた。
散発的に遭遇するカークスの集団を倒しつつ、正門から入る。
中に入った途端、風音や地鳴りのような音もやみ、静寂が訪れる。
「ボロボロだ」
触れればポロポロと壁のレリーフが剥がれる。
非戦闘員のカークスの姿を懐疑的に見ながら子供たちはヘモジの後に続いた。
そして長い通路を行くと最深部の大扉に至った。




